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帰省したら弟が妹になっていました  作者: 海外空史


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2/10

2 弟の変化

「実は綾が女の子になってしまったのよ」

「何を言っているんだ?」

 

 母さんはものすごく真剣な顔で頓珍漢なことを言った。

 

「母さんはふざけていない。綾が女の子になってしまったのは本当のことだ」

 

 父さんもまた少しも笑っていなかった。極めてシリアスな顔である。

 

「綾が変わったことぐらい俺でも分かったよ。でも、女の子になったのはどうしてだ?」

「あれはいつのことだったかしら」

 

 俺の疑問に答えるように母さんは語り出した。

 

「ある朝、1階に降りてきた綾が私に言ったのよ。『僕、女の子になっている!』ってね」

「いや、ってね、じゃないけど。それで説明したつもりか?」


 朝起きたら女子になっているなんて漫画やアニメみたいな出来事だ。そんなことが現実で起こるわけがない。

 

「その日は俺も家にいた。紛れもなく綾は一晩で女の子になってしまった」

「女の子って、本当かよ?」

 

 見た目だけならまだ女装している可能性だってある。いや、女装してるだけであの可愛さだったら反則だけど。

 

「ええ、そうよ。私がこの目で確かめたから間違いないわ」

「確かめたって、どうやって……、いや、やっぱり答えなくていいわ」

「ちなみに父さんは確認してないぞ」

「だから、答えなくていいって言っているだろ!」

 

 両親とのアホなやり取りについ声を荒げてしまった。俺は深呼吸をして、気を落ち着かせてから改めて母さんたちに向き直る。

 

「で、本当なのか? 本当に綾は突然女の子になってしまったのか?」

「ええ、その通りよ」

「ああ、その通りだ」

 

 両親は口を揃えて俺の言葉に深く頷いた。なおも前言を撤回しない2人の様子に俺は本当のことなのかもしれないと思うようになった。というか、真剣に考えるのが面倒になった。

 

「まあ、そこまで言うなら分かったよ。ちなみに綾が変わったのはいつ頃なんだ?」

「今年の夏よ」

「結構前だな!?」

 

 俺は思わず椅子から立ち上がってしまった。俺の知らない間に弟はあの状態で2つの季節を過ごしていたらしい。

 

「それならどうして早く言ってくれなかったんだよ?」

「綾から口止めされていたんだ。『お兄ちゃんには秘密にしておいて』と。可愛い娘の頼みなら仕方ないだろう」

「もう娘として受け入れているのかよ……」

 

 両親の切り替えの早さに俺は開いた口が塞がらなかった。よくよく考えてみると、父さんと母さんは女の子になった綾と数ヶ月も暮らしている。

 それならば、息子から娘に変わった子供を受け入れるのは親として当然……なのかもしれない。

 

「そういえば、学校はどうしているんだ?」

 

 夏頃に綾の変化があったとするならば、夏休み明けの2学期で綾は学校でどう過ごしているのか気になった。

 

「もちろん女の子として通っているわ。後で制服を着た姿を見せてもらいなさい。可愛いわよ」

「別に興味ないわ」

 

 あまりに真剣な顔で勧められたが、俺は即座に断った。

 

「そう? 私たちは何回も見せてもらったわよね?」

「そうだな。娘がいたらと考えたこともあったが、まさかこんな形で叶うとはな」

 

 両親は楽しそうに互いの顔を見合わせていた。その様子から綾が女の子になったことに対して少なくとも悪く思っていないことが分かる。

 それよりも突然性別が変わった生徒をちゃんと通わしてくれるなんて学校の懐が大きいな。

 いずれにせよ家の中で戸惑っているのは俺だけで、あとの家族は全員この状況をとっくに受け入れているようだ。

 なんだか仲間外れの気分だが、そもそも俺が中々実家に帰ってこなかったのも原因の1つのため、強く言うことができない。

 

「とりあえず状況は分かったよ。それで綾と接する上で気をつけた方がいいことあるのか?」

 

 いきなり身内が女の子になってしまったのだ。これまでと同じように接するわけにはいかないだろう。何かしらの注意事項はあるはずだ。

 

「特にないわよ」

「ないのかよ」

 

 特に気をつけることはなかったようだ。肩透かしを食らった気分だ。

 

「とても可愛くなっているが、綾のままだ。だから、お前はこれまでと同じように接していればいい」

「まあ、そういうならそうするけど」

 

 何か釈然としないが、女の子になった弟と一緒に暮らしている両親が言うのなら間違いないのだろう。

 そんなことを考えていると、階段を駆け降りる音が響いた。

 

「お兄ちゃん!」

 

 突然リビングに綾が飛び込んできた。やはり弟は女の子になったままだった。

 

「どうした?」

「まだ休憩終わらないの? 僕、ゲームの準備はとっくに終わったよ」

 

 綾は不満そうに口を膨らませていた。俺は目の前にいる両親をチラリと見た。2人は息を合わせたかのように揃って頷いた。どうやら話は終わりらしい。

 

