表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

序章

 

夜ごと、満ち欠けを繰り返す月に、人々は祈りを捧げてきた。

その光は遠く、遠いがゆえに冷たく、決して手に触れることのできないもの。


だからこそ、人々は願いを託し、

時に畏怖を、時に憧れを、

そして、ときにどうしようもない憎しみや嘆きをも投げ入れてきた。

そうすることで人々は自らの灯を繋ぎ続けてきた。



この世界に存在するもの、それは数限りのない浮島。

島々は昼も夜も空を漂い、人々の営みを揺りかごのごとく柔らかく抱いている。


だがその理は満月の夜にだけ破られる。

夜空に浮かぶ真白の、欠けひとつない円に呼応して、

浮かぶことをやめた島々は海へと降り立つ。

そして、わずかに水面が揺れる程度の波間に寄り添い、互いの岸辺を結び合う。


普段は決して交わることのない島々をつなぐ「満月渡航」

この世界の古より受け継がれてきた唯一の移動の手段である。


月が満ち、真白の円となったその瞬間、

世界の理は揺らぎ、島々は重力に引かれるように静かに海へと降りていく。

波紋ひとつ生まれぬほどにやわらかく寄り添いながら。


この時を待ちわびる人々はこぞって船を出す。

木を組み、布を張り、祈りを込めて作られた船は、

島から島へと渡るためだけに存在する。


「満月渡航」

それは祝祭であり、別れであり、始まりでもある。

旅人は火を片手ににわか立ち、家族は再会を喜び、商人は物を運び、

そして子らは新しい風に踊り始める。


この日のために多くの家の軒先にはランタンの火が灯り、

戸口に飾られた鈍く銀白色に光る月草を照らされる。

去りゆく者に思い出と新たな出会いへの願いが託されているのだ。


広場には大きな幔幕が張られ、夜風を受け、気持ちよさそうになびいている。

布には古来かた各島に伝わる「渡航文様」が描かれている。


この世界に無数に広がる島々のすべての姿を知る者はいない。

人々はこの渡航文様を頼りに、島々のおおよその「アタリ」をつけ、渡っていく。



夜明けとともに月が欠け始めれば、

島々はふたたび音を立てることなく浮かび上がり、互いの短い逢瀬に幕を下ろす。


そこに残されたのは渡りゆく者たちの記憶と、

風に揺れるランタンの炎が描く、静かな輪郭だけ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