表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

なってしまいました

なってしまいましたので

作者: しましまに

 私の目の前には、体格の良い2人の騎士が短刀を掲げている。

 鋭く光る刃物、先端は私に向いている。背中にひやりと汗が流れる。

 ちょっと待て、どうしてこうなった。


「儀式のやり直しをお願いしたい」

 私が座るソファの左右に跪いて、騎士がそう言った。

 片や顔に傷のある大柄な金髪騎士、もう片方は無表情な灰色騎士。彼らは、まぎれもなく私の聖騎士になったばかりである。

 努力の末に私は〈神子〉になり、なりたくなかったけど仕方なく彼ら騎士の主になった。

 だけど、彼らだって仕方なく聖騎士になったのかもしれない。儀式の最中も不満気だったし、夜まで続いた挨拶合戦の時もやたら睨まれていたから。

 私のこと、気に入らないのですね。

 ええ、ちゃんと気が付いていましたよ?空気を読む日本人ですからね。

 でも品の良い客室に通され、ようやく長い1日が終わったら、もう何も考えたくなくなった。緊張と疲労で倒れこむようにソファで眠り込んでしまって、何が悪いの。

 ベッドで眠るよう、彼らに勧められたが眠ったふりをした。

 だって案内された部屋は、私たち3人同室で使うのに、ベッドは1台しかなかったから。やたらと大きいふかふかしたそれを見た時の恐怖を分かってほしい。

 どうぞ男性同士でお使いください。

 絶対目は開けないと自分に言い聞かせているうちに、夢も見ないくらい眠ってしまったのだが、現実の方が悪夢だった。

 瞼を開けると、ご主人の目覚めを待つワンコのようにソファの傍で佇む金髪騎士。あの吐息がかかるのですが。

 起こすにしても近すぎやしませんか?

 慌ててパウダールームに飛び込んだが、待ち受けていた灰色騎士に子どものように世話された。あの顔くらい自分で拭けますから。

 ソファに戻らされた私の足元に、流れるような動作で彼らは跪いて、そして言ったのである。

「ええと、それは私の聖騎士を辞めるということですか?」

 そう私が言うや否や、部屋の隅で朝食の準備に来た神官が、血相をかえて部屋を飛び出していった。


 私は普通の日本人だ。

 だけど異世界にトリップしたり、〈神子〉になったりして、自分でも普通なのか疑問に思う今日この頃。

 お世話になった夫婦のため頑張って〈神子〉になったけど、はっきり言おう、騎士の主になるつもりはなかったんです。ええ今更ですけど。

 そんな濃いお世話は、望んでいません。


 部屋には重苦しい空気に包まれていた。ここは標高8000超えの山脈か。

 要するにとても息苦しい。

 そんな空気をものともせず、2人の騎士は私に冷ややかな視線を向けている。いや平気なのは当然か。この空気を作り出しているのは彼らだから。

 機嫌が悪いらしい、そして,それは私のせいらしい。

 あの、私、あなたたち2人の主ですよね?

 主の私が肩身の狭い思いをしていますけど、何故?

 きりきりと頭が痛みだした頃、飛び出していった神官に先導されて大司教様がいらっしゃった。救世主の登場に、思わず笑顔になって、駆け寄っても仕方ないだろう。

 だが、背の高い2人の騎士が私の目の前に滑り込んで、広い背中で視界を阻まれてしまった。むう。

「まずはおかけ下さい。お話ししたいことがございますので」

 灰色騎士の冷たい声に、私たちはソファに移動した。神官が人数分のカップを置いて、そっと出ていってしまい、部屋には私たち4人が残された。

 まるで日本人並みに空気を読む人たちだ、できれば私も連れ出して欲しかったのだが。

「トナエ、何があったのだね?」

 大司教様がまず私に声をかけて下さる。ここは2人の主としてきちんと説明しなければならない。

「あの聖騎士を辞退したいと言われまして」

「っ、違う」

 金髪騎士が鋭く言う。その声音は低く唸るようで、少しこわい。

「私たちは儀式のやり直しをお願い致しました。我ら2人と〈神子〉との絆が弱すぎます。やはり〈血の交換〉を行わなかったことが誘因かと思いますので、ぜひ、今から行っていただきたく」

