最終話 女の子になった弟と
本日の更新は2話連続更新となります。
連続2話更新の2話目です。
まだ、1話目を読んでいない方は、先にそちらを読んでください。
俺は恥ずかしながら女子と縁が無い生涯を送ってきた。高校生までの俺は、女子とほとんど話したことがなく、灰色の青春だった。
大学生になった今も女子と接する機会は増えたが、未だに彼女はいない。
そんな俺が、人生で一度も告白されたこともない俺が女の子になった実の弟から告白された。
「ふふっ、お兄ちゃんにキスしちゃった」
衝撃から立ち直れずにいた俺と裏腹に綾はイタズラが成功したような笑みを浮かべていた。綾は俺から距離を取り、元の位置に戻った。
「綾は……」
俺はこれまでのことを思い返しながら言葉を口にした。女の子になった綾。屋形さんから聞いた話。先程の綾の言動。その時、俺の中で全てが繋がった気がした。
「俺と恋人になりたかったのか。だから、女の子になりたいと望んだのか?」
まるで犯人を問い詰めるような気持ちで俺は目の前にいる弟に問いかけた。
「うん、そうだよ」
綾はあっけらかんと答えた。
「さっきも言ったけど、僕はお兄ちゃんとずっと一緒にいたかった。お父さんとお母さんみたいな関係になりたかったんだ」
綾は頬を赤く染めて語り出す。それは子供が将来の夢を話す時のようだった。
「将来僕とお兄ちゃんは一緒の家に暮らす。子供は男の子と女の子が1人がいいかな。休みの日は家族でドライブに出かけるの。お兄ちゃんが車を運転して、僕が助手席に座って、後ろの席には子供たちがいる。そんな未来を夢見ていたんだ」
綾は俺の方に向かって両腕を伸ばした。そして、両手で俺の手を取った。温かく柔らかい感触に俺は頭を上げた。
「でも、もういいんだ」
「え?」
俺は思わず目の前にいる綾の顔を見つめる。綾は笑顔のままだったが、見ているだけで胸が締め付けられる笑みだった。
「だって、弟からこんなことを言われてもお兄ちゃんは困るよね。気持ち悪いって、家族との縁を切りたいって思われても仕方ないと思う」
綾の言葉に俺は何も言うことはできなかった。俺が戸惑っているのは事実で、そんな俺が綾に大して慰めの言葉をかける資格はないのだと思ってしまった。
「だから、最後にお兄ちゃんに想いを伝えたかった。キスもできて、本当に嬉しかったよ」
綾は笑顔を浮かべていたが、その目から一筋の涙が溢れて出ていた。
「ごめんね、お兄ちゃん。こんなことをして。でも、これで終わりにするよ。明日からはまた普通の兄弟に戻ろう」
綾は指で涙をそっと拭いていた。そして、俺の手から両手を離した。
「じゃあ、車に戻ろうか。お母さんたちも心配しているかもしれないし」
そう言って、綾は歩き出そうとした。しかし、その歩みは止まった。何故なら。
「お兄ちゃん?」
俺が綾の腕を掴んでいたからだ。綾は不思議そうな顔をしていた。
「……ちょっと待ってくれないか?」
正直自分でもどうしてこうしたのか分からない。気づけば綾に向かって手を伸ばしていたからだ。
「うん、分かったよ」
綾は緊張した顔で再び俺に向き直った。そして、ただじっと俺を上目遣いで見つめていた。俺を、俺の言葉を待っていた。
一方、俺はというと、何を言うべきか迷っていた。そもそも未だ女の子から告白されたという衝撃的事実を受け止めきれていない。
けれど、いつまでも綾を待たせておくわけにはいかない。俺は少し深呼吸をして、改めて綾と顔を合わせた。
「俺にとって綾は弟で家族だった。俺を慕ってくれて、一緒に遊んだりしてくれる可愛い弟だ。それは今も変わらない」
「うん、そうだね……」
俺の言葉に綾は少し俯いた。その反応から見ても今俺が言ったことは綾が欲しかった言葉ではない。
