閑話 濃紺に光る星と花
かぐつち・マナぱ様
( https://mypage.syosetu.com/2075012/ )
作成のイラストを挿絵として使わせていただいています。
待ち合わせはいつも早めに着くように行く。
慌てなくていいし、あんまり待たせるのは好きじゃないから。
でもそんな私の性格をわかってる詩遥は、いつだって十五分前に着くように来るんだよね。
今日も私とほとんど同時。
薄い青地に赤い花模様の浴衣姿の詩遥は、私を見て満面の笑みだった。
「美咲〜!! すっごくかわいい!」
「ありがとう。詩遥も素敵だよ」
今日は私も浴衣を着てきた。
章人くん、何か言ってくれるかな。
地元で毎年八月後半にある花火大会に、章人くんと兼子くんも誘った。
大会っていっても三十分もないけど、七夕祭りみたいに露店も出てそれなりに賑わう。
詩遥たち、どうするかなって思ったんだけど。四人で行きたいって言ってくれた。
「楽しみだね!」
にこにこ、にこにこ、嬉しそうな詩遥。
兼子くんと両想いだったってわかってから、詩遥はますますかわいくなったよね。
恋する女の子が綺麗になるっていうなら、私も章人くんの前ではかわいく見えてたらいいのにな。
そんなことを考えてたら、改札から出てくる人波の中に章人くんがいた。
待ち合わせ時間まではまだ十分くらいある。
そういえば、章人くんもいつも時間より早く来るよね。
私が早く来るの、気付いてくれてたんだね。
「おまたせ」
「待ってないって」
詩遥の返事に笑ってから、章人くんは私を見た。
私を見る章人くんが、ふっと笑った。
「似合ってる。すげーかわいい」
章人くんの口から出た言葉に、私は驚いて息を呑む。
いつもそんなこと言わないのに、どうして今日に限って。
「あ、ありがとう……」
恥ずかしくって顔が熱い。
かわいく見えてるのは嬉しいけど。
言われ慣れてないからどうしていいかわからないよ。
詩遥に冷やかされながら章人くんを見上げる。
章人くんも恥ずかしそうな顔してるけど、目を逸らさないで笑ってくれた。
✻ ✻ ✻
七夕のとき以上に混み合うホームから改札に向かう。
人は多いけど、美咲たちはすぐに見つかった。
浴衣姿の女子ふたり。
ものすごく目立ってる。
美咲の浴衣は白に紫の蝶の柄。大人っぽい落ち着いた雰囲気が美咲らしい。
あーもう、すげーかわいい。
今日も美咲の地元だから、また同級生たちとも顔を合わせるだろうな。
多分心配はいらないってわかってるけど。
あとからほかの奴らに言われて喜ぶ美咲を見るのも癪だから。
会うなり素直に、かわいいって言った。
真っ赤になる美咲。こんな顔もするんだな。
それを見られた嬉しさもあるけど。
俺の言葉でこんな顔をしてくれたのがたまらない。
今まで恋愛なんて全然興味なかったから、付き合うっていったってどうしていいかわからないことも多いけど。
美咲を見てると感じるなんとも言い難い温かな気持ち。
それを感じる限りはきっと、大丈夫なんだと思う。
あとは家が一番遠い昴だけ。
美咲はいつも早いし、詩遥と俺はそれを知ってるから早く来るし。昴もだんだん早くなってきてるけど、今日は場所が場所だから仕方ない。
昴、詩遥の格好見たら喜ぶだろうな。
俺から見たってかわいいもんな。
そんなこと考えてたら、チョンと腕をつつかれる。
美咲?
