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帰省したら弟が妹になっていました  作者: 海外空史


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7/10

7 飲み会

「お兄ちゃん、行かないで」

 

 女の子になってしまった弟に俺は袖を引かれた。その顔はとても愛らしく、そして、見ているだけで胸が締め付けられる思いがする。

 

「ごめんな、綾」

「やだ! 僕と一緒にいて」

 

 可愛い弟にそんな顔で見つめられたら、思わず首を縦に振ってしまいそうになる。けれど、残念ながら俺は綾のお願いに応えるわけにはいかない。

 俺には行かなければいけない理由があった。

 

「それはできないんだ」

「お兄ちゃんと離れたくない」

 

 綾は袖を引くどころか俺の腰にしがみついてきた。可愛い女子――いや、弟である――からそんなことをされては、俺の意志は弱くなってしまう。

 それでも俺は綾を振り払わないといけない。何故なら。

 

「友達との約束があるだけだから。今日の夜遅くには帰ってくるよ」

「やだ! 僕と遊んでよ!」

 

 俺の言葉に綾は不満そうに頬を膨らませていた。弟の様子を微笑ましく思いながら俺は家を飛び出した。


 

*** 

 

 

「久しぶりの再会を祝って、乾杯!」

 

 伊織の言葉を合図に、俺たちはビールが入ったジャッキを打ち付ける。ビールを口の中へ勢いよく流し込む。

 

「いやー、本当に久しぶりだな」

 

 今回の発起人である伊織ががははと声を上げて笑った。

 

「本当にね。2人にまた会えて嬉しいよ」

 

 そう言って、メガネをかけた男が朗らかな笑顔を浮かべた。彼の名前は平瀬怜(ひらせ れい)。伊織と同じく高校時代からの友人だ。

 帰省をして6日目の今夜、俺は伊織行きつけの居酒屋で高校時代の友人たちと集まっていた。

 

「お前たちは遠くに行っちまったからな。俺はすごく寂しかったぞ」

 

 伊織の言う通り、俺と怜は生まれ育ったこの街から離れた大学に通っている。地元に残った伊織とは対照的だ。

 

「中々帰れなくて悪かったな。勉強やバイトで忙しかったんだよ」

「そうそう。サークルの集まりとかもあるからね」「俺だって大学での付き合いがあるからなあ」

 

 俺たち3人は険悪になったわけではない。けれども、それぞれ別々の道を歩んだことで自然と距離が離れてしまった。

 

「それでもこうして連絡取れば集まってくれるからな。未だに高校卒業後、連絡取っているのは圭と怜だけだ」

「言われてみれば、俺もそうだな」

 

 高校時代、特に仲が良かったのは伊織と怜だが、この2人以外にも友人はいた。しかし、今もこうして会うのは伊織と怜だけだ。

 

「俺も同じだよ。みんなそういうものじゃないの?」

「2人とも大学生活はどうだ? 満喫しているか?」

「まあ、ぼちぼちだよ。圭は?」

「俺もそんな感じだ」

 

 しばらくの間、料理や酒に舌鼓を打ちながら、お互いの近況を話し合った。

 

 

***

 

 

「そういえばさ」

 

 飲み会が始まって大体1時間ぐらい経った頃だった。アルコールにより顔が真っ赤に染まった伊織が口火を切った。

 

「圭の弟のことなんだけど」

「圭の弟がどうかしたの?」

 

 事情を知らない怜は困惑した顔で俺を見ていた。彼からすれば、どうして、俺ではなく、伊織が話すのか不思議に思っているのだろう。

 実はこの飲み会の数時間前に伊織から連絡があり、飲み会の最中に綾について話したいことがあると聞かされていた。俺としても怜に話を聞いてもらいたかったから、ちょうど良かった。

 

「一昨日、圭の弟の綾君に会ったんだけどよ」

「そこからは俺が話すよ」

 

 伊織から俺が話を引き継いだ。伊織はだいぶお酒が入っているし、やはり当事者の俺から話した方がいいと思ったからだ。

 

「実は弟の綾が女の子になってしまったんだ」

「冗談だよね?」

 

 怜は俺の言葉を疑っているようだった。俺だって同じことを言われれば彼と同じ反応をするに違いない。

 

「冗談じゃないんだ。俺も3日前に帰省して初めて知ったんだけど」

 

