閑話 薄紅に染まる星
「あれって美咲じゃない?」
「えっ? 隣って彼氏?」
聞こえた声に入口の方を見ると、ちょうど店に入ってきたふたりが見えた。
一瞬自分の目を疑う。
隣の男を見上げて微笑んでるのは、午前中ずっと捜してた顔。
ふたりは俺たちが座るテーブルと真逆の位置に案内されていったから、盛田がドリンクバーに来るのを見計らって席を立つ。
平常心、と言い聞かせて。今気付いたように声をかけた。
「あれ? 盛田?」
振り返った姿に息を呑む。
前に会ったのは初詣。それから半年しか経ってないのに。
「坂木くん」
俺を見る盛田はすっかり年頃の女子になってた。
初詣のときも、なんていうか、大人っぽくなったなって思ったけど。
目の前の盛田はますます綺麗で。
ときめいてる場合じゃないのに鼓動がうるさい。
「詩遥と来てるなら、あっちに皆いるから来ないか?」
違うとわかっててそう言ってみる。
皆を振り返るとなんだか心配そうな顔をしてた。大丈夫だからと合図したのに、女子数人が慌てて駆けてくる。
「美咲! 久し振り!」
さり気なく押しやられ、盛田から遠ざけられる。
「皆バラバラに来てたんだけど偶然会って、一緒に回ってるの。美咲もどう?」
「ごめん、彼氏と来てるからやめとくね」
ああ、やっぱ彼氏か。
もう話に割り込めそうになかったから、俺はそのまま席に戻った。
ボスっと座ると、前の席の八幡がじっと見てくる。
「……残念だったな」
「うるせぇ」
こんなことになるなんて、俺だって思ってなかったんだよ。
「彼氏、いい人そうだよ?」
「聞いてねぇから」
さっきまで盛田のツレと話してた三上がわざわざそんな報告をしてくる。
午前中ずっと盛田を捜してたことはバレてるから仕方ないけど。
皆からの生ぬるい視線が居心地悪い。
盛田のことは中学のときから気になってて。
でも友達の範疇から出られなくて。
高校が違うから毎日顔を合わせることはなくなったけど、それでもメッセージアプリでは繋がってるし、初詣や祭りでも会えるからって油断してた。
俺は盛田の「いつも」の中にいないんだってわかってなかった。
あぁもう。俺はどうしてあんなに呑気に構えてたんだよ?
今更後悔したって遅いってわかってる。
もう俺は、盛田に気軽にメッセージを送ることもできなくなってしまった。
ドリンクバーで盛田のツレと鉢合わせた。
俺に気付いて小さく頭を下げてくれる。
盛田が付き合うくらいだし、きっといい奴なんだろうな。
「……なぁ」
いきなりのタメ口にそいつは一瞬驚いた顔をしたけど、すぐに普通に何、と返してきた。
「盛田のこと、大事にしてやって」
詩遥のうしろでいつも笑ってる盛田。
つらそうな顔も、怒った顔も、見たことがない。
無理してるんじゃないかなって気になったのがはじまりだった。
結局俺は盛田のそんな顔を見たことないまま。
そしてきっとこの先も、見ることはないんだろう。
そいつはじっと俺を見てから。
わかった、って頷いてくれた。
店を出ようとしてたら盛田が来てくれた。
「今度また詩遥も一緒に集まれたらいいね」
笑う盛田はいつもの顔で。
ぎゅっと胸が締めつけられるけど。
「ああ。またな」
精一杯の強がりに、八幡が背中を叩いてくる。
ちらりと視線を向けると、席に残ったままのあいつがまた頭を下げてくれた。
それを見た盛田が見たことない顔で微笑むのを見て、なんだか諦めがつくような気がした。
あいつの前ではきっと、盛田も詩遥のうしろじゃなくて。ちゃんと一歩前で向き合ってるんだろうな。
頬を染めるその顔に、中学のときのあどけなさはない。
俺の知らない盛田の顔。
未練がましいけどもうちょっと見てたいから、祭りが終わるまでは捜しててもいいかな。
あいつの隣の盛田は、きっとすごくかわいいだろうから。
これを書いてしまったがために、各話に閑話を入れることとなりました……。