普段こんなことしないのにって思って見返すと、美咲はまだちょっと赤い顔のまま微笑んだ。
「章人くん」
少し潜められた声が、どうにもくすぐったい。
「ほめてくれてありがとう。嬉しかったよ」
はにかんで笑う、美咲の顔。
きっと俺にだけ見せてくれる、特別な顔。
そんな風に考えてしまったら、なんだかものすごく嬉しくて恥ずかしくて。
見なくてもわかる。
……間違いなく、俺も今、顔真っ赤だろうな。
✻ ✻ ✻
改札を出ると、詩遥は前と同じ浴衣姿で前と同じところに立ってくれていた。
隣には浴衣姿の盛田さんと、もう着いてる章人。
やっぱり僕が一番最後だった。皆いつも早いんだよな。
「昴!」
僕を見つけて手を振ってくれる詩遥。
なんだか今日もあの日のやり直しのような感じもする。
ドキドキするのは全然変わらないけど。
「やっぱり似合ってる」
今度は先手を打ってみても、詩遥に驚いた様子はなくて。
にっこり笑って、そうでしょ、って言われた。
あの日のやり直しも上手くいって、晴れて恋人同士となれた僕と詩遥。
夏休みの間は、遊んだり、一緒に宿題をしたり。毎日じゃないけど頻繁に会うことができた。
もちろん今度は夢だったのかなんて言わない。
こうなってなければ夏休み中はほとんど会えなかったかもしれない。
あの日が夏休み前で本当によかったって、心底思う。
夏休みももうおわり。
次会えるのは始業式だから。
今日はその分、詩遥のことを見ておこう。
開催時間まではまだあるけど、露店も出てるし、皆で話してたらすぐかな。
結構あちこちから見えるから、どこもそれなりに混んでも動けなくなるほどじゃないらしい。
露店を見ながら神社へと行くと、それでももう花火待ちの人たちがちらほらと立っている。
「いつも皆でこの辺りから見るのよね」
詩遥と盛田さんの言葉通り、地元の同級生たちも次第に集まって賑やかになってきた。
ここだと絶対同級生に会うだろうから、場所を変えようかと事前に聞かれたけど。別に気にしないからと答えた。
章人は章人で、俺は今更だろって言ってた。夏祭りのときにもう会ってるらしい。
思ってたより賑やかな待ち時間。
同級生たちにからかわれて赤くなる詩遥は、やっぱりものすごくかわいかった。
辺りが暗くなってきて、神社の灯篭に火が灯る。
空も真っ暗ではないけど紺色に変わって、明るい星がいくつか見えてる。
開始時間目前になると辺りは急に静かになって。
皆花火の上がる方向を見上げて待ってた。
なんだか緊張したような、でもどこか浮かれるような。そんな空気を破るように、突然ヒュルルと高い音。
夜空に見えた細く昇る光を追っていくと、ふっと消える。
一瞬遅れて、ドン、と身体を揺らすような破裂音と同時に、赤と金の花火が空に広がった。
周りから歓声が上がる。
その声すら打ち消すように次々に咲く花火が、緑に青にと辺りまで染めていく。
花火なんて見に行くことないから、なんだかとても新鮮で。
何よりも音の迫力に圧倒されながら、夜空に開いては消えていく花火を夢中で見てた。
そうするうちに、何か聞こえたような気がして隣を見る。
視線の先には、目を輝かせて空を見上げる詩遥。
花火の光に浮かび上がる詩遥の横顔。
なんだか夢みたいで、目が離せなかった。
嬉しそうなその顔に、込み上げるのは喜びで。
こうして隣で。
こうして一緒に花火を見てる。
あの日があったからこその今の幸せがたまらなく嬉しい。
皆が花火を見上げるその中で、僕は詩遥を見つめていた。
まだ少し青みを残した空に、色とりどりの光の花が咲く。
見上げる詩遥の横顔も、開く花の色に染まる。
目を逸らせずにいつまでも見ていたら、詩遥の視線がこっちを向いた。
慌てて逸らしそうになってから、別にこのままでもいいのかと気付く。
「今日もかわいい」
あの日言えなかった言葉を今更呟いてみても、花火の音が大きくて届いてないだろうけど。
赤い花火で赤く染まる詩遥はなんだか嬉しそうだった。
きっと隣にいられて嬉しいのは僕だけじゃない。
詩遥も同じように感じてくれているんだって。
そう思えて、ますます幸せだった。
✻ ✻ ✻
なんだか視線を感じたから、ふと隣を見ると。
じっと私を見てた昴の口が少し動いた。
花火の音は大きいけど、ちゃんと聞こえたよ。
今、今日もかわいいって言ってくれたよね?
昴の表情は変わらない。
聞こえてないって思ってるのかな。
それとも私がさっき思わず言っちゃったことが聞こえてたのかな?
昴はじっと私を見たまま。
あんまり見つめられてるから、だんだん恥ずかしくなってくる。
でも、こうして恥ずかしがってる姿も隠さなくっていいんだってわかってる。
昴の前では、もうどんな態度を取ればいいとか迷わなくてもいい。
昴といられて嬉しいも、見つめられて恥ずかしいも、そのまま見せても昴は受け止めてくれるから。
女の子っぽくなれてるかはわからない。
でも今は私らしく、肩肘張らずにいられるから。
幸せ。
さっき呟いたひと言を、改めて噛みしめた。
広がる花火が視界の端に映る。
私だって、こうして見つめ合っていたいけど。
大好きだよって言う代わりに。
昴の手を取って。ぎゅっと握って。
「花火! 見ようよ!」
ちょっと大きな声で言うと、昴は慌てて頷いて空を見上げた。
私も空を見上げる。
細く昇ってきた光が大きく開いて、最後のひとかけらまでキラキラ輝きながら消えていく。
何度も見た光景だけど。
今日のが一番綺麗に見える。
誰と見るかってだけで、目の前の景色ってこんなに違うんだね。
「綺麗だね」
独り言だったけど、今度はちゃんと聞こえたみたい。
昴は繋いでた手を強く握り返してくれた。
素敵なイラストをいただけたからこそ書くことができた一話となります。
かぐつち・マナぱ様、ありがとうございました!