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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