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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第一章
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第八話 魔術師と騎士は仲が悪い

「ここがニェルトンの魔術書図書館ですかぁ……とてもたくさんの資料がありますねー」

「ここは見学しちゃ駄目だからね? 国の機密事項も割とあるから」

 フェリクスがセレンに牽制し、彼女のことを委縮させる。フレッドは予想していたのだが、彼は国王ではないだろうか。そもそも王宮につながる地下の地図だって相当な国家機密なはずなのに、どうして彼が持っているのだろう。そして、宮殿付近をウロウロとしているのにもかかわらず誰にも咎められていない。

 フレッドの知っている国王の顔ではないが、国王が変わったと二、三か月前の新聞に書いてあった気がする。風貌を知らなかったので以前ニェルトンに来た時に見たことのある国王と雰囲気が似ていたので納得がいった。

 しかしまだセレンは気が付いていないらしく保護者の様に立ち振る舞うフェリクスに羨望の眼差しを向けていた。歴史書を見るために大図書館のある五階へ移動する。キョロキョロとするが、本当に誰も見当たらない。まさに夢の中の世界のようだった。王宮に居住しているのは魔導団、騎士団、公爵の一部、そして王族だ。流石に叛逆を起こすような人はいないので彼らを信用して住むことを許可している。珍しい方式にフレッドも驚いたのを覚えている。

「すごいですね!! フェリクスさんは何でここのことをよく知っているんですか?」

「まあ自分が国王だからさ、一通りは知っておかないとやばくない?」

「へぇー国王……えっ国王!?」

 セレンが勢いに乗って自分の役職を名乗ったフェリクスを凝視する。あまりにも自然すぎる発表だったので最初は気づかなかったのか、完璧な二度見をしていた。当の本人である彼はキョトンとして、

「気づいてなかったんだ。そっちのフレッドさんは気がついていそうだったからてっきりセレンさんも分かってるものだと思ってたけど」

 フレッドは目を逸らす。セレンは若干彼のことを睨んでいた。自分は悪くないから、と心の中で言い訳するしかないのだがそういえば彼に向けて悪いことをした訳ではないので別に罪悪感を抱く必要はなかろう。

 何で教えてくれなかったんですか、と僅かに涙を浮かべるセレン。まあまあと宥めていなければ今頃戦闘になっていただろう。

 そんな会話を続けているとあっという間に大図書館の前まで来てしまった。見た目だけだとこぢんまりとしているはずなのに中には約千万冊を所蔵している図書館があるのだ。なんとも不思議な建物だ。とりあえず重くて大きい扉を三人で開ける。

 大図書館にある書物の半分は聖騎士団に関する偉人伝のようなもので、それらを見ていると上から目線で他の人を見るきらいこそあるもののあんなに横暴な態度を取っている団員は確認できなかった。自分たちに都合のいいように改変しているのだろうとフレッドが考えているとフェリクスが反論する。

「それはないよ。ここは一般人立ち入り禁止だから事実書き換えたって意味ないし」

 とのことだった。

 彼は国王としての素質からか、人の表情を見ただけでその人がどんなことを考えているのかを予想できるらしい。魔術を使わずに人の思考が分かるということはある意味魔術よりも凶悪かもしれない。何しろ、思考が読まれたと気づかれたところで魔力の流れなどないのだから誰がどのようにして考えを傍受したのかということは何一つとして白日の下にさらすことは出来ないのだ。また、もしフェリクスがやったということがバレても魔術式を伴わないものだったら対策のしようもないからただただ絶望するしかない。

「それって大体のことは分かるんですか?」

「視線がどこに向けられているか、顔の角度、どれくらい瞳が開かれているか、口の開き具合、眉の角度とか見たら割と当てられるよ」

 誰が謀反を企んでいるのかなども一瞬で当てられる訳だからとても便利な能力ではないか。フレッドは感心した。悪用はしたくないのであくまで国を守るためだけに使いたいと言っているのだが。

 地理の本に、外国の本、真面目なものだけではなく最近バレエになった作品など、ここにあるものを列挙していけば一週間はかかるだろう。興味深い本のある棚を見ていった。


 更に右左と数多とある本棚を躱していき、最奥にある巨大な本棚に歴史書の数々はあった。冗談抜きで絶望的なほどに多い。歴史に関するものだけでざっと十万冊といったところか。

