辞書には何でも載っている
「あー、カノンちゃん、おはえりー」
イオが本当に楽しそうにけらけら笑っている。そしてトランは、イオの前で正座して黙々とお酒を飲んでいた。
「……何で戻ってきたらまた酔っているんだ?」
「赤ちゃんのお母さんが、お礼だってお酒も持って来てくれたの。本当においしゅうございます。トランもそう思わない?」
「……うむ、酒さえあればどんな奴らでも倒せる気がする」
と頷く二人に、カノンは頭痛がした。とりあえず気絶したレオンをベッドに横にならせて、
「今回の依頼で当分は食いつないでいけそうだよ。でもなくて困るものでもないからこまめに稼いでおかないと」
「ふーん、じゃあそろそろ他の町に移動する? ここの依頼、ホーリィロウ達が片っ端からクリアしちゃったから、あんまり良いの残ってないし」
「……なるほど、奴らを避けながらの方が美味しい依頼を手に入れられると」
ちなみに、ホーリィロウ達はカノン達を追跡予定であるが、カノン達は知らない。そもそも、
「あの、僧侶って奴が気に入らない!」
面白そうな気配を感じて、イオがカノンに近寄ってきた。
「何があったの? カノンちゃん」
「聞いて! あいつ、僕の事をくすぐり放題くすぐったと思ったら、レオンを気絶させて連れ去ろうとした!」
「ふむふむ、それでカノンちゃんはどうしたの?」
「もちろん取り返してきたさ! まったくレオンは油断しすぎ!」
「それでなんでカノンちゃんはそんなに機嫌が悪いの?」
「それは、"幼馴染"のレオンが連れ去られそうで、そんな弱いレオンが許せなくて……」
本当にあの僧侶は許せない。まさかレオンを連れて行こうとするなんて。
僕のレオンを。
そこまで考えてカノンは首をかしげた。
今、自分は何と考えた?。レオンはただ利用するだけで、でも良い奴だから好感は持ってて、優しいし、真面目な顔してればカッコイイし、たまに犬みたいに懐いて来てそれも嬉しいし。
なるほど、ペットに対する愛情と同じか?。そうか、僕はレオンをペットにしたいのか。
でも人間だし、動物と同じようには無理だよな?……どうしよう。
「……カノンちゃん、何か変な事考えているでしょう?」
「そんな事無い! 真面目に考えていただけだ!」
イオは、真面目に考えてキス百回すると子供が出来るとか言っていたんじゃなかったかなと思ったけれど、黙った。とりあえず今は生暖かく見守ろう、"仲間"として。
そこで、カノンの手に古ぼけた本が一冊ある事にイオは気づく。
「カノンちゃん、その本は?」
「辞書だよ。古本屋で買ってきたんだ。安かったから」
「何でまた……魔道書とかの方が良いんじゃない?」
「……この前の事といい性の知識が僕には足りていない。だから辞書を見て勉強する事にした!」
「あ、うん。確かに辞書にはエッチな言葉とか載っているもんね」
「でしょ? これでもうレオンに馬鹿にされないぞ! 最後までの意味を、絶対調べてやる!」
その情熱は素晴らしいとイオは思ったが、そもそもそれ系の大人の本を見れば一発なのではないかと思う。
あ、そういう本があること自体知らないのか。なるほどなるほど……本当に箱入りだな、オイ。
などと、イオが思っている事も知らず、意気揚々とカノンは辞書を調べ始める。
だが、相手をしてもらえないのも酔っ払ったイオはつまらない。もくもくと酒を飲んでいるトランを見ているのも楽しいのだが、先ほどカノンと話している途中許容量を超えたらしく倒れて泥酔している。
「そういえば素直にくすぐられるなんて、カノンちゃん、珍しいね」
「……敵意が無かったから」
「ほう、良い事聞いちゃった♪」
にまーと笑うイオに、カノンは身の危険を感じる。そもそも酔っ払いと関わって良い事があったためしがない。この前は樽に突っ込まれたし。
「ま、待って、まず話を……」
「問答無用、てい! ふふ、カノンちゃんてあったかーい」
「やめ! 抱きつくな! 放せ!」
「酷い! そうだよね、カノンちゃんこんなに抱き心地が良いものね」
「文章が明らかにおかしい! 僕に抱きつく前に寝ろ!」
「やーん、カノンちゃんのいけずー、と見せかけてすりすりすり」
「ふえ! ちょ、そんなとこ触らないで! ふえ、ひん!」
イオがふにゃふにゃ笑いながら顔をこすり付けてくるのを引き剥がそうと、カノンは懸命にがんばっていると視線を感じた。
見るとレオンが真剣な表情で二人を見ている。それにイオが気付いて、
「良い仕事しているでしょう?」
「ありがとうございます。しばらくおかず無しで大丈夫です」
「二人とも訳の分からない事言ってないで、レオン、助け……」
「レオンも混ざる?」
面白そうにイオが誘う。それにすぐさまレオンは頷こうとした。
しかし、じろりとカノンに睨まれて、レオンは固まった。そんなレオンを見て、イオが本当に面白そうに、
「じゃあ、カノンちゃん、レオンをからかってみる?」
「え? どんな風に?」
耳貸してと言って、カノンが耳を近づけると小声で耳打ちした。レオンは嫌な予感がした。
カノンがレオンを見て、悪戯っぽく笑う。
「レオンの事は遊びだったんだ」
レオンは、先ほどよりも固まって、真剣にイオに言った。
「イオ、言わせて良いことと悪い事がある」
「おや、レオン怒っちゃった。こういう時はお酒を、カノンに飲ま……くう」
イオが立ち上がったと思ったら、ベッドに倒れこんだ。いい加減酔いが回ったらしい。
ようやく開放されたカノンが、起き上がってほっと一息を付いて、次の瞬間悲鳴を上げた。
「僕の辞書が……濡れて……ああ、もう中の文字が見えない……」
水差しに浸されて、辞書が大変な事になっていた。うっうっと泣くカノンに、レオンはにこやかに笑って、
「ははは、残念だったなカノン」
「レオン、まさかわざと?!」
「さあ、どうだろうね、と、はは、当らんぞ!」
カノンが杖を振り回すと、レオンがそれをひらりとかわす。そうしばらくして、二人とも疲れてしまいその日は寝てしまったのだった。
お気に入り、評価ありがとうございます。とても励みになります。
次回更新は未定ですが、よろしくお願いいたします