「だから、久しぶりに会った時、綾が可愛い女の子になって、とても驚いたと同時に戸惑った。今だってそうだ。弟から告白されて、俺の頭の中は困惑でいっぱいだ」
「お兄ちゃん……」
綾は泣きそうな顔になっていた。綾にそんな顔をさせて、俺は自分で自分を殴りたかったが、それでも俺は思いのままに言葉を続ける。
「もう大丈夫だよ。僕は十分幸せな思い出を」
「でも、それだけじゃなかった」
「え?」
綾は顔を上げた。俺も自分で自分が言ったことに驚きを隠せない。そうだ、今、俺の中にあるのは、困惑だけじゃない。
では、一体何だろうか。俺は頭を必死に働かせた。その時、綾の幸せそうな笑顔が頭に浮かんだ。
「俺は嬉しかった」
「え?」
綾は再び俺を見つめた。先程の表情とは違い、その目には少しだけ光が宿っているように見えた。
その瞬間、俺の中で何かがピッタリと当てはまった気持ちになった。俺の綾への想いがはっきり認識できるようになった。
「俺は嬉しかったんだ。俺のことを好きだと言ってくれて、俺の隣で笑ってくれて、綾の幸せそうな姿を見て、俺も心が温かくなったんだ」
「お兄ちゃん……」
綾は先程と同じ言葉を紡いだ。しかし、その顔は先程までとは違い明るく見えた。
「俺のこの気持ちは世間的にはとても非常識で、倫理的にも間違っているのかもしれない。それでも」
俺は綾の肩にそっと手を置いた。女の子になった弟の顔を、目を真っ直ぐに見つめた。そして、俺は綾を抱きしめた。
俺は腕で綾を包め込んだ。綾の体温が俺に伝わったくる。
自分の顔が熱く感じる。全身の体温が上がっているのを感じる。
「俺は綾のことが好きだ。兄としても、男としても綾が好きなんだ。この気持ちに嘘はつけない」
耳元で綾が息を呑んだ声が聞こえた。俺は想いを告げた。実の弟で女の子になった綾に大して俺は自分の気持ちを伝えたのだ。
「ううっ」
「綾!? 大丈夫か!?」
俺の腕の中から綾の嗚咽が耳に届いた。俺は慌てて抱きしめるのを止めて、綾と向き合った。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。僕、本当に嬉しくて」
綾は涙を流していた。けれど、ただ泣いているだけではなく、とても幸せそうに笑っていた。
「夢じゃないんだよね? 本当にお兄ちゃんは僕に告白してくれたんだよね?」
「夢じゃないさ。本当だよ」
俺はハンカチを取り出して、綾の目を拭った。それでもなお綾は涙を流していた。
「ありがとう、お兄ちゃん。僕、とても幸せだよ」
そう言って、笑う弟を見て、俺は心が温かくなった。目の前にいる大切な人を愛おしく思った。
「僕たち、両想いだから、恋人になったってことだよね?」
「まあ、そうだな」
兄弟――この場合は兄妹と言った方がいいのか――で、恋人同士となった。とても非倫理的な響きだが、綾の嬉しそうな顔を見ると、どうでも良くなった。
「ねえ、お兄ちゃん、お願いがあるの」
「どうした?」
「今度はお兄ちゃんからお願い」
何をと問う前に綾は行動を移した。綾はすっと目を閉じて、そのまま動かなくなった。
それを見て、俺は瞬時に悟った。それは今まさに生まれて初めて恋人ができた俺にとってとてもハードルが高い。
けれど、綾の期待に裏切るわけにはいかない。俺はお兄ちゃんで、恋人だからだ。
「いくぞ、綾」
そう声をかけて、俺は綾に顔を近づけていく。この世の誰よりも可愛い綾の顔が段々と迫ってくる。その時、俺は目を閉じてしまった。
「う!?」
「むっ!?」
結果、俺の勢いは止まらず、俺と綾の顔はぶつかった。かろうじて唇は触れ合ったが、これではキスというより、衝突したと言った方が正しい。
「わ、悪い。距離感を間違えた」
羞恥のあまり体が熱く感じる。早速兄として恋人としての沽券に関わってしまった。
「あははは」
一方の綾はあまりの可笑しさに口を大きく開けて笑っていた。そのいつもと違った笑い方もとても魅力的に見えた。
「もう、お兄ちゃんったらしょうがないんだから」
そう言って、笑い泣きした涙を綾は手の甲で拭った。こうして、俺は女の子になった弟、つまり妹と付き合うことになった。
***
帰省して9日目の今日、俺は駅にいた。今日はいよいよ実家から下宿先へと戻る日だ。つまり、それは日常が戻ることを示している。
「荷物はちゃんと持った? 忘れ物はない?」
「大丈夫だって」
「向こうに着いたらちゃんと連絡してね」
「だから、分かっているって」
俺はお小言が止まらない相手に目を向けた。
「だって、お兄ちゃんが心配なんだもん」
綾は悪戯っぽく笑っていた。とても可愛い。今日は、俺を見送るために、家族総出で駅まで来てくれたのだ。
「本当に2人とも仲良しね」
「ああ、仲が良いようで何よりだ」
俺と綾の様子を見て、両親は楽しそうに笑っていた。その様子を見て、俺はどこかホッとしていた。
昨晩、想いが通じ合った俺と綾は家に帰るなり、両親に事の顛末を報告した。
正直人生で一番緊張した。最悪勘当されることも覚悟の上だった。
けれど、両親は尋常ではない俺と綾の関係を受け入れてくれた。もしかしたら、俺よりも前に両親は綾の気持ちを察していたかもしれない。
けれど、健全な付き合いという条件付きだ。綾はまだ中学生だし、俺だって成人したとはいえ、学生の身だ。
綾との関係は大切にしていきたい。綾は少し不満そうだったけど。
スマホを見ると、電車の時間が迫っていた。俺は改札を通る前に、家族に向かって振り返った。
「じゃあ、行ってくるよ」
俺は家族に向かって、そう挨拶した。この改札をくぐれば、またいつもの、家族と離れ離れの日常が始まってしまう。それは少しばかり寂しい気持ちになった。
「行ってらっしゃい。体に気をつけてね」
「学生生活を精一杯頑張りなさい」
「お兄ちゃん、またね」
そう言って、皆は俺に手を振ってくれる。今自分がいるところ以外にも心安らげる居場所がある。そう実感できて、帰省して良かったと心の底から思った。
「今年はなるべく帰省するよ」
綾とのこともあるし、やっぱり実家に帰ると心が休まる気がする。そう考えたら、去年よりも帰省する回数を増えそうと思った。
「ううん、大丈夫だよ」
「綾?」
けれど、俺の決意に対してよりにもよって綾が首を横に振った。そこには初めて俺が家を出て、悲しんでいた弟の姿はどこにもなかった。
「だって、今度は僕がお兄ちゃんの下宿先に行くから」
綾は胸を張ってそう答えた。得意げな俺の妹で恋人はとても可愛いが、俺は困惑でしかない。
「俺は初耳なんだけど」
「大丈夫だよ。お母さんとお父さんにちゃんと許可を取ったから」
綾の言葉に慌てて俺は両親の顔を見る。2人は苦笑しつつも微笑ましい顔で俺と綾を見ていた。どうやら綾は両親を説得済のようだ。
「分かった。俺も駅まで向かいに行くよ」
「うん。来週の3連休に行くからよろしくね」
「おお、随分と早いな」
「それと、土日はできるだけお兄ちゃんに会いに行くよ」
「えっと、それはいいのか? ほら、綾は今年受験生だし、勉強とか」
俺が思わず問いかけると、綾は楽しそうな笑顔を浮かべた。
「大丈夫だよ! だって、僕はお兄ちゃんの恋人だから! 1人暮らしのお兄ちゃんを支えるのは僕だよ!」
女の子になった、そして、俺の恋人になった妹は嬉しそうな顔で通い妻宣言をした。
これにて物語は完結です。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




