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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第五章
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第八十五話 ヒトガタの王様

 きっと、アナスタシアも唖然としたことだろう。そして願ったはずだ。


 早く霧が晴れろ、と。


 大臣から紹介された部屋は一つ。つまりフレッドとアナスタシア兼用であるということだ。アナスタシアは顔を真っ赤にする。部屋をどうしようかフレッドと相談したいらしい。不幸中の幸いとしてはまず部屋が広かったこと、次に二つのベッドの距離がとても離れていたことだ。


 部屋を貸してもらった分際で大臣にもう一部屋頼み込むのはさすがに失礼だというのが二人の共通認識だったので、霧が晴れるまでは頑張って二人で一つの部屋を使うことにした。


 部屋はかなり埃をかぶっていたので晩餐会までに掃除をし、それが終わったら何もせずに寝る、という計画を建てた。どこかを探索するのも人に話を聞くのも夜である必要はないし、なによりもアナスタシアは夜が怖いようだった。


 フレッドは近くに置いてあったふさふさの箒で埃を取ろうとするが、なかなか思う様にはいかない。


「フレッドさん終わったので手伝いますよ……っと!」


 アナスタシアは魔術でゴミ箱を浮かせると同時に、ゴミ箱が埃だけを吸っていった。彼女によると、小さなものを吸い込むことのできる魔術を仕込んでおいて、結界で塵の類だけを集めているのだとか。こんな僅かな時間に魔術式を組み立てて実行するのはかなり難しいことだ。フレッドはそれを見て驚いた。


「あとはこれを外に捨てるだけなんですけど……一体どこに大きなゴミ捨て場があるんでしょうか」

「手間をかけさせてしまい本当に申し訳ありません……」

「そんなことなら全然いいんですよ。お役に立てて嬉しかったです」


 アナスタシアははにかんだような笑みを浮かべる。フレッドから掃除が綺麗だと言われて照れているようだった。ゴミをゴミ箱に片付けるだけ片付けておいて部屋にそのまま残しておくというのもなんだか不快感があったので二人で探しにいくことになった。

 ブロックでできたような扉を開け、懐中電灯を手に持って探索を始めようとする。


「何をしている!!」

「!?」


 バレた。特に何もしていないのだが、廊下で大声で話されるのはフレッドでもびっくりするようだ。子供の声が廊下にこだまする。悪霊だったり不審者ではないと安心したフレッドは後ろを振り返った。

 彼の服はさまざまな道化師の服をつぎはぎしていそうなくらい雑だった。おどけている――という印象はないのだがどこか空っぽで表情を隠しているように見えた。


 大臣は客人が二組もいるとは言っていないのでおそらく迷ったのだろう。かわいそうに、と思ったフレッドは彼の背丈に合わせて屈み込む。


「君、どうしてここにいるのかな? もし迷っているのなら帰り道は探してあげるよ」

「迷い人なんかではない。れっきとした王様だよ!!」


 その瞬間に沈黙が流れた。子供が王位を継いでいるというのはたまにある話であり得なくはないのだが、あまりに精神年齢が低かったので信じることができなかった。


 アナスタシアは子供だなという視線で自称王様を見つめた。彼女のどこか小馬鹿にしたような目にイラついたのか、どこか不機嫌なように感じた。フレッドは彼の頭を撫でた。


「王様、それでなぜあなたのような偉い方がこんなところを歩いているんですか?」

「ふむ、大臣からお客さんを呼んでこいと言われたからだ。諸君が『お客さん』ならついてきてくれたまえ」


 フレッドと話してからいわなくてもわかるくら機嫌が直っていた。とてもルンルンで廊下のど真ん中を歩いている。


「フレッドさんって子供を(なだ)めるのが得意なんですか?」


 アナスタシアにそう言われたほどだった。以前から自覚はあったので、もしかしたら本当に得意なのかもしれない。とにかくこの国がどんなところなのかを知るためには人を知ることが一番だ。


 少年が王様を務めているということに若干の違和感を抱きながらも子供心を思い出させてくれるかのような国だったので晩餐会を楽しみにしながら王様である少年の後ろを歩いた。



