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アマネとハナブサは並んで古びた石造りの館の前に立った。
夜の闇に沈むその建物は、長い年月を静かに蓄えてきたように重く、厳かだった。
扉は声に覆われ、まるで時の流れそのものを閉じ込めたかのように沈黙し、
何年も、いや何十年も開かれていないのではないかと思わせた。
「・・・ねえ、聞いたことがある?ここが図書館」
アマネはそっと口を開いた。
島の外ではこの館の話はもはや、おとぎ話として語られている。
彼女がかつて、島を離れていた頃にその存在を話すと、誰もがそれは古い言い伝えだと答えた。
「ああ。呼ばれた者にしか開けられないって、どこかで聞いたことがある」
ハナブサは視線を扉に向けたまま、静かに答える。
その声には埋もれた記憶をたどるような気配があった。
「私も子どもの頃は、作り話だって思ってた」
アマネは微笑みながら、扉のノブに手を伸ばした。
ひんやりとした金属が、掌に触れる。
「開くかなー」
そう言って、彼女は小さく力を込める。
アマネは半ば冗談めかし、半ば不安を隠すように笑う。
「・・・作り話なら、その方がよかったかもしれない」
ぽつりと、ハナブサがつぶやいた。
その言葉には冗談の色は一切なかった。
まるで、扉の向こうにある何かを知っているような、
あるいは、それと出会うことを恐れているような響きがあった。
アマネは思わず横顔を見つめ、軽口を飲み込んだ。
ガチャリ。
沈黙を破る金属音が、夜に響いた。
扉はゆっくりと、まるで眠りから覚めるように内側へ押し開かれ、
奥からかすかな風が漏れ出す。
古びた紙と乾いた空気の匂い、そしてどこか懐かしい香り。
月の光が差し込む中、静かに開いたその空間は、
確かに「図書館」だった。
アマネは息を呑み、目を見開いた。
扉の向こうに、かつて信じることができなかった、おとぎ話が広がっていた。
ハナブサはただ無言でその様子を見つめていた。
ハナブサが目の奥に宿したものが何であるかは、
アマネにはまだわからなかった。
けれど、その瞬間、二人の間で確かに、何かが静かに動き始めていた。