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物語  作者: 出門 陸
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耳なし法一裁判録

 法廷の傍聴席はすでに埋まっていた。人やら鬼やらがそれなりに行儀よく座っている。

「では、これより裁判を始める」

 いかにも裁判長らしい人間が、いかにも裁判長のものらしい席に座って、いかにも裁判長らしく言った。どういうものが“裁判長らしい”のか、と聞かれるとそれはそれで困るので、この辺への指摘はお控えいただきたい。

「被告人は、前へ」

 裁判長の命令と同時に、鬼が証言台の辺りまで引っ張られてきた。これまた、どこからどう見ても鬼にしか見えない、絵に描いたような鬼だ。

「被告人の罪状は、法一氏に対する以下略」

 というような感じで裁判長が延々と非常に長い口上を述べたのだが、たぶん僕も含めて法廷にいた人間のほとんど誰もまじめに聞いていない。第一、要約すれば“法一さんの耳をちぎって怪我させたんだからその罪を今から決めるよ”だけなのだから、一体全体どうしてあんなに長々と話し続けるのか皆目見当がつかない。

「それではまず、検察から」

 というように裁判長から話を振られた、誰がどう見ても検察官にしか見えない人間が、これまたひたすらに長い話を始めた。馬の耳に念仏。とりあえず今日の晩御飯について考えるとしよう。どうせ話の筋の見当はとっくの昔についている。

「続いて、弁護人」

 というように以下略。

 ここからいよいよ法廷での戦いが始まるわけだが、会話の一つ一つが非常に長いので、以下、発言はダイジェストでお送りします。


 さて、いよいよ法廷闘争が始まったわけだが、まず最初に入ってきたのは、この事件の被害者である法一さん。鬼にちぎられた両耳を包帯で覆っている姿が痛々しい。

 その法一さんはすっくとお立ち台に立つと、鬼の方を向いて色々と文句を言い始めた。あんたのせいで生活が大変だとかなんだとか、かなりの時間喋り続けていた。むべなるかな。

 さて、法一さんからの文句が終わったところで、鬼の弁護士が発言の許可を求めた。ちなみにお分かりかと思うが弁護士が鬼のように怖いわけではない。

 裁判長からの許可を得た弁護士曰く、“今回の法一さんに対する鬼の行動は法一さんのことを心配してのものだった”とか。

 この発言を聞いて、傍聴席は大騒ぎ。耳をちぎったくせに何言ってんだ、とか、お前おかしいだろ、とかいったヤジが人間側から飛んで、鬼側からは拍手やらなんやらが飛んだ。さながら国会中継だ。

 ついでにこの騒ぎを鎮めるために裁判長が「静粛に!」なんて言ったけど、それぐらいでは静かにならなかった。しかし騒ぎを見かねた青い制服と制帽の方が騒いでいる人の肩を順番に叩いていったところ、すぐに静かになった。権力とは何か、ということがよく分かる一幕だ。

 さて、ようやく騒ぎが収まったところで弁護士の発言が再開。さすがに騒ぎの後の妙な空気の中で喋り始めることはできなかったようで、お決まりのようにわざとらしい咳払いを一つ。

 その後に出た話は“法一さんが怪我を負ったのはお気の毒だけど、悪いのは鬼じゃない”という内容であった。いくらなんでもそりゃあ怪我させたやつが言っちゃあいかんでしょう、と多くの傍聴人(鬼は除く)は思ったんだろうけど、先程の事態を思い出してか皆押し黙っていた。人は学習する生き物である。

 ただ、ここで黙っていないのが検察官。我々の払った税金の分は仕事をしてくれているようだ。一安心。彼の言うところによれば“何を言ってるのかよく分からない。加害者が悪くないとはどういうことだ”だそうで。

 これだけ聞くと別の犯人がいるのかと思うが、弁護人はそんなことは言わなかった。曰く“鬼にとってはあれが当然の行動だった”と。

 もう裁判長の許可とか関係なくなっているけど、誰も気にしない。



 さて、ここで満を期して事件の中心人物の一人(一応加害者扱い)である鬼さんが登場した。鬼は人物じゃないだろうとかいう野暮なツッコミはさておき。

 両脇を強そうな青い制服の人に挟まれたまま粛々とお立ち台まで来ると、決然と彼は語った。


「ここであっしが有罪になっちまったら、そりゃあ鬼の権利の侵害ですよ」


 この発言に度肝を抜かれたのは作者だけではない。事実、傍聴席ではさざ波のようにざわめきが広がった。いくらなんでも急にこんなことを言われたら誰だって驚く。

 しかし、ここで驚愕に流されっぱなしになっていなかったのが検察官。悠然とその発言の真意を問い質したのである。伊達に修羅場をくぐり抜けてきたわけではないようだ。

 そしてそれに鬼は平然と答えた。“初めは法一さんの姿が見えないので心配した。そして、耳だけが見つかった。実は我々は耳が取り外せるので、法一さんの身に何かあってそれを知らせるためのSOSではないかと思った。法一さんへの害意は全くなく、むしろ心配していたほどだった。ここで私が有罪になるのなら、それは耳を取り外せる鬼を人間と差別しているようなものだ”と。

 この発言を受けて傍聴席の鬼たちからは拍手喝采雨あられ。一方の人間側は死んだ鯉みたいに間抜けに口をぽかんと開けていた。そんな中でお立ち台にいる鬼は自分の耳をこれ見よがしに取り外しているものだから、法廷は呆れるほどにシュールな様相を呈していた。

 さて、ここで鬼が無罪放免になれば大岡越前ばりの名裁きになったのかもしれないが、それでは気が済まないのが法一さん。そりゃ誰だって“大怪我させられたけど状況的に仕方なかったから誰も悪くないよ”なんて言われて納得できようはずもない。

 おもむろに、法一さんの体にお経を書いたお坊さん(重要参考人として呼ばれていた)を指差すと“冷静に考えてみれば、全ての元凶はこいつにあるんじゃないか”と言った。

 確かにそうかもしれない。お坊さんがお経を書かなければ、法一さんは怪我をすることはなかったわけだ。今まで通り歌を鬼に聞かせていただけだろう。事実、鬼自身“害意は全くなかった”と証言しているわけだし。

 そして、お坊さんがお経を書いたとしても完全に書ききっていたのなら、これまた法一さんは怪我をすることはなかっただろう。鬼には法一さんの姿が見えないわけだから、不意にせよ故意にせよ傷つけようもない。

 つまり、お坊さんが中途半端にお経を書いたから起こった事件なのであって、鬼の行動は状況を鑑みれば仕方がないものだった、ということだ。それならお坊さんの過失が問われることになる。

 さすがのこれにはお坊さんも反論しようとしたが、これは別の裁判を開く必要があるので、裁判長が鬼の無罪を言い渡してかなり強引な閉廷になった。



 さて、今度はお坊さんの裁判が起こるわけだが、とりあえずここで筆を置かせてもらおう。いくらなんでもこれ以上続けるのは冗長さがすぎるだろう。

 ひとまず、何事も中途半端はいけない、ということの良い教訓なのだろうか?


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