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4、




あはははははははははははははははははははははははははははははははははは


 茂みを突き破り、白い顔を多量に固めた夜の住人が狂気的な嘲笑を飛ばしながら転がる。幾つもの顔に存在する二つの瞳達は紅く爛々と開かれ、回転しながらも確実に此方を捕らえている。狂笑。狂笑。狂笑。狂笑。狂笑狂笑狂笑狂笑。


竦みそうになる足を叱咤しながら、僕は走り続ける。

どれ程、夜の街を走っただろうか。


体力と精神は既に何時間も逃げ回っていたように削り切られている。肺は限界を訴え、脇腹もじくじくとした痛みが夢だというのに止まらない。いや、それでもまだ走る事が出来るのは夢の中だからだろうか。


 どこまで逃げ続けても、耳を澄ませば聞こえてくるのは、あの狂った笑い声。

 逃げきれない。


自身の冷静な部分が、そう判断してしまう。どれだけ逃げても彼女の近くにある街灯が常に燈り、それを頼りにあの夜の住人は転がり続けてくる。更には走る速度は此方は段々と落ちているにも関わらず、相手にそんな気配は全くない。最悪の状況だ。

なんとか距離を稼ごうと右へ左へと路地を曲がり走り続けるが、その成果は殆ど無い。それどころか、何処かもわからない場所までやってきてしまっている始末だ。


周囲を見渡せば、建ち並ぶのは灰色のマンション群。のっぺりと聳えるマンションとマンションに挟まれた、小さな公園の様な場所に、僕と彼女は逃げ込んできていた。


公園の街灯が淡い光が燈る。錆びた鉄棒に、塗り直された滑り台。

街にこんな場所なんてあっただろうか。


一瞬だけ疑問が浮かぶが、すぐに打ち消す。今はそんな事を気にしていられる状況ではない。彼方此方を曲がる事で僅かに距離を稼いだが、まだ近くにいる事は間違いない。三十秒も止まっていれば、直ぐに見つかってしまう程に僅かな距離だ。



 あははははははははははははははははははははははははは



 近くから聞こえてくるのは、粘つく狂った嘲笑の声。まるで、追い詰める事そのものを楽しんでいるかのような、嫌な笑い声が何処までも何処までも響いてくる。

考える。考える。考えろ。現状を打破するために、僕は走りながらも兎に角、頭を回転させ続ける。けれども、特別優秀な訳でもない僕の頭脳が、こんな状況で打開策など思いつく筈はない。


──、やばいな。


打開策は欠片も思いつかない。絶望的な状況が変わらない。僕は、舌打ちと共にそう呟いてしまっていた。吐いて消えるだけの、誰に向けた訳でもない弱気な言葉。


それに、思いがけない声が返ってくる。

「ど、どうなっ、その、だ、大丈夫ですか?」

 彼女だ。


 訳も分からずただ静かに息を殺していただけの彼女が、そう問いかけてきていた。

「い、いや……、ははは、どうだろう。だ、大丈夫だと思うよ」


 不安気に尋ねてくる彼女に、僕は無理やりにでも乾いた笑みを浮かべ答える。彼女からすれば視界も封じられ何も分らないこの状況。既に恐怖と不安が彼女の心を覆いつくしている筈だ。だからだろう。僕は気が付くと、そんな嘘を吐いた。

出来れば、このまま何も知らずにいて欲しい。それは僕の気持ちであり、僅かな自尊心でもあった。それで彼女が例え──、


「な、何か。私に、出来る事はっ、手伝える事は、ないんですか?」

脇に逸れる思考をしている僕に、それでも彼女は不安や恐怖を押し殺しそう尋ねてくる。


逡巡する。どう答えるべきなのか、迷ってしまう。

いや、今更だな。慌てて押される車椅子に、聞こえてくる狂気的な笑い声。そこに息も切れ切れに伝えた僕の言葉。その言葉に真実味なども一遍も無く、既に恐怖がそこまで迫っている事ぐらい、彼女にも伝わってしまっているだろう。


