最後の笑顔
………
闇の中は、意外と快適だった。
薄暗い部屋でいつも生活しているからこの環境が落ち着くんだろう。
「さて、どこにいやがる…いやこの闇自体がやつなのか?」
今、ナイフを投げたらさっきと同じように跳ね返されるに違いない…さっきは一方方向からの攻撃だったが、今回は360°どこからくるかわからない。
「行き当たりばったりよりいい方法……そうか!未来を見ればいい!」
本のページを素早くめくり、ネズミの力を発動させ自分の太ももにメスを刺す。
鋭い痛みが脳まで届くことはなく、代わりに複数の存在しない記憶が脳を掠める。
一つは、メスを投げた時……反対方向から反撃が飛んでくる。
二つ目は思いっきり前方に走り出した世界線…駄目か無限に走っている。
三つ目……これだ!
太もものメスを抜き、希愛のページまで飛んで傷を癒す。
「ああ、そうだった……腹減ったな」
生命エネルギーを使わずに、傷を治すと腹が減る。
昔、希愛がそんなこと言っていたな。
「そんなことはどうでもいい…お前の変身能力私も使ってやるよ」
私は、血まみれになったメスを宙に浮かせて、変身のページを開く。
「見えた未来のイメージはこうだった!」
次の瞬間、浮いていたメスの血の部分が燃え上がる。
そして私は目を伏せた。
耳が痛くなるほどの轟音と目を伏せていても眩しさを感じる。
「……終わったか、どうだ?これが闇を掻き消す科学の光だよ」
私が目を開けると闇は小さくなって大佐の机の上に転がっていた。
私は、それに近づくとメスを何かに当てる。
「マグネシウムの燃焼だよ、私の血を炎にメスをマグネシウムに変身させたんだ…そういうことでじゃあな」
メスを一振りすると、闇は手応えと共に壁に飛んでいき地面に落ちる。
そして、風に飛ばされた灰のように宙に消えていった。
「勝ったぞ……希愛」
目を閉じて、私は記憶に身を任せる。
そして私はピアノに向かって座っていた。
……次は未来に行かなくては、過去は払拭できた次は未来だ……
鍵盤に手を伸ばそうとした瞬間、操り人形の糸が切れたように腕が宙吊りになった。
「は…?」
次の瞬間には、体全体が崩れ落ち意識が途切れる寸前に大きなピアノの音だけが聞こえた。
…………………
ここは?なんだか暖かい……
「うっ…」
「あっ起きました?澪さん」
希愛?起きていたのか。
私は、起き上がり辺りを見回す。
そこは見慣れたカフェ…私がさっき倒れた場所だ。
また、倒れていたのか…最近なんだかこういうこと多いな…
「希愛無事だったか?」
「はい…向き合えたんです…ようやっと妹に」
じゃあ、希愛は姉妹だったのか。
「あれは、双子の妹です…本当に仲が良くていつも一緒に行動してきました。でも、あの日初めて妹と違う行動をとったんです」
希愛は窓から見える外の景色を見つめながら話し続ける。
私はそれを止める気にもならなかった。
「澪さんに会って、私は変わりました。自分とは違う道を進んでいく私を見て、妹は寂しくなったそうです。でも、彼女は私のことを応援してくれた…それが初めて私にとって人に認められた瞬間でした。嬉しかった…その日は妹が好きなパンケーキでした……一緒に食べてあげればよかった……」
希愛はそういうと、何が原動力になっているかわからないが目元を隠し嗚咽を漏らしながら話し続ける。
私はそれに寄り添い、ハグをする。
なんと声をかけていいのかわからなかったのだ。
「私が、家にいれば…助けられ……いや…無理ですね……その時の私は…のうりょく…もまともに…使えない」
私は、さっきより強く腕を絞めて腕の中の希愛を落ち着かせる。
しばらく深呼吸をした、希愛はまたゆっくりと話し始めた。
「その日妹は、何者かに殺されました…見えない何かに……現場に犯人を突き止めるような証拠はなくどこから侵入されたかすらもわからないそんな状況でした…その日から、今日まであの部屋に戻ったことはありません…怖くて…」
なんだか私と似ている…なら、私と同じことが起こるのではいか?
