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六、ニギハヤヒとおおきなひみつ


「どうされました、ニギハヤヒ?」

「あ、あぁ……いや、また懐かしい名前が出てきたなって」

「ええ、そうですね。ずっと昔のことのはずでしたが、すべてが昨日のことのように感じられます」

「……かもな」

 いつも豪快でからからと笑うニギハヤヒは、珍しく気まずそうに、適当に相槌を打っている。


 ナガスネヒコの話を出した途端、彼の態度ががらっと変わった。

 ニギハヤヒは、ナガスネヒコの妹であるトミヤス姫を嫁にもらっている。ナガスネヒコとは義理の兄弟でもあるわけだ。

 ゆえにか、ニギハヤヒはナガスネヒコに同情的である。ナガスネヒコとの戦いの際も、最後まで彼を説得し続けて来た。


 ――皮肉なことに、その義理の兄弟を手にかけたのは、ほかならぬニギハヤヒであった。

 あの戦いは、楽ではなかった。イワレヒコにとっては、兄を失った戦いだった。ヤタガラスの導きがなければ、イワレヒコも危うかったかもしれない。


 あの戦いを知っている者であれば――ナガスネヒコを知る者であれば、彼の名は禁句と言ってもいいほどになっている。

 だから日常でナガスネヒコを口に出す者はいない。戦いの思い出など好んで話したいものはいないだろうが、イワレヒコらにとってのナガスネヒコは徹底されていた。


 それゆえ、ナガスネヒコとの戦いを知らないヤタのような存在もいる。


 そういった経緯や事情があるためか、ナガスネヒコの名をやむをえず出すと、彼を知る者ならだれでも身構える。


 だが、ニギハヤヒの態度はそれを差し引いても反応が過剰だ。

 イワレヒコはそれに気づいた。この態度は、ナガスネヒコのことで何かを隠している。


 とはいっても、ニギハヤヒが簡単に口を滑らすとは思えない。きっと一生涯誰にも告げない覚悟で秘密を抱え込むだろう。ナガスネヒコについての秘密は、要するにそれほど重大なものなのだ。口を割らすのは正攻法では不可能だ。


「ニギハヤヒ、ナガスネヒコについて、何かご存じのようですね?」

「何か……ってーと、なによ」

 ニギハヤヒの顔が引きつった。

「そうですねえ……例えば、あの戦いの時、彼を手にかけたのは貴方でしたね? 私は彼が闇に堕ちて行くのをはっきりと見ましたが、その後彼の死体は見つからなかった。闇に呑まれたゆえ上がらないのもしかたがないとは思っていましたが……果たして本当にそれで完結したのか、今は疑問です」

「っていうと? 俺ぁ難しい話は苦手でねえ」

「それは失礼。簡単なことですよ、ニギハヤヒ」

 イワレヒコはつとめて微笑んだ。



「貴方、今回の件で何か心当たりがおありなのではありませんか?」


 イワレヒコは微笑んでいる。ただし目は笑っていない。獲物を射ぬく目だ。

 昔から仲間として、家族として信頼しているニギハヤヒに対してその目で睨む。


 イワレヒコをそうさせるのは、今回の件にナガスネヒコが絡んでいるからに他ならない。

 心の奥底でくすぶる憎悪が、イワレヒコを支配しかけている。


 真剣なまなざしがニギハヤヒを見据えている。据わった目は、嘘もはぐらかしも許さない。

 睨まれたニギハヤヒは、動揺していた。


「ニギハヤヒ、私はこの怪奇の依頼を引き受けた以上、必ず解決させなければなりません。ですから、もしもあなたがナガスネヒコについて何かを知っているならば、教えて頂けると助かります」

「知っているって……馬鹿言え、俺には何も、」

「おや、何もご存じないと? では、私が裸眼で貴方の目を視ても構いませんね?」


 イワレヒコは冷めた目でニギハヤヒを見ていた。ニギハヤヒの息が詰まる音も聞こえた。明らかに焦っているのは最初から分かっていた。

 分かっていたうえで、イワレヒコはニギハヤヒにそう問うていた。

 ゆっくりと眼鏡を外す。レンズのようなきらめいた目が、すっとニギハヤヒの目と合わさろうとしている。


「っ!」

 その瞬間、ニギハヤヒはとっさにイワレヒコの目を自分の手で覆った。勢い余って押し倒してしまい、イワレヒコが布団に沈む。

 ばふんっ、と布団が跳ねた。

「いてっ」

「あ……!」

「ニギハヤヒ、痛いです」

「す、まん」

 イワレヒコはやんわりと、自分の視界を遮るニギハヤヒの手をどかそうとした。だが手は頑なに離れない。

 この態度からして、すでにニギハヤヒが何かを抱えているのは分かっている。問い詰めたところできっと口を割るはずもなく。


 手っ取り早い方法は、裸眼でニギハヤヒの目を視ることだ。そうすれば、彼が抱えている秘密をたちどころに暴けてしまう。


「それほどまでにナガスネヒコをお思いですか。少し、ナガスネヒコがうらやましいです」

「……いや、別に何かを思ってるとかじゃない」

「へえ? では、どういったおつもりで隠し事をなされるのか?」

 イワレヒコはうんざりして、無理やりニギハヤヒの手を引き剥がす。

 若干苛立ちを込められた眼差しで、ニギハヤヒを射抜いた。


 

「やめろ!!」



 一瞬、ニギハヤヒと目が合った。それもすぐに終わらせられた。また目を覆われたから。せっかく這いあがったというのに、また布団に戻る羽目になる。


「視るな……! いくらあんたでも、これだけは視せらんねえ……」

「……。その隠し事一つで、最悪の場合村ひとつが滅びるというのにですか? 貴方がそれを私に曝け出してくれることで、救われる村があるかもしれないのに?」

「わかってんよ、わかってる……! けどあんたは、あんたが『コレ』を知ったら……」

「知ったらどうなると?」

 ニギハヤヒは一瞬押し黙る。

「なあ、若。あんたはこの怪奇を解決すると言ったな?」

「ええ、言いました。引き受けた以上、解決しなければならない」

「それは……黒幕を殺すということか?」

「必要とあらば殺します。民は守らねばなりません。この手を血に染めてでも」

「そう、か」

 ニギハヤヒの声が、沈んでいく。


 イワレヒコは、火に油を注いだ。

「ナガスネヒコをもう一度殺すだけです。かくしている意味などありましょうか」


 胸倉をつかまれ、そのまま前方へ投げ飛ばされた。ニギハヤヒは力が強い。ひょろいイワレヒコを片手でぶん投げることなど造作もなかっただろう。


 部屋の壁にどんっ、と打ち付けられた。背中が強くたたきつけられ、そのまま床にずり落ちた。

「ぐ、が……っ」

 ずかずかとニギハヤヒがこちらへ近寄る。今度は目をそらさずに、イワレヒコの目を隠さずに、ニギハヤヒがイワレヒコを射抜いた。

 その瞳は怒りに満ちている。瞳の奥が、激怒に燃えている。ぎっと歯を食いしばってイワレヒコの胸倉を乱暴につかむ。

 今まで良好な関係を保ってきた彼が、自分にここまで乱暴することなどあっただろうか。


「てめえに何がわかる、青二才が」


 その目からは、自分に対しての憤怒と軽蔑しか視えなかった。

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