「それじゃあ改めて言わせてもらおう。ようこそ我が国へ!!」


 王様がそう言って扉を開けた。かなり大きく重そうな扉だったが、よいしょっと、と言いながら三人で協力しながら扉を開ける。感触としてはレンガのようなものに近かった。


 視界が光に包まれ、目を開けると長いテーブルがあり、三席だけ空いているだけで他はすべて人で埋まっていた。

 大臣は王様の存在に気が付き、席を立って王様のもとに跪く。フレッドとしては異様――というかフレッドが貴族でないから慣れていないだけでアナスタシアもさも当然かのように振る舞っていたが――だった。


 フレッドがゼネイア独立島で見てきたようなうるさくも明るいような食事会はそこにはなかった。なんだか寂しいという気持ちを抱きながらも貴族というのはこんなものなのかと納得してアナスタシアの隣に用意されていた椅子に座る。そして大臣がマイクを持ち、ようこそおいでくださいましたと言う。フレッドとアナスタシアを除く全員が拍手をしていたと同時に料理が運ばれてくる。


 それはいわゆる郷土料理のようだった。アナスタシアは物珍しそうに長テーブルに置かれている料理たちを眺めているが、十年ほど旅を続けているフレッドとしてはどれも別の国でつくりあげられた料理で一気に同じテーブルにのっていることに違和感があった。


 しかし、それらは現地にも負けず劣らずの美味しさであり、違和感なんて一瞬で忘れてしまうくらい充実した時間を過ごした。子供の王様が隣にいたので見てみると、いつの間にか道化師のような服から奇術師マジシャンのような服に着替えていることに気が付いた。近くにいた大臣に聞いてみると奇術師のような服装が正装らしい。城の設計や不気味なほどに揃った兵隊やらどこかつかみきれないような印象があった。


 こんな国見たことはもちろん、聞いたこともなかったのでどういった国なのかを王様に尋ねた。


「この国っていつ頃に出来たんですか?」

「えっとねー……二百年くらい前にはすでにこの状態だったらしいよ」


 王様曰く。二百年よりちょっと前はずっと内乱が発生していて国が崩壊するのではないかと国民全員が不安に思ったその時、今の統治者である王様の一家が支配したらしい。それ以降は住民も段々と否定の言葉を言わなくなっていって少しずつ和解していったとのことだ。二百年となると相当昔なのだがそれでも新しいと思うのは歴史のある島や国に住んでいるからだろうか。


 フレッドとアナスタシアが旅をしているということを聞いた王様はなにか面白いことを話してほしいと言ってきた。フレッドが旅人だと聞いてまず最初に出てくるものが経験についてなのはほぼ全員一緒だ。フレッドも語り慣れているのでつらつらと話していくと、王様はキラキラとした目でフレッドのことを見つめる。


「もっと聞かせてくれないか!!」

「いいですよ。次はどこについて――」

「ちょっとフレッドさん」


 アナスタシアが前のめりになるフレッドの袖を引っ張り体勢をなおさせて、耳元でぼそっと呟いた。


「――優しい人たちだというのは分かったから良いんですが完全に信用しないでくださいよ。もし何かされても油断していたら何も抵抗できずに殺されるだけですから」

「大丈夫だと思いますよ? ほら、みなさん僕達に見向きもしませんから」


 フレッド達にはたまに話が降られるというだけでそれ以外の話には全く関わることが出来なかった。王様も大臣の膝でうとうとしているので本気で話が出来る人がいなくなってしまった。少し暇になったので同じく暇そうにしていたアナスタシアを会話に誘う。淡々と食べながらもどこか遠い場所を見ているような彼女の肩をポンポンと叩いた。