 そこから俺は怜に実家に帰ってきてからのことを話した。

 

「なるほどね。そんなことがあるんだ」

 

 俺の話を聞いた怜はとりあえず理解してくれたようだ。

 

「ちなみにどんな風に変わったの? 写真とかある?」

「写真はないな」

「俺も会ったことあるけど、めっちゃ可愛いぞ。同級生だったから告白していたらもしれん」

「えー、それは見たかったなあ」

 

 怜は残念そうに呟いた。

 

「まあ、また俺の家に来ればいいだろ」

「それはそうだね。ちなみに、圭はその弟さんからなんて呼ばれているの?」

「普通だよ。『お兄ちゃん』って、あっ」


 しまったと気づいた時は遅かった。突然怜のメガネがキラリと光ったように見えた。

 怜は椅子からゆっくりと立ち上がり、俺のそばまでやってきた。顔がくっつくほど俺に迫った。

 

「え? 本当に? 『お兄ちゃん』って呼ばれているの? 可愛い子から?」

「ま、まあそうだ」


 俺がそう答えた途端、怜は俺の両肩をガシッと掴んだ。伊織よりは力が弱いが、それでもちょっと痛い。

 

「それは羨ましすぎる! 俺だって女の子から『お兄ちゃん』って呼ばれたい!」

 

 顔を上げた怜は両目から洪水のような涙を流していた。


「怜、落ち着け」

「俺の望んだ楽園パラダイスが目の前にあるっていうのに落ち着いていられない!」

 

 怜の気迫がまた一段と増した。彼は漫画やアニメが大好きなオタクで、特に妹キャラが大好きである。つまり、変態だ。

 

「圭はあれだね。妹と一緒にお風呂に入ったり、妹にあーんしてもらったり、妹と同じベッドで寝たりしているんだ! 羨ましい!」

「そんなことしてないから! というか、それはお前の願望だろ!」

 

 俺が怜に詰められている中、伊織は面白そうにその様子を眺めていたが、やがて席を立ち、俺たちのそばにやってきた。

 

「まあまあ、落ち着け、怜。本題はそこじゃないんだ」

「わ、分かったよ。だから、そこまで力を入れるのをやめてくれよ」

 

 伊織から肩を掴まれた怜はようやく俺から離れた。変態から解放された俺は友人に感謝した。いや、やっぱり、もう少し早く助けて欲しかった。

 

「それで、本題って何だ?」

 

 俺は伊織に先を促した。実は飲み会前に彼から俺の弟のことについて話したいことがあると聞いていた。その内容については飲み会の時に詳しく話すということで俺は知らない。

 

「実は圭の弟が女の子になったという話を聞いた時思ったんだけどな」

 

 その時、伊織は真面目な顔に変わった。彼が何を言うのか俺も怜も静かに続きを待った。

 

「俺は以前似たような話を聞いたことがあるんだよ」 

 

 そう友人の口から爆弾発言が飛び出した。

 

 

***

 

 

「似たようなことって、伊織の知っている誰かが女の子になったってこと?」

「そうだ」

 

 怜の問いかけに伊織は頷いた。圭以外にも同じ現象が起こった。そのことを知って、俺の中に衝撃が走った。

 

「それじゃあ、どうして、もっと早く言ってくれなかったんだ?」

「圭と会った時は違和感を覚えたぐらいだったからだ。その後、家に帰った時に思い出したんだよ。昔に爺さんから聞いた話と似ているなって」

「お爺さん?」

 

 伊織の両親とは彼の家に遊びに行った時、会ったことはあるが、お爺さんとは顔すら見たことがなかった。

 

「まあ、俺が子供の頃に亡くなったんだ。それでその爺さんが俺に昔話をしてくれてよ」

 

 伊織の口から語られる話に俺は真剣に耳を傾けていた。怜もじっと聞いていた。

 

「昔この街に爺さんの知り合いが住んでいた。で、その人が突然女になってしまったらしいんだ」

「綾と全く同じだな」

「ああ。爺さん曰くその知り合いもある朝起きたら、女になってたらしい」

「それで? その人はずっと女のままだったの? 男に戻れたのかな?」

 

 怜が発した質問に俺はハッとなった。綾と同じ現象が起こったと思われるその人が元の性別に戻れるならば、弟にも同じ手が使えるかもしれない。


「いや、爺さんからその話を聞いたのはそれっきりだ」

 

