挫折をする余裕がない
宴会の最中、ふとカノンとルカ、そしてレンヤが何かに反応した。
「カノン? どうした?」
「嫌のものを感じたけれど……気のせい、なのかな?」
そう首をかしげるカノンの口に、レオンは果物を放りこむ。
「! 美味しい!」
「この時期この地方の旬の果物だから。美味しいだろう? ほら、もう一つ食べさせてやるから、口を開けて」
「あーん」
先ほどまでの、深刻そうな表情は何処へやら、カノンは幸せそうに笑う。
本当にカノンは可愛いなとレオンは思いながら、ちらりとルカ達の方を見ると、ルカとレンヤがなにやら考え込むようにお互い顔を見合わせていた。
イオとトランはいつもと変わらないのをレオンは確認して、後でルカ達から話を聞こうと思う。
けれど、とりあえず今は、
「はい、レオン、野菜も食べなくちゃ駄目だよー」
といってカノンが野菜を差し出してくるので、ぱくりとレオンは口に含む。
カノンに食べさせてもらうと、普段自分で食べる肉以上にレオンは野菜が美味しく感じられてしまう。
そんな幸せを噛み締めながら、レオンはその日の宴会を終えたのだった。
その頃神殿では、ホーリィロウが顔を蒼白にさせていた。
「ミラン様……冗談がきついですよ……」
ホーリィロウはそう言いながらも、その声が乾いてかすれている事に気づいた。
そう、ホーリィロウは本当は分っているのだ。
目の前にいる彼が、“光の神”だという事を。
そんな“光の神”は、目だけ笑わずにホーリィロウに微笑みながら、
「これでも大分力を落とした分身だから、それで君も分らないのかな?」
これで大分力を落としていると聞いてホーリィロウは衝撃を受ける。
その圧倒的な力量の差に、ホーリィロウはどうあっても対抗できないと知る。
それこそ、魔王カノンカースをもってしても。
そんなホーリィロウの様子に、見下したよな色が“光の神”の瞳に見える。
「でも君の事は、かっていたんだよ? 君ならきっと魔王カノンカースのもとまで辿り着けるし……きっと気に入ってもらえる。彼ら魔王の好みは大体把握していたからね」
「それでしたら、何故、僕は……」
「全てが予定外なんだ。たまたま魔王カノンカースが転送陣に入り込む直前に、もともとある場所に転送されるようお膳立てしておいたのに……バナナの皮に引っかかって、転送陣が誤発動してレオン達の近くに転送されてしまっていてね」
「……は?」
何か変な話を聞いたような気がしてホーリィロウはつい聞き返してしまった。
そんなホーリィロウに、初めて“光の神”嫌そうな顔をして、
「……バナナの皮に転ぶ呪いだ。あの時まで完全に忘れていた、そういった呪いをあいつらにかけておいた事を」
「……そうですか、それでレオン様達と……。他に、予定外の事があるのでしょうか?」
ホーリィロウは全ての原因は“光の神”なんじゃないかとか、と攻め立てたい気持ちを抑えて、話を促す。と、
「レオン達と旅する事も、あの魔王カノンカースがレオンを好きになる事も、そして、あの未来の魔王だとかはまだ良いとして、それと一緒にいた勇者レンヤに……まだあるが、全てにおいて予定外だった。そして本当であればお前達が助けに行かなければ、四天王と魔王達の間に修復できない傷が出来ているはずだった」
要するに魔王を孤立させる目的が今回あったらしい。
だが、これほどまで力ある“光の神”があの四天王達の何を恐れるというのだろうか?。
それを考え込みたい気もしたが、ホーリィロウはそれよりも、
「……ですが、何故僕なのですか? これから、かの魔王を僕が……」
「少し、別の面白い事をしてみようと思ったから、君は必要なくなった。そして、失敗した腹いせだよ」
そんな傲慢さと、身勝手さにホーリィロウは“光の神”を睨み付けた。
かの“光の神”はそんなホーリィロウの様子に目を細める。
「……お前、反抗的だな」
「僕が、どれほど昔からカノン君の事を好きだったのか……そして、いつか勇者になって再び合間見える日を望んでいたのかご存知ではないのですか!」
「知っているよ。それで?」
「……そんな事をやっていると、“振られ”ますよ?」
ホーリィロウは、その性格の悪さに対する、単に皮肉のつもりだった。
けれどその瞬間、“光の神”は憎々しげにホーリィロウを見つめるも、そのホーリィロウと“光の神”の間にミランが割ってはいる。
「申し訳ございません。ホーリィロウには、私からよく言っておきますので、お許しください」
「……まあいい、たかが人間ごときにむきになっても仕方があるまい。それに、お前にも得があるとはいえ、お前には協力してもらうから、今回は見逃してやる」
「ありがとうございます」
そううやうやしく、ミランは“光の神”に一礼する。
それに習い、ホーリィロウもご気分を害してしまい申し訳ありません、と頭を下げる。
“光の神”はふんとそれを鼻で笑って、すうっと消えてしまう。
それを確認して、ホーリィロウは安堵の溜息をついた。
ホーリィロウも気づいていたのだ。
あの“光の神”がホーリィロウを睨み付けた瞬間、自身の存在がほどけて消えてしまうような錯覚を覚えたのだから。
もし、あの時ミランが割って入らなければ自分は……そう思うと、ホーリィロウは今更ながら振えが走る。
そんなホーリィロウに、珍しくミランが優しげに声をかける。
「ホーリィロウ、かの神に逆らおうとは思わない事だ。気分を害せば、それだけで私たちは一溜りも無い」
「……分っています。そんな事は……ですが、僕は、本当に、カノン君の……こと……が……」
今更ながら、もう手を伸ばす事すら出来なくなったのだと気づいて、ホーリィロウの瞳から涙が零れて嗚咽する。
そんなホーリィロウを見てミランが、
「……ホーリィロウ、君は悲しげな顔も美しいね」
そう言って、軽くあごに手を添えて唇を重ねた。
ホーリィロウは初め何が起こっているのか分らなかった。
そして軽く吸われて放された瞬間、ミランにキスされていることに気づいた。
ミランは何処か楽しそうに笑っているが、ホーリィロウは信じられなかった。
「あの、ミラン様はレオン様が好きなはずでは……」
「そうだね、確かにレオンは本命だが、基本的に美しいものは大好きだよ? 私はね」
「……今まで僕にそんな素振はありませんでしたよね?」
「ん? そういえばそうだね。近くにいるのは当たり前だったし……でも、君の事は気に入っていたんだよ」
「それは、ありがとうございます。ですが、このような事は今後止めて頂きたい。誤解はされたくないですから……」
「別に私は美しいものは好きだから、君を側室にしたいと思う程度には好きだよ?」
「……すみません。僕は用を思い出したので失礼いたします」
分ったとミランが答えるのを聞くないなや、ホーリィロウは全力でその場を逃げ出した。
身の危険を感じたからだ。
そんなホーリィロウを見送りながら、ミランは不思議そうに首をかしげた。
「……何故私は、ホーリィロウが悲しげだから……笑わせたいと思ってキスをしたのだろう?」
本命はレオンのはずで、そのレオンを好きな一番の理由も自分の姿の美しさに陶酔しているミランが、自身の容姿に似ていて、そして可愛らしい性格のレオンが気に入っているからだった。
それ故に、昔からその美しさゆえに自分の傍にいることを許したホーリィロウを伴ってレオンに色々ちょっかいをかけていたのだ。
付き合いが長いからだろうとミランは呟いて、さてレオンに会いに行くかと思う。
ミランはこの時まだ、何も気づいていなかった。
次話は一時間後です