プロローグ その1.ミツ姫
異空戦騎 /プランクトン・ワールド
作/EINGRAD
プロローグの壱
語り神は世界を観察している。
(ラコントディーオ オブセルヴァス モンドン)
眼下の世界にて起こりつつある出来事は、彼の好奇心を刺激して止まない。
彼の居る場所の下にはひとつの大陸がある。
世界を覆う広大な大洋の上に浮かぶそれは孤独な大陸であった。
自らの大陸の事をラニ・レジャステーロと呼ぶその地に栄えた文明は遥かな過去から興亡を繰り返し、「彼」の物語を紡ぐと云う役割を満足させて来た。
そして、今またひとつ、物語が始まろうとしている。
<ラニ・レジャステーロ大陸 左平原北部辺境域 ナガエザカ自治領/ミツ姫>
ベッドの中で目を覚ますと、生まれてから十四年間見慣れてきた天井が目に入る。
この地を支配する豪族であるナガエザカ家の三女として生まれてきた私、ミツは今日を最後にこの光景を見る事は無くなってしまう。
二〇〇有余年の歴史を誇るナガエザカ家は代々、聖峰を戴く聖地へと巫女を送り出す風習が有るからです。
つまり、今代の巫女候補が私、ナガエザカ・ド・ミツことミツ姫である。
…私の御先祖様が東方の右平原の出身な為に少し変わった、いえ、伝統に則った名前なのです。
不平や不満を持っては初代であるザ・イェモンに顔向け出来ないという物ですね。
幾らここが西方の左平原であり、「名前」+「家名」が主流なのに「家名」+「名前」というのが珍しくて、市民の友達から「変なのぉ~」とか言われてもです。
ええ、それに、私が今日から向かう聖峰にある聖地の教団には東方の右平原の出身者も多いとアモルファさん…もとい、今日からは私の導師となるフラティーノ・アモルフォが言ってましたし。
そうそう、父さまが教団に遣いを出して暫くしてやって来たのが巡回修道士のフラティーノ・アモルフォでした。
彼女が1ヶ月前に我が家にやって来てから色々な事を教えて貰いました。
元々、大陸各地から巫女としての才能のある女子を探しては巫女として勧誘する巡回修道士であるフラティーノ・アモルフォは教師としての役割も持っている訳なのですから、この一ヶ月の間に、みっちりとこの大陸についての教養を仕込まれました。
まずは、一二〇〇年以上前に魔王によって滅ぼされた統一帝国でつかわれていた言葉、共通語の学習です。
まぁ、ここ、ナガエザカ自治領は冒険者が旧魔王領を探索する出発の町として発展した所です。
果てなく深く広大な地下迷宮や天を穿つ塔の遺跡には共通語の表示が書かれていますので冒険者が遺跡探検に出るには必須の言葉なのです。
ですから共通語はこの自治領で普通に使う言葉ですから、それ程苦労しなかったんですけどね。
けれども、おとぎ話や昔話でよく出てくる統一帝国って云うのが本当に実在の国だったって言うのが驚きです。
だってこの広い大陸の右平原も左平原も支配していただなんて。びっくり。
大陸中を旅する冒険者の中でも高名な人がこの町に来た時には我が家の食卓に招いて色々お話をしてもらうことが有るんだけど、そういう人たちだってここから南の海へ着くまでに危険な場所を通り抜けて毎日歩き続けても十年近く掛かるって事なのに。
フラティーノ・アモルフォの説明では、大陸を統一していたから統一帝国って名乗ったって、案外単純なんだなぁ~だったら今よりも未熟な国だったのかな、とか思っちゃったけど、大間違いだって。
今よりもとんでもなく魔法が発展していて、たまに遺跡から発掘されるマニ式円陣とか云う筒なんか一度回すと止めるまで魔法の力で回り続けるとか、今ではもう作れないような魔術工芸品や、いまの魔法使いが使える魔法よりも強力だったり便利だったりした魔法が普通にあったりしたとかなんとか。
