気のせいじゃなかった
王都近くのシルスの村。
とりあえず宿は取った。
レンヤとルカは別の部屋で、二人きりの何かがあるらしい。
それを妨害するという気力すらなく、カノンはぼんやりしていた。
「……なんとなく、ここに来た事があるような気がするけれど……分らない」
と首をかしげるカノンに、レオンは小さく笑ってから、
「それじゃ、イオ、トラン。ちょっとカノンに思い出させてくる」
「頑張ってきてねー。ところでレオン、相部屋で良かったの? 思い出したカノンちゃんとこう……」
「……イオ、もっと早く言おうよ!」
「ま、いざとなったら空気くらいは読むから、頑張っていって来い!」
「行って来い!」
イオとトランに応援されて、レオンは頑張る! と元気良く返事をした。
そんなレオン達を見て、カノンは何処か不安げだ。
違っていたらどうしよう、思い出せなかったらどうしよう、そんな不安にカノンは頭を悩ませていた。
故に先ほどのイオ達の会話も一切聞いていなかったので焦らずに済んだわけだが。
「ほら、カノン行くぞ!」
そうレオンに手を握られてカノンは歩き出す。
不安と期待を胸に、カノンはレオンを見上げると、レオンは安心させるように笑いカノンの頭を撫でた。
「大丈夫だから」
「……うん」
カノンは頷く事しかできなかった。
昼下がりの時間帯のためか人が出ていない。
「俺たちの泊まった宿は、カノンがいなくなって三年後かな、それくらいに出来た新しい宿なんだ」
「そっか……」
「何も思い出さないか?」
そうレオンに笑いかけられて、カノンはいたたまれない思いに駆られる。
「うん、ごめん。……町並みは、他の普通の村と同じ雰囲気だから、違いが分らない」
「……そうか。じゃああいつの家でも尋ねるかな。カノンにも会いたがっていたし」
「え? あいつ? というか僕にって……」
「いいからいいから」
そう教えてくれないままレオンはカノンを連れて行く。
そんなレオンをずるいと思いながらも、レオンにに手を引かれて歩く今の状況は嫌じゃなくて、むしろ嬉しい。
そしてある家に辿り着いて、家に付いたベルを鳴らした。
すると中からハーイという声がする。
どたどたと慌てるような足音共に、戸が開かれて、中から現れたのは、レオンの記憶を垣間見た時に居た魔物とのハーフの、レオンの幼馴染。
とても綺麗な“妖精族”で、カノンと同じ、金と青い瞳。
彼はレオンが来たのを知ってとても嬉しそうな顔をして、それにカノンはちくりと胸が痛んで。
けれど彼はカノンに気づくと驚いて、そしてレオンの時よりも嬉しそうに笑った。
「カノンちゃん! 久しぶり、大きくなったね!」
「え! って、うわああああ」
抱きついてバランスを崩しかけたカノンをレオンが支えながら、
「セーレ、嬉しいのは分るけどもう少し……」
「あ、うん。ごめん、つい、嬉しくて……カノンちゃん?」
セーレという名前と目の前の綺麗な魔族との混血に、カノンは何かを思い出しかける。
「……セーレ? 待って、あのいつもびくびくしていた?」
「そうそう。……やっぱりカノンちゃん僕の事、忘れていたんだね」
「え、いや、あの……だって、昔よりも綺麗になっていたし」
「ふふ、ありがとう。でもカノンちゃんは美しさに磨きがかかったみたいだね。まあ、昔からカノンちゃん目茶苦茶可愛くて、何人もの人間が道を踏み外しそうだったからねぇ。レオンが追いかけ続けたのも判る気がする……カノンちゃんどうしたの?」
今のセーレの話で、カノンは全部思い出した。
というかなんで自分は思い出せなかったのかと思って、確かに似ていると思ったけれどもっと可愛かったような気がしなくもないというか……顔を蒼白にしてゆっくりレオンをカノンは見上げた。
確かのあの髪の色も瞳の色も……あの時の子供“レオン”にレオンは同じだ。
「まさかあの、しょっちゅう取っ組み合いの喧嘩をしていたあの……レオン?」
レオンを指差す指先がプルプル震えるカノンを見ながら、レオンは溜息をついた。
「酷いんだカノンは。俺の事まで忘れていたんだぞ」
「うわー、そうなの? 執念深く何時までも何時までもこの村に来ては、カノン戻ってきたかと聞きまくるレオンを?」
「……何でそんな棘のある言い方をするんだ。俺は純愛なのに」
「下心ありありだった気がするけど、そういう事にしておくね。ああそうだ、ここで立ち話もなんだから、積もる話もあるし中に入ったら?」
「お言葉に甘えて。ほら、カノン、行くぞ」
「あ、うん……」
そうレオンに手を引かれながら、カノンはぼんやりとあの当時の事に思いをはせたのだった。
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