一度だけ小さく息を吸い込み、吐き出すと僕はちっぽけな自尊心など放り投げ、彼女に伝える事を決意する。


「分かりやすく言うと、今、マネキンの化け物に追われてる」

「マ、マネキンっ? 化け物?」


 全く理解できないのか、鸚鵡返しで首を傾げる彼女。さすがに簡略化しすぎたか。けれども、此方としても何処から説明すればいいのすら分からない。


「でも、だったら、どこかに逃げないと」

 何とか伝えようと言葉を詰まらせる僕に、それでも何とかしようと答える彼女。

「いや、化け物にはこっちの場所がすぐにバレる。逃げ切れない」


「じゃあ。じゃあ、逃げきれないなら、何処かの施設に隠れるとか」

 追加された情報に、彼女は間髪入れずに答える。


 その提案に一瞬だけ思考をするが、直ぐに無理だろうと僕は判断する。

 夜の街をいつも歩き続けてきた僕だからこそ、知っている。


此処に人間が入れる場所はない。

並ぶ家々は全てが施錠されており、店や公共施設なども全てシャッターが下ろされている。それ所か、鍵もない簡易な門でさえ、針金でキツく固められている。まるで、人間が暮らす場所を封じ込めるように、完全に全てが蓋されてしまっているのだ。

故に、店や施設に逃げ込む事などできない。


首を振り、彼女にその事実を伝えようとした時。


その時、僕の視線が隣に聳える大きなマンション方へと向いた。



──、眩しい。



光っている。チカチカと点滅しながら光っているのだ。街灯ではない灯り。それも淡い光の街灯よりも、より強く明るい光だ。


何かあるかもしれない。


現状を打破できるモノなのか、それともより壊滅的な状況にするモノなのかも分からない。でも、足を止める事が出来ない僕は、一瞬頭を過ったその思考を元に、光の方へと進むことを決める。


其処は、マンションの入り口だった。


頼りなく点いたり消えたりする蛍光灯。階段とスロープが伸びたマンションの入り口は、硝子で出来た扉があり、その中にある蛍光灯が点滅していた。


そして、気が付く。


硝子で出来た扉の片方が開いている事に。

まるで僕と彼女を招き入れるかのように、無造作に扉が開いているのだ。



あははははははははははははははははははははははははは



 背後から鬼気迫るような嘲笑が響く。選択肢など、既に無い。

止まる事など出来る筈もなく、僕はそのままマンションの中へと足を踏み入れる。同時に、硝子で出来た扉を閉め内側にある鍵をかける。



 あはははははははははははあああああああああああああああああっ!


 鈍い衝突音が走る。ドンッ! ドンドンッ! と。

 扉を閉めるのと、夜の住人がガラスの扉に勢い良くぶつかったのはほぼ同時だった。

まるで空間そのものを揺らしたかのような衝撃が、硝子の内側へと響く。その凄まじい轟音に、僕は思わず目を閉じてしまう。


あはは、はは、ははは、はははは、ははは、はは、はははは、ははははは


 奴らの笑い声に、僕は慌てて目を開ける。

 硝子の扉は蜘蛛の巣状に罅が入り、赤い血液と白い肉片らしきモノが付着している。奥に目を向けると、赤い血液をまき散らしながら、ころころとスロープを転がり落ちていく姿が目についた。


