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帰省したら弟が妹になっていました  作者: 海外空史


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3/10

3 お出かけ

 帰省して2日目の今日、俺はショッピングモールに来ていた。あまりの人の多さに年末の慌ただしい雰囲気が伝わってくる。

 特に多いのは家族連れやカップルだ。その姿を見かけると、独り身の俺の心に冷たい風が吹いた気持ちになる。

 

「ねえ、どこを見てるの?」

 

 俺の隣から声が聞こえた。横に目を向けると、とても可愛らしい女の子が笑顔を浮かべていた。

 

「ああ、混んでいるなと思ってな」

「確かにそうだね。逸れたりしたら大変だ」

 

 そう言って、彼女は俺の服の裾を摘んだ。俺から絶対に離れないという強い意志を感じられる。

 女の子からそんなことをされて、俺の心は激しく揺れる。

 

「じゃあ、行くか、綾」

「うん、お兄ちゃん!」

 

 まあ、俺と一緒にいるのは綾なんだけど。正確に言うと、女の子になった弟なんだけど。

 今日、俺は綾と一緒にショッピングモールに来ていた。

 

 

***

   

 

 今朝、母さんから年末年始の買い出しを頼まれた俺は、綾を連れて、モールへと繰り出した。

 

「運転お疲れ様」

「久しぶりの運転だったな」

 

 今日は母さんの車を借りて、実家からモールまで俺が運転した。運転免許は大学1年生の時に取ったが、1人暮らしではあまり運転する機会がなかった。

 

「お兄ちゃんが車を運転しているなんて不思議な気分だったよ」

「そういえば、綾を乗せて走ったことはなかったな」

 

 去年は実家に帰省すると運転の練習がてら1人でドライブに行ったりしていた。

 今年はそもそも実家に帰ることがなかったので、これまで綾と一緒に車で出かける機会がなかった。

 

「昔は2人並んで後ろの座席だったな」

「そうそう。だから、お兄ちゃんが前の席でハンドル握っているのは新鮮だったよ。大人みたいだった」

「一応成人しているから大人だけどな」

 

 綾の言葉に俺は苦笑を漏らした。もちろん胸を張って大人だと言うつもりはない。

 けれど、綾から指摘されて、あの頃から時間が経ったことを実感した。

 感慨に耽っていると、腕を引っ張られる感覚があった。隣に目を向けると、綾が俺の腕を抱きしめていた。

 

「そんな大人になったお兄ちゃんと買い物に出かけるなんて嬉しいよ」

 

 そう言った綾から花が咲いたような笑顔を向けられ、さらに女の子(いや弟だけど)から腕を組まれて、俺の心は騒がしくなった。

 

「あ、ああ。母さんから頼まれた買い物をしないとな」

「うん、そうだね!」

 

 綾の楽しそうな顔を見て、俺は腕を組むのをやめてくれなんて言うことはできなかった。

 母さんから頼まれたのは、年末年始の食材や正月に使う飾り様々だった。俺と綾はモールを回り、お使いをこなしていく。

 正月用の飾りを買った後、食材を買うべく、モールの中にあるスーパーにいた。たくさん買うことになるため、カートを持っていく。

 スーパーに入ってから、綾は辺りをキョロキョロと見回していた。見覚えのある弟の仕草を見て、俺は微笑ましい気持ちになった。


「お菓子売り場に行くか?」

「え! いいの?」

 

 昔から綾はスーパーに一緒に行くと、お菓子売り場を探すのが常だった。そういう時の弟は何か買いたいものがあるものだった。

 

「大丈夫だ。お菓子代ぐらい俺が出すよ」

「ええっ!? お兄ちゃんが!?」

 

 出かける前に母さんからもらったお金があるから、金銭的な問題はない。けれど、買い物についてきてくれた綾に俺から何か買ってあげたかった。

 

「俺はバイトしてるからな。遠慮はいらないよ」

「大人だ。すごい」  

 

 弟から尊敬の目で見つめられた。綾からそんな視線を受けて、俺は気恥ずかしい気持ちになった。

 

「じゃあ、お菓子売り場に行くか」

「うん!」

 

 俺と綾はカートを引いて、お菓子売り場へ向かった。お菓子売り場では様々な種類のお菓子が並べられている。

 綾は俺の腕から離れて、売り場へと歩き出した。その瞬間、何故だが寂しい気持ちになった。

 

