第九十八話 今は亡き誰かの記憶~epilogue
「いたぞ!! お前らはあっちから先回りしろ!!」
「了解した! それとあのアメリアって女優はあの後どうしたんだ?」
「あそこの劇団の誰かがやってくれたんだろうさ。そんなことよりもとにかく奴らの追跡だ。もう国がどうとかというちっこい話ではなくなった」
そう言う男は周囲をぐるっと見回して拳を高くつき上げる。
「野郎どもォ!! 完全な人間を見つけ出して錬金術の解析方法を力ずくにでもいいから聞き出すぞォ!!」
彼の声は一生懸命に逃げていたフレデリックとアナスタシアにもきちんと届いてしまっていた。フレデリックは珍しく苛ついて舌打ちをする。
今更だが、なぜ自分たちが追いかけられないといけないのかと思ってしまったのだ。アナスタシアはというと、逃げることだけに専念し、必死に魔術を使って追手との距離を離そうとしている。
彼女はかなりの病弱気質だ。だから魔術の補助なしでは走ることも難しいようで。彼女の魔力を読み取ることによって着々と二人と追手の距離が縮まり始めていた。
追いかける側は何人もいる上に二人はずっと逃げ続けていたのだ。いくら持久力があろうとも一日中疾走を三十回くらい続けられるはずがない。二人の体力の限界は来ていた。互いがいる。それだけで二人はずっと走り続けることができたがさすがに疲労の色が見え、普通に走っていたフレデリックが休憩しないかと提案する。
「でも追手が追いついちゃう……」
「――わかった。先を急ごう」
フレデリックとしてはもう立てないほどの疲労感であり話もろくに聞こうとしないアナスタシアに若干苛つきを覚えたが、喧嘩はよくない。そう思い、彼女の言う通りに逃げ続けることにした。よろけながらもフレデリックはアナスタシアの補助で立つ。そして追手に捕まらないように立ったと同時に全速力で走る。
「どこに逃げるっ!?」
「とりあえず僕たちにとっての障害物は容赦なく潰していいと思う。あとは国教が神架教でないところに逃げる!!」
錬金術に執着している人のほとんどは神架教の人たちだ。確か、神の叡智が云々と言って神に近づくことを禁忌として研究の一切を禁じていたはずだ。
それに比べて、多神教の人たちは錬金術に興味がないと聞いたことがある。とても曖昧な情報だが今はこれを信じるしかない。
「多神教の国というと……エルメイアがあるね。結界を越えないといけないけど大丈夫かな」
「どんなものでも絶対に書き換えるよ。なにしろ結界なんてシステムを作ったのは僕だからさ」
アナスタシアはフレデリックを見て安堵の表情を浮かべる。結界の基本というのはフレデリックが作った構造だ。彼のもので結界を張らないとぽろぽろと崩壊してしまうのだ。基本構造を完全に理解して書き換えも完全にできるフレデリックにとっては一部を書き換えることなど容易かった。
「そうだね……それだけだと不安だからあいつらが追ってこないような結界にしようか」
「どんなの?」
「単純な話だよ。相手を拒否する結界に書き換えればいいから……対象は僕たちを追ってくる奴らとかかな?」
フレデリック達としては全ての彼達を追いかけている国が財政難になったら勝ちだ。そうしたら撤退せざるを得ないはずなのでゼネイア独立島の世界樹に戻ればいいだけだ。
独立島の人たちは絶対に告げ口などできないらしい。神聖な世界樹の下で卑劣なことはできないとのことだった。だから二人のことを守ってくれる。
なので疲弊させて国費を使わせて全体が貧しくなった時点ですぐにゼネイア独立島に戻ろうという提案だったのだ。
「この結界……ここからがエルメイアだよ。フレデリック、結界を頼んだ!!」
「もちろん!!」
彼は一瞬にして結界の開錠、そして変更を行った。
できるだけ早くしてほしいなと思っていたアナスタシアもあまりの速度に思わず苦笑する。生みの親ということもあり、圧倒的速度で書き換えを終わらせて二人はエルメイアに侵入した。
「どんな風に結界を張り直したのさ」
アナスタシアにそう聞かれたフレデリックは自信ありげな声で彼女に説明する。
