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灯火を手にしてはいるが、彼は島の熱気には溶け込んではいなかった。
まるで彼のまわりだけ、時間が遠ざかっているかのように感じられる。
風が布をはためかせも、歌が響いても、彼だけは別の世界に立っているかのようだった。
アマネはその姿から目が離せなかった。
ーなぜだろう。初めて見る顔のはずなのに。
真っ白な月明かりの下、アマネは彼に向かって歩き出す。
何か声をかけなくては、そんな衝動に突き動かされていた。
「こんばんは」
アマネの声に、彼はゆっくりとアマネを見つめ返した。
その瞳は不思議な色をしていた。
島の人々が持たない、外の風を知る者の影をたたえていた。
広場の人々は二人のやり取りを静かに見守っていた。
それが好奇心からか、あるいは不安や恐れからか。
おそらく、両方が入り混じっていた。
「こんばんは」
彼もまた、同じ挨拶を返した。
「ここは祈りの島ですよ?」
気がつけば、アマネの口からその言葉がこぼれていた。
彼が島を間違えて来たのではないか、そんな疑念が一瞬、心をかすめたのだ。
けれど本当は、彼が間違えていないことなど、アマネ自身がいちばんよくわかっていた。
「はい、祈りの島に来ました」
彼も迷うことなく、そう答える。
まるで言葉が交わされる前から決まっていたかのように。
「少し静かなところがあるの」
周囲の視線に居心地の悪さを覚えたアマネは、賑わう広場を背に歩き出した。
すると、彼も何も言わずに、そのあとについてくる。
二人が歩き出したことで、広場の空気は一気に和らぎ、再び笑い声があふれ始めた。
広場から離れるにつれて、ざわめきは次第に遠のき、
灯火の音だけが二人を包んでいた。
アマネは隣を歩く青年を横目で見ながら、ためらいがちに口を開いた。
「・・・あなた、外の島の人?」
「はい、そうです」
短い答えと共に、彼は小さく微笑んだ。
「名前、聞いても?」
島の外の人であることなど、聞かなくてもわかっていた。
アマネは、そんな当然のことを尋ねた自分を少しだけ恥じた。
「・・・ハナブサ」
その響きに、アマネの心は小さく震えた。
どこか懐かしく、呼んだこともないはずなのに、
なぜか知っているような響きだった。
「私はアマネ、この島の生まれ」