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帰省したら弟が妹になっていました  作者: 海外空史


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5 大晦日

 帰省して4日目である今日は大晦日だ。今日で1年が終わり、いよいよ明日から新年が始まる。

 そんな節目を迎える1日で俺が考えていたのは弟である綾のことだった。正確に言うと、綾が女の子になってしまったことだった。

 俺は弟をどうしたいのだろう。男に戻って欲しいのか。それとも、女の子になったままでいいのか。

 俺の頭には次々と疑問が浮かび上がる。けれど、それに対して明確な答えを出すことはできなかった。

 

「お兄ちゃん?」

 

 ふと誰かに呼びかけられて、俺は思考の海から浮かび上がった。すると触れてしまうほど至近距離に綾の顔があった。

 

「うわあ!」

 

 美少女の顔を間近で見て、俺は驚きの声を上げた。家のリビングにあるソファに座っていた俺はそこから落ちそうになった。

 

「そんな声を出して、どうしたの?」

 

 俺の可笑しなリアクションを見て、綾はふふっと柔らかく笑った。その可愛さは今まで出会ったどの女子よりも随一だった。

 

「ちょっと考え事をしていてな。何か用か?」

「お兄ちゃんとまたゲームをして遊びたいの。ダメ?」

 

 綾は上目遣いで俺を見てきた。可愛い弟からそんな顔で見つめられては兄である俺の答えは1つしかない。

 

「いいよ。やるか」

「やった! じゃあ、僕の部屋に来てね」

 

 俺の答えに綾は無邪気に笑った。そして、ゲームの準備をするためにリビングを出て、階段を上がっていった。

 

「まあ、いいか」

 

 リビングに1人取り残された俺はゆっくりとソファから立ち上がった。とりあえず今は綾と遊ぶことに専念すればいい。そう決意した俺はリビングを出て、綾の後を追った。



***

 


「今日はこれをやろうよ」

 

 綾が選んだのは某配管工が横スクロールで冒険するアクションゲームだった。複数人でのプレイが可能で、綾と何回もしたことがあるゲームだ。

 

「お兄ちゃんは兄の方でお願い。僕は弟の方でプレイするから」

「ああ、いつも通りだな」

 

 苦笑しつつも俺は綾からコントローラーを受け取った。俺は床に腰を下ろすと、あることに気づいた。

 

「なんかこの前よりも近くないか?」

 

 俺と綾は隣同士で床に座っているが、足が触れ合ってしまいそう、というか、足が少し触れているほどの近さだった。ちなみに、俺は胡座で、綾は女の子座りだ。

 

「え? 前はこれくらいじゃなかった?」

 

 そう言って、綾は首を傾げていた。弟は全く気づいていないようだった。

 

「まあ、綾がいいならいいけど」

 

 そう口で言いつつも、俺の内心はドキドキしていた。女の子とこんなそばにいたことがなかったからだ。

 

「じゃあ、始めるね」

 

 綾は楽しげな顔を俺に向けてきた。アイドルと同じくらいの可愛らしさを至近距離で浴びて、俺の心臓はさらにうるさくなった。

 


***

 

 

「そういえばさ」

 

 2人で協力して、ステージを進めていく傍ら、俺は綾に聞いてみたいことがあった。ゲームに集中することで俺の胸の高鳴りは治った。そのお陰であることを思い出した。

 

「どうしたの?」

「俺にお願いしたいことは決まったのか?」

 

 実家に帰省した初日、綾とゲームで勝負した結果、俺は綾のお願いを1つだけ聞くことになった。

 あれから数日が経ったが、未だ弟から何かをお願いされたことはない。

 

「あー、そういえばそうだったね」

「もしかして、忘れていたのか?」

「だって、お兄ちゃんと色々なことをして楽しかったんだもん」

 

 綾は明後日の方向を向いていた。その仕草は昔学校の宿題を忘れていた時と全く同じだった。

 

「まあ、ゆっくり考えればいいよ。俺が実家にいるうちにして欲しいけど」

 

 俺がこの街を離れてしまえば、2人ともこの約束を忘れてしまう恐れがある。俺としては、弟のお願いならば何でもするつもりだから、忘れない内に聞いておきたい。

 

「やっぱり向こうに行っちゃうの?」

 

 そう問いかける綾の声は元気がなかった。明らかに俺が下宿先へと戻ることを歓迎していないようだった。

 