 伊織はそう渋い顔を作りつつ、気遣わしそうに俺を見ていた。俺の期待が彼に伝わってしまったらしい。

 

「でも、綾以外にもそんな人がいるんだな」

「そうなんだよ。不思議だよなあ」

 

 俺と伊織がそんなことを話していた。一方、怜は何やら考え込んでいるようだった。

 

「怜、どうした?」

「圭以外にも羨ましい状況になったやつがいるのかなんて考えてないだろうな?」

 

 伊織の揶揄いにも反応せず、怜はただ黙っていた。そんな彼の様子に俺と伊織が顔を見合わせていた次の瞬間だった。

 

「あっ」

 

 ふと怜の口からそんな言葉が出てきた。彼の顔を覗き込むと、何か重大なことに気づいた探偵のような表情をしていた。

 

「どうした?」

「思い出した……」

「何をだ?」

 

 伊織がそう尋ねると、怜は俺たち2人の顔をじっと見つめた。

 

「思い出したんだよ。俺も同じような話を聞いたことがあるんだ」

 

 そうして、俺は本日2度目の衝撃的なカミングアウトを聞かされた。

  

「1年前に実家に帰省した時だった」

 

 怜は静かに語り出した。

 

「俺の実家は正月になると、親戚が集まるんだ。たくさん人がいるから、何人かで部屋を分けて集まるんだけどさ」

 

 俺は口を閉じて、伊織は腕を組んで、彼の話を聞いていた。

 

「ある時、俺はトイレに行こうと部屋に出たんだ。それで向かっている最中に別の部屋で2人が話しているのが耳に入ったんだ。耳をすませてみると、話をしていたのは、母さんとこの街に住んでいる親戚の叔母さんだった」

「2人は何の話をしていたんだ?」

「よく聞こえなかったけど、叔母さんの子供の話だったと思う。母さんが『〇〇君は大変よね。突然女の子になっちゃったものだから』って言ったのを聞いた」

「それって、俺が爺さんから聞いた話と同じだな」

 

 伊織は組んでいた腕を外して、目を見開いていた。俺はまたしても衝撃的事実を聞かされて、雷に打たれたような気分だった。

 

「その時は何かの聞き間違いだと思って、深く考えていなかったんだよ。だから、今の今まで忘れていたんだ」

「なるほどな。まさか怜も同じ話を聞いていたとはな」

 

 伊織はふーと息を吐いていた。人の性別が突然変わる。こんな非現実的な話を2人の友人から聞かされるとは思わなかった。

 

「実はまだ続きがあるんだ」

「え?」

 

 怜の言葉に俺と伊織は彼をまじまじと見つめた。

 

「確か親戚の叔母さんはこう言っていたんだよ。『だから、今度相談してみるわね』と」

「相談? どこにだ?」

 

 俺は身を乗り出して怜に迫った。性別が変わるという現象に対して何か相談できるところがあるなんて思わなかった。それを知れば、俺も女の子になってしまった弟のことを相談できると思ったからだ。

 

「ごめん、圭。俺はそこまで聞いてないんだ。その時は真剣に聞いてなかったし、トイレに行きたくてすぐに部屋から離れたから」

 

 怜の申し訳なさそうな顔から、俺はこれ以上情報を得られないことを悟った。

 

「いや、俺の方こそ勝手に期待して悪かった」

 

 俺はゆっくりと腰を下ろした。

 

「それだったら、その叔母さんに聞いてみればいいんじゃないか?」

 

 伊織の言葉に俺は顔を勢いよく上げた。

 

「確かにそうだね。母さんが叔母さんの連絡先を知っていると思う。母さんを通じて、叔母さんがどこに相談したか聞いてみるよ」

「本当か?」

「それぐらいなら構わないよ」

「そうか。ありがとうな、怜」

 

 友達のお陰で希望はまた繋がった。俺は2人が友人で良かったと思った。


「それにしても不思議だね」

「え? 何がだ?」

 

 俺が聞き返すと、怜が面白がるように笑った。

 

「だって、年齢がバラバラなのに、この街に住む3人の性別が変わっているんだよ。だったら、この街に何か不思議があるんじゃないかな」

 

 友人の言葉がずっと俺の脳裏にこびりついていた。

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