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この世界に山は見当たらない。
どの島もただ見渡すかぎり平地が続いている。
人々の目に映るのは一面の青。
それぞれの島の中央には泉が湧き出し、溢れた水が川となって大地を潤し、
滝へと注ぎ込む。
滝は空から海へと轟音を立てて落ち、
生と死の境界、始まりと終わりをつなぐ門であった。
祈りの島は、七千人ほどが暮らす穏やかで静かな場所。
人々の生活は祈りとともにあり、始まりの朝から、終わりの夜まで、
海に心を通わせていた。
子が生まれたとき、人々はその名を紙にしたため滝に流し、海へとつなげた。
人がその生涯を終えたときもまた、その名を川へと流し、同じ海へと還していった。
祈りの島の人々はこの世界の理を、英知を解き明かそうとはしなかった。
ただ祈り、感謝し、畏れを抱きながら、静かな日々を紡いできたのである。
その祈りの営みのただ中に、ひとつの館が佇んでいた。
鬱そうと茂る木々に抱かれるように建つ石造りのその館を、島の人々は「図書館」と呼んでいた。
祈りの島だけに存在し、外の島々の人々からは夢物語、おとぎ話として語られる存在である。
「図書館」に入れるのは呼ばれた者だけだと伝えられている。
祈りの島に暮らす者でさえ、扉を開けることが出来たのはわずかだった。
館の書架には古の時代からの書や日記、手紙や観察記録が並んでいる。
どの書も著者の名は白い紙片で覆われていたが、開けば確かに文字が刻まれていた。
そしてまるで今この瞬間にも言葉が書き加えられているかのように、
かすかに息づいている。
図書館の内部は思いのほか広くはなかった。
ひとつの部屋だけで、そのすべてが視界に収まるほどの大きさである。
図書館の扉を開くとすぐそこには小さなテーブルと座り心地の良さそうな椅子が二脚、
ここを訪れた人を迎えるように置かれている。
その奥には、ぎっしりと書物を収めた本棚が壁を埋め尽くすように並んでいた。
背表紙に記された題名は何かをひっくり返したように雑然と並んでいる。
しかし不思議なことに、そこには乱れによる不快さはなく、むしろ静かな調和が漂っていた。