 彼女は少し驚いていたが、耳元で一緒に話そうという旨のことを伝えるととても喜んで話してくれることになった。

 アナスタシアにどうぞというジェスチャーを送られ、フレッドは今まで気になっていたことを質問する。


「知り合いから聞いたんですがアナスタシアさんってチェルノーバ家の統治にもかかわってたっていう噂があるんですけど……本当なんですか?」

「もちろんですよ。こう見えても平均よりは頭がいいという自覚はあるので」


 彼女はそう言っているものの、普通より頭がいいという程度で領地の統治が出来るはずなどない。領地経営は難しいが、チェルノーバ家の領地からは不満が一切聞こえてこない。チェルノーバ家の領地の人が依頼人であっても快適に過ごしているという人がほとんどだった。不満があったとしてもアナスタシアに結婚の申し出を断られたというくらいで統治に関しても不満は全くないようだった。


 チェルノーバ家は辺境にある。五千年の歴史を持つとても古い家という位置付けで深すぎる信頼関係が国との間にあった。だからこそ没落していても外国との関わりが深い辺境にいさせてもらったのだろう。外交関係でもリャーゼンの悪評が出回っていないのはチェルノーバ家が一役買っているからというのもあるかもしれない。


 彼女によると、父親が外交関係を執り行い、アナスタシアが領地内のことを全て行っているようだった。とても驚いたものの、そんなことを話していいのだろうかという疑問が頭に浮かんだ。


「それなら大丈夫ですよ。私、この旅が終わったらまた旅を始めようと思うんです」


 彼女曰く、もっと世界を知ってどれくらい美しいのかを確認したいようだった。親にも話をつけているらしく、旅が終わり帰ってくると同時に彼女は貴族ではなくなる――とのことだった。あまりにも唐突だったのでフレッドも思わず話を止めてしまった。


「ちょっと待ってください。じゃあ領地の経営はどうなるんですか」

「家に父が信頼できる人がいるので大丈夫なんですよ」


 貴族でなくなるということは元貴族だった人にとっては屈辱であると聞いたことがある。アルベルトを見ていると違いそうな気がしていたがそれでも五賢人の中でも一番格が高い家から抜けるというのは抵抗がなかったのだろうか?


「私の知り合いに研究のしすぎで除名された人がいたんです。とても仲が良くて――ある時に聞いてみたんです」


 除名されて放浪することになったその研究者にアナスタシアは怖くないのか、と聞いた。しかし、彼は貴族という枠組みから脱出できてとても嬉しいと言っていたらしい。そして、やっと自由に旅ができる――と。


 彼が怖くなかったのなら自分も恐れることはないだろうと決意をして父に相談するとあっさり許可をもらえたとか。娘の幸せを一番に願っていたから、領地の今後など関係なく彼女を自立させてあげたかったのだという。


 フレッドは驚きながらもその話にしっかりと耳を傾けていた。


「素敵な旅ができるといいですね。もし、何か御者でも呼びたいなってときはまた僕を依頼してください。そのときは無償でもなんでもいいですから」


 アナスタシアはいやいやいやと首をブンブン横に振っていた。彼女からしたら金を払わないのはいけないことらしい。ジョークを言ったつもりだったが、彼女はとても真面目で気がついていなかった。フレッドはそれが冗談であることをこっそりと話すとみるみるうちに彼女の顔が真っ赤に染まった。


 大して気にしてもいなかったが、ジョークを説明させるのが申し訳ないとのことだった。彼女は恥ずかしくて料理の方しか向けなかった。が、質問はしっかりとしてくる。


「それで参考にさせてもらいたいんですがフレッドさんはなぜ旅をしているのでしょうか」


 晩餐会がにぎやかになっていく中、二人の所だけは静かだった。


 フレッドは言葉に詰まる。彼の頭の中にはとてもあいまいな答えしか浮かんでいない。だが、彼女は本当に気になっていそうに尋ねてきたものだから考えに考え抜いた結果を話した。


「僕は……なんとなくでしか旅をしていないんです。そういう使命感に駆られてっていいますか。強いて言うのであれば旅をしたいという感情がどこから出てきたのかを調べて――見当たらない記憶を探したいんです」

「その記憶というのは?」


「言葉にするのは難しいんですが何か――何か足りない気がするんです。僕の一番大切な部分が」


 晩餐会はその後も盛るばかりで、満月が太陽に変わろうとしているところまで宴は続いた。

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