ネズミのEIGHT
「いたぞ!あそこだ!」
「逃がすな!ライトを当てろ!」
今度こそ捕まえてみせる!
息を切らしながら人影が消えた路地へと駆け込む。
「動くな!ここは行き止まりだ!…いない?」
構えていた銃を下ろすと、とてつもないスピードの人影が横を通り過ぎていく。
その瞬間、鋭い痛みが背中に走る。
頭の中に閃光のように記憶が流れてくる。
「これが…そうまとう…?いやちがう?俺の、記憶にこんなものは…」
光が途切れ俺の視界は完全に暗転した。
「未来が見えたぁ!?」
「そんなに大声上げないでください澪先輩、ここ基地じゃないんですから」
私と春香は今流行りの通り魔通称ネズミにやられた警官の緊急手術を終え、案内された休憩室で待機しているところだった。
「そんなバカな話があるか、そもそもどうして軍医である私がこんな病院にいるんだよ?」
「仕方がないですよ澪先輩、この病院の外科医が全員体調不良を訴えていま誰一人として手術ができる人間がいないんですから、それに良かったじゃないですか最近基地の方で怪我人出ませんしリハビリだと思えば」
「そ~だけどよ〜私の仕事じゃねえーてのまあこの病院が基地の近場にあるから仕方ねーのかもしれねーけどよ」
春香はカルテを書き終わり、ペンを机の上に投げ出した。
「はー、やっぱり紙の方が楽ですね」
「そういやここ、古いタイプの病院だからまだ紙のカルテなんだよな、久々に見たわ」
勢いよく伸びをすると、ノックの音がした。
「どうぞ」
「失礼します、お昼ごはんを運びに来ました」
「おう、ありがとう」
「よそ者なのにごめんなさい」
春香は頭を下げて、カートから味噌汁やご飯を受け取った。
「では、失礼します」
私は、2時間程度の手術での疲労が血管の中を循環していた。
一口味噌汁を飲むとしっかりとダシの取れた汁の味が口の中でふんわりと広がった。
「え?うま!」
「ほんとだ、病院食にしては美味しい!?」
少々失礼なことを言っていると、ドアが再びノックされドアが開いた。
「やあ、澪さん」
「サリバン?なんでこんなところいるんだ?ここは基地じゃないんだぞ?」
「おいおい、ここは病院だよ?堕天使になる前に仲が良かった人間がここにいるんだよ」
「つまりその人に会いに来たと、人殺しのあんたがね」
「好きでやってるわけじゃないですよ、今でも心は痛みますから」
サリバンは私の隣に座り手袋をつけ直す。
「そんな気持ちを持ってたらそんな仕事やってらんないぞ?」
「そうかもしれないね…澪さんはその気持ち捨てられるかい?」
「いや無理かもな…リングは一生私の心に残り続ける」
私のせいで助けられなかったリングが脳裏によぎる。
「澪先輩…」
「リング君は澪さんの痛みを少しでも軽くしようと思ったんだよ、それで澪さんの患者じゃないと言ったんだよ」
「なんで、そんな事がわかるんだよ」
「僕は堕天使だよ?天界からは追放されたけどそれでも天使には変わりない死者と話すことができる。現世の外に行ったやつの話をしたら満足そうに天界に行ったよ」
リング…私はお前を救えたのか。
私はとっくに冷めた味噌汁を一気に飲む。
「澪さん、そう言えば最近話題のネズミって知ってるかい?」
「ああ、私がここにいる理由はネズミにやられた警官の手術をするためだからな」
「なんで、そんな事聞くんですか?」
「次のターゲットがそのネズミなのさ、ネズミはもう十分に大きくなった狩り時さ」
なるほど、本命はそっちの情報収集か。
「残念ながら、そこは警察の仕事だ私は一切知らないぞ?」
「これから、知るんだよ」
「待て私に手伝わせる気か?何の特が?」
「こいつが現れたところを地図に記してみたんだ、明らかに規則性がある、そして次はここだ」
サリバンは地面に向かって、指をさす。
「え!?この病院!?」
「ああ、そうだ次は確実にここが襲われるどうだい、君は患者たちを救えるそして僕は友人を救える」
「でも何で?そいつは通り魔なんだろ?院内に入ってくるのかよ、わざわざ捕まりに来るようなもんだぞ?」
「わからない、でもネズミの話を聞いた警官がいる。そいつの話によると未来を見せ希望を与えるためにやっているのだと」
未来を見せるそれがネズミの異能。
「それだけじゃない、奴がネズミと呼ばれている理由それは、早いからだ」
「襲われた警官は誰ひとりとしてネズミの姿をみていないらしいな」
「え?じゃあ異能を2個持ってるってことですか?」