助かった、のか。

思わず、その場に崩れ落ちるようにへたり込んだ。心臓は跳ね回る程に痛く、肩で息をする事が止められない。夢だというのに両足は、けたけたと震えながら笑い続けている。


満身創痍。だが、それでも何とか逃げ切れた。張りつめていた緊張の糸を弛ませる。

安堵のため息を漏らし、溢れ出る汗を拭う。そして、僕は声多き少数派へと視線を向け──、悪寒が走る。



 殺。殺。殺。殺殺殺殺殺殺殺。

 諦めていない。


 目が合ったのだ、彼らと。彼らの目は悪意に満ち、此方を見ていた。眼の彼方此方から赤い液体を垂れ流しながら、それでも全ての爛々と見開かれた瞳が此方に向いていた。


 殺してやる。

 その瞳からは、その感情だけがありありと浮かんでいた。


 慌てて立ち上がる。再び車椅子を押そうと動き出す。だが、一度休んでしまった身体は、言う事を聞かずに、ひょこひょことしか動けない。それでも僕は、懸命に走ろうとする。

その行動と、再び鈍い衝撃音が聞こえたのは同じタイミングだった。

振り返ると、硝子のドアは更に細かく罅割れている。夜の住人は垂れ流す血液など気にも留めず慌てて逃げ始めた僕達を見て、更に狂った嗤うを叫び続ける。


逃げないと。硝子のドアは、どう見ても同じ衝撃にもう一度耐えられそうにない。早く。早く逃げないと!


あはあああはははははああははははあはああああはあはははああああ!


狂笑が響き渡る。夜の住人は再び距離を取り始める。ぶつかる為の助走なのだろう。

何処かに、逃げるところは。

混乱する頭で奥へと視線を向けると、蛍光灯に照らされた廊下が広がっていた。そして、チカチカと点滅する蛍光灯に照らされるエレベーターが一番奥に見える。

その光景を視界に入れた瞬間、チンという電子音が響き、エレベーターの扉が開かれた。


ごくりと自身の喉がなる音が、まるで他人のモノのように聞こえた。

都合が良すぎる。御誂え向きすぎる。まるで誰かが招くかのように、僕が意識したタイミングで開かれたエレベーター。


嫌な予感をひしひしと感じる。それでも、選ぶ他ない。

止まりそうになる足を叱咤し、一度だけ大きく息を吸い込むと、意を決し僕はエレベーターに向かって走り出す。

パリンと、今度は甲高い音が響く。狂笑が更に大きく耳を抉るほどの音量で響く。

扉が破られたのだ。確信する。けれども、もはや振り返る余裕もない。


ほんの僅か距離が、時間が、僕には永遠のように感じる。もどかしい程に動きの悪い僕の足を、それでも必死で動かし、僕はエレベーターへと向けて駆ける。


あはははははあはははああはははははははははははははははああああ!


近づく狂笑を無視しながら、エレベーターに滑り込むように乗り込む。急げ、急げ、急げ急げ急げ。バクバクと痛む心臓を押さえながら、すぐさま閉まるボタンを力強く押す。

ゆっくりと閉まるドアの奥に、血だらけの夜の住人が必死の形相で此方に向かって転がって来るのが見える。頼む、閉まってくれ! 早く! 早く!



激突音が響く。

エレベーターが大きく揺れる。



彼らが此方に届きそうになるのと、ほぼ同時にエレベーターの扉が閉まった。勢いそのままの夜の住人はエレベーターに激突し、轟音を響かせたのだ。

凄まじい衝撃。だが、エレベーターは大きく揺れるだけで、扉はまだ健在であった。


「助かった……のか」


思わず、口からそう零れ落ちる。


「た、助かったんですか?」


 僕の呟きを聞き、車椅子の少女はそう尋ねてくる。

 そんな彼女に、僕は何か答えようとした時、電子音とともに、エレベーターが上昇しだす。操作パネルを見れば、いつの間にか八階のボタンが光っている。

慌てて、他の階のボタンを押すがどのボタンも反応しない。


「おい、おいおいおい、嘘だろ」


 出鱈目に1階以外の全てのボタンを押すが、そのどれもが反応する事がない。非常停止ボタンですら、このエレベーターは意に介す様子はない。僅かな時間で、僕と彼女は8階へとやってきてしまっていた。

──、八階です。ドアが開きます。


酷く電子的な声でエレベーターの扉が無情にも開く。そして、それ以降エレベーターは喋る事もなく、閉まるボタンですら反応しなくなってしまった。


「……どこ、なんですか?」


 尋ねてくる彼女に、僕は何と説明すればいいのか少しだけ考える。


「何処かのマンションの八階だね。さっきの化け物からは逃げられたんだけど」


 このままエレベーターに居続けても、どうにもならない。むしろ、このまま一階に戻ってしまう可能性がある以上、外に出た方がいい。そう考え、僕は彼女が乗る車椅子を押して、八階へと出る。

