筋肉の力は偉大
「yosi、今こそ新技を試す時!」
そう叫んだかと思うと、レオンの上半身の衣類が弾け飛んだ。
中から現れたのは、筋肉隆々となったレオン。上半身だけ異様に発達したレオンだ。
ちなみに顔だけは元のままなので違和感しか感じない。
だがそのあまりにも衝撃的な光景に、カノンも含めて誰もが言葉を失った。
「じゃあ行って来るから☆」
カノンに笑いかけて歩いていくレオンをカノンは引き止めた。
「カノン?」
「『カノン?』じゃない! それ、そんな技……まさか、この前レベルアップした時に……」
「そうだ! やっぱり男は筋肉だよな!」
そんな楽しそうなレオンを見て、カノンは泣きたくなった。でも泣いてもどうにもならないので一先ず、
「その技、返品して来い」
「え、でも……」
「一週間以内で戦闘に未使用であれば返品できたはず」
何で人間というか敵の技の管理まで、魔王であるカノンがしないといけないのだ。というかそんな知識が必要になるなんて……。ため息ばかりがカノンの口から零れる。
が、レオンは首を横に振って。
「え、嫌だよ。俺この技気に入っているのに」
「レオンは弱いんだから、少しでも良い技を持って、選択肢の幅を……」
「凄く素敵だと思わないか、この筋肉!」
きらきらと目を輝かせるレオン。可愛いよ、確かにそんなレオンは可愛いとカノンは思う。けれど、
「……分かった」
「だろ、この筋肉……」
そこで、カノンはレオンを杖で殴った。
「ぐふっ」
そしてそれと同時にみるみる筋肉が消えていく。後には、レオンがいつもの体型で気絶して倒れる。
カノンが使った業は、いち、にの、ポカーンで技を忘れさせる魔法だ。
これで再度新しい技が契約できるはず。
「まったくレオンは、悪ふざけが過ぎる……」
そうカノンは嘆息して、今はレオンをこのままにしても大丈夫だな、次はと、カノンはリンツに向き直った。
その表情は、先ほどまでの困ったような穏やかな表情ではない。
それを見て、リンツを取り囲む少年達は言葉を失う。
それいに対してリンツは、へえ、と面白そうに笑った。
「もしかしたなら、カノン様がお相手してくださるのですか?」
「ええ、僕が相手になりましょう」
そこで、襟首を掴まれて、カノンはずるずると壁際まで引きずられた。この感じはイオだなとカノンは気付く。
そして、イオが怒ったようにカノンを見る。
「どうするの、カノンちゃん。レオンだって、確かにふざけてあの業を選んだと思うけど、今必要な業でしょう!」
「……必要ないよ。だって僕が勝つから」
そう言い切るカノンに、イオは何ともいえない顔をする。
そして、搾り出すように口を開いた、
「……もう少し僕達を信用してよ。力になりたいんだ。レオンは僕達よりもずっと信じて欲しいはずだよ?」
「………………………………………………」
まさかそんな事を言われるとは思わなかったので、カノンは本当に驚いた。そしてそれをそのまま顔に出した。
それを見て、更にイオが何か思うところがあるようにしかめる。
だからカノンは精一杯の笑みを浮かべてイオに答えた。
「……ごめん。でも、ありがとう!」
それは本心からだった。本当に心配されていることが分かって、それは悪い気はしない。だから、精一杯自分にできることを彼らのためにしようとカノンは決めた。
一方イオは、その笑顔を見て反則だと思った。これでは怒れない。
「じゃあ、僕、がんばるから」
そう小走りで、いつの間にか要された机にカノンは座る。目の前にはリンツがいる。
「上着は脱がなくていいのか?」
「ええ、かまいません」
そう答えつつ、合図があって一回戦が始まる。
そこで少年達がリンツに声援を送る。
「「がんばってリンツ様!」」
それにイオが対抗心を燃やす。
「よし、僕達も応援だ! 僕は踊る!」
「では俺は、笛を吹こう!」
ぴーひーと笛の音に合わせて、イオが踊る。それは確かに見るものを惹きつける踊りではあったのだが、
「てい」
その油断をカノンは利用した。
第一回戦は、カノンの勝ちである。リンツはぶすっと頬をふくらませて、
「そこの人間、踊るな!」
「別にそちらも声援を送っているのでは?」
面白い冗談ですねとにっこりとカノンは笑うと、リンツが、
「じゃあ、お前達静かにしろ。これでそっちも止めろ」
気分を害したような少年達。それを見て、カノンはほんの少し溜飲が下がると同時に、皮肉を言いたくなる。
「残念ですね、イオの踊りは凄く魅力的なのですが」
「目障りだ」
きっぱりと言い切ったリンツ。そこで再び腕を組みなおす。
二回戦の合図がある。沈黙の中、拮抗する力、そこで、
「痛い!」
カノンが悲鳴を上げた。するとリンツが焦ったように力を抜く。だが、それがカノンの狙いだった。
「てい」
またしてもカノンの勝ち。よって勇者達の勝利である。
「僕達の勝ちです」
えー、と少年達が言っているが、カノンは聞こえないふりをした。
カノンは、目の前のリンツに視線を戻す。その結末に、リンツは納得がいかないらしい。
そのすねた様な表情がレオンに似ていて、カノンはほんの少し笑ってしまう。
そこでリンツが席を立って、カノンのすぐ傍までやってくる。
そしてカノンの顎を掴むと、自分の唇に重ねた。
「んっ……んんっ」
ちりりと唇を通して妙な感触を感じたが、カノンはそれどころではない。
と、襟首を掴まれて倒れこむように後ろに引きずられて、そのまま抱きかかえられる。
見上げるとレオンが居た。
ただ、いつもと違って頼りない表情ではなくて、何というか……。
「……カノンに手を出さないでください」
「警告はしたよ? 君に何が出来るんだい?」
「貴方には関係ありません」
そのまま、今度はカノンを抱き上げると、レオンはきびすを返す。
リンツも何も言わない。
レオンの様子がいつもと違うから、抱きかかえられたままカノンはレオンに恐る恐る声をかける。
「あ、あの、レオン?」
「ああ、そういえばカノンが勝ったので、俺に君達もついてきてくれ。イオ、トラン、帰るぞ」
さっさとこの城から出たいというかのように、そしてレオンはカノンと話すつもりはないらしい。
それが頭にきて、カノンは下ろせというも、まったく聞く耳を持たない。
結局、宿に戻るまでカノンはレオンに口を聞いてもらえなかった。
その広い広間に残っていたのはリンツ一人。
「さて、と。負けてしまったが……手は打った」
そう連絡を入れると、相手の三人は笑う。実際に会うとどうだった、ときかれてリンツは答える。
「綺麗で、魅力的で、本当に今すぐ自分のものにしてしまいたかった」
そう答えると、彼らはそれは楽しみだと答える。
そして幾つか話してそして、会話を切る。
「カノンカース様、か」
リンツはその名を口の中でそっと転がして、美味しそうに飲み込んだのだった。
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一区切り付きました。次回更新は未定ですが、よろしくお願いいたします