「まあ、大学やバイトがあるからな。いつまでもここにいられないよ」

「……あとどれくらいここにいるの?」

「うーん、今日入れても後4日ぐらいだな」

 

 バイト先からは年末年始の休みをもらっているし、大学の授業だって、再開される。そう考えると、実家にいられるのはあまり長くはない。

 

「そうなんだ……」

 

 弟の声に元気がない。その様子を見て、俺はしまったと思った。綾を傷つけるつもりはなかったからだ。

 

「まあ、まだ何日かあるからさ。ゆっくり考えればいいから」

「そうだね」

 

 綾の顔から少しだけ明るさが戻った。

 

「初詣も一緒に行こうな」

「うん! ありがとう、お兄ちゃん」

 

 綾はすっかり元に戻ったようだ。俺としても弟に元気が戻って安心した。

 

「よし! そうと決まれば、2人でラスボスまで倒すぞ」

「そうだね。僕とお兄ちゃんの協力プレイで頑張ろう!」

 

 俺と綾はお馴染みの亀の大魔王を倒すべくステージを進めていった。テレビの画面上では髭の兄弟が仲良くステージを進む姿が写し出されていた。

 


***

 

 

 無事に俺と綾はゲームを最後までクリアすることができた。その後、母さんから家の掃除をお願いされて、俺と綾はそれぞれ各自持ち場に別れて掃除した。

 掃除が終わった時、外はすっかり日が落ちて、いよいよ今年最後の夜がやってきた。

 年越しそばを食べて、お風呂に入った後、俺は自分の部屋に戻った。部屋に入ると、ベッドで横になった。

 そうすると、今日の日中考えていたことが再び蘇る。色々と考えたが、結局のところはこうだった。

 

「俺はどうすればいいんだ……」

 

 そう思わず胸の内を吐き出したその時だった。突然部屋のドアがノックされた。俺はベッドから起き上がった。

 

「お兄ちゃん、起きてる?」

「綾か。どうした?」

 

 ノックの主は弟だった。いつもは俺が綾の部屋に行っているので、綾が俺の部屋を訪ねてくるのは珍しい。

 

「年越しの瞬間までお兄ちゃんと一緒にいたいんだけど、いい?」

 

 遠慮がちな弟の声がドアの向こうから聞こえた。そういえば、俺が実家にいる時、大晦日の夜は綾と一緒にいたものだった。

 

「いいぞ」

「ありがとう」

 

 部屋のドアが開かれて、綾が入ってきた。弟は女の子が着るような――いや、女の子だから当たり前だ――可愛らしいパジャマに着替えていた。


「お兄ちゃん、隣に座っていい?」

 

 お風呂上がりで頬を赤く染めた綾がそう尋ねた。俺とは別のシャンプーを使っているのか、良い匂いがする。

 

「お、おう。いいぞ」

 

 綾の顔を直視できず、俺は顔を背けていた。俺の妹がとても可愛い。いや、違った、弟だ。

 綾はベッドに腰掛けた。立ち位置は俺のすぐ横だ。

 

「眠くないのか?」

 

 いつもだったら、綾はとっくに寝ている時間だ。

 

「うん。眠くないよ」

「そう言って、大体年が明ける前に寝ていたな」

 

 俺は昔を思い出して、笑った。大晦日の夜、俺と一緒にいるのはいいが、たいてい眠気に抗えず、綾は眠りについていた。

 

「僕ももう中学生だよ。今日はお兄ちゃんと起きているよ!」

 

 綾は頬を膨らませてそう言った。俺の弟がとても可愛い。

 

「まだ新年まで1時間ぐらいあるぞ。何をしようか? 漫画でも読むか?」

「あー、えっと」

 

 部屋の本棚にある漫画を指さすと、綾は気まずそうな顔をした。

 

「どうした? 漫画は好きじゃなかったけ?」

「実はお兄ちゃんがいない間、部屋にある漫画は全部読んじゃった」

 

 綾は俺から目線を外してそう答えた。どうやら弟は俺の部屋に入り浸っていたらしい。まあ、部屋には見られても困るものはないし、別に構わないけど。

 

「ごめんなさい。勝手に部屋に入ったら怒られるかなって思って今まで黙ってたの」

 

 俺の心境とは裏腹に綾自身は悪いことをしたと思っていたらしい。俺に向かって頭を下げた。

 