一つ目。これは先ほども言っていた通りの相手を結界内に入れさせないためのものだ。防御のためにものとしてはだいぶ強い方だろう。
二つ目。それは結界を見えさせなくすることだった。アナスタシアが何か意味はあるのかと尋ねる。
「意味のない事象なんて存在しないからね」
そう前置きをした。まずは相手に『ここには何もないよ』と油断させるため。油断してくれたらそれだけでかなりの時間と軍事費を溶かすことができるだろう。反撃用の魔術式も組み込んだから魔術兵器の破壊も可能だ。
それに加えて結界を透明にさせることによって魔術式も見えなくなってしまった。こうなると自力と直感で魔術式を全て当てないといけなくなる。魔術師分の人件費は雀の涙程度だろうがそれでも効果の一つや二人はあることだろう。
「それじゃあ休憩でもしよっか。かなり疲れてたし紅茶でも飲みたいなぁ」
「あっ私も飲みたい!!」
「じゃあどこかでお茶でもしようか」
「そうしよう!!」
アナスタシアは久しぶりの休憩ということでとても喜んでいた。まるで子供のようだった。だが、こんなにはしゃがないと気持ちを落ち着けることができないのだ。誰かに追われているという恐怖。これが二人を不安の底に追いやっている。
表面上は二人とも穏やかな笑顔を張りつけているが、どちらも結界を突破してやってこないかという心配がまだあった。フレデリックは周囲に気を払いながらカップに紅茶を注ぐ。偶然丘の上に椅子とテーブルがあったのでそれを使って注いでいく。
「フレデリック、美味しいねこれ」
「ありがとう……まあこう見えても元は貴族だからさ」
「あそっかー」
「本当に忘れてたの……?」
アナスタシアは目を逸らす。彼女だって記憶力が悪いというわけではない。どちらかというと良い方に位置しているのだが、彼の言動がどうしても貴族に見えなくて頭からすっぽりと抜け落ちてしまっていたらしい。確かに貴族というよりも研究者だったり恋人として話していたので自分でも口に出していない時はそんなこと考えてもいなかった。
「ほんと美味しい」
彼女はとても嬉しそうに少しずつ飲んでいった。ふと彼女は飲むのをやめてテーブルにカップを置き、口を開く。
「そうだ。もしゼネイア独立島に逃げれたらどうする?」
「急だね。そうだな――」
フレデリックは少し考えた後、とても楽しそうな表情――されども深淵を覗くかのような表情で彼女の質問に答えた。
「僕はナースチャと一緒に過ごせることができればそれでいいよ」
「それだけ?」
「ナースチャよりもずっと君のことを好いているからね」
フレデリックはアナスタシアに君は? と尋ねる。自分だけ答えるというのもなんだか癪だったからである。
アナスタシアは即答した。世界樹の森で過ごして、敵の全員が二人のことを忘れて平和になったとき、また旅がしたいと。逃亡ルートをただ駆け抜けたのを旅と判定するのはいささか不満だったが、最初の方はゆったりと逃げることができて何よりも旅以外の何ものでもなかったはずだ。フレデリックがふっと笑う。
「何かおかしいところでもあった?」
「いや、何もないよ。けどその夢はいいなって」
「でしょう! じゃあ約束して」
一体なんの約束か、フレデリックは何も聞かされずに彼女にそうお願いされたので小指を出す。
「――――――……」
彼女が何かを言った後、にぃっとイタズラを仕掛け終わったあとの子供のような笑顔を浮かべた。
「いい?」
「もちろん。約束は受けるよ。というかこちらから願いたいくらいだね」
そして二人は互いの顔を見合って恥ずかしくなって笑った。
なんでもない日常だった。こんな日常がもしかしたらずっと続くかもしれないと思っていた。だが、現実は無常だ。フレデリックが一瞬で魔術式を書き換えた結界は鎧を着た誰かさんの一振りによってあっという間に瓦解してしまった。
丘は結界の近くにあったので、その結界が決壊するところを目撃してしまった。そして、それをしたのがとある騎士団であるということも。
フレデリックは騎士団を見て殺そうとしたが、咄嗟に思いとどまる。彼らは最近魔術式を斬る技術を得たのではなかったか。
「我らはニェルトン騎士団なり。命惜しくば今すぐ投降せよ!!」