広がるのは、何の変哲もないただのマンションの廊下だった。試しに一番近くにあった部屋の扉を捻ってみるが、やはり鍵がかかっており開く事が出来ない。


 少しだけ唸り、僕はまた近くの部屋の扉のドアノブを捻る。開かない。


「君は、どうして此処にいるんだい」


 色々と試してみながら、僕は彼女に話しかける。化け物から逃げ切れた事で僅かながらも、余裕が生まれた。その為、ようやく彼女と話す機会を得る事が出来た。


「わ、分らないんです。気が付いたら、ずっと、ずっと──」


僅かに俯く様な仕草をとりながら、辛そうに答える彼女。

しまったな。質問を間違えてしまったか。視界も行動も縛られていない僕ですら、どうしてこんな場所にいるのかなんて分っていない。身体を締め付けられる痛み、耳を劈く狂笑。肌で感じるこの世界の異質感。全てを縛られている彼女が感じるのは、僕以上の恐怖でしかない筈だ。

無意味に彼女の心を煽る訳にはいかない。けれども、現状を理解するには彼女の話を全く聞かない訳にもいかないだろう。


少し考え、僕はもう少し抽象的で具体的な質問を投げかける。


「君は、此処が何処か知っているかい?」

「ここって……、マンションの八階ですよね?」


きょとんとした声で答える彼女に、いや、そういう事じゃない と僕は頭を振り答える。


「ここは、夢。夢の世界だ。その自覚はあるかい?」

「──、ゆめ? ここが、」


 驚き、それと同時に生まれる納得。彼女が口にした声色から、そんな感情が混じる。

やはり、彼女もどことなくその事は感じていたのだろう。理解を示し始めてくれた彼女に、僕は更に告げる。


「そう、夢の世界なんだ。でも、ただの夢の世界じゃ──」


知る限りの説明を続けようと口を開き、直ぐに口を閉じる。


 光っている。それを見つけたのだ。

 廊下の奥にある部屋の中の灯りが、微かに燈っている。


 それを目にし、僕は何も言わず、その部屋のドアノブを静かに回す。すると、何の抵抗もなくガチャリと扉が開いた。此処まで来ると意図的な何かを感じる。まるで、何処かへと導いているのではないか、と。


 嫌な予感がする。

 化け物の胃袋に自分から飛び込んでいくような感覚。このままこの部屋に進んで、鬼が出るか蛇が出るか。どちらにしても、まともな何かは出てこないだろう。

 入るべきか、止めるべきか。僅かだけ開いた扉を前に少しだけ考えて、僕は自身の予感を信じ、扉に入らない事を選択する。


「あ、あの。どうしたんですか?」


 会話が途中で途切れた事に不安を感じたのか、彼女は僕にそう尋ねてくる。そんな彼女に、僕は小さく苦笑しながら首を振った。



「いや、何でもないよ。それよりも、この夢の世界。僕は夜の街って呼んでるんだけど──」


此処が夢の世界である事。

僕は何年もこの街に招かれている事。

この街には夜の住人と呼ばれる化け物がいる事。

そして、君がいれば何故か灯りが燈る事。


僅かな時間だったが、僕は彼女にそれらを伝えていく。それらを聞いた彼女の反応は様々だ。恐怖、驚き、そして疑問。様々な表情を浮かべながら、僕の話を聞いてくれる。


 ふと、思う。

 一体、何年ぶりにまともに人と喋っているのだろうか。

 此処は夜の街であり、尚且つ彼女は鎖に縛られているという異常な状況ではあるが、それでも久しぶりに行う人との会話に、僕は少しだけ心安らぐモノを感じていた。



 ───、ざり



 不意に何かの音が聞こえた。慌てて隠れる様にしゃがみ込み、壁に身を寄せ周囲の様子を見渡す。見えるのは、先ほどとは変わらないマンションの廊下。

気のせいか。そう考える前に、再び音が聞こえてくる。

 何かを擦る音だろうか。ざりっ、ざりっという音が何処からか響いている。誇示し続ける様な狂笑とは違う、静かに潜むような音。しかし、恐怖する。音の大きさか考えると、潜む夜の住人の大きさはどれ程巨大なモノなのか。