「希愛、今から行かないか?その部屋に」
「え?今からですか?」
「ああ、何か忘れている気がするがやることは全て終わったさ」
私は、ハグをやめポケットから棒付きキャンディを取り出し希愛の口に入れた。
「こういう時は、甘いものが一番だ…私は待ってるよ落ちつたら行こう?」
希愛は頷いて、私の方を向いてウィンクをした。
その瞬間、口の中に甘い風味が広がる。
「私の準備はいつだって万端です!行きましょう澪さん!」
「っ!ああ…」
私は、熱くなった顔を背けながら席を立ち出口に向かう。
私の口にはそのキャンディは甘すぎた。
店から出て、メスを取り出す。
「澪さん、またそれでいくんですか?」
「しっかり掴まってれば大丈夫だ、しかも今回はゆっくり行くから安心しろ」
「……わかりましたよ」
希愛は私に後ろから抱きつき、しっかりと痛いほど腕を締め付けてくる。
私は刃物を巨大化させ側面にサーフボードのように飛び乗った。
「上空から見ていく、どの方角だ?」
「私たちが初めて会った学校…まずそこに向かってください」
ああ、あそこか。
最初っから、ハプニングで始まった私たちの縁…これも運命なんだろうな。
「……」
しばらく飛んでいると、流石に疲れてくる……
特に腹が痛い…
「…澪さん?」
「ん?どうした」
「夕日…」
希愛は怯えた手で、沈んでいく夕日を指差す。
「……そうだな、あの時を思い出すよ」
「あの時?」
「お前が初めて私に異能を使った時さ」
私が転んで、希愛がその傷を癒してくれた。
「そういえば、あの日男性と話してましたよね?何してたんですか」
「ああ、見ていたのか…あれサリバンだよ」
あの時からサリバンは変わらないな…
脳裏に、怪しく笑うあいつの姿が思い浮かぶ。
「サリバンはあの時、佐倉さんの唯一の親族である私に謝りに来たんだ」
「謝る?堕天使が?」
「あの時は、まだただの天使だったんだよ。半分は私のせいで堕天使になったんだ」
「澪さんのせいで?」
一瞬言葉に詰まるが、深呼吸をしてまた口を開いた。
「私は佐倉さんが死んだ時、この力に目覚めた……天から佐倉さんを迎えに来たサリバンはそれを見たんだ…そしてサリバンが驚いてる間に佐倉さんの魂はどこかに行ってしまい行方不明、そこまでは良かった。サリバンはあろうことか天使という身分で、人間に近づき契約を交わした、それが原因だったんだよ」
「契約?一体どんな?」
「私は、佐倉さんの魂がどこかに行ってしまったことを永遠に許す…きっといつかまた会えると信じていたから…その代わり、私の日常生活に干渉すること堕天使が身内にいれば楽しそうだったからな」
なぜか、私を締め付けている希愛の手が緩くなる。
話を続けようかと迷ったが、私は構わず続けた。
「この契約は、今も残っている…」
私には見える、左手にサリバンと繋いでいる鎖が。
前までは、あまり見えることはなかったが最近になってから確実に見えるようになった。
「澪さん?なんでそんなに左手を?」
「いや、なんでもないそれより学校に着いたぞ……どの方角だ?」
学校の屋上で浮遊し、辺りを見渡す。
「あっちです」
希愛が指差す方向、そこは私の禁忌の場所でもある方向だった。
「………わかった行こう」
示された方向に近づくにつれ、ドス黒い感情が込み上げる。
「ここです…澪さん?どうしたんですか?」
「……ここは、私が家出した場所だ」
目の前の家は私にとって地獄のような場所だ…そして、あの怪物がいる。
そう本物の。
親は私の場所を突き止めるために、家を転々としているようだがその跡地を希愛たちが住むとは…
「…やめますか?」
「いや、行こう」
申し訳なさそうな顔をしながら渋々と前に出る。
「私の親はいません…」
希愛はそういうと、私を手招きする。
私は、手袋を締め直しドアノブに近づき鍵穴に指を当てる。
「行くぞ」
「……はい」
鍵穴に合うように手袋を変形させていく。
そして、5秒も経たないうちに合鍵ができた。
鍵を回して、扉を開く。
扉の奥に広がっていたのは、記憶のピアノで見た景色が広がっていた。
「私の知ってる家じゃないな」
「家を買う時、内装だけは私たちの望み通りに変えたんです。おそらく澪さんが知ってるのは、あの調律の狂ったピアノだけですよ」
記憶で見たあのピアノは、私のものだったのか。
「あの部屋にいくぞ」
私は、階段を登り希愛をドアの前に立たせる。
「……」
