雨
もう幾日が経ったろうか。年も月も曜日も、そんな感覚が、もう私の中から消えていた。数字すらが存在せず、その意味を失っていた。
「・・・」
私は穴の中に居続けていた。
「・・・」
時間の感覚がなくなっていた。というか、時間そのものが世界から消えていた。
時間がないということは、同時に時間が無限にあるということでもあった。いつも時間に追われイライラし焦っていた私を、膨大で広大な時間が溢れるように満たしていた。あれほどに日々、何かに常にイライラし、何かに苛まれていた自分が嘘のようだった。こんな世界があること自体、私は知らなかった。
「・・・」
雨が降って来た。ぽつぽつと当然のように私は濡れた。しかし、そこに苦痛はなかった。喜びさえ感じた。それは自然なことだった。植物が雨に濡れるように、大地が雨に濡れるように、それはただただ自然なことだった。ただそういうことだった――。
雨が降り、風が吹き、太陽が照る。自然の流れ、自然の動き、自然の変化、それは太古の昔から繰り返されてきた自然の営みだった。人間だってそんな存在だった。他の存在と何も変わらない。そんな存在だったのだ。
自然の中で、すべての存在と一体として生きていた。それがいつの間にか、自分たちだけがその中から遊離し、自分たちは特別な存在だと錯覚し始めた。
「・・・」
そう、錯覚・・。
また何かが穴の底を覗いていた。私はそれを見る。それは真っ黒い猫だった。その丸い頭が、穴の端から顔だけを覗かせ、穴の底の私をじっと見つめていた。私もそれを見つめ返す。
「・・・」
私たちはしばし、お互いを無言で見つめ合った。
「・・・」
猫はただ無表情に私を見つめていた。
「・・・」
猫は鋭く縦細くした目で私を捉え、見つめ続ける。
「・・・」
猫が見つめる先に――、しかし、私はいなかった。
「私・・」
私とはいったい――、なんだったのか・・。私は私を見失う。その時、一瞬めまいにも似た渦が、私を襲う。
「私は・・」
私は一体・・。
「・・・」
気づくと猫はいなくなっていた。
「・・・」
私はその猫の頭の出ていた場所を見つめた。
「・・・」
その時、何かが分かった気がした。でも、何が分かったのかは分からなかった。
「何か・・」
それはとても大切なことのような気がした。




