やーめーろー
また衣裳部屋に連れて行かれるんだろうな……とレオンがメイド達に引きずられていると、
「おや、レオン、帰ってきたのかい?」
そこにミランがにこやかな笑みを浮かべて立っていた。
「……待ち伏せしていやがった」
「人聞きが悪いな。愛しいレオンに会うために待っていたと言って欲しいな」
「同じじゃないか! ああ、もう鳥肌が立ってきた」
「それは私に感じてくれているという事かな?」
「やめろ! もうそれ以上言うのをやめろ! そしてそこのメイドはメモを取るな!」
ミランは相変わらず笑っており、メイドはメモを残念そうにポケットにしまった。
どっと疲れが出てきてレオンは、まず出てきたお化けのような何かだとしか思えない存在であるミランに問いかけた。
「何の用だ?」
「一つは、婚約を破棄したいといわれたので断っておいた、かな?」
「誰との?」
「レオンと私との」
さらっと言われてレオンは、血の気が引きそうになった。そもそも、
「当たり前だ! 俺は絶対に嫌だ! カノンとしかしない! というかいつ婚約したんだいつ! 俺は知らないぞ!」
「んー、レオンとのお見合いの前日だったはずだが」
「俺には何の話も来ていなかったぞ!」
「レオンは反対するだろうからね。恥ずかしがりやだから」
「やーめーろー、どうしてお前はそんな気持ちの悪い言葉ばかり吐くんだ」
何故同じ姿をしていて、こうも中身が違うのだろうとレオンは思う。
いやまあ、中身が同じでカノンへのライバルが増えるという点を考えれば良いのかもしれないのだが。
そこでふっとミランが真面目な顔をした。
「……本当にレオン、お前はあのカノンを……魔王カノンカースを自分のものに出来ると思っているのか?」
「できるさ」
即答するレオンに、ミランは少し戸惑ったようだった。
「……あれは、私達の手の届かない存在だ。少なくとも私はそう思う」
「何を言っているんだ? カノンを俺は何度だって抱きしめたぞ?」
「そういう意味でなく、あれは……手に入らない、人の手に落ちてこない、そういうものだ」
「……どうしたミラン、何か悪いものでも食べたのか?」
「あれは"敵"であり、魔族の王。そして……レオン、お前の好きな魔王カノンカースは魔族を見捨てられない! その意味が分っているのか!」
「つまり?」
「いずれ別れる事になる。もしくは酷い別離が……」
「ミラン、お前はカノンの事を分っているようで全然分っていないな」
にやりとそこでレオンは笑った。
「カノンは俺に夢中だし、俺だってカノンに夢中だ!」
「それは一時の気の迷いだ。もし、それが無くなった時、レオン、お前はどうするつもりだ!」
「カノンにお願い捨てないで、ってお願いするしかないな」
「それでも駄目だったらどうするんだ!」
「ならそのつど何度だって口説くさ。俺は、カノンの事を愛しているから!」
その答えにミランは一瞬口を開いてからぎりっと唇を噛んだ。
「あの魔王カノンカースは、私を、お前達を狂わせる……」
ミランからレオンやホーリィロウを奪っていくのに、瞳に映せば欲しくなる存在。
きわめて性質が悪い。
いっそ憎めれば楽なのに、ミランもまたカノンに魅力を感じている。
けれどそんなミランに気づかず、意味を間違えて、
「好きというのはそういうものだ」
と、レオンが偉そうに言ってみる。
その言葉にミランは少し考えてから、
「……確かに、私だってあの魔王は魅力的だ。けれど、それにレオンやホーリィロウが夢中なのは……変な感じがする。特にホーリィロウはあの魔王に振られたというのに……」
その言い草に、レオンはふと、
「ミラン、本当はお前、ホーリィロウが好きなんじゃないのか?」
思った事を口にした。
それにミランはまた少し考えて、
「……それはこの前、あのもう一人の……ルカという魔王にも言われた」
「そうなのか、二人に言われたというならもう……」
「ちなみに、ルカも今のレオンと同じような事を言っていた。そして、『"信頼できる"から気に入るのと"好き"だから気に入るのと意味は違う』と言われた」
「……そんな事をルカが言っていたのか?」
つまりレオンへの好きというのは、とレオンが考えていると、ミランが言葉を選ぶように口を開いた。
「ホーリィロウが私は好きなのは、"信頼できる"からだ。ああ見えて一本芯が通ったところがあるし、誠実だし、少しひねくれているがそこもまた良いし、それに、私をきちんと見てくれる」
「ミラン?」
「だから私は、ホーリィロウを"信頼"している」
そういいきるミランのいつもと違う真剣な表情に、レオンは色々読み取るも、
「……そんなホーリィロウを利用するのか?」
「……何の話かな?」
「……カノン絡みで何かを企んでいるだろう? "信頼"を失う事になるぞ?」
「……少し手伝ってもらうだけですよ」
「だから……」
そこでレオンは続きをいえなかった。
ミランの顔が目の前にまで来ており、そのまま唇が重ねられる。
ぞわぞわとレオンは背筋に気持ちの悪いものが走り、冷や汗が吹き出て、けれど体は動かない。
一方ミランはすぐに唇を離して、
「うむ、なるほどなるほど。それでは失礼するよ、愛しいレオン」
そう言って何処かへと去っていった。
そしてその場に取り残されたレオンは暫く放心状態にあり、はっと我に返る。
レオンは今起こった事を頭の中に思い浮かべて、その絶望的な感覚から傍にいたメイドに問いかけた。
「カノンのいる部屋に案内してくれないか?」
人気のない廊下を歩きながらミランはふむと考える。
キスは何度もしたことがあるが、なるほど。
確かにレオンとのキスも気に入っているが、ホーリィロウとした時の方が"甘かった"ような気がする。
「やはり、ホーリィロウも側室に迎えるか?」
本人はやけに嫌がっていたが。
そう思うとミランは何処か苛立ちを覚える。
「まあいい。それはおいおい。今は……かの神の、御意志のままに」
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