「いいやそれはあり得ない、異能の所持数は1つのはずだ」
「じゃあ、早いのはデフォルトか…よし協力しようか怪我人が増えるのは私の本意では無いしな」
「澪さん準備はいいかな?」
「ああ、いいぞお前は?」
「大丈夫だようまくいくといいね」
私たちはあの後、見回りのナースを全てはけてもらい夜勤を春香とサリバンに任せ私は監視室で各病室に仕掛けられた、監視カメラの映像をのぞいていた。
「にしても、どうして戦力が一番あると言ってもいい澪先輩が見回りに行かないんですか?」
「そのうちに分かるさ」
きっと、私が答えないことで春香は頰を膨らませているだろう…想像しただけでも可愛いな。
「それより、サリバンいつ現れるかは目星ついてるのか?」
「もちろんさ、もうすぐ来るはずだよ僕はターゲットの気配が分かるんだ」
監視カメラを見ていると黒いコートの男がドアをすり抜けて辺りを見渡していた。
「なんだ?こいつ」
「え?僕のこと?僕は堕天使だよ、このくらい余裕なの」
「そういや、そうだったな」
「澪さん……突然悪いけど、来たよ客がね」
サリバンはそう言うと、ドアをすりぬけ視界の外に出ていった。
「春香!聞こえるか?今すぐ隠れろ!お前が勝てる相手じゃない」
「それはそうだと思いますよ澪先輩、でも仕事は熟します…誰かいるんですかぁ!?」
馬鹿!…いやおびき寄せてるのかなら。
私は指を上げて、罠に掛かる時までじっと待つ。
春香はおびき出すかのように、病室に入ってった。
そうすると、ものすごい速さの人影が一瞬カメラの映像に映った。
「おいおい、早すぎだろ…春香助けてやる」
春香に続き、黒い影も入っていったようだ。
カメラの目線を病室に変更し、様子を見る。
そこには予想した通りの光景が広がっていた。
春香の腹にナイフが刺さっていて、黒い影はじっとしていた。
「何してんだ?普通ナイフを抜くだろ、今のうちに」
人差し指を大きくくるっとまわし、病室に仕掛けておいたメスでアキレス腱を切り裂く。
「あぁ!」
「うまく行きましたね澪先輩」
「貴様何をした!」
黒い影は足を押さえながら叫んだ。
「私はもうすぐ死ぬでしょう、教えてあげます…5階の監視室にこの仕掛けを操ってる人がいます…私はただの囮です、脅されてこんなことをしているだけ…あなたの力で未来を見た。私の未来はなかった、そこは真っ暗」
演技が相変わらず上手いな、ナイフが刺さっているのにこの余裕か。
私は、ハッタリを本当のように見せかけるためにメスを動かし春香の首元ギリギリに当てる。
「お前…それ以上はしゃべるな」
黒い影はアキレス腱が切れているというのに普通の速度で歩き出し部屋から出ていった。
「春香大丈夫か?」
「大丈夫です、観葉植物の生命エネルギーで傷を治してるのでこの後ナイフ抜いて出血止めます」
春香の手には、緑色の葉がたくさんついた観葉植物が握られていた。
「わかった、でもそこから動くなよ…サリバン聞こえるか?」
「うん聞こえてるよ」
「お前は今から一階に行け」
「えっでも…」
「いいから!」
監視カメラを見ると、不思議な光景が広がっていた。
サリバンが、半透明になって見えないエレベーターに乗っているかのように床をすり抜けているのだ。
「もうちょっと、まともな移動方法ないのか…さて」
私は、監視カメラに向き直る。
「アキレス腱をやられても、まともに動けるのか…よしあいつまんまと騙されてやがる」
人影はたしかに5階にいた、しかし私がいるのは本当の5階だ。
「ここで、仕留める…」
私は一本一本の指を動かして十本のメスを奴に向かって振りかざす。
メスがネズミの背中を切り裂き、血が辺りに飛び散り赤黒い血が、廊下に川のように流れていく。
「やったか?」
監視カメラが血出見えなくなっている…私が確認しに行くか?いやここは。
「サリバン4階だ私と一緒に4階に来い」
「わかったよ澪さん」
私は階段を1つ降り、サリバンと合流しネズミを仕留めたところに向う。
「いたね」
「まだ生きてるな瀕死か…」
私は落ちているメス1本を浮かせて指の上で踊らせてみせる。
「何故だ?…何故貴様は階段から降りてきた?あの女は嘘をついていたのか?」
「いや、違うなこの病院には4階がないんだ4は縁起が悪いとされていて4階が5階になっている、つまりここは本来4階だった場所だ私は5階にいたんだ1つ上のな」
まあ、おそらく春香はそれを知らずに5階におびき寄せていたんだろう。