「ではトナエの聖騎士を辞退したいというのは」

「ない。トナエ以外の主など考えていない」

「ええ不完全でしたが儀式は成った。彼女は私の〈神子〉なのです。不本意ながら」

 主とか〈神子〉とか認めてくれたわりに、私を抜いた3人で会話は流れていく。はふとため息をついた。


「ではトナエ、彼らの手を握るように」

 目の前に座る大司教様が厳かにおっしゃる。

 絆が弱いと主張する2人の騎士の意向を受けて、大司教様が提案し、仕方なく言う通りにすることにした。

 だいたい絆ってなんなの、弱いって会ったばかりじゃない。そんなの当り前だって。本音は決して言葉にしないが。

 小さく「すみません」と言って彼らの手に触れた。右手は金髪騎士、左手は灰色騎士。

 ぴくりと2人の手の動きが伝わる。

「何か感じたかね?」

「え、えっと温かい?です」

 大司教様はため息をつき、左右からも深い吐息がもれた。なにか間違いましたか?

「君たちはどうかね?」

「トナエの神力を通じて、戸惑う心を感じる」

「困惑を。少しの愛情も感じません」

 え。ええ?私の心が伝わる?

 何それ、どうなっているの?慌てて繋がれた両手を振り払った。

「ほら、あなたは私たちを受け入れていない」

 灰色騎士が振り払われた手を見つめ、冷ややかに言う。

「俺たちより大司教を頼りにし、抱き上げることさえ許されず、手を払われる」

「夜も。受け入れられない、それが、どれだけ」

「ご、誤解です。えっと、ちょっとびっくりして」

 金髪騎士が懐中から取り出した短刀をすらりと抜いた。両刃のそれは刀身に複雑な紋様が彫られ、銀色の鈍い光をまとっている。

 さらには灰色騎士までもが、いつの間にか同じ様に短刀を手にしていた。


 きらりと短刀の鋭い切っ先が光る。

 胸の下で心臓が大きく脈打つのを感じた。

 真剣な彼らの表情に、その刀をどうするつもりか聞くまでもなかった。恐怖にぎゅっと喉が詰まる。

「〈神子〉に受け入れられない聖騎士など何の意味がある?〈血の交換〉さえ行えば、トナエは我らを受け入れるはずだ」

「ちょっ、ちょっと待ってく」

「大丈夫です。ほんの少しの血液ですから、それほど痛くありませんよ」

 じりじりと私に近寄る2人が握る短刀から目が離せない。距離を取りたいのに怖くて足がすくむ。

「2人とも止めなさい、トナエが怯えている」

 大司教様の制止も効果なく、あっという間に私の両手は捕まれて自由が効かなくなった。振り払うこともできない。

 やめて。それを刺すつもり?せめて指をぐっと握って抵抗する。いや。

 いたっ

 両方の手首に痛みを感じ、見ると肌色の皮膚に、ぷつっと丸い血玉ができていた。

 ああ血が。

 瞬間、目の前をちかちかと光が瞬き、ざあざあと両耳が嫌な音で満ちる。まずい。これは。

「やめ…手を、は」

 駄目だ、視界が暗くなる。早くしゃがまないと倒れてしまう。しかし捕まれた手のせいで座ることもできず、どんどん気分が悪くなり。

 そして。


 私は異世界トリップには向いていない、残念な女だ。

 自分でも嫌になるくらい好き嫌いが激しい。小説の主人公のように異世界料理を楽しんだり改革したりできない。魔力がないから調理器具さえ操れず、自分で料理をすることもできない。

 さらに、先端恐怖症気味で剣先に動悸がするし、僅かな出血でも脳貧血を起こして倒れてしまう。

 それなのになんで私が。

 答えのない問いかけを何度繰り返しただろう。

 でも、目覚めればそこは、決して自分の世界ではないのだ。


 ゆっくりと瞼を開く。

 壁を覆うタペストリー、幾重にも敷かれた絨毯、飴色に磨かれた家具。そして感じる軽い絶望感。

 大司教様が私の額に手を乗せ、その後ろには騎士2人が立ち尽くしている。

 片や顔面に傷のある金髪騎士は体格が良く、顔つきも精悍。片や灰色の髪と瞳をした騎士はすらりとした体つきで、繊細そうな顔をしている。

 2人ともとても気まずそうな表情で、私を見ていた。

「大丈夫かな、トナエ?」

「すみませんご迷惑をおかけして」

 優しい大司教様の声にほっとする。離れた手が少し寂しい。

「私、昔から血に弱くて。ほんの少しでも出血すると倒れてしまうんです。よくあることなので、いつもなら意識を失うまでに対処できるのですが、今日は間に合いまいませんでした」

