トライアングルレッスン・U
校庭のど真ん中、わたしは大きな檻の中に閉じ込められていた。
「さて、と」
伸びをする、ストライプの囚人服姿のタクミ。
「やれやれ」
ビッ、と襟を正す、黒い警官服姿のヒロシ。
二人の背後には、それぞれ警官、囚人姿で二分された全校生徒達。
KEI・DOROバトル。
それは、バラエティー番組の視聴者参加企画だった。
ルールはいわゆるケイドロ。警官と泥棒に分かれた鬼ごっこ。
警官は泥棒を捕まえると、その泥棒と一緒に退場。捕まった泥棒が復活するルールは無し。
そして警官チーム、泥棒チームには一丁ずつ水鉄砲が支給され、水鉄砲に撃たれたら警官、泥棒を問わずに撃たれた人間は退場。また、水鉄砲に新しく水を補給する事は出来ない。
制限時間内に全ての泥棒を捕まえるか、人質を守り切れば警官の勝ち。
校内のどこかに隠された鍵を見付け出し、人質を奪えば泥棒の勝ち。
そして抽選の結果、わたしが檻の中の人質役になってしまった……
「人質はともかく、これなんの格好なの?」
檻の中のわたしは、白いドレス姿だった。頭にティアラでも付ければ、お姫様に見えるかもしれない。
「やっぱ金持ちのご令嬢とかじゃねーの? へっへっへっ、高値で売り飛ばしてやんぜ」
舌なめずりするタクミ。
「安心しろ、悠衣子。キミは僕が守ってみせる」
きゅっ、と帽子を直すヒロシ。
そして番組の司会者がカメラの前、マイク片手にアナウンス。
「それでは始めてまいりましょう。勝つのは警官か、泥棒か? KEI・DOROバトル、スタートっ!」
檻の後ろ、電光掲示板に制限時間と警官、泥棒の残り人数。そして大型モニターに、それぞれの陣営に随行するカメラからの映像。それを教師や保護者達が観覧している。
「さあ、始まりましたKEI・DOROバトル。今回人質となった悠以子ちゃんは、どちらのチームが勝つと思いますか?」
「え、あ、はい、えーと、どっちもがんばれって思います!」
急に向けられたマイクによくわからない応えを返してしまう。
「なるほどなるほどー。おぉっと、ここで動きがありました!」
モニターに大写しになるのは、一人の泥棒を追いかける映像。
校庭の外周をこれ見よがしに駆け回り、数人の警官がそれに追いすがる。
「へへっ!」
それはタクミだった。軽快なステップワークで警官を翻弄し、華麗にタッチを避ける度、観客から歓声が上がる。
次にモニターに写ったのは、ピィー! と鋭く警笛を鳴らす警官。
校内の廊下を走る数人の泥棒達。規制線で封鎖された教室には逃げ込めず、行く先々には既に警官が配置され、
「確保っ!」
号令をかけるのは、ヒロシ。廊下の隅に追い立てられた泥棒達を、ヒロシの指示で警官達が次々に捕らえていく。
しかし、一瞬の隙を突いて泥棒の一人が包囲を突破した。ヒロシの脇をすり抜けてーー
その後頭部を、ピシュゥンッ! と蛍光ピンクに着色された水の弾丸が撃ち抜いた。
ヒロシの手には、水鉄砲。
「警官チーム、ここで水鉄砲を使用しました! 使用者はヒロシくん! しかし水鉄砲の使用回数には制限があります。ここで使う事が吉と出るか、凶と出るか! ? それではここで、一旦CMです」
「さて、残り時間も僅かという所ですが、ここであらためてルールを説明いたしましょう。このKEI・DOROバトルは、警官と泥棒に分かれた鬼ごっこです。それぞれのチームには水鉄砲が支給され、それに撃たれたら即退場! 警官は全ての泥棒を捕まえるか、人質を守り切れば勝ち。泥棒は檻の鍵を見付け出し、人質を奪えば勝ちとなります。そして、見事勝利したチームには、番組からご希望の商品をプレゼントさせていただきます!」
パッ、とモニターに映る、なんだか分厚い本の数々。
「警官チームが勝った場合には、図書室の蔵書が充実されます。真面目! さすが警官チーム真面目です!」
カメラがスライドすると、打って変わってケーキ、ケーキ、ケーキの山。
「泥棒チームが勝った場合は、高級ホテルのスイーツバイキング! わかりやすいですね!」
画面が切り替わり、制限時間残り五分。警官の残り人数五人。泥棒の残り人数一人の表示。
四人の警官は残り一人の泥棒を探して校内を走り回り、
そして、わたしを守るように檻の前に立つヒロシと、
くるくると指先で檻の鍵を回しながら、そこに現れるタクミ。
「お前達泥棒チームは、これまで一度も水鉄砲を使っていない。だが、タクミ。お前が隠し持っているんだろう?」
水鉄砲の銃口を向けるヒロシと、チャリン、と鍵を握り締めるタクミ。タクミの手には鍵だけで、水鉄砲を持っている様子は無い。
「例えここでお前に撃たれたとしても、直ぐに他の警官が駆け付けるぞ」
言葉の通り、モニターには警官達が校庭へ向かう姿。
「撃てよ」
タクミは観念したように、両手を広げた。
ヒロシは油断無く水鉄砲を構える。半透明のチープな水鉄砲には、まだ後一発くらいなら撃てそうな水の量。
「撃て」
タクミは微動だにしない。
引き金に指をかけるヒロシ。
そして、
「撃て、悠衣子っ!」
ピシュゥンッ! と放たれた銃弾は、無防備なヒロシの背中を撃った。
蛍光ピンクの水飛沫が、ヒロシの背中で花火のように広がる。
「悠衣子……? どうして……」
ゆっくりと振り返るヒロシ。
信じられないとでも言うようなヒロシの表情に、わたしは水鉄砲を握り締めたまま、哀し気に笑い、
「ごめん……ごめんね、ヒロシ。でもわたし、図書室の本なんかより、ケーキの方が好きなのっ!」
ガクッ、と倒れるヒロシ。鍵を開け、わたしを檻の中から引っ張り出すタクミとハイタッチして、
「終了ーーーー! なんと、人質と泥棒の共謀によって、警官チーム無念の敗北! 泥棒チームの勝利となりました! 今回はとんだ番狂わせでしたね。次回はどんな結果になるのか、それではみなさん、また次回のKEI・DOROバトルをお楽しみにーっ!」