調子に乗らない方が良さそう
床にうつぶせのまま転送されて、カノンは転んだ痛さに小さく呻きながら顔を上げる。
転んだ拍子に、カノンの顔を隠すほど大きなフードがめくれて、銀色の艶やかな髪が零れ落ちる。
その姿すらも何かの芸術品のような美しさをたたえていた。
そこで、目の前に白い手が差し伸べられる。
青い髪に金色の瞳。かの人形を使う、次代の水の四天王。
「……ありがとう」
そう手を握り、カノンは立ち上がるが、立ち上がると同時にそのまま体を引き寄せられてキスをされる。
「んんっ」
再びちりっとする違和感があるがそれよりも、
「放せ!」
初対面の相手にいきなりキスされるいわれは無い。
そう思い睨み付けると、彼は薄く笑った。
「睨み付けた顔も、お美しいですね、カノンカース様」
「御託はいい。それで、用件は何だ」
そう取り付く島も無い様子のカノンだが、次代の水の四天王は微笑んで、
「私はまだ水の四天王を襲名しておりませんので、ネルとおよび下さい」
「では、ネル……お前達は僕達に牙を向けるのか?」
カノンの金色の、魔物の瞳が煌々と輝く。
その威圧感に、ネルは息を呑む。
甘い香りがする、可愛らしいその姿から放たれるそれはとても恐ろしく、若干骨抜きにされているとはいえ魔王たる威厳を感じさせた。
確かにこの美しく恐ろしい彼は、ネルを含めた魔族の愛すべき偉大な魔王なのだ。
だから、そんなカノンにうやうやしくお辞儀をしてネルは、
「我々は貴方様に反逆するような意思は持っておりません。現に我々から貴方へ敵意は感じられないでしょう?」
「……確かに、敵意を持っていれば、おのずとこちらの対応も敵対的になる。だから、騙せばいい。現に他の城では兵が偽装されている……」
「けれどその牙は貴方へと向けられるもののように見えましたか? 我々は魔王である貴方様に従い、敬愛するように作られているのに?」
「……前から聞きたかったのだが、どうして僕がかのパーティに紛れている事を知っている?」
「……いつだって我々は、魔王である貴方様方の身を案じているのです。それでは答えになりませんか?」
「そうだな。……だがお前の城は特に魔族の気配が少なすぎる気がするが……」
わざとここの兵を少なくして、何か思惑があるのかとカノンは思うも、それに対してネルはおかしそうに笑った。
「ははは、本当にカノンカース様は知らないのですね」
「何だと?」
「我々水の四天王の一族は人形を使うことに長けています。つまり魔族自身が戦うよりも確かに人形は力は劣りますが、それでも前線で戦う危険は減らせるのです」
そんな得意げなネルに、カノンは父であるトリューカースから聞いた話を思い出しながら半眼で、
「……僕が父様から聞いたのは、水の四天王は代々人形フェチで、生身の魔族は、よっぽどの美形で無いとあまり好きじゃないと聞いたが……」
「……趣味と実益をかねているんです。そんな変態みたいにおっしゃられるとは心外です!」
必死になって弁解するネル。
個人の趣味に口出しするのもどうかとカノンは思ったので、一度小さく溜息をついて、
「……分った。お前達が魔族を裏切るような事は無いと言いたいのだとそれで良い」
そうカノンは告げる。だが、それに対してネルが、
「……貴方様の方こそ、魔族を裏切っているのではないのですか?」
「なんだと?」
それは、カノンには聞き捨てなら無い言葉だった。
確かに生まれてこの方魔王城に引きこもって、魔族達と交流は無い。
それでもカノンは魔族の長である魔王だという自覚もあるし、人間に侵攻もしている。
それも魔族達のために。
人間達と交流せざる負えなかったために人間にも良い奴もそして悪い奴もいる事を知っているし、近い場所にいたから多少甘さはあるかもしれない。
それでもカノンは自分が魔王であると、魔族であると自覚しているはずだった。
「レオンといいましたか。カノンカース様はあの人間と非常に仲がよろしいそうですね」
レオンと言われてカノンはびくっとする。
――それがどうした、別に後ろめたい事なんて無いはず。四天王に探りを入れるために、レオン達のパーティに紛れこんでいただけで……。
それでも、得体の知れない不安がカノンに襲い掛かる。
いま、目の前のネルが言おうとしているそれが、酷く恐ろしいことのような気がして心なしかカノンの表情がこわばる。
その様子に、ネルはにっと冷たく笑ってカノンの最も聞きたくない言葉を告げた。
「貴方様は、レオンという“人間”を恋愛感情で、愛しているのではないのですか?」
次回、一時間後。よろしくお願いします。