それだけじゃなく、大陸中に街道を作って人の行き来を便利にしたり、違う言葉を喋っていた色々な国の人たちに交易で使える共通語を広めたり、空を飛ぶ船を作ってたった七日で大陸を渡ったり、誰でも学べる学校を世界中に作ったり、まるで夢の国みたいな凄い国だったって。
でも、そんな凄い統一帝国もあっけなく滅んじゃった。
その原因が地底の底、地獄から湧いて出た魔王率いる魔族達。
今地上に居る魔物とか怪物とか、そんな自然の産物じゃない、本物の悪魔。
天界で人々を加護している神々とは反対の存在で、人々の恐怖や悲しみが力の源になるって云う最悪の存在だったんだって。
いきなり統一帝国の首都に出現した魔王達は皇帝一族を虐殺して、混乱した帝国の首都は一夜で壊滅、空を飛ぶ船で脱出した数名だけが運良く生き残れた。
その後、魔王達は一〇〇〇年近くに渡って地上の世界を荒らしまわって、せっかく統一帝国が纏め上げたこの大陸が昔みたいにバラバラに引き裂かれちゃった。
魔王軍団との戦いの所為だけって訳じゃなくて皇帝が居なくなった統一帝国じゃ、まとまりがなくなった人間同士が起こした戦いが大陸のあちこちで起こった所為で凄い魔法もどんどん失われてしまって、ふたたび人類が結集出来たのが千年後の事、正直言って千年とか長過ぎるでしょうとか思うけど。
左右両平原を荒らしまわった魔王の軍勢も流石に天の神々の領域に近い聖域には近づけなかったらしかった。
そうして、軍勢の虐殺から辛うじて生き延びていた教団は「財団の遺産」の封印を解き、残った遺産を背景に世界各地の生き残り達に呼び掛けた結果、初めて各地の戦力が結集出来たのが全国一斉魔王討伐の戦役で、人間だけじゃなくてエルフやドワーフやリザードマンや獣人も戦いに参加したって云う記録が残っているらしい。
そこで、ふっふっふ、そこで大活躍したのが私の御先祖様のナガエザカ・ド・ザ・イェモンなのだ。
右平原の東の果てで生まれたザ・イェモンはなんと!
「おはようございます、ス=ミトゥーノ。今日も良い天気ですね」
…うわっ!? フラティーノ・アモルフォ、いつの間に。
それは兎も角。
「おはようございます、フラティーノ・アモルフォ」
ふぅ~、何とかびっくり顔にならないで返事が出来た…気がします。
この女の授業が始まってから何かあると直ぐに『巫女たる者、常に心静かにいなければ神々との対話など成し得る物ではありません』とかお説教がはじまるからなぁ。
朝だって云うのに白い神官服をきっちりと着こなしていて、そこら辺は生真面目過ぎるかなって思う。
この家の家風としては、ヴェントヌーボ城にある屋敷の玄関を出るまでは外行きの服ではなくて伝統の呉服を着ることになっているのだ、だから自室では寝巻きのままでも恥ずかしくないのです。
「ス=ミトゥーノ、貴女は今日からナガエザカ家のミツ姫ではなく、教団の巫女候補のス=ミトゥーノです。さあ、この巫女服を」
と言って彼女は箱を手渡して来た。
取り敢えず寝巻きのままだって云うのに怒られなかったのは、フラティーノ・アモルフォに貰う事になっている新しい服を待っていたと思われたらしい。僥倖なり。
薄い木の箱の表には教団のシンボルマークが描かれており聖別された物でした、簡単に手に入るものではない物だって事がそれで分かります。
其処に入っていたのは純白の上着と緋色の袴の巫女服と金糸と銀糸を編み、紙で作られた大きな髪飾りでした。
巫女服というのは本で読んだことがあるけど、この髪飾りはなんでしょう、確か家ではもう使われなくなった表意文字で…O…NAKA…MOTO? と記されていますが。
