表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第五章
89/99

第八十八話 素人の考察と海の地方

 フレッドが王様に手を振り返すと、そこは既に澄んだ青空の下だった。先ほどまであった霧が嘘のように消え、それと同時に名もなき王国は姿を消してしまった。


 アナスタシアがきょろきょろと見回してもそこに国があった証拠もなにも存在しない。不思議な色の城も、独特な服を着た兵士たちも、子供心をよみがえらせてくれる店の数々も。その跡すらも跡形もなく消え去っている。


「こういうのって幻覚っていうやつですかね?」

「信じたくはないですけど……けど幻覚だとしたらあの人形化の感触も音も嘘ってことになりますよ」


 二人はうーん、と唸った。幻覚だけであの空気感だったり、ぎしぎしと肉体がきしむ音などを再現できるはずがない。確かにあれは実在する存在だったのだ。フレッドは疑問に思いながらも、とりあえず現在地からおよそ百キロの所にあるバハル地方を目指して馬を走らせた。


 アナスタシアとはバハル地方に到着して馬車から降りたときに自らがした考察を伝えていこうという約束をした。あくまで娯楽――暇つぶしの一環でしかない。

 どこかの国で三人寄れば文殊の知恵なんていう言葉もあるようだが、一人よりも二人の方が圧倒的にやりやすいので彼女の提案を受け入れた。フレッドが持ってきていた本も大体は頭に擦り込んだから、暇つぶしとしてはちょうどいい。


 アナスタシアが馬車に乗り、周りの風景を楽しんでいる中、フレッドは一人黙々と考察を行っていた。あの王国は何だったのか、というものである。


『今盗み見てみたけど国の全集の中にはそれらしき国がなかったね。実在しない国って事でいいのかな?』

「僕は五千年前の国が現存しているという考えだったんですが……アメリアさんのその反応だと存在していない説が濃厚ですかね……」


 アメリアはこう見えても五千年くらいこの世界を彷徨っているのだから、現在まで繫栄し滅亡している国の数々を見てきているのだ。そんな彼女が知らない国となるといよいよ架空の国かフレッドとアナスタシアの幻覚の国ということになってしまう。


『まあ、後者に関しては私も見えていたからないんじゃないかな?』

「それにしてもあの王様、どこかで見たことあるような気がするんですが……」

『奇遇だねぇ、私もだよ。といってもこの五千年間の記憶なんてほとんどないんだけどね』


 流石にずっと漂っているとなると記憶の選別が大事になってくるだろうからほとんどのことは忘れてしまったらしい。彼女は百年前のことでも千年前のことだって笑って全てを済ませていそうだった。

 飄々とした彼女の本意が全く分からないので怖い。


『ところでストーカー(アナスタシアさん)はどうなのかい? 旅をする前まではあんなに嫌な感じを出していたっていうのにね』

「……意外と悪くはない気がします。というか、あの人といると居心地がいいというか……」

『恋?』

「そんなんじゃないですよ!! ……多分」


 フレッドにしては珍しく言葉に詰まっていた。アメリアが彼の顔を覗いてみると、口を辺りを手で押さえて、顔を紅潮させていた。それを見た彼女はニタニタと笑う。


 動揺していたフレッドは馬車の操縦は間違わなかったものの、馬を興奮させてしまった。安全を確保するために抑えていたスピードが一気に上昇する。

 それくらいあまりにも予想外なことだったのだ。


 うるさいです、と彼が言った瞬間にアメリアははいはーいと薄っぺらい言葉を返した。彼女が言った『恋』というのはどういった感覚なのか。それがまるでわからない。


 アメリア曰く、その人だけを見つめることしか出来なくなるようになってしまい、好きになった人のために努力したりすることらしい。

 彼女の儚さを心配してはいたが、そこまでではなかった気がする。というか、客に恋をするなど言語道断だ。


「こんな話は置いておいて、とりあえずはもっと考察しましょうよ」


 アメリアはまだ薄気味の悪い笑顔を浮かべていた。フレッドは思わず呆れて声に出さずに熟考しているとごめんってばーというちょっと情けない声が聞こえてきた。あくまで推察。