フレデリックがアナスタシアの前に立ち、彼らを睨む。彼らは立ち去ろうとしない。それがわかったフレデリックは左手を目一杯に開き天の方向に突き上げる。すると金のオーラが彼の周りを漂い始め、それらは段々と剣を形取る。そして魔術式が刻み込まれる。
騎士団は唖然としていた。錬金術は本当にあったのだと。ただ、フレデリックもとても驚いていた。
騎士団長らしき人が持っているのは選ばれた人にしか使うことのできない聖剣によく似ていたのである。フレデリックが組み立てたのは一瞬といえどもたかが魔術式を斬る程度の力では突破は不可能なはずだ。そしてその剣は青白い光を放っている。
――オーラからして他のものとは違う。ここで二人全滅してはいけないと考えたフレデリックは後ろにいたアナスタシアに勧告する。
「ここから逃げて。もっと遠い場所に行っててほしい。必ず向かうから」
「でも!! ……分かった。フレデリックにも分かんないような場所に逃げるから絶対にゼネイアで会おうね」
二人は手を振りながら別れた。当然ながら、彼女の方にも追手がいた。だが、フレデリックにとってはそれも想定内の出来事である。騎士団長以外が彼女を追い始めたのを見てふっと嗤う。
「相当信用されているみたいですね」
「まあかれこれ十数年は団長を務めている。他の人からの信頼は厚くて当然だ」
そこには沈黙だけがあった。互いが様子を見合っている時間。だがその静寂も一瞬で消し飛ばされた。ニェルトン騎士団長が攻撃を先に仕掛けてきた。彼はまさに聖人のための聖剣を扱っている。完全な人間だとしても簡単に打ち破ることは出来ないだろう。
フレデリックは大きく後ろに下がり、団長が油断していたところを走り込んで斬る。見事に腹部を斬られてしまった団長は呻きの声を上げながらも聖剣の力によって徐々に回復を行っていた。
さすが聖剣。神様の力を受け取っているだけはある。剣を軸にして団長が立ち上がると付着していた土を祓った。団長は天の方向に向かって詠唱する。
「神よ!! 我々に力を」
――それは聖剣であり、世界全体の恨みを一気に引き取る魔剣。この世界に住んでいる人のほとんどは二人のことを恨んでいる。今まで日の目を浴びなかったアナスタシアはともかく、十年くらいは研究をしていてそれでいて有名だったフレデリックに対してであれば相当な数の恨みを集めることが出来るだろう。聖剣であり魔剣であるそれは対象に対する世界の恨みの度合いによって攻撃力が変わる。すなわち完全な人間にとって一番都合の悪い攻撃だった。
「お前がどれくらい妬まれているか――これで試してみるとするか」
「それは楽しみで
まさにまばたきするような時間くらいしかない時だった。エルメイア中に轟音が響く。
互いにしのぎを削り合う。フレデリックは劣勢になったと思うやいなや、後ろに下がってから照準を合わせて手を前に突き出す。
「――――!!」
それは、人間には到底理解することのできないような言語だ。しようと思ったらまず脳を破壊されてしまう。なにしろ、それは神様しか使うことのできない言語なのだから。そんなこととは露知らず。団長は当然の如く魔術式の解析を始めていた。
相手の手の内はわかっていた方が有利なのだから当たり前だろう。彼の心理をついたのがフレデリックの詠唱だった。本来であればする必要のない詠唱をすることによって魔術式に余分な部分が生まれる。その部分を読み取ろうとした時点で団長には精神的苦痛がやってくるのだ。
団長にとっては思いがけないアクシデントに頭を抱え込んだ。精神的な毒。そんなものは死ぬよりももっと辛い。
一方でフレデリックはというと、聖剣を団長から奪っていた。その聖なる剣はフレデリックを拒否することなく握られている。聖剣は元来神架教のものなので唯一神に認められて完全な人間へと昇華したフレデリックが拒まれるはずがないのだ。
彼は手に力を込める。すると聖剣に彼と同じ瞳の色の紫が侵食する。呪い、切り裂いた箇所から拡散していく呪いである。
彼は助走をつけて彼の持っていた剣よりも一回り大きい聖剣を団長目掛けてぶん投げた。一直線に団長の頭に向かって剣は飛んでいく。切り裂いた虚空からは呪いが生まれ、徐々に魔物を生み出す準備を行っていた。
「騎士団長と言えど案外あっけない終わり方ですね」
「――誰がここで終わりなんて言った」
「……!?」
精神的攻撃によって項垂れていた団長はみるみるうちに回復していく。こんな挙動、フレデリックの想定にはない。
油断していた。そもそも聖剣は団長の持ち武器でありそれが持ち主を襲うはずがない。剣は団長の頭部を目掛けて襲いかかってきたものの、殺すことを拒んだ聖剣は空間を断絶したかの如く彼の頭の数ミリ先で止まり、紫の光を打ち消した。元の聖剣とは違って黄金に輝いている。
「――どうやら神様は俺に味方してくれたみたいだな」
信じられない。フレデリックは予測していなかった出来事に思わず目をかっと開く。あんなに神様に認められるような研究をしてきたというのに。
「……あり得ない」
「あり得ないも何も、これが結果さ。現に人外の域に達したお前と戦っても死んでいない。これが神様がお前のことを見ていないという証拠になるんじゃないか?」
そこは嘲笑と絶望が渦巻いていた。勝者の嗤いである。十何年もかけて人間には到底なし得ないようなことばっかりやってきたというのに。フレデリックは絶望した。本気を出しても団長一人にすら勝つことはできなかった。真実を聞いたフレデリックの目の前に団長は立つ。とりあえず何もできなくするために右腕を切断した。
――こうなったらもうどうだっていい。自分が死ぬ可能性は普通にあった。ただ死に方が予想通りでなかっただけで、計画に組み込んでいたものの一つだ。
ただ四文字言うだけで良かった。発動、と。
「――っ!? 世界に何をした!?」
「新種の生物……魔物、とでも言っておこうか」
「なんだって?」
「ナーデルの魔物――というのは聞いたことがありますか?」
「貴様の後に討伐が依頼されていた新種の生物だと聞いたが……まさか」
「そうですよ。あれも僕がつくりました」
破壊して破壊して全てを壊して。ただそれが出来るだけでよかった。
フレデリックが完全な人間として昇華した後に発見したのは拡散というものだった。呪いの拡散によって生まれるものが魔物だ。完全な人間には詠唱すら必要ない。どす黒い笑いが彼を占領した。
「見てみなよ。僕が死んだ後でもこの世界は絶望に包まれるだろうから。拡散源はゼネイア独立島には入らないようにした。彼女さえ生きていれば僕はそれで良いんだ」
「じゃあ今死んでもいいと?」
「――いいですよ。さあ殺してくださいよ……殺せるものなら」
団長に発動の条件を伝える。フレデリックが死ぬこと。団長が依頼を完遂させることが出来ればそれと同時にフレデリックが今まで逃げてきた場所から呪いが拡散されていく。団長はとても悩んだが、他の人にも拡散の呪いを渡してしまうことになったので苦悩の結果、泣く泣く彼を殺すことにした。
政権に認められた男は首にかけていた十字架を外して巨大化させた。磔――という訳ではないのだがその刑よりもずっと残虐な気がする。
フレデリックは思った。神様はどんなに頑張ったとしても見てくれることはないのだ。彼は聞いたことがある。東の方の国には輪廻転生というものがあるということを。だからもし次の人生があるとするならば平和で何もないような世界に生きたいと思った。徐々に意識が薄くなっていく。彼の最期はただ上を見つめ、十字架の大きさと自分の無力に打ちひしがれていた。
「天界に行けば未来永劫の幸せが約束される、冥界に行けば死と再生の円環が約束される、地獄に行けば未来永劫の地獄の業火が約束される。さあ、あなたはどこに行きたい? あなたの望む郷は」
あれは誰だろう。あまりにも白い空間でフレデリックは疑問に思う。金髪で肩に髪がかかった青年らしき誰かが直接脳に問いかけてくる。とても悩んだが、なぜか見たことのあるような落ち着きのある表情だった。
「貴方は誰ですか」
「おや、二人かと思ったら一人だったとは」
どこかへらへらとしている青年は神様と名乗った。唯一神様である。
「もし天界に行ったとしたら何があるんですか」
「君がもう一度地上で生きたいとなったときに記憶を持ったまま生まれ変わることが出来る」
「冥界は」
「普通の人のように記憶がないままの転生だ」
「地獄は」
「言うまでもないけど転生するまで労働さ。まあ一択しかないだろうけど」
「そうですね。正しい道は一つしかない」
神様相手に余裕の表情を浮かべてフレデリックは神様の後ろにある郷を指さす。すなわち天界と地獄の間に挟まれている冥府を。少々食い気味だった。それくらい迷いがなかったのである。神様は大体すべてを予測していた。だが、彼が展開ではなく冥府に行くという決断に動揺していた。なんでと目を開きながら彼は尋ねた。地上のときの憤怒度合いとは違って落ち着きのあるような態度である。
「決まってるじゃないですか。僕みたいな正々堂々と生きていない人間が天界に行けるとでも?」
「だけど僕はそれを赦した」
「そんなんじゃ彼女に天界で顔向けすることが出来ないですよ。自分だけ死に逃げておいて彼女をずっと待たせているなんて」
だから、フレデリックは神様に初めてお願いした。アナスタシアは絶対に天界にいさせるように、と。フレデリックにとっては神様に対する怒りも何もなかった。早く神様のいる場所から立ち去りたかった。
「なんで。僕はずっと君たちのことを見てきた!! 友人になってよ!!」
「ごめんなさい。神様は多分ナースチャとは仲良くなれるかもしれないけど僕と仲良くなるにはいささか綺麗すぎる」
フレデリックは神様の唯一の要望を拒んだ。彼は全速力で冥界の扉が閉じるまでに駆け込む。神様は絶望したような表情で呟いた。
「神獣、幻獣、もう世界樹以外の場所を壊しても良いよ」
* * *
全てを思い出した。
フレッドは二人の一部始終を見てしまった。フレデリックはフレッドととても似ていた――というか本人といっても通じそうだった。アナスタシアと呼ばれた女性の生死ははっきりしていない。
「ナースチャ!!」
彼女はフレッドのことなど知らずすやすやと眠っていた。バハル地方の劇場を訪れたのも五千年前にあったような光景をどこか懐かしがっていたのも、そしてフレッドに異常なまでの執着を見せていたのも。全ては繋がっていたのだ。
起こすのも悪いと思って彼女が自然に目覚めるまでずっと待つことにした。神様は地上に降りず神様らしく世界樹に座り込みながら二人の結末を見届けようとしていた。
アナスタシアは目を覚ました。彼女も疲労困憊の状態だったのだが世界樹には疲労を癒す効果があったようで、かなり早く回復することが出来た。フレッドの声で目覚めた彼女は彼の声が聞こえた方を向く。
アナスタシアが眠りについたときとは全く異なった表情に違和感を持つ。
「どうしたんですか?」
「ナースチャは――全部覚えていたの?」
「……それはそういうことって捉えてもいいの」
「……うん」
彼女は嬉しすぎて思わず彼に抱きついた。
「私はずっと待ってた!! ――けどあなたはいくら待っても来なかった!!」
「君は島に辿り着いていたのか」
ゼネイア独立島に辿り着けるような人はほぼいない。だから、彼女を殺すことが出来る人は誰もいなかった。
彼女はゼネイアの人以外の全てから忘れられるまで生きていたのだ。だが、彼が死んだことを知らなかった。ずっと待ち続けていたのだ。
フレッドは彼女の余生を聞いてうなだれる。ごめんなさい、と何度も連呼する。
「ずっと――ずっと待ち続けていた……ごめんなさい。あのときはもう死んでいた」
「謝る必要なんてないよ。こうして一緒にいられるだけで嬉しいんだから」
下を見て謝り続けていたフレッドが眺める。彼女の表情はとても穏やかだった。
二人は世界樹の森を抜けてミルリー大陸へ向かおうとしている最中。
「これで――ようやく約束が叶うね」
「そういえばあったね。そんな約束も」
フレッドはにっと笑った。いっせーのーでで二人は口をそろえて言った。
「「平和で誰も二人を覚えていない世界で旅をすること!!」」
二人はとても楽しそうに大陸へと戻っていった。
完結しました。今まで読んでくださった方、ありがとうございました。
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