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帰省したら弟が妹になっていました  作者: 海外空史


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8/10

8 訪問

 帰省して7日目の今日、俺は一昨日ぶりの深浦神社に訪れていた。元日は既に過ぎていたが、それでもまだ境内には大勢の参拝客がいた。

 けれど、その人たちとは違い、今日の俺はお参りが目的ではない。本殿に向かう人々から離れて、俺は境内の端を目指した。

 境内の端の方にポツンと普通の一軒家が建っていた。俺は表札をよく確認して、玄関のチャイムを押した。

 少しすると、玄関のドアが開いて、1人の男性が顔を覗かせた。彼は30代ぐらいで伊織よりも背が大きく、体も鍛えられていた。

 

「いらっしゃい。もしかして、君が?」

「はい、そうです。今日の朝にお電話した戸沢圭(とざわ けい)といいます」

「初めまして。私はこの神社の神主をやっている屋形凪(やかた なぎ)です。今日は来てもらってありがとうね」

 

 男性はその体格とは正反対の優しそうな顔をしていた。

 

「早速だけど上がって。中で話を聞こう」

「はい、よろしくお願いします」

 

 今日、深浦神社を訪れたのは屋形さんと話をするためだ。

 今日の朝に怜から電話をもらった。その内容は以前相談した怜の親戚が相談したのはどこかというものだった。彼から聞かされた相談先というのがこの屋形さんだった。


 

***

 


 俺が案内されたのは普通の一軒家のリビングだった。屋形さんに勧められた席に腰掛ける。俺の対面の席に彼は座った。

 

「すみません、忙しい年始に訪ねてしまって」

「別に構わないよ。戸沢さんのような人たちの悩みを聞くのも私たちの仕事だからね」

 

 屋形さんの言葉に緊張で俺の体は強張った。それこそが俺の目的だからだ。


「まず初めに分かって欲しいんだけど」

 

 俺が口を開く前に屋形さんが切り出した。彼は申し訳なさそうな顔を浮かべていた。

 

「君の弟さんを元の性別に戻すことはできない。正確に言うと、私は知らないんだ。だから、もし、君がそれを願っているなら、残念ながら期待に応えることができない」

「そうですか……」

 

 屋形さんの言葉に俺は肩を落とした。綾を男に戻すことも確かに考えていたことだ。けれど、そのためだけに俺はここに来たわけではない。

 

「でも、いいんです。綾は、弟は女の子になっても楽しそうにしています。弟が男に戻ることを望まない限り、俺も戻したいとは思いません」

 

 直接綾に聞いたわけではないが、弟は性別が変わったことに対して否定的なところは見当たらなかった。それがここ数日綾と暮らして気づいたことだ。

 

「なるほどね。そう考えてくれて有難いよ。断言するけど、君の弟さん、綾君だっけ? 綾君は元の性別に戻ることを望まないだろう」

「え?」

 

 屋形さんの確信しているような言い方に俺は思わず彼の顔を見た。何故綾と会ったことがない屋形さんがそう言い切れるのか分からなかった。

 

「望まないって、どういうことですか?」

「まあ、それについては追々説明するよ。それで君が他に聞きたいことは何かな?」

 

 屋形さんは快活に笑って、俺に話を促す。ここで彼を追及しても仕方がないため、俺はずっと考えていたことを聞くことにした。

 

「そもそもどうして、この街では性別が変わるようなことが起こるんですか?」

 

 それを知るために今日俺はここを訪れた。綾だけでなく、伊織のお爺さんの知り合いや怜の親戚などこの街に住む人の性別が変わっている。怜の言った通り、この街に何か秘密があるに違いない。

 

「そうだね。尤もなことだ」

「知っているんですか?」

 

 俺は期待を込めて目の前にいる男性を見つめる。屋形さんは筋肉質の腕を組んでいた。

 

「少し昔話をするね。この神社に代々伝わる話だ」

 

 屋形さんは真っ直ぐに俺を見つめた。彼はとても真剣な顔つきをしていた。

 

「昔々、この街が田んぼや畑が広がる長閑な村だった頃の話だ」

 

 まるでお伽話を聞かせるような語り口で屋形さんは語り出した。

 

「ある時、この地を治めていたお殿様が大きな戦に出陣することになった。戦になると当然多くの人手が必要となる。それで、お殿様はこの村に住んでいた男全員を徴収したんだ」

「男全員ですか?」

「そう。流石に寝たきりの老人は見逃されたけど、幼い子供から少しでも動ける男は皆戦に連れてかれた。そして、誰1人村に戻ってこなかった。その結果、村からは男がいなくなってしまった」

 

 俺はその村の状況を自分なりに想像した。今より生活が不便な時代だ。とても女性と寝たきりの老人だけではやっていけないだろう。

 

「それは大変ですね」

「大変なんてものじゃない。暮らしはまだ皆が力を合わせればなんとかなるかもしれない。けれど、それ以上に女性だけではどうしてもできないことがあった。何だと思う?」

 

 屋形さんは俺に問いかけた。俺は授業中に先生から当てられた生徒の気分になった。

 女性だけではできないこと。俺は頭を働かせた。その時、思いついたことがあった。

 

「子供を産むことですか?」

「そうだね、正解だよ」

 

 屋形さんは出来が良い生徒を見る先生のような目をしていた。

 

「子供を産む。こればかりは男と女性がいないとできない。子供を産むことができないと人口を増やすことはできない。つまり、村が消滅してしまうんだ」

「それは深刻なことですね」

 

 今でも人口が減少し消滅の危機に瀕している村があることをテレビやインターネットで見聞きする。昔なら尚更だろう。

 