 なんらかの事件に関わっているというわけではないだろうからゆっくりと解き進めていく。二人の見解としては架空の世界ではあるが幻覚からのものではないということで一致していたのでそこからさらに謎を深める。


「一番最初といったら人形化の呪いはなんだったかですよね」

『それについては神様からの呪いでいいと思うよ』


 彼女曰く、五千年ほど前といえば世界全体が神様によって呪いをかけられていたので人が人や国に対して呪いをかけられるような状況ではなかったのだ。ついでに幻獣襲撃もあったのだからそんな余裕はほとんどないと見てよさそうだ。

 だが『世界全体』といっても、別に国に対して呪いを発動していたわけではなく、全世界の人間に呪いをかけて実質的に国が呪われるという連鎖を意図的に引き起こしたとか。今まで散々考えてきた幻獣襲撃も神が与えた呪いの一部のようだ。


 アメリアはそのときにはすでに生きていなかったようだから詳しくはわからないらしい。文献で見たことのあるものをまとめて考察したと彼女は言っていた。


「ところでなんで幻獣襲撃のときにはすでに死んでいたんですか? 聞いた感じだと劇場終焉から幻獣襲撃までは二ヶ月くらいしかなさそうなんですけど」

「……それくらいは察してよ」


 アメリアは彼女の良心から世界から追放されかけて追い回されている人たちを助けていた。そうなると彼女も他の人から恨みを買って死んだ可能性がある。というか、アメリアの発言からしてほぼ確定のようなものだ。


 あっとフレッドは気づいてそのまま黙ってしまった。彼女はとても居心地が悪そうに続けてよと呟いた。フレッドは落ち込んだ空気を明るくするためにわざと弾んだような声を出した。このまま二十時間くらいを暗い空気で過ごすのはさすがにいたたまれない。


「じゃ、じゃあ次はあの王様は何者だったんでしょうか」

『それがイマイチなんだよねー。どっかで見たような顔なんだけど』


 彼の顔には特別他と違う点というところがほとんど存在せず良くも悪くも平均的な顔だったのが災いしてか、アメリアも思い出せずにいた。フレッドもどこかで見覚えがあるのだが忘れてしまった。


 ただ、記憶の取捨選択をし慣れているアメリアの記憶に残っているのだから割と彼女と親睦があったのかもしれない。


「知り合いに子供っていますか?」

『そりゃあ当然いるに決まってるさ。ただ、どんな子達だったか忘れたなあ……なんか覚えてない?』

「なんで僕が知ってると思ってるんですか……」


 五千年前の詳しいことなんて当時生きていた人くらいしか知らない。当時生きていた人が忘れているようなことをそもそもその時代に生きてすらいないフレッドが彼女の疑問に答えられる訳なかろう。アメリアは間違えたと言って先ほどの発言を撤回した。


 フレッドは風を切って前に進む。馬車がたった今、バハル地方の中に入り込んだ。バハル地方に入って少しの所で馬車を停めてアナスタシアの乗っている馬車の扉を開ける。彼女はとても楽しそうに何かを読んでいた。


 読んでいた時の表情があまりにも楽しそうだったから、つい気になって彼女の読んでいた本をのぞき見た。彼女は日記のようなものを読んでいた。自分の書いたものを懐かしむ――という訳ではなく知人の記した日々の出来事を読んでいって思い出に耽っているように感じた。


 とても集中して読んでいたものだから、彼女に話しかけるべきか否かは相当迷った。一ページめくるごとに彼女の表情が豊かに変化していく。ずっとこのままでいいのではと思ったが、このままだとさすがに日も暮れてしまうのでとりあえず彼女に話しかけた。


「アナスタシアさん、着きましたけど……まだ読んでますか?」

「――!? ごめんなさい、結構待ちましたよね。とりあえず行きましょう」


 彼女はフレッドが日記を目撃したことを知って鞄の中にさっとそれを隠した。そしてフレッドのエスコートもなしに馬車から飛び降りて先を歩き始めた。若干慌てているのだろうか、雑草や美しい花々しか咲いていない平たんな道で五回くらいは転びかけていた。バハル地方は崖が多く、それゆえにほぼどこからでも海を眺めることが出来る。