声には出さないが、しっかりとわかる。
だんだんと希愛の心拍数が上がっていることが。
私は、希空と一緒にドアノブを持つ。
「澪さん?」
「私もこの部屋がトラウマだ……外見は違ってもな」
「…家の中だから、内見でしょ」
「それ別の意味になってないか?」
「そうかもしれないですね」
しばらく2人で笑い合う。
そして、同時にため息をつき扉に向き合う。
体重をかけ、希愛と一緒に部屋に入った。
そこには血で濡れた床はなく、あのピアノと木製のアンティーク机が置かれてあった。
本棚などもあるが、全て空だ。
私は、一言も言葉を発さずピアノの蓋を開ける。
しかし、あの時のようにピアノは私に牙を向くことはしなかった。
「……私は、やはり克服できたようだ」
「澪さん…これ」
希愛は、机の上にあったリングファイルノートを手に持って懐かしそうに掲げた。
「それは?」
「妹の詩集です、歌うのが好きでそのピアノで音を取りながらよく歌っていました」
「……歌ってみるか?」
私は、椅子の埃をはきピアノに向かい合う。
そうしたら、不思議と見たこともない楽譜が頭の中に再生される。
一息ついて私は鍵盤に手をかけた。
記憶で聞いたあの前奏を奏で希愛に合図を送る。
「私たちが紡ぐ物語、ハッピーエンドはほど遠く。何が正解だったかなんてわからない。それでも、諦めずにやってきた。今日もぴったりな天気ね、あなたを今日こそ私のモノにして見せるんだから」
希愛は迷うことなく、歌い続ける。
まるで何度も歌ったことがあるかのように。
そして私は何度も弾いたことがあるかのように自然と体が動く。
「毎日、あなたのことを思っているの…インクはただ黒く滴り落ちて」
「でもあなたは知らんぷりで、いつでも空を見上げて笑う」
調律されていないピアノを弾いていると勝手に口から、知らない歌詞が飛び出てくる。
この歌には魂が刻まれているのだろう、佐倉さんのように。
希愛は驚きもせずそのまま歌い続ける。
「ただ、永遠を望みいつか鎖は解かれる…こんな人生に意味をくれたあなただけが私の光」
「いつかはまた縛られる私の鎖に、いつかは逃げられる私の檻から、いつかは捕えられる私の煙に、いつかは離れられる私の闇から」
「「いつかは…終わる…」」
ピアノを弾き終えると、体が解放されたかのように軽くなる。
そして、後ろに冷たい気配を感じ咄嗟に振り向く。
しかし、そこには何もいなかった。
「……」
「澪さん?」
私は気づいた、これは気配なんかじゃないと本当に冷たい何かがいる。
「逃げるぞ!」
「え!!」
危険信号が見えた瞬間、私は立ち上がり希愛を抱き抱えて窓から飛び降りた。
なんとか着地し、急いで巨大ナイフの上に飛び乗った。
「目瞑ってろ!」
私は今まで出したことのないような、最高速度で家から離れる。
しばらく逃げていると、あの冷気はもう感じなかった。
「はぁ…はぁ…逃げきたか?」
「なんだったんですか…急に」
「殺されそうな雰囲気がしたんだよ、何かに」
確かに、今まで感じたこともないような殺気を感じた。
あれは一体…
「やあ、澪さん」
「お前は…」
見えない鎖が繋がっている方向、そこにはいつもと違う笑顔をばら撒くサリバンが私と同じ高度で浮いていた。
「なぜ、ここに?」
「なぜって、僕がどこにいたっていいじゃないか…さて前置きはここぐらいにして、そろそろ仕事しようかな」
サリバンはどこからか、ナイフを取り出す。
その時に私は直感的に感じとれた。
殺されると…
「待て、なぜ私を殺す?」
「澪さん、前置きはやめるって言ったでしょ…そのお嬢さんと一緒にワイン樽に入ってもらおうかな」
「澪逃げて!」
咄嗟に希愛にそう言われ、相手に背を向けずに後ろに逃げる。
「おや、逃げるのかい!澪さんらしくないね!」
一度戦ったことはあるが、あいつは死なない。
しかし、私は簡単に死ぬ…しかも今の私には希愛もいるこんな状態じゃまともに戦えない。
耳のピアスを外し、サリバンに向かって投げつける。
ピアスは最も簡単に避けられるが、力により高速追尾するナイフとなる。
「弾幕が、あると近づけないじゃないか!」
「来るんじゃねえ!化け物が!」
「やだね、ようやっと天使に戻れる時が来たんだ!神がそう告げた!だから君との契約を君を殺して断つ!」
なるほど、こいつは天使に戻るために私を殺そうとしているのか。
太ももの仕込みナイフも2本追加で投げて、追尾させる。
