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満月渡航の翌朝。
アマネは鳥のさえずりと、潮の香りを含んだ風に目を覚ました。
窓の外には、昨夜とは打って変わって、静かに揺れる空が広がっている。
海へ浸っていた島は再び上昇し、島々のつながりはもう解かれていた。
薄く差し込む朝の光を浴びながら、アマネは昨日の出来事をぼんやりと思い出していた。
あの図書館の扉が開いたこと。
ハナブサという名の来訪者。
そして、「次の渡航者は、二人である」という文。
あれは夢だったのか、それとも現実だったのか。
やはり開かないと思っていた扉が開いた驚きは大きい。
決して信仰深いわけではない自分が、島の象徴となる図書館の扉を開けた。
その事実とどう向き合っていけばいいのか、アマネは戸惑っていた。
そんな考えを巡らせながらも、アマネは布団を整え、井戸水で顔を洗うために外へ出た。
この島では、朝一番に水を汲み、火を起こし、簡単な朝食を作るのが暮らしの基本だ。
土間に据えたぬか釜に火を入れ、炊きたての麦飯をふっくらと蒸らす。
その間にたっぷりの野菜を干し貝柱と一緒に鍋に入れ、火にかけた。
小皿には、昨日採ってきた月草をさっと湯通しし、塩をひとふり。
それだけの朝ごはんでも、空と風に囲まれた台所では、十分ごちそうだった。
火のぱちぱちという音に混じって、どこか遠くから聞きなれた祈りの声がかすかに聞こえてくる。
誰のものとも知れないその声は、島の空気に溶け込み、朝の静けさを優しく揺らしている。
「日々の小さな繰り返しが、島に暮らす者たちの心を保っているのよ」
祖母がよく言っていたことを思い出す。
台所に立ちながら、アマネはふと笑みを浮かべる。
(今日、また会えるかな)
午後には、再びあの図書館でハナブサと会う約束をしている。
昨日のような不思議なことが、今日もまた起こるのだろうか。
空にはまだ、薄く満月の残り香が漂っていた。