歌
この穴を一度出てしまえば、もう二度とここには戻れない。それが、なぜか分かった・・。
「・・・」
穴から見える丸い空にトンビが悠々と周回しているのが見えた。その下を小鳥たちが元気に横切っていく。虫たちも、気まぐれに穴にやって来ては、どこかへ飛んで行った。
「・・・」
私は相変わらず穴の中に横になり続けていた。
「・・・」
私は穴の中で仰向けに空を見つめながら、多くのこの地球で生きる生き物たちの存在を感じていた。同じ大地で、様々な多くの生き物が生きていた。数えきれない多くの生き物がこの地球で生きていた。
生きているのは私たち人間だけではなかった。私はそんな当たり前のことにすら気づいていなかった。
生きている者たちの生きている音が聞こえていた。それは生命の音。私は、自然の近くにいても小鳥のさえずりくらいしか聞いてはいなかった。だが、自然は色んな音を発していた。野鳥が鳴き合い、虫が鳴き、動物たちが吠え、木が揺れ、枝が軋み、葉っぱがこすれ、風が鳴いていた。生き物たちが生きるというそのことの中で、歩き、走り、飛び、羽ばたき、揺れ、躍動していた。それは生きている音だった。何かに録音された機械が発する死んだ音ではない。それは、すべて生きていた。今そこに生きていた。
「・・・」
いつしか、私には世界のすべてを許せるやさしい歌が聞こえていた。それは大地の奏でる壮大なシンフォニーであり、自然の発する子守歌のようであった。それが私を丸ごと包み込む。何か絶大的なものに守られている安心感。心地よさ――。
私は以前にもこんな感覚の中にいたことを思い出す。幼い頃。もっと昔、赤ちゃんだった頃。まだ、言葉も知らず、泣くことしかできなかったそんな時――。
「・・・」
私は・・。