「ちなみにあの時、ここからお前が逃げていたとしても本当の5階にたどり着けたとしてもお前は終わっていた出入り口はお前が入った時点で私がメスを浮かせてたし監視室の扉前にも当然罠が張ってあるどっち道お前は助からなかったんだよ」
私は瀕死の男にメスを向けよく姿を観察する。
よく見てみると覆面をしているようだ、早すぎて髪だと思っていたがこうなっていたとは。
ネズミに近づき、私は覆面を外す。
ネズミの素顔は何とも醜いものだった。
全体的に傷が目立ち、片目の色は視力が失われているのか黒目が薄くなっているし所々に縫合跡が残っていた。
「なるほどな、顔を隠す理由はそれか」
「澪さんもういいだろ?どいてくれ」
「ああそうだな」
私が立ち上がろうとした瞬間太ももに鋭い痛みが走る。
どうやら、こいつに刺されたらしい。
頭の中に光り輝く記憶が映し出される。
その映像は決して明るい内容ではなかった。
戦地から次々と兵が運ばれ私が同じような、傷を負った兵たちをどんどん消毒や緊急措置をしている記憶…横には春香が横たわっている。
春香の異能は自分や対象に疲労や眠気を移す能力…しかし現に春香は生命エネルギーを観葉植物から共有していた、春香の異能が進化しているつまり…
嘘だ!これが未来?嘘だ!私は認めない!
私は大きく頭を振ると記憶の光から解放される。
どうやら、サリバンがネズミを蹴飛ばしたようだ。
「大丈夫かい澪さん!」
数メートル転がったネズミは壁に寄りかかり座った。
「これで、俺の足とお愛顧ってことにしてやる背中の傷は未来分だ」
「もういい!連れて行け!」
サリバンはそう叫ぶと、奴らが地面から現れネズミを連れて行く。
「あっけなかったな?さて、行くか」
「そんな足じゃ動けませんよ澪さん、だからといってナイフを抜かないでくださいね?」
「じゃあどうすればいいんだよ?」
「仕方ないですね、失礼します」
サリバンは私を両手で持ち上げる。
いわゆるお姫様抱っこってやつだ。
「昔よくやりましたねこれ」
「ああ、そうだなそのときはまだ私も小さかったな」
サリバンは私を春香のいるところまで連れて行ってくれた。
「まて、ここまででいい春香見られたらアイツ何するか分からないから」
「ああ、はいわかりました」
サリバンが部屋の前で私を下ろす。
扉を支えにしてゆっくりとドアを引いた。
「春香終わったぞ」
「おお、捕まえましたか…って澪先輩足!」
春香は私の足を見て飛びついてきた。
「待て春香!」
そういった時にはもう遅かった。
春香は私のナイフを取り自分の生命エネルギーを共有して私の足を治したのだ。
「春香!大丈夫か?」
「…はい、大丈夫ですよ澪先輩…」
春香はいつも以上におっとりとした口調でそう言った。
この光景やはりそうだ…ネズミが見せた未来。
おそらく、私と春香は衛生兵として戦場に駆り出され。
春香は運ばれてくる兵士に生命エネルギーを共有…そして最後には…
「春香いいか?もうその力はあまり使うな、使うとするならさっきみたいに他の生命エネルギーを使え」
「そうですね…ごめんなさい私澪先輩が怪我してて治さなきゃって思って…これだけ歩けたならそんなに焦らなくてもよかったのに…」
「春香、まだあそこの観葉植物に生命エネルギーは残ってるか?」
「はい、まだあると思います」
私は春香をお姫様抱っこし、観葉植物に近づき春香に触らせる。
数分が経つと、緑の葉は枯れて木は萎れてきた。
「ごめんなさい、名前も知らない木さん」
「元気出たか?」
「はい!この通り!…でも疲れましたね、そう言えば澪先輩も刺されたんですよね?どんな未来を見たんですか?」
私は一瞬言葉に詰まった。
春香が死ぬなんて言いたくも、信じたくもない。
「すまんが、未来は見てない何故だか刺されても未来は見えなかったよ」
「たぶんあれじゃないですか?ネズミが刺し続けないと未来は見えないとか」
「それなら説明がつくな、春香がネズミにナイフ刺してる時やつはずっと手を離さなかった、にしても不思議なやつだったよアキレス腱やられても動けたのにあの程度の斬撃で瀕死になるなんてな」
「あのー言いにくいんですけどたぶんそれ私のせいです…異能が未来の治したい人に反応して暴発したんだと思います」
「なるほどな、気をつけろよお前の異能は体に負担がかかる自己犠牲型なんだから」
「はい」
電気のついたこの病室はやけに綺麗に月が見えた。