そして、そのうちの一本がサリバンのスネに刺さる。
「この程度じゃ、僕は止まらないよ!」
一度でも追いつかれたら勝てるわけがない…完全にサリバンを止める方法を考えなくては…
「君たちの協力おかげで、いろんな異能力者が現世からいなくなった…その功績から僕は神の使いに戻るチャンスを手に入れた!必ず契約を…切る!」
「……残念だったな、君は私には勝てないその人体を持っている限り」
私がサリバンに手を翳した瞬間、彼の動きはぴたりと止まった。
「どんな気分だ?…全身が金属になった感想は」
「………」
この前は私の手から、ナイフが生成できた。
つまり、全身を金属に変えることもできるのだ。
「澪さん終わりましたね」
「希愛…フラグを立てるんじゃないよ」
夕日が沈んでいく…しかし、空はまだ明るかった。
「なんでこんな、明るい?」
「澪さん!あれ!」
希愛が指差したところには…私の知らない輝く人影があった。
「なんだ?どんなトリック使ってる?おい!お前は誰だ!」
「私は……神だ、あなたたちがそう呼んでいる」
神と名乗った者はサリバンに近づいていく。
「この者は、元々私の僕なのです。殺そうとしたことをどうか許してください」
「ちょっと待て、サリバンは君に言われて殺そうとしてきたんだぞ!」
「澪さん、相手神ですよ!ちょっと落ち着いて!」
「私は誰であろうと対応は変わらないぞ、希愛」
神は、サリバンを空高く飛ばしどこかへ消した後こちらへ近づいてくる。
「………」
「澪…私は彼に契約を破棄して来なさいと命じました、しかし、手段を間違えた。私は言葉で契約を切って欲しかったのです」
つまり、神はサリバンを試したというのか?
「神、サリバンはどこに行ったんだ?」
「遠い天の国です、もう一生現世には戻れません」
「……神よ、これが見えるか」
私は、左腕を神に見せる。
そこには、青く光る鎖があった。
「見えます…契約の鎖」
「え?鎖なんてどこにも」
「希愛、少し黙ってろ……この鎖の契約内容の一つに私の日常生活の関わることというものがある…サリバンが現世に戻らないとなるとこの契約は破棄になる」
私は、拳を握り締め青い鎖を断ち切る。
「そして、私は佐倉さんの魂を天に連れて行かなかったことを一生恨むことになる」
「…確かに、その契約内容ではそうですね」
「神よ、サリバンは契約を破った…その罪を負わなくてはならない」
「……澪、確かにそうですね…では、彼にどんな罪を負わせましょう?」
私は、ゆっくりと息を吸い。
そして、私の意思を神に伝える。
「サリバンに……」
3日後……
「……暇…」
「暇な方がいいんですよ私たちの仕事は」
はちゃめちゃな休日が終わり私はいつも通りの勤務についていたんだが、どうにも暇だった。
それもそのはず、全ての元凶であるあの堕天使がいなくなったんだから。
すでに時計は夜の8時を回っていた。
「よし、希愛勤務終わり…飲むぞ」
「そうですね〜なんだか久しぶり〜」
その時、医務室のドアが開く。
「よう、大佐なんか久しぶりか?」
「そうだな、澪休日は楽しめたか?」
「澪さんは休日じゃなくて、これからが楽しみなんですよ!狩麻大佐!」
そんなことを言いながら、私たちは机の上にナッツやそれぞれ持ち寄った酒を並べていく。
「こういうのは、なんだか久しぶりだな」
そうこうしていると、うちの白猫が扉に向かって一つ鳴いた。
「来たようだな」
扉を開けると、そこには金の長い髪をたなびかせいつもの笑顔を浮かべる人間がいた。
「やあ、澪さん…ワイン持ってきたよ」
「ようサリバン、君の席も空いてるよ」
私がサリバンに与えた罪それは、生きる罪。
建前上私は一生こいつを恨む、しかし私は気にしていない。
佐倉さんの魂は、もう私のすぐそばにある。
「さて!みんな揃ったし飲むか!」
人は、いつか恐怖に打ち勝ち前に進む。
「なんで狩麻大佐が仕切ってるんですか!」
それがいつになるかはわからない、しかし、仲間がいれば確実にその時は短くなる。
「まあまあ、春香さん落ち着いて…ほらこれ、あなたが好きな白ワイン」
「え?あ!やった!」
みんなが笑い合い、そして時には立ち止まる。
でもまた進んでいく。
「勝手に始めようとするな希愛!私がまだだろ!」
仲間を思う気持ちはどこにいたって変わらないそうだろ、楽羽……
今日はお前の分まで…いやお前と一緒に。
「乾杯!!」