「……な、なんですか、この音?」


感じ取ることが出来たのだろう。彼女は少し声色を落とし、出来る限り小さな声で僕にそう尋ねてくる。


「分らない。でも、多分、さっきのよりも大きい夜の住人だ」

ざりっ、ざりざりざり、


擦る様な、這う様なそんな異質な音が、廊下の彼方此方から響く。いや、それ所か、マンションそのものが震えるように、聞こえる音と呼応しだす。まるで、マンションが異音を出す何かに包まれてしまっているようにすら思える。

どうするべきか。僅かに思考した後、音の正体を探りに、僕はマンションの廊下から下の様子を見下ろ──、目が合う。



弾かれたように、僕はマンションの中へと頭をひっこめる。

やばい。あれは、やばい。


尋常じゃない量の汗が額から滲み出る。僅かな安堵など吹っ飛び、異様な程に身体は冷え込む。竦む足はけたけたと嗤っている。先程の逃走劇がまるで茶番だったかの様な恐怖と畏怖。いや、既に先ほどの逃走劇など頭の中から消えてしまう程の衝撃だった。


「やばい。やばい、やばい。とにかく逃げないと」

 誰に言う訳でもなく僕はそう呟き、恐怖で麻痺しそうになる身体を無理やり動かす。


「どうしたんですか、大丈夫ですか?」

 錆びた鉄人間のように軋み、不格好に逃げ出そうとする僕に、彼女の声が聞こえる。僕はそんな彼女の車椅子を静かに押し出しながら、小声でつぶやく。


「──監視する目」

「え?」


何を言われたのか分らず首を傾げる彼女に、僕はただ先程の姿を思い出す。


「あれは、監視する目っていう化け物だ」

「そ、それはどいういう?」


大蛇。其処にいたのは、マンションそのものに蜷局を巻く蟒蛇だった。

怪獣映画にでも出てきそうな程に巨大な蛇がマンションに巻き付き、休息をとるかのように静かに眠っている。先程の音は、あの大蛇の寝相だったのかもしれない。

しかし、そんな眠る蛇の背に、眠らない化け物がついている。

それは、大量の巨大な目玉。人間の頭一つ分はある巨大な目玉を鱗の代わりに身体に存在し、眠る蛇の意識とは関係なくギョロギョロと周囲を監視し、睨み付けていた。


監視する目、と僕は名付けている。


主にマンションやビル、それに工場や学校などに蜷局を巻き、存在している姿をよく目にしていた。常に蛇は眠っており、その背に並べられた千を超える目玉が忙しなくぎょろりぎょろりと辺りへ向けられていた。


今まで遠巻きから見ていたが、それでも有り合えない程の存在感を放つ夜の住人。放つ恐怖、背筋が凍る感覚は、夜の住人の中では十指に入る程だ。

その多量に存在する目玉の中の一つと、僕は目が合ったのだ。


嫌な予感がする。


ざり、ざりざりざりざり

 先程よりも動く音が激しくなる。マンションそのものが悲鳴を上げるように、軋み揺れ始める。

逃げないと。手早く彼女に先程の夜の化け物の事を説明しながら、僕はマンションを忍び足で進む。とにかく、刺激しないように、と。背筋に流れる冷や汗を感じながら、僕は辺りを探りながら考える。

マンションから脱出は──、無理だ。さっき命辛々逃げ延びたところだ。近くのマンションに飛び移るのも難しい。少なくとも彼女を連れていくことは出来ない。なら、何処かに隠れるのも──、


 其処まで思考し、とある一室に目が行く。


 それは、あの部屋だった。扉が開いており、灯りが微かに燈るあの部屋。


 ざり、ざりざりざりざりざり、

 

 マンションが震える声がより一層大きくなる。やはり僕たちには選択肢は無いのかもしれない。

 僕はその音を耳にしながら、その部屋の扉を開けたのだった。








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