「僕はこれにする!」

 

 綾が選んだのは辛さが売りのポテトチップスだった。それを見て、俺は昔のことを思い起こされた。

 

「綾は昔からそれだな」

「だってこれが1番美味しいんだもん」

 

 弟は甘いものより辛いものが好きだ。だから、お菓子を買う時はほとんど同じだった。

 そう思った時、俺はあることに気づいた。

 

「綾は……」

 

 しかし、直前になって言葉にすることに躊躇した。こんなことを綾に言ってもいいのかと考えてしまった。

 

「お兄ちゃん?」

 

 綾は俺の顔を覗きんでいた。以前よりも長い髪がフワリと揺れた。

 

「綾は他にも買うものはあるか?」

「いいの?」

「大丈夫だって言ってるだろう」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

 

 そう言って、笑顔を浮かべた綾は、別のお菓子売り場へと駆け出していった。

 

(女の子になっても変わらないんだな)

 

 綾の背中を見ながら、先程言えなかった言葉をそっと胸にしまった。

 

 

***

 

 

 女の子になったことを綾はどう思っているのか。そんなことを聞いたら、弟は傷つくだろうか。

 昨日の夜からずっと考えていることだ。側から見る限り綾が思い悩んでいる様子はない。

 けれど、実際に弟がどう考えているのか分からない。綾は見たまんまお気楽な性格ではない。綾なりに色々と考えていることがあるのだ。

 それを俺が実感したのは"あの時"のことだ。"あの時"綾は……。

 

「おっ、圭か?」

 

 ふと誰かに呼ばれた声が聞こえた。俺は思考の海から浮かび上がり、声の聞こえた方を振り向く。

 そこには体のがっしりとした男がいた。俺と同年代のその顔には見覚えがあった。

 

「伊織か」

「そうだ。久しぶりだな」

 

 そう言って、伊織は嬉しそうに破顔した。彼の名前は新井伊織あらい いおり。高校時代からの友人だ。

 

「こっちに帰ってきてたなら連絡しろよ。水臭いぞ」

「悪いな、昨日帰ってきたばかりなんだよ」

「おお、そうだったのか」

 

 伊織は納得したような顔をした。彼は俺と違って、高校卒業後も地元に残り、実家から隣の市にある大学に通っている。

 大学生になってからも時折連絡を取っていたが、こうして顔を合わせるのは久しぶりのことだ。

 

「それで今日は買い物か?」

「そんなところだ。伊織もか?」

「そうなんだよ。母ちゃんから頼まれてさ。おっ、そういえば!」

 

 伊織は何か良いことを閃いたというような顔を俺に向けた。

 

「明日、怜もこっちに帰ってくるらしいぜ」

「へー、そうなのか」

 

 俺はこの場にいないもう1人の友人の顔を思い浮かべた。怜にもしばらく会っていない。

 

「久しぶりに3人揃うからよ、飲みに行こうぜ。圭ももう20歳になったよな?」

「ああ、そうだ。行くか」

 

 せっかく帰省したのだから、実家にいてばかりなのも勿体無い。俺も地元の友達に会いたかったところだ。

 

「決まりだな。また適当に店を選んでおくわ」

「おう、よろしく頼む」

 

 伊織は得意そうに胸を張った。高校生の時から何か提案して、色々と手配してくれるのは彼だった。友達の変わらなさに俺は安心していた。

 

「おーい」

 

 ふと聞き覚えのある声がしたので、そちらを振り向く。そこには、満面の笑みを浮かべた綾が何かを持って、こちらに向かってきていた。


「お待たせ。これも買ってね」

 

 そう言って、綾はチョコ菓子の袋をカートに置かれたカゴの中に入れた。

 そんな弟の姿をじっと見ていたのが伊織だった。綾を見ていた彼はゆっくりと俺の方を振り向いた。

 伊織は先程とは違う別の種類の笑顔を浮かべていた。正確に言うと、目が笑っていなかった。その瞬間、俺は間違いを犯したことに気づいた。

 

「おい、圭。この子は誰なんだ?」

「あれ? この人は?」

 

 伊織と綾の2人から見つめられて、俺はどう答えるか躊躇した。弟はまだ不思議そうな顔をしているだけだから問題ないが、友達の方は問題だらけだった。

 