「分かった。今から兄ちゃんも行くよ」

「やった! じゃあ、先に2階に行ってるね」

 

 顔を輝かせた綾は再び階段を上がっていった。

 

「それじゃあ、綾の部屋に行ってくるから」

「いってらっしゃい」

「兄妹仲良くな」

 

 両親に見送られ、俺は2階にある綾の部屋に向かった。

 


***

 

 

「やっと来たね。早くやろうよ!」

 

 部屋に入るなり綾にそう言われた。綾はテレビの前にあるクッションに座っていた。

 綾の部屋は以前にも入ったことはあるが、その時と比べて何も変化がなかった。弟の変化とは裏腹に、変わらない部屋の様子に安心している俺がいた。

 

「お兄ちゃんは僕の隣ね」

 

 綾はすぐ近くにあるクッションをポンポンと叩いた。俺は弟から言われた通りのところに腰を落ち着かせた。

 

「何のゲームをするんだ?」

 

 綾の口から出てきたのは、某配管工が仲間たちと一緒にパーティでミニゲームを繰り広げるゲームの名前だった。

 綾はテレビの電源をつけて、ゲーム機を起動した。俺は弟からコントローラーを渡された。

 

「昔はよくやってたな」

 

 子供の頃、綾は外に遊ぶよりも家で遊ぶ方が好きだった。そんな弟と1番一緒に遊んだのが兄である俺だった。綾とは色々なゲームをして遊んだものだ。

 

「そうでしょ。僕も負けないからね。あっ! そうだ!」

 

 コントローラーを持った綾は俺の方へと顔を向ける。

 

「もし、負けたら、勝った人のお願いを1つ聞くってどう?」

「罰ゲームみたいなものか?」

「うん。まあ、そういうものだよ」


 何故か綾は歯切れ悪そうに答えた。弟とはそういう類のことをやったことはないが、俺としては特段構わない。

 

「いいぞ。そうするか」

「やった! ふふふ、何をお願いしようかな〜」

 

 綾の中では既に勝った気分でいるようだ。可愛い弟とはいえ簡単に負けたら、兄としての沽券に関わる。

 

「俺だって負けないぞ」

「お兄ちゃんもやる気満々だね。じゃあ、始めるよ」

「おう。って、え?」

 

 俺が綾の方を振り向いた時だった。俺の目にあるものが留まった。

 綾の部屋にあるクローゼットは少しだけ開いてあり、中の衣服が見えていた。それだけなら特に問題ないが、見えている服に問題があった。

 それは見覚えのあるセーラー服だ。俺の中学時代に女子が着ていたものにそっくりだった。その時、俺の頭の中で今の綾があの制服を着ている姿が思い浮かんだ。

 その光景が浮かんだ瞬間、俺は何故だがいけないものを見たような気分になった。偶然にも家族の秘密を暴いてしまったような気持ちになった。

 

「お兄ちゃん?」

 

 俺が固まったままでいるのを不思議に思ったのか、綾は怪訝な顔を浮かべていた。

 

「な、何でもないぞ。やるか」

「分かったよ」

 

 俺は改めてテレビの画面に向き直った。何故だが分からないが、俺の心臓はうるさかった。

 


***


 

「やった! 勝った!」

 

 ゲームの結果、見事に綾が1位になった。弟は踊り出そうとするぐらい喜んでいた。

 よく思い返してみると、子供の頃は俺が勝つ方が多かった気がする。そう考えると、綾の喜び方も理解できる。

 

「お兄ちゃん、ゲームが下手になった?」

 

 綾は心配半分不思議半分みたいな顔をしていた。女の子になった弟に至近距離で見つめられて、俺は動揺した。

 

「コントローラーの調子が悪かっただけだ」

 

 そう言って、綾から顔を逸らすことに精一杯だった。まさか弟の部屋に架けられたセーラー服に気を取られてしまったなんて言えるわけがない。

 

「あはは、昔も僕に負けた時、同じことを言ってたね」

 

 綾は面白がるような顔をしていた。そして、俺に向かって得意げに胸を張った。

 

「じゃあ、約束した通り、僕のお願いを叶えてね」

「ああ、分かったよ。俺の叶えられる範囲で頼む」

 

 可愛い弟の願いを叶えることは全く苦ではないが、一介の学生である俺ができることは限りある。

 

「ん〜、どうしようかな」

 

 意外にも綾は真面目な様子で考え込んでいた。ゲームをする前にああいう提案をしたのだから、とっくに内容は考えているばかりだと思っていたからだ。

 

「あれはまだだめだし……。こんなことをお願いするのも……」

 

 綾の小さな声が俺の耳に届いた。言っていることはよく分からないが、弟が真剣に悩んでいるのは伝わってきた。

 

「まあ、今すぐじゃなくても大丈夫だ。俺が帰るまでに考えればいい」

「そうだね。そうするね!」

 

 俺の言葉に綾は嬉しそうに笑った。その笑顔はどこからどう見ても女の子だった。

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