なでなで
暗い夜の街。
カノンが魔法を使って捜索すると、屋台の立ち並ぶ一角をホーリィロウはぼんやりとしたように一人歩いていた。
別に何をするわけでもなくふらふらと歩いている。
声をかけようかレオンは迷っていると、カノンが迷いのない足取りでホーリィロウに歩いていく。
そしてそのままがしっと腕を掴むと、そこでホーリィロウは初めてカノンの存在に気づいたようだった。
「カノン君、こんにちは。どうしたのですか?」
いつもと変わらずにこやかに微笑むホーリィロウに、カノンは何もいえなくなる。
カノンはしばし迷ってから、口を開いた。
「勇者でなくなったのは本当か?」
「……誰から聞いたのですか?」
「あの、ミランとかいう気持ち悪い奴にその話を聞いて、それで探しに来た」
「そうですか、ミラン様が。レオン様に会いに?」
「そう言っていたな……」
「カノン君も口説かれたりしたのですか?」
「側室になってくださいと言われた」
「この前と同じですね……はは」
相変わらず微笑みながら、けれど力なくホーリィロウは笑う。
それが酷く痛々しく思えて、カノンは自分の背よりも高いホーリィロウの頭に手を伸ばして撫ぜる。
ホーリィロウは驚いたような顔をして、けれど小さく微笑んだ。
その様子にカノンは少し安堵して、
「元気がでたか?」
「……そうですね。あの時も、こうやって頭を撫ぜてくれたんですよね、カノン君は」
「え?」
そんな話は初耳だった。
レオンといいホーリィロウといい、まるで何かに引き寄せられるに、昔、出会っていたと言う。
昔、と言われても人に紛れてカノンも色々やっていたので、どれがどれだか分らない。
怪訝そうな表情のカノンに、ホーリィロウは何処か悲しげに笑い、
「……いいですよ。昔の事です。ほんのひと時一緒にいただけで、覚えている方がおかしいでしょう」
「ごめん……僕は、ホーリィロウの事もレオンの事も覚えていない」
そう俯くカノンとは対称的に、ホーリィロウは顔を輝かせてレオンを見た。
「レオン様、実は、本当はカノン君と会っていなかったとか……」
「……何でそこで嬉々とした声にちょっとなるんだ。俺は心配して損した」
「? 心配してくださったのですか? 僕の事を」
「……まあ、昔からの顔見知りだし、お前には借りがあるから」
そう照れたようにそっぽを向くレオンに、ホーリィロウはにやりと悪い笑みを浮かべた。
「では、その借りでミラン様とお見合いを……」
「やめろ、やめてくれ、やめてください、お願いします。本当に気持ちが悪いから……」
「いいじゃないですか、ミラン様の本命ですよ? というか、僕にも手を出しかける位飢えていますのでレオン様も少し……」
「やめてくれ、頼むから……手を出されかけた、だと?」
「ええ、カノン君にもう手を伸ばす資格すらなくなったと思って涙が出てしまい、そうしたらキスされて……」
「本当はミランはお前の事が好きなんじゃないのか?」
レオンが恐ろしい事を口走る。
案の定、ホーリィロウがそれはないわという顔をする。
「今までそんな素振り、少しもなかったんですよ!」
「色んな奴と着かず離れずにいたミランが、唯一ずっといるのがお前じゃないか」
「見た目が良かったから、です。そうはいっても使えるかどうか見定めはするでしょう、それでミラン様のお眼鏡にかなっただけです。そもそも僕がどれだけミラン様のお手伝いをして、レオン様と会う切欠をつく……」
「……通りで、ミランの奴が俺の動向に詳しくて準備がいいと思ったんだ。蛙の玩具を仕掛けておいて、俺の驚くのを楽しそうに見ていたし……そうか。そういえば、ホーリィロウは親も俺の父の警護をしていたものな。俺の行動なんて筒抜けかー」
「……僕の立場ですと、ミラン様のお願いを断れませんよ?」
そう真剣にレオンに説明するホーリィロウ。確かに話の筋は通っているが、
「……お前、以前俺が女装しているのを見てミランが好きになったっていったよな? そしてある時期暫くミランを見なかった時期があったが、そのとき俺が男だって気づいたのか?」
「ええ、そうです。基本的にレオン様達は、伴侶に、この世界で数少ない女性を選べる立場ですしね」
「何ですぐに教えなかったんだ? お前、あの頃はすでに知っていたよな?」
「……僕は賢い子供でしたので、周りの状況に流されやすいのです」
目を泳がせながら言うホーリィロウにレオンは半眼になって、
「……面白がっていただろう」
「まさか、一時の享楽にそんなとんでもない……」
「……お前、昔はそういう性格が強かったよな、特に。……もうミランの恋人になったらどうなんだ? なかなかいい相手だぞ?」
「やめてください、僕は年上好みなんです。ミラン様は年下じゃないですか!」
「……まさか、一番の理由はそれか?」
「それもありますがあの性格も……よく丸め込まれて苦手ですし、それに僕はずっとカノン君のことが好きだったんです!」
そう力説してホーリィロウがカノンを見て、そこでカノンが驚いた顔をしている事に気づいた。
そしてホーリィロウの顔を見てカノンが、
「……ホーリー?」
「! それです、あの時僕が唱えていた偽名は!」
「カロッサに、ベクトルも」
「ええそうです。あの二人今結婚して……」
盛り上がる二人に、レオンは聞き覚えのある名前だと思って、大体の時期について分った。
よし! 俺の方がカノンと早く会っているぞ!。
そんな事をレオンが考えているとは思わず、カノンとホーリィロウは二人でさらに盛り上がる。
「そうかあの小さくてませたホーリーが……でも、あれからそんなに時間が経っていなかったんだ……。もっと経っていたと思ったのに……」
「本当にあの時は、カノン君は僕達を助けて、記憶操作をしようとして……」
「えっと、ごめんなさい……」
「いえ、結果とした魔法技術を学べたとカロッサも喜んでいましたよ?」
「? あの程度で?」
そう首をかしげるカノンにレオンは付け加えた。
「たしか、魔族は人間の文明の発達レベルを制御していたんだろう?」
「そうなの?」
「ああ、ルカに聞いた」
「僕はそんな話知らない……後でルカに聞こう」
そんな何処かしょぼんととするカノンに話を変える意味でレオンは、
「……というか、二人で盛り上がっていないで俺も混ぜてくれ。寂しい」
そこで、ホーリィロウとカノンが顔を見合わせて笑って、ホーリィロウが、
「いいですよ。それに僕はカノン君との出会いを……こんな事になってしまいましたからせめてレオン様に見せびらかしたいですし」
「……ホーリィロウ、いい性格してるよな。心配して損した」
そう言ってぶすうとむくれるレオンを、ホーリィロウとカノンは笑って、話し出したのだった。
次回更新一時間後