「えっと、綾。こいつは伊織。俺の友達だ」

「へー、そうなんだ。綾です。初めまして」

「お、おう。こちらこそ初めまして」

 

 見た目美少女の綾から見つめられて、伊織は顔を逸らしていた。今の反応からわかる通り、彼は女性とあまり縁がない。

 

「伊織、こいつは綾と言って、俺の」

「おいこら待て」

 

 俺の言葉を遮り、伊織は俺の両肩に手を置いた。彼が力を入れすぎているのか肩が少しだけ痛い。

 

「お前はいつの間にこんな可愛い彼女ができたんだ? というか、彼女にしては年が離れてないか?」

「待て待て待て。俺の話を聞け!」

 

 俺は弁解しようとしたが、肩に置かれた手の力が徐々に強くなった。

 

「俺たち3人で誓ったよな? 彼女ができたら隠したりせず、友達に紹介しようって。その誓いを破ったのか?」

 

 高校時代の俺と伊織と怜の3人は女っ気がなく灰色の高校生活を送っていた。そんな俺たちは互いに誓い合ったのだ。いや、正直にいうと今の今までにそんな誓いは忘れていたんだけど。

 

「だから、聞いてくれって! 肩が痛いんだが!?」

「俺は心が痛いんだよ!」

「そんなこと知らねえよ!?」

「ふふっ、お兄ちゃんの友達は面白い人だね」

 

 綾は嬉しそうに笑っていた。女の子になった弟に頼るのもどうかと思うが、正直助けて欲しかった。


「お、『お兄ちゃん』だと! てめえ、可愛い彼女にそんな風に呼ばせているのか!」

 

 俺と綾のことを勘違いしている伊織はますますヒートアップした。目が笑っていないどころか険しさを増していた。

 

「落ち着け! お前が勘違いしていることは何もないぞ! 綾、そうだよな?」

「そうですよ。僕とお兄ちゃんはただ同じ家に住んでいるだけです」

「ちょっ、おい!?」

 

 弟に助け舟を求めたはずが、何故か火に油を注ぐようなことを言い出した。もしかしたら、伊織がどうして怒っているのか綾は理解できていないかもしれない。

 

「何、こんな可愛い子と同棲しているだと! 俺は実家で母ちゃんにこき使われているのに比べて、圭、お前ときたら、許せねえよ!」

「だから、誤解なんだよ! 綾は家族で」

「適当な嘘を言うな! お前に妹がいるなんて聞いたことがないぞ!」

 

 俺の家族構成を知っている伊織は綾の特殊な状況は知らなかったようだ。俺の肩を激しく揺さぶっていた。俺は前後に揺られながら、最近見た4DXの映画を思い返していた。

 


***

 

 

「そうだったのか。本当に弟の綾君だったのか」

 

 あの後、なんとか伊織の機嫌を落ち着かせることができた俺たちは場所を移動して、モールのフードコートにいた。

 綾はトイレに行くと言うので、席を離れている。

 

「やっと信じてくれたか」

「ああ、どこかで見覚えのある顔だと思ったけどな、正直分かるわけがないだろ」

「それはまあそうだな」

 

 俺もなんとか状況を飲み込んだだけで、しっかりと受け入れたわけではない。まさか身内にこんなことが起きるなんて今でも信じられない。

 

「昔圭の家に遊びに行った時、見かけたことがあるけど、変わったよな。ものすごく」

「本当にそれな」

 

 思わずギャルみたいな感想が飛び出してしまったが、その通りである。

 

「親御さんはどうしているんだ?」

「それがとうに綾の変化を受け入れているんだよ。俺と違ってさ。まるで仲間外れの気分だよ」

 

 俺は自虐しながら肩をすくめると、伊織は顎に手を当てて何か考え込んでいるようだった。

 てっきり俺に共感してくれると思ったから、彼の反応は意外に思えた。

 

「どうした? 何かあったか?」

「いや、なんでもない。まあ、結局、圭に彼女はいないってことだな」

「誤解が解けて良かったよ」

 

 友達の誤解が解けて、ホッとしていると、またしても肩に手が置かれた。

 

「それはそれとして」

「伊織?」

「可愛い妹と一緒にデートしているなんて羨ましいぞ、この野郎!」

「なんなんだよ、面倒くさいな! あと、妹じゃねえよ、多分!」

 

 再び暴れた友達を宥めるのに俺は必死だった。

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