 彼女は崖のふちを歩いては止まって海を眺め、また歩いては止まってをずっと繰り返した。しかし、フレッドはそれをもっとスムーズにしてくれ、というほどの不愉快にはならなかった。それほど海と空と花草が綺麗なのだ。海辺に咲いている花たちは空や海と反比例するように赤い。それが崖から望む景色をもっと美しくさせた。


 アナスタシアはフレッドに地図を求める。ただただバハル地方を歩くのではなく、目的地があるらしい。彼の地図にアナスタシアが指をさす。


「……この旧劇場跡っていうのに行ってみても良いですか? ここにはかの有名な俳優女優たちが多く在籍したと聞きます。どんな場所か気になって」


 そういって彼女が要望したのはアメリアが所属していたあの劇団の本拠地だった。フレッドが演者について詳しくなかっただけで、当時世界的大スターだった人が多く所属していたらしい。フレッドが好きな歴史系のものを演じていたのもほとんどがアメリアの劇団に所属していた。


 ふーん、とフレッドは物珍しそうな目でアナスタシアを見る。彼女が演劇好きだとは思ってもいなかったからだ。そのことを口にすると彼女は少し困ったような表情を浮かべて横髪をくるくるといじりながら、


「けど、私はほとんど何も知らないんです」といった。

「ではなぜこんなところに……?」

「えっと、お礼が言いたくって。多分ここにはいないんでしょうけど」


 そう言った彼女の両手にはいつのまにか花束が出来上がってしまうくらいのたくさんの花があった。どれも明るい色で、しかし一瞬で散ってしまいそうなほど儚く形取っていた。彼女はまだ骨組みが残っていた建物の中に入ろうとする。だが何かを思い出したのか、瓦礫をひょいと避けてフレッドに伝えた。


「私、まだやらないといけないことがあるんでした。これは明日にしてもいいですか?」

「いいですけど……その花、枯れませんか?」


 アナスタシアは少し考えたのち、花を持っている方の手をくるくると回す。すると、彼女が持っていたはずの花は一瞬のうちにして消える。彼女の手には何も残っていない。


 曰く、植物を構成している栄養素だったり繊維だったりを最小限まで分解、空気と同一化させることによって荷物の削減を図っているらしい。彼女が意思を持ってもう一度手を回してたら再構築されるということも判明した。


 全ての物質において最小単位で分解してそれを全く異なる物質に置き換え、さらには再構築をするなんて人間ができる行為だとは思えなかった。物質が違えど実際は錬金術とは何も変わりがないではないか。


 何千年も人々が研究している分野を軽々としかも一人でやってのけるとは。アナスタシアにはフレッドが理解できないほどの才能としか形容できないものがあった。フレッドが開いた口が塞がらないくらいに唖然としていると、アナスタシアが吸い込まれそうなほど半透明で金色の瞳が彼の方を見てきた。上目遣いをされて思わず目を逸らす。


 さっさと歩き始めた彼女だが、ふと何かを思い出してフレッドの方を振り返る。


「そういえば考察についてまだ一回も話していませんでしたね。フレッドさんはどんな考えがあるんですか?」


 フレッドは突然のことだったので一瞬、言葉を詰まらせた。しかし、考察はしてあったのでその後はスムーズに話すことが出来た。あそこは王様や国民の人達がつくりあげた幻想の国ではないかという考察に至ったことを詳細に話す。


 ついでに、アメリアもフレッドもどこかで見たことがあるような王様について何か知っていることや手に入れた情報はないか、尋ねる。彼女は何か思い出せることはないかと必死に考えていた。


 ちなみに、アナスタシアもフレッドとアメリアの意見と同じらしく、架空の国だったのではないかということを推論した。だが、そうなると人形化された国民はどこからやってきたのか、という疑問が湧いてくる。


「あーっ、もう整理できなくなりましたよ……とりあえず今日はこれを考えるのはやめましょう!!」


 歩きながら考えていたが、頭を使ってとても疲れていたようで、一旦立ち止まってフレッドに告げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