幼少期の黒歴史(7)
カノンは自分の部屋の中で、ベッドに寝転びながら頭を抱えていた。
「最近僕は本当に子供になっている気がする……」
大勢の子供達と遊ぶという経験の無い子供時代を過ごしていたから、確かにこれは新鮮でカノンは楽しく思う。けれど、
「……一応僕、百歳超えているし、魔王だし、何だろう、これ……でも父様とレイルが一緒に居るなんて、安心だけれど心配というか、ずるいというか……うう」
そう、うー、と呻いて枕を抱きかかえ、カノンは顔を埋めてぐりぐりする。
現在カノンは、正確にはカノンだけが魔王城に戻ってきていた。
理由は単純で、今日が満月だからだ。
満月の魔物としての衝動を抑えるために、居心地の良い我が家である魔王城にカノンは帰ってきた。
子供のふりをしていた分だけ、今の大人になった自分の体にはじめは違和感をカノンは感じたが、暫くすると慣れてしまった。
そうなってくると、不安なのはここに父であるトリューカース……村ではトールという偽名を使っている……がレイルと一緒に村に残っている事だった。
本当は一緒にカノンはここに戻りたかったのだが、レイルにまたも邪魔されてしまった。
「……別に、父様を力づくで連れ帰っても良かったのに。何で置いてきたんだろう……」
そんなのカノンは考えたくないだけで、本当は分っているのだ。
レイルはカノンの父とカノンがそう簡単に引きさけないくらい仲良く、そしてカノン自身をも不器用ながら可愛がっている事を。
そして、少しというかほんの少しだがカノンだってレイルを信頼はしているのだ。
そう考えてしまったカノンは、ありえないとぷるぷると首を横に振って、
「……認めたくない。というか、父様連れて、光の神の教会行くとか最悪じゃないか」
しかもなんか嫌なものが纏わりついてきたようにカノンは思うのだ。
実際にその日は、父様達の部屋に突入しようとしたら、床一面にバナナの皮が落ちていたし。
「食べ物を無駄遣いするのっていけない事だと思うんだとか言ったら、ゴミを貰ってきたとか言うし。というかなんで教会でバナナを配っているんだ……ご信託かなんだか知らないけれど、迷惑だ。本当に神託だったら光の神は細かい所でも性格が悪い……」
ぶつぶつとカノンは一人で愚痴を零してから、ふうと溜息をついた。
一人でこんな事をしていても仕方がないというか、虚しい。
もう一度枕にぎゅっと顔を埋めてから、ぼんやりとレイルといて幸せそうな父様を思い出して、
「……好きな人か」
あんな風に幸せに笑えるような相手が、カノンには出来るのだろうか。
現状で魔族と交流のほぼ無い魔王であるカノンは、どちらかというと人間との接点が多い。
「人間の恋人? ……魔族である僕が、魔王である僕が人間の恋人か……」
ぼんやりと今まであった可愛い女の子や男の子が頭に浮かんで……最後に、レオンという子供がカノンの頭に浮かぶ。
浮かんでから、それは無いなとあっさり切る。
人間は光の神の眷属である事も含めて、さすがに子供過ぎるし、そもそも人間は年が離れすぎている。
それでもあのレオンという子供がカノンは気に入っていた。
そして、今日は満月だった。
「……美味しそう」
目をとろんとさせて、カノンはポツリと呟いてからはっとして、血の気が引く。
今自分が言ったその言葉にカノンは酷く罪悪感を覚えてしまう。
美味しそうと魔物衝動が出てしまった、それはカノンがレオンに好意を持っている事に他ならない。
「……嫌だ、嫌……それは、嫌だ」
何でこんなものがあるんだろうと思って、カノンは瞳に涙が浮かぶ。
カノンはこの呪いが光の神によるものだと知っている。
光の神はとりわけ魔王にとって特に嫌いな、性悪な敵なのだ。
その衝動について考えるとカノンに人間の恋人など出来るはずも無いし、一つのパーティに長く留まれない。
情が移って彼らを危険にさらすわけにいかない。
カノンの好意は彼らの死へと繋がっている。
「好きな人か……」
もう一度カノンはそう小さく呟いて、それはどんな魔族なのだろうと思って瞳を閉じた。
恋に恋するように、まだ見ぬ相手を夢見てカノンはその夜深い眠りに落ちたのだった。
時刻はカノンが城に戻る前。
レオンはカノンがいないことにがっかりしていた。
「今日はカノンはいないんだ」
「うん、熱出したんだって。風邪だって言っていたけれど、きっと今日が満月だからいゃないかな。ほら、セーレも体調崩してこの日は寝込むし」
「“妖精族”は魔族みたいに暴れたりしないんだよね?」
「? 当たり前じゃないか。本当に“妖精族”は変わった種族だよな。綺麗だし……」
そう言われて、お見舞いに行きたいのだが、レオンが来る前にすでに風邪だと、カノンの父トールに追い返されたと他の子供達からレオンは聞いていた。
風邪で弱っていたカノンが心配だという気持ちがレオンにはあったが、同時に弱ったカノンを慰めてあげて、好感度をアップさせたいと打算的なことも考えていたのだが……とらぬ狸の皮算用というか、失敗に終わった。
でも、弱ったカノンもきっと可愛いんだろうなと、歪んだ思いを抱き、レオンは新たな大人への階段を上ろうとしたその時、ある子供がレオンに声をかけてきた。
「……レオンはカノンに勝ちたいのか?」
「……君は?」
「俺は、シン。というかずっと一緒に遊んでいたのに覚えていないのか」
「……ごめん」
「別にいい。それで、レオンは今のこの状態に満足しているのか? 違うだろう? カノンに勝ちたいんだろう? ……だったら協力してやるよ」
「……どうして?」
「……俺がボスになりたいからだ」
そういうシンにレオンは首を振った。
「……僕はカノンに認めて欲しいだけだから。それは自分の手で手に入れたいと僕は思う」
「だったらなおさら今のままだと駄目だぞ?」
「……どういうこと?」
「カノンはお前のことを部下だと思っているから。このままだと同じ土俵に立てないぞ?」
違うとレオンは言おうとして、口をつぐむ。
他の子供達とレオンはカノンにとって同じで特別ではなくなっている気がする。
カノンの“特別”になる。でも、
「嫌われたくない」
「別のグループを作って、今までと同じように戦うだけだ。カノンと少し距離を置いて、自分を見てもらう……ほら、あんまりに近すぎると顔だって目だけとかしか見れないだろう?」
「距離を置いて、僕を見てもらう……わかった。君のその案に僕は乗るよ」
そうレオンが言った瞬間、シンがにやりと笑って、レオンは一抹の不安を覚えたのだがもう後には引けなかった。
カノンの“特別”になりたい、そんな欲求が不安よりもレオンの中で勝っていたから。
こうしてカノンが悶々としている間に、レオンはカノンから少し距離を置くことになっていたのだった。
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