「フラティーノ・アモルフォ、この髪飾りはどう云った物なんですか?」
「ふむ、そうですね。ここ左平原から遥か中央山脈を越えて右平原の果て、あなたの御先祖様であるザ・イェモンの出身地では贈り物をする時に、包装した包みの表にミーズゥヒィーキィと云う飾り付けを行うそうです。その風習が教団に取り入れられた物、つまり、巫女は神への贈り物である、と言う意味合いを持ちます」
え、それって生け贄って事なんでしょうか…。
ちょっとばかり愕然としてみた。
「貴女は天上の神々に地上に住む我々の信仰心を届ける役割を果たすのです、貴女自身を捧げる訳ではないので安心なさいな」
フラティーノ・アモルフォはそう云うと笑顔を浮かべる。こう言っちゃ何だけど、この女、本当に美人です。この辺りに住む人達の基準では。
所々赤毛が混じってる所為で橙色になってるけど金髪だし、涼しげで整った顔をしているし、巨大な盛り上がりだし、シルエットが出ない神官服の癖にあちこちが自己主張しているし、本当に聖職者なんだろうかと首を傾げちゃう。
いえ、傾国の美人が聖職者じゃいけない理由は無いんですけど。
「では全部脱いでください」
…すっぽんぽんに?
「はぁ」
「聖衣である巫女服を纏うためには貴女自身に聖別を施さなければなりませんから、恥ずかしがらずにどうぞ」
そう云うとフラティーノ・アモルフォは簡易聖壇を窓辺に立てかけはじめました。
まぁ、家で開く夜会の時に盛装を着る時にはメイド達に手伝って貰う事も有りますし、流石に民族衣装のデクドゥヴェストィを一人で着るのは難しいですので、だから裸を見られるのに抵抗は無いんだけど、身内じゃない対等以上の立場の他人だと緊張します。
とは言え、取り敢えず寝巻きなんでするっと簡単に全裸になりました。
目の前の人物と比べちゃいけません、私はこれからの人間なのですとも。
だから恥ずかしくなんて無いんで腰にて当てて背筋を伸ばして堂々と勝気な表情で余裕綽々として立ってみました。
「これから祈祷しますのでしゃがんでいて下さいね」
くっ。
こちらを見ずもせずにフラティーノ・アモルフォは告げてくれました。
言う通り頭を下げて指示を待ちます。
「聖峰の頂の、雲上の天界に住まいし神々よ、この者、ス=ミトゥーノを祝福し給え。太陽神よ輝きを与え給え、月神よ安らげ給え、語り神よ見守り給え。互いが互いの為に」
神々に祈りの言葉が届いたのでしょうか、魔法使いが使う物とは違う何かの力が私の身体を取り巻きました。
それは「フンワリ」した物だったり「ピリピリ」した物だったり「ヒヤッ」とした物だったり、まぁ色々な不可視の力が私の身体の表面をなぞって行きます。
しばらく我慢して待っていると『まぁいいんじゃない』とか『概ね良好』とか、完全じゃないけど受け入れられた、と云う意思を感じ取ることが出来たのです。
「はい、祝福の儀は終わりましたので巫女服を召しなさい。朝食を取ったら聖地に出立致します。私は馬車で待っていますので、ゆっくりして行きなさい」
そう言うとフラティーノ・アモルフォは聖壇を片付けると部屋を出て行きました。
最後に家族と過ごす時をくれたのでしょう。
あなたに感謝を。
<後書き>
このサイトでは初めまして、アイングラッドと申します。
自サイトで2次小説を展開していましたが、ちょっと(2年ばかり)行き詰まったので、目先を変えて23年くらい暖め続けているオリジナル小説をArcadia様に投稿して見たのですが、挿絵とかも投稿して見たかったのでこちらに鞍替えしてみました。
では、長期に渡る不定期連載となりますが、よろしくお願いします。
PS.挿絵と小説の状況が違うのは、良くある事です。気にしないように願います。