「謝らなくても大丈夫だ。そんなことで怒らないよ」

「本当? ありがとう」

 

 顔を上げた綾は嬉しそうに笑った。その眩しさに今度は俺が視線を外した。

 

「ゲームや漫画がダメならどうするか……」

「それなら、お兄ちゃんの話を聞かせて」

「俺の話? どんな話だ?」

「ほら、お兄ちゃんは1人暮らしで大学に通っているでしょう? どんな生活をしているのかなあって」

 

 どうやら綾は俺が実家を出て、どういう暮らしをしているのか気になるらしい。両親には話したことがあるが、綾には言ったことがなかった。

 

「いいぞ。綾には面白くないかもしれないけど」

「いいから聞かせてよ」

 

 そう言って、綾は急かすように俺の腕を掴んだ。綾との距離がさらに近づき、俺の心臓はドキドキした。

 

「わ、分かったよ。じゃあ、まずは1人暮らしはな」

 

 俺は綾に今の自分の生活を話した。1人暮らしのことや大学生活、バイトのことも話した。綾は俺の話を興味津々といった感じで聞いていた。

 

 

***

 


「いいなー、大学生は自由みたいで羨ましいよ」

 

 俺の話を聞き終わった綾は、ベッドに仰向けで横になった。

 

「面白かったか?」

「うん! 面白かった。今後の参考になったよ」

 

 綾は上半身を起こして、俺に顔を向けた。弟の勢いに俺は少しだけ後ろに下がった。心臓がまたうるさくなった気がする。


「そ、それは良かったな。ところで『今後の参考』って、何だ?」

「えっ、あっ、ほら、僕も大学生になったらどうするかなあって考えただけだよ」

 

 何故か慌てた様子で綾は俺の質問に答えていた。弟はまだ中学生2年生だ。それなのに、もう大学のことを意識しているなんて我が弟ながら意識が高いと思った。

 

「あっ!」

 

 不意に綾が声を上げた。弟はスマホを見ていた。

 

「お兄ちゃん、年越しまであともう少しだよ!」

 

 そう言って、綾は俺にスマホを向けてきた。スマホの画面にはまもなく午前0時になることが示されていた。つまり、新年が始まるということだ。

 

「おお、もうそんな時間か」

「ねえねえ、せっかくだし、一緒にカウントダウンしようよ」

「それならこれを使うか」

 

 俺は部屋にあった置き型のデジタル時計を持ってきた。この時計は秒数まで表示されているため、カウントダウンにちょうどいいだろう。

 

「いいね。あっ、もうすぐだよ」

 

 綾はデジタル時計を見るためにもう体を密着させるほど俺のそばに来ていた。俺の心臓はさらにうるさくなった。

 

「お兄ちゃん」

「ああ、分かった」

 

 俺と綾はデジタル時計を見つめた。年が変わる瞬間をじっと待った。

 

『5、4、3、2、1、明けましておめでとう!』

 

 デジタル時計の日付は変わり、1月1日が表示された。新しい年が始まった。

 

「お兄ちゃん、明けましておめでとう!」

「り、綾!?」

 

 そう言って、綾は俺に向かって抱きついた。柔らかい感触と良い匂いが俺を襲った。弟から抱きつかれたのは生まれて初めてだ。心臓の高鳴りは最高潮に達した。

 

「ふふっ、今年も1年よろしくね」

 

 綾は俺から離れて、満面の笑みを浮かべていた。寝ることはなく、こうして俺と一緒に新年を迎えられて、とても嬉しいようだ。

 

「こちらこそよろしくな」

 

 俺は綾の顔を直視できなかった。先程抱きつかれた時の感触と匂いがまだ頭の中に残っていた。

 

「なんだか眠くなっちゃったよ」

 

 新年を迎えられて、気が抜けたのか綾は大きなあくびをした。明らかに眠そうだった。

 

「そうか。寝るなら自分の部屋で」

「お兄ちゃん、おやすみなさい」

 

 綾は再び俺に抱きついてきた。先程までと違い、俺に体ごと預けるようだった。俺の耳に微かな寝息が届いた。

 

「おい、綾。おい、寝るな! 頼むから自分の部屋に戻ってくれ! 兄ちゃん、困っているから!」

 

 美少女にハグされた衝撃のあまり、俺の心臓は体から飛び出してきそうなほど激しく鼓動していた。

 結局、俺は綾を抱っこして、弟を部屋に戻した。

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