閑話 薄緑にのぞむ花
ガタンと電車が揺れて停まった。
「じゃあごめんね詩遥、また明日」
「明日な」
「また明日ね」
仲良く電車を降りていく美咲と章人。ホームから手を振ってくれるふたりにバイバイと返した。
扉が閉まって電車が動き出す。
ひとりだしスマホを出そうかなって思ったけど、なんとなくやめた。
いいなぁ。
浮かんだ言葉に苦笑する。
美咲と章人が幸せそうなのは、ちゃんとそうなれるようにふたり自身が頑張ったからだってことはわかってる。
誰のことも贔屓したり敬遠したりせずに、いつも皆のことを平等に見てる美咲。
本当にいい子だから、男子にもモテて。「美咲は好きな奴いるのか」って聞かれたのなんて、もう何回あったかわからない。
今まで美咲に好きな人がいるように思えなかったから、いっつも知らないって答えてたけど。
いつからか章人を見るときだけは、ちょっと違う様子になって。
時々目で追ってたり、話したあとになんだか嬉しそうにしてたり。いつもの美咲じゃしない様子が見えてきて。
あからさまには出さないから、気付いてたのは私だけだったんだと思う。
章人は章人で誰にでもフランクだから、わかりにくいとこもあったけど。
あとから思えば美咲のことよく見てたよね。
付き合うんだって聞いて、やっぱりって思ったのと。羨ましいって思ったのと。
私だってずっと前から、昴のことが好きなのにね。
物怖じしない性格だし、思ったことはすぐ言っちゃうし、男子とも女子の友達みたいに話しちゃうから。
あんまり男子から女の子って思ってもらえないんだってわかってる。
別に友達にだったらそれでいいと思ってるけど。
女の子として見てほしい人にまでそうなのが問題で。
でもだからこそ仲良くなれたってところもあるから、悪いとばっかりいえないよね。
今更昴と話すときだけ女の子っぽくするなんて無理だし。
それで昴に距離を置かれたりしたら、後悔してもしきれない。
どうしたらいいのかわかんなくて、ずっとずっとこのままの私。
運良く二年でも同じクラスになれたけど、三年は文理選択もあるから多分無理。
だから二年の間に。そう思うけどなんにもできなくて。
自然に出てくる溜息に、ますます気持ちが沈む。
ホント、情けない私。
私にふたりを羨ましがる資格なんてないよね。
地元の駅に着いたから電車を降りた。
改札を出たところに今年の七夕祭りのポスターが貼ってある。
お寺が毎年やってるお祭り。
昨日美咲にも話したけど、ちょうどテストが終わったあとだから。
四人で行こうって言ったら、昴も来てくれるかな。
お寺は高台にあるから景色もいいし。
いつもと違うお祭りの雰囲気なら、できないことだってできるかもしれない。
もし昴と一緒に行けるなら、ちょっと恥ずかしいけど浴衣でも着ていこうかな。
柄じゃないって言われそうだけど。
昴は優しいから、きっとお世辞でも似合うって言ってくれるよね。
そんなことを考えるだけでなんだか嬉しくなって。
言われてもない昴からの言葉を想像して恥ずかしくなって。
今までなかった、女の子の私。
いつから私、こんなになっちゃったのかな。
昴のことを好きな私はいつもより情けないけど。
ちょっとしたことでも浮かれたり幸せだったりする自分は、なんだかちょっと特別で。
今まで知らなかった気持ちがたくさん。
全部全部、昴を好きになってから知ったんだよ。
テスト前で部活はないから、多分明日も四人一緒に帰れる。
皆をどうやって誘うか、ちゃんと考えておかないとね。
七月七日に短冊にお願いを書いて祈ってるんじゃ間に合わないから。
当日は何も願わない代わりに、今の私に頑張る力をくれないかな。
もちろんこれも柄じゃないけど。
どうかお願いします。
昴と一緒にお祭りに行けますように。