「それなら村の外から人を呼べばいいんじゃないですか?」

「それは当時の人も考えた。けれど、中々上手くいかなかった。当時はこの街程栄えていないし、電車や車はないからね。わざわざ何もない田舎に来る人はいなかったんだ」

「確かにそうですね。遠くの人を呼ぶのも限界があります」

 

 現代だったら、インターネットとかで移住したい人を募集することもできるが、昔ならそれも難しいだろう。

 

「こうして、村は消滅の危機に陥ったんだ」

「でも、村、というか街は今でもありますよね?」

 

 俺が小学生の頃、街の歴史という授業で聞いたことがある。この街は小さな村から発展して、今の街になったのだと。村が一度消滅したなんて話は聞いたことがない。

 

「そうだね。当時の村に住んでいた人々はあることをしたんだ。その結果、村は消滅しなかった」

「あることですか?」

「神様に祈ったのさ。どうかこの村に子供が産まれますように。人が増えますようにと」

 

 屋形さんは両手を合わせて、目を閉じた。恐らく当時の女性たちも同じことをしたのだろう。

 

「それでどうなったんですか?」

「何人かの女性にある変化が起こった。何か分かるかな?」

 

 屋形さんは試すように俺を見て、笑った。ある変化とはなんだろうか。そう考えた瞬間、俺の頭の中で閃いたものがあった。

 

「もしかして、性別が変わった?」

「そう。その通りだよ。数人の女性が男性になったんだ」

 

 屋形さんの話す内容は荒唐無稽なものだ。常識的に考えると作り話に決まっている。けれど、俺は彼の話を嘘だと断言できなかった。

 

「男性に変わった女性たちは村の女性と結婚して、どの夫婦も子宝に恵まれた。人々は神様に感謝して、社を建てることにした。それがこの神社なんだ」

「そうだったんですか……」

 

 深浦神社の歴史に触れて、俺は呆然としていた。俺の住んでいる街にそんな物語があるなんて知らなかったからだ。

 

「そして、それから、この村、いや、この街に住む人の中で時折不思議なことが起こるようになった」

「それが綾みたいに性別が変わることですか?」

「そうだね」

 

 俺は拳をぎゅっと握りしめた。屋形さんの話は大体理解できたが、それでもまだ気になることがあった。

 

「どうしてなんですか?」

「うん?」

「どうして、綾の性別が変わったんですか? この街には大勢の人が住んでいる。それなのにどうして綾なんですか?」

 

 性別が変わること自体は神様の不思議な力とやらなんだろう。納得はしないが、なんとなく理解できた。

 けれど、どうして綾が選ばれたのか。その理由を俺は知りたかった。

 

「そうだね。私に相談する人は皆そう言うよ。どうして、他の人ではなく、この人が選ばれたのかって」

「それなら」

「誤解しないで欲しいんだ」

 

 屋形さんは真剣な表情をしていた。その迫力に気圧されて、俺は何も言うことができなかった。

 

「神様が選んだから、性別が変わったんじゃない。何より本人が望んだから、性別が変わったんだ」

 

 そう屋形さんから衝撃的な事実を告げられた。

 

 

***

 

 

「本人が望んだからですか?」

「そう。私はこれまで多くの人の相談に乗った。実際に性別が変わった人とも会ったことがある。私だけじゃなくて、父や祖父、そして、ご先祖様もね。それで気づいたことがあるんだ」

 

 その時屋形さんは嬉しそうに笑った。俺にはどうしてそんな顔をしているのか理解できなかった。

 

「相談しに来る人は性別が変わった本人じゃない。その周囲にいる人たちなんだ。今、女の子になった綾君ではなく、綾君の兄である君が来ているみたいにね」

「じゃあ、本人はどうなんですか?」

「全員幸せそうにしているよ」

「え?」

 

 屋形さんの言葉に俺は聞き返すことしかできなかった。

 

「誰1人戸惑っている人も悲しそうにしている人もいなかった。『ああ、良かった』と言う人ばかりだったよ。話を聞くと、皆口を揃えて言うんだ。『自分が望んだ通りだ』とね」

「そんな、一体、どうしてそんなことを望むんですか?」

 

 性別が変わることを望む。そんな人がいるだろうか。俺は考えたことがなかった。

 

「自分を変えたかったからだよ」

 

 屋形さんはどこか遠くを見つめるように言った。そして、柔らかい笑顔を浮かべた。

 

「私もそうだったからね」

「え?」

「私は産まれた時女の子だったんだ。けれど、ある日自ら望んで男性になった」

 

 俺の目の前にいる体格の良い男性はそう言った。

 

 

***

 

 

「私はね、子供の頃から強い男性に憧れていた」

 

 再び屋形さんは語り出した。今度は遠く過去の話ではなく、実体験を。

 

「昔から私は体が弱くて、背も小さかった。そんな私は漫画やアニメ、ドラマに出てくる力強く背の高い男性に憧れた。自分だけじゃなく、誰かを護れるような強い男性にね。ああなりたいと願ったんだ」

 

 屋形さんは優しく笑った。

 

「父からこの神社の由来を聞いて、私は神様に祈った。どうか力の強い男性にしてくださいと。その次の朝、私は女の子から男の子になっていた。それ以来体を鍛えて、憧れた自分になれたんだ」

 

 屋形さんは両腕を上げて、力瘤を作った。その姿はどう見ても元々女性に見えなかった。

 

「性別が変わる理由は人それぞれだ。そればかりは当人にしか分からない。けれど、何かを願ったから、今の姿になったんだ」

「つまり、綾も?」

 

 俺は恐る恐る聞いた。屋形さんは腕を組んで頷いた。

 

「そう。君の弟さんもあることを願って、女の子になったんだ」

 

 そう言った彼の言葉が俺の頭から離れなかった。

次回2話連続更新になります。

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