 意識を失った私はソファに寝かされたらしい。

 そっと手を持ち上げると、まだいつもの肌色には戻らず白く指先が痺れたままだった。行儀悪いがしばらく横になっていよう。

「彼らの謝罪を受けるかね?」

「倒れるほど恐ろしい思いをさせてしまい、申し訳ありません」

「すまない」

 近寄る2人が少しこわくて、目を閉じる。ゆっくり息を吐いて、心を冷静に保てるよう自分に言い聞かせた。

 来ないで、そう言いたい。

 だけど、私の態度が彼らに行動させたことも、分かったから。

「いえ私の方こそお伝えできずにいたことを謝ります。血を見たら倒れるなんて、恥ずかしくて言えませんでした。〈血の交換〉を拒否したのはそういう理由からで、決してお二人を受け入れていないからではありません」

 優等生的な言葉。つくづく私は日本人なんだな。

 本心は、こんな行動を取るあなたたちは信用できませんと思っていたが。ええ。

「許されるなら、もう1度誓いを受けてくれますか?」

 灰色騎士が言う。この人は丁寧な言葉使いなんだな。金髪騎士は武骨な感じだし。

 今まで気が付かなかった。きっと、こんな私の態度が、この2人を不快にさせていたんだなと反省する。

「あの、でも私が〈神子〉でいいんですか?」

「お前以外、俺の主はない」

「えっと、でも私、こんな、だし」

「こんなとは異国人だからか?」

 睨まれていたけど、ちっとも意見を聞かないけど、私を〈神子〉だと認めてくれているのかな?

「誓いを受けて下さいますね。我ら、その身そのお心をお守りすることを、どうかお許しを。あなたを主として生涯お傍に寄り添う権利を」

 聖騎士の誓いを、2人は跪いてもう1度口にする。

 えっと、まだいいと言っていません。やっぱり私の意見聞く気ないんですよね?

 小さな声で大司教様がおっしゃる。

「はいと言うしかありませんよ。なにしろ彼らは、あなたの意識がない内に流れた血を飲んでしまったので。聖騎士を〈神子)から引きはがすことは困難です」

 は?

 人の意識がない間に何してくれるんだ、この人たちは。こっそり大司教様に騎士を交代できないかと打診もできやしない。

 やはり日本人はNOと言えないんですよ。ええ。

「それから、彼らの血を口にしてほしいと請われているのだが」

「絶対にできません、絶対です」

「そう答えると思っていたのだよ。しかし彼らの主張も一理ある。ではこうしよう」

 大司教様の提案はなかなかに受け入れがたいものだった。


 いくら異世界トリップしたところで、私はわたし。

 弱くて情けなくて自分でもうんざりする部分はトリップしたところでそう簡単に変わらない。自分を変えるのは、結局は自分自身。

 嫌なことだってどこかで折り合いをつけていかなくてはならない。あれもこれも嫌は通じないのだ。

 抱っこされて移動なんていや。

 同じベッドなんていや。

 血を舐めるなんて、絶対いや。

 じゃあ、毎日口づけするなんて、それだっていやです。


 なりたくなかったけど、主になってしまったら、降参しなきゃいけないだなんて知りませんでした。


つたない文章をお読みいただいて、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 読みやすい文章 [気になる点] なし [一言] とても面白くて何度も読み返してしまいました。 続きはないのでしょうか? 是非とも続きが読んでみたいです。 素敵な話を有難うございました!
[一言] で?
[良い点] 文章が上手で読みやすかったです。 主人公がイヤイヤ言ってばかりでイライラするところもあったけど、それがこの物語の面白いところでもありますね。 [気になる点] 短編なのに中途半端な終わりか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