「この本棚に大体の歴史書があるから不明な点とか言ってねー。自分が語ってあげるから」

 王家の秘密教えてあげるよなどと言っている。フレッドは苦笑し、冗談はやめてくださいと低いトーンで突っ込みを入れる。

 ざっと見ただけでもこの国の全てを網羅していることが確認できた。もちろん騎士団が結成される前のことも記されていたのだがどうやら団が結成される前までは不況だったらしい。

「フェリクスさんはどうお思いなんですか? 今の聖騎士団について」

「もう……諦めるしかないよね。騎士道精神の樹の字もないというか……そろそろ解散させようと思っているんだけど彼ら以上の実力者が見つからなくてねぇ……」

 今の騎士団は歴史上に類を見ないほどの強さで、それこそ『騎士団』を『聖騎士団』にしたときと同等なほどらしい。だが今の騎士団たちは昔と違って素行が圧倒的に悪いので国民からの信頼は得ることが出来ていないのだが。フェリクスも彼らより強くて聖剣に似合いそうな人を個人的に探しているらしいがどうにも見当たらないようで改心してもらうしか方法がないらしい。

「何かいい案とかあるんですか?」

「うーん。正直自分が舐められているから自分から何かしても無駄なんだよね……」

 そして熟考。この国の腐敗がこれ以上酷くなれば正直同情している人たちも自分たちの生活を守るために反乱を起こすことになるだろう。あるいは全員でどこかに逃亡するか。だとすれば国民がいなくなり国家として機能しなくなるのでフェリクスが害を被る。加害者という訳ではない彼が悲しむのはあまり好ましくない。

 セレンが山のように史料を積んでいる中、フレッドは国の改善のため、二人で話し合っていた。


「威厳とかは見せることは出来なかったんですか? いまでも間に合うと思うのですが」

「自分がどうにか出来る問題じゃあないんだよー。騎士達が心から変わらないと」

 二人が必死になって考えている間、セレンは相も変わらず歴史書を眺めていた。

「へぇー。遥か昔は国王が聖剣を従えていたんですねー」

「そうなんですか。剣を引き抜いたのが王様の隠し子だというのは聞いたことがあるのですが僕の聞いた限りだと剣に認められなくて右手が引きちぎられたと」

「私もフレッドさんが聞いたのと同じ話でかなり好きだったんですけど……フィクションだったんですね」

 聖騎士団が創られたことによって彼らの威厳がなくならないように意図的に改ざんされたのだろう。恐らくは打倒国王派によって。その人達の思惑通り、今の聖騎士達は完全に国王のことを舐めている。彼らもフレッド達と同じような話を聞いて育ったのだから国王に忠誠を誓わなくてもしょうがない所ではある。

 フェリクス曰く、騎士団の団員はただただ団長に従っているだけなので説得するのが割と簡単らしい。しかし、

「その言い方だと団長さんを説得するのは簡単ではなさそうですね。まああの人なら一筋縄ではいかない気しかしませんけどね……」

 フレッドは思い出す。突き飛ばされたときとセレンの部屋が襲撃されたときのことを。よく見てみれば団長の焼き印が鎧につけてあった気がする。他の団員は無視していただけなので問題を起こしている騎士はまだいるのだろうが多分一番凶悪なのは団長だろう。彼の獰猛な目つきを思い出しただけでも寒気がした。

 そのことをフェリクスに話すと悲しいまなざしをして、

「セレンさんの部屋、襲撃されたんですね……本当に申し訳ないね。自分からお詫びするよ」

 彼はそう言って椅子に座って本を読んでいるセレンの近くで跪いた。突然のことに彼女は困惑するものの、フェリクスに謝る理由はないと言い放ち優しく微笑む。セレンはまだ本を読むようで、だから二人は真面目に会議した。しようとしたのだ。

「本当に騎士団を解散させた方がいいか侮辱罪で牢獄にぶち込んだ方がいいか……流石に旅人に対しての不敬は許されないからね」

「ああいう人のプライドをへし折ってしまえばあとは簡単な話なんですが……あっ」

 あり得ないほどの大きな音が鳴った。セレンは夢中になって本を読んでいるし、フレッドはとフェリクスも音を出せるようなものが近くになかったので、本能で扉の方を見ると物凄い形相の女がいた。後から遅れてきたと思われる男を直視してフレッドは思い出す。今二人は追われている状況なのだと。

 何故思い出したかというと、


 男の方はフレッド達に殺意を隠さず詠唱してきた顔と一致していたからだ。


「もうっ、陛下は何やってるんですか目の前にいるのは騎士団長に危害を加えた犯罪者ですよっ!? ほらヨハン団長もなんか言ってやってくださいよ」

「僕が開発した魔術詠唱を受けずに軽々逃げたんですよ? これは許すまじって感じだよね、テレーゼ副団長」

「事情を聞くと正当防衛だったようだし良いんじゃないかな?」

「「良くない!!」」

 息がぴったりで家族のようだと思っていたらなんと実際に兄妹らしい。兄であるヨハン=エルメンライヒが一応団長を務めているらしいが実力的には妹であるテレーゼ=エルメンライヒの方が上のようだ。

 テレーゼは対人恐怖症らしく兄のヨハンと国王のフェリクスとしかまともに話せないらしい。道理でフレッドを糾弾しているときに兄の背中からぶつぶつ言っていたのか。

「けど、彼ら入国する前に騎士団に暴力を振るわれたって」

「あー知ってますよー。昨日魔物を狩ってた時に馬宿付近で話題になってましたねー」

「騎士団の奴ら……酷いっ、だから皆さんそこの二人を攻撃しなかったんですね」

 二人は騎士団に恨みがあるようだった。テレーゼに関しては彼らのせいで対人恐怖症にまで陥ってしまったらしい。

 ヨハンはフレッドに手を差し出す。不思議に感じながらも彼の手を握る。フレッドが顔を歪めてしまうくらいには握力が強かった。

「一緒に騎士団を倒そう!! もういっそのこと騎士団を解散させよう!!」


 魔導団のトップ二人は見ての通り騎士団、果ては騎士のことも憎んでいて、騎士団も恐らくは同等の権力を持っている魔導団のことを嫌っているだろう。

「それじゃあ早速あいつらを失脚させるための作戦会議しよう」

「お、お、お願いします。あ、あの人たちを調子に乗らせてはいけない……」

 大声でフェリクスを叱りつけていたテレーゼはフレッドに委縮して椅子に腰かけているフェリクスの背中に隠れる。彼女が隠れている間も口を出したりして完璧な計画が練られ始めていた。

「プライドをへし折る方法か……普通に僕たちがあいつらに勝てばいいだけな気がするけど」

「まあ、それくらいしかないだろうね」

「わ、わ、私を囮にしてください。あいつらの心理だと私に負けた方が悔しがるので丁度いいかと」

 四人で考えた結果、フレッド達が国民を扇動させて騎士団に衝突させ、そこのリーダーであるヨハンとテレーゼを団長にぶつけることで他の団員対国民と団長対魔導団という対立構造が出来上がる。後者は置いておいて、前者の対立はあってほしくはないのだが。

 魔術師二人が来た瞬間にあまりにも早く決まりすぎてしまった。


「あはは……」

 フェリクスはこれまでの彼自身の苦労を思い出して苦笑する。

「セレンさん、一緒に反乱を扇動出来るように頑張りましょう!! 誘導するような魔術を持っていませんか?」

「……なんか私が聞いていないときに途轍もない方向に話が逸れていませんか?」

 呆れているセレンが一人。もはや誰一人として作戦を止めるものは大図書館の中にいなかった。ここまで話をスムーズに進めることが出来たのは魔術師二人のお陰だ。何しろ二人が来るまではフレッドとフェリクスで悩んでいるだけだったのだから。

 騎士たちに反乱を起こす前だというのに緊張の色を一切見せないどころか嬉々とする表情を浮かべているヨハンとテレーゼを見てフレッドは思う。


 どうやら魔術師と騎士は本当に仲が悪いらしい、と。

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