1 久しぶりの再会
クリスマスも過ぎ去り、年末に近づくこの頃、俺は電車に揺られていた。何日か分の衣服が詰められているスーツケースが旅のお供だ。
見た目はいかにも旅行する出立ちといったところだが、生憎どこかの観光地に出かけるわけではない。
ふと窓の外を見ると見覚えのある景色が広がっていた。車内では車掌のアナウンスが次の駅名を告げていた。それを聞いて、俺はスーツケースを持ち、扉の前に立った。
やがて窓の風景は駅のホームへと変化し、扉が開いた。俺はその駅に降り立った。
この街は俺の故郷だ。今日、俺は久しぶりに帰省したのだった。
***
俺、戸沢圭は大学2年生だ。故郷から遠く離れた大学に進学した俺は現在1人暮らしをしている。
初めのうちは不安や寂しさたっぷりの生活だったが、次第に慣れていき、今では自由で楽しい日々を送っている。
1年生の頃は長期休みの度に実家へ帰っていた。しかし、次第に帰るのが億劫になり、2年生になってからは一度も帰省していない。
今年は弟からの強い要望もあり、年末年始に帰省することに決めた。
こうして帰ってみると、やはり懐かしい気持ちに浸れる。まるで高校生だった頃の自分に戻ったように錯覚してしまう。
改札を通り、駅を出る。駅前はロータリーになっており、いくつかの自動車が停まっていた。その中に見覚えのある車が1台あった。それは黒色のセダンタイプの車だ。
俺はその車に近づき、運転席に座っている人物に手を振った。俺の顔を見たその人は車のガラスを下へスライドさせた。
「久しぶりだな、圭」
顔を覗かせたのは白髪が混じった中年の男性だ。俺に向かって手を振り、笑顔を浮かべている。久しぶりの我が父である。
「ただいま、父さん」
俺は父さんに向かって手を上げて、笑いかけた。トランクを開けてスーツケースを中に入れる。助手席側のドアを開けて、席に座る。
「元気だったか?」
「うん、なんともないよ」
シートベルトを締めながら父さんの質問に答えた。この車に乗るのも随分久しぶりだ。
「じゃあウチに帰るぞ」
父さんは車を発進させた。家に向かう間、俺は助手席から窓の風景を眺めていた。
俺が生まれ育った街は地方都市といったところで、電車は通っているものの、駅から少し離れると住宅街が広がるといった感じだ。
駅から実家まで車で1時間ぐらいかかる。ちなみに最寄駅だ。
流れていく風景は見慣れたものだったが、よく見るとところどころ変わっているところもある。
個人飲食店が全国チェーン店のラーメン屋になっていたり、床屋が一見するとどんなお店か分からないような店舗に変わっていたりしていた。
「いつまでこっちにいるんだ?」
父さんからの問いかけに俺は思わず苦笑した。今さっき地元に着いたばかりなのに、もう下宿先へ帰る時の話をされた。どうして親というのは子供が帰省した時、そんなことを聞きたがるのだろう。
「とりあえず一週間ぐらいはいようと思っているよ」
「そうか。もう少しこっちにいればいいのに」
父さんは前方を見ながら名残惜しそうに呟いた。そんな父さんの反応にまたもや俺は苦笑した。
「悪いけど、授業やバイトがあるからそういうわけにもいかないよ」
向こうでの生活のことを考えるといつまでも実家にいる訳にはいかない。そんなことは父さんだって分かっているはずだが、親としては自分の子供が心配なのだろうか。
「綾もお前と会いたがっていたぞ」
「うん、知っている。電話したからな」
父さんの口から出た名前は戸沢綾。俺の弟だ。
綾は俺と6歳離れていて、今年で中学2年生になる。歳が離れているためか、綾ぐらいの年齢にしては反抗期が無く、素直で可愛い弟だ。
綾とはたまに電話でやり取りをしている。今回の帰省も彼から「お兄ちゃんに会いたい」と何度も電話で聞いたからだ。
そんな可愛い弟のお願いを叶えるべく、俺は実家に帰ることにした。
「電話って、音声だけか?」
「え? そりゃ、電話だからそうだよ」
「そうか」
そう言って、父さんは話を打ち切った。何故そんなことを気にするのか俺は不思議に思ったが、何も言わなかった。
***
車を走らせること1時間程経過し、よく見慣れた景色に変わる。一軒の家が俺の目に留まった。なんの変哲もない2階建ての家、つまり懐かしの我が家である。
久しぶりの自分の家を見て、俺はようやく帰ってきたことを実感する。
「着いだぞ」
「ありがとう」
父さんにお礼を言って、俺は車から降りた。車のトランクからスーツケースを取り出した。
改めて実家を観察した。観察の結果、何も変わっていないことが判明した。
ここまでの道のりもところどころ変化していることがあったので、自分の家ももしかしたらと思ったからである。
何の変化もない実家を見て、どこか安心している自分がいた。まあ、何事も変わればいいというものではないから。変わらなくてもいいことだってあるはずだ。
「ただいまー」
俺はスーツケースを抱えたまま玄関のドアを開けた。少しすると、廊下にあるリビングへ続くドアから懐かしい顔が現れた。
「おかえり、圭」
父さんより少し若く見える中年の女性が俺を見てにっこりと笑っていた。久しぶりの我が母である。
「ただいま、母さん」
「長旅、お疲れ様。荷物を持ってあげる」
母さんは俺からスーツケースを受け取ると、すぐさまリビングへと運び出した。母の優しさに俺の心は温かくなった。
俺は母さんの後を追って、リビングに入った。外観と同じように家の中も何も変わっていない。
俺はリビングにあるソファに腰を下ろした。そうすると、やっと家に帰ってきたという実感が湧く。
「何か飲む?」
背後から母さんの声が聞こえる。ウチの家はリビングとキッチンが壁の仕切りがあって繋がっている。
「じゃあコーヒーをお願い」
「わかったわ」
少しするとキッチンからコーヒーの匂いが漂った。母さんは豆から挽くほどコーヒーにこだわりがある。
「そういえば、綾は?」
リビングには弟の姿が見えなかったので母さんに問いかけた。
「あの子は2階の部屋にいるわ」
母さんはコーヒーが入ったマグカップを俺に渡した。マグカップは俺がこの家で使っていたものだ。コーヒーを一口飲んだ。実家で飲んでいた味に心が安らぐ。
「もうすぐ降りてくるはずよ」
その言葉通り、廊下に繋がるドアからドタドタと足音がある。廊下には階段があるため、この音は綾が降りる足音に違いない。
ガチャっと、ドアが開いた途端、誰かが入ってきた。
「お兄ちゃん!」
懐かしい声が聞こえ、俺は声が聞こえた方を振り返る。弟である綾との久々の再会である。
「おう、久しぶりだなって、え?」
リビングに入ってきたその姿を見て、俺は言葉が出てこなかった。
綾は元々中性的な顔立ちで、昔から女の子と間違えられたことがあるぐらいだ。
声変わりしたはずなのに声も女子と聞き間違えられるほど高めの声質だ。それも以前と変わりはない。
「お兄ちゃん、久しぶり!」
しかし、それら以外に変化があった。髪は肩に届くぐらいの長さまで伸びているし、服装だって女の子っぽいものを着ている。どこからどう見ても女の子だ。
綾の名誉に賭けて言うが、弟に女装趣味はない。以前会った時も髪は短く切り揃えていたし、服装だって男物を着ていた。
けれど、久しぶりに会ってみるとご覧の通りの変化である。男子三日会わざれば刮目して見よと言うが、まさかここまで変化するとは夢にも思わなかった。
「僕、会いたかったよ!」
俺が混乱していることは露知らず、大きな変化を遂げた弟が俺に抱きついてきた。俺の首に両腕を回して体を密着してきた。綾から今までしたことがない良い匂いがする。
「え、えーと……。綾?」
俺は何を言えばいいか分からず弟の目を見つめた。自分でも意味が分からないことを弟に尋ねた。
「そうだよ。何を言っているの?」
綾は首をこてんと傾げた。あまりの愛らしさに俺は顔を逸らした。
何だ、この可愛い子は。本当に俺の弟なのか。今まで出会った女子の中で一番可愛いんだけど。
「綾、隣に座ってくれないか?」
俺はソファを軽く叩いた。このまま美少女と至近距離でいると俺はどうにかなってしまうからだ。
「うん、分かった」
綾は両腕を離し、俺の隣に座った。素直なところは変わっていなくてホッとした。
「ふふっ、変なお兄ちゃん」
綾は面白がるように笑った。その笑顔の眩しさに俺の心臓は高鳴った。
「ねえねえ、いつまでいるの? 何して遊ぶ? 僕、久しぶりにお兄ちゃんとゲームがやりたい!」
そこら辺のアイドルよりも可愛い顔が俺に迫る。相変わらず子犬のような愛らしい様子に紛れもなく弟だと実感する。いや、やっぱりどう見ても美少女だな。
「悪いけど、お兄ちゃんは長旅で疲れちゃったんだ。少し休憩してからでいいか?」
「えー、もうお兄ちゃんはしょうがないなあ」
口では納得したようなことを言っているが、綾は口を尖らせていた。
「じゃあ、部屋でゲームの準備してくるね! 休憩したら、来てね!」
綾はソファから立ち上がると、リビングを出て、階段を駆け上がった。
弟が2階に上がるのを見届けた後、俺はゆっくりと後ろを振り返った。
振り返った先には母さんがリビングにあるテーブルの椅子に座っていた。
「母さん」
「皆まで言わなくていいわ。綾のことでしょ?」
母さんの問いかけに俺は頷いた。母さんの様子から綾に起きた異変を把握しているらしかった。
母さんの言葉を待っていると、今度は父さんがリビングに入ってきた。
「お父さん、ちょうどいいわ。圭に綾のことを話そうと思ったところよ」
「ああ、分かった。俺も席につこう。圭も座りなさい」
父さんは母さんの隣の席に座った。俺は父さんに勧められた通り、両親と向かい合わせの席に着いた。
「さて、どこから話したものか?」
「圭、落ち着いて聞いてね。実は」
「実は?」
俺が先を促すと、両親は互いを見合わせた。やがて決心がついた顔で俺に向き直った。
「実は綾が女の子になってしまったのよ」
帰省して早々、俺は両親から一目瞭然かつ衝撃的事実を告げられた。




