いい気味だ
誰かが舌打ちしたような気がして、ルカは周りを見回す。
けれどその誰もが各々談笑しているのを見て、ルカは虚空も見つめてにやりと悪い笑みを浮かべる。と、
「どうしたの、ルカちゃん。悪い笑みを浮かべて」
「いえ、ちょっとだけいい気味だと思っただけです」
「誰が?」
「さあ?」
そうくすくすと笑うルカだがその顔が少し清々しているようだった。
イオはそれは良かったなと心の中で思って、けれど何も言わない。
そこで、ガラッと部屋の扉が開かれた。
「カノンちゃん?」
にしては、もっとこう、大人の色気があるような気がしてイオは見ていると、ルカが傍に駆け寄る。
「トリューカース曽祖父様! どうされたのですか?」
「ルカ……助けて下さい」
「一体何……が……えっと、なるほど」
部屋の入り口付近に、現四天王とレイルが現れる。
レイルの手にはそれはそれは美しいドレスが抱えられている。
ネルの衣装をカノン達は着ていたのだが、それ以外で手に入るルートといえば……レオン関係しか思い当らないとルカが思った所で、トリューカースがルカの後ろに隠れた。
「助けて下さい。レイルが僕の事を美しく着飾ろうとするのです」
「そうですか……所で四天王は一体……」
「……僕の女装姿を写真にとるのと引き換えに、僕を裏切ってレイルに……」
そうルカの後ろで顔を真っ青にしてがくがく震えるトリューカース。
しかしそんなトリューカースに四天王はふうっと溜息をついて、
「トリューカース、我々はレイルに手を貸しているのではない」
「そうだ。偶然利害が一致しただけだ」
「美しいものを更に着飾りたいというのは当然の欲求だろう」
「あ、他に欲しい衣装がありましたら私に言って下さい」
最後に言ったのはネルの父親だった。それは良いとして、
「カノンちゃんの、お父様ですか?」
「そうですが……貴方は?」
「イオと申します。カノンちゃんとは一緒に旅をさせて頂きました」
「そうですか。カノンが随分楽しそうでしたからね……」
「そうなのですか?」
「ええ。馬鹿やったりして、もう少し遊びたいといっていましたからね……とても楽しそうに」
そう優しげに微笑むトリューカースはカノンにとても似ていて、そして、子を思う親の顔と同じだった。
そんなトリューカースにイオは少しだけ躊躇しながらも、
「そうですか……カノンちゃん。あの、お父様、一つだけお願いがあるのです」
「何ですか?」
「カノンちゃんとレオンの仲を認めていただけませんか?」
「……いやです」
「……レオンは優しくてそして、心が強い人です。確かに力では魔族に敵わない、弱い人間かもしれない。ですが、カノンちゃんを受け止めきれるだけの器量はあります」
「……でも、カノンはここに逃げてきたではありませんか」
「……でも、レオンは追いかけてきました。この魔王の城まで。人の身で」
「……あれは人間の王族です。一番の敵である"光の神"に一番近い」
「レオンがカノンちゃんを傷つけようとした事はありませんよ? むしろカノンちゃんを救おうと、命を懸けました」
「……けれど、助けられなかったでしょう?」
「そうですね。でも、魔族と違い弱い"人間"が彼らの"光の神"に逆らう事が……どれほど勇気のいる事だと思いますか?」
それに、トリューカースは少し黙ってそれから、
「魔王と人が交わって子がなせた前例がない」
「人の子と、魔族の二人が生まれるそうですよ」
そこで、それまで黙っていたルカが付け加える。
それにトリューカースがはっとしたようにルカを見る。
ルカは本当に優しげに微笑んでいて、トリューカースは何かを言おうとして、けれど口を閉ざす。
それからトリューカースは、何処か諦めたような、けれど悔しそうに言った。
「……分っていたんです、レオンがきっとカノンの運命の人だと。でも、僕は……カノンが可愛くて、渡したくなくて……」
「トリューカース曽祖父様……」
この時、とうとうトリューカースは自分が負けた事を認めた。
カノンは大切な子供だったけれど、子供はいつの間にか大人になって、自分の手を離れてしまった。
けれどこれは、誰もが経験する事。
そして、手を離れた子供もまた、同じ立場になってようやくその気持ちを理解するのだろう。
どう声をかけようか迷っていると、そんなトリューカースにレイルが近づく。
「……私が傍にいる。それで、満足できないか?」
「レイルとカノンは違いますよ。でも……ありがとう」
そうトリュカースはレイルに抱きしめられて、安堵したようにその胸に体を預ける。
そんなトリュカースを暫く抱きしめて宥めたレイルだが、落ち着いた頃にトリューカースを抱き上げた。
不思議そうに見上げるトリューカースにレイルはにっこり笑いながら、
「それでは、着替えようか。私のお姫様」
「……い、嫌だ」
「駄目だよ、トリューカース」
そうレイルに言われて、そのままトリューカースは部屋の外へと連れて行かれてしまう。
けれどトリューカースの声が聞こえる。
「レオン、あのクソガキがぁあぁ、おぼえていろぉおお」
「トリューカース、もう少し綺麗な言葉づかいをしような」
「だって……むー、んんんっ」
声が聞こえなくなった。キスで口を塞がれたのだろう。
「……欲望が支配に勝利したのだ」
「? どういう意味? ルカちゃん」
「いえ……何でもないです」
そう答えながら、支配された様子のない二人にルカは思う。
"光の神"の策略は結局の所、"愛"の前では打ち砕かれて意味を成さないのだと。
「いい気味だ」
悔しがっているだろう"光の神"に、ルカは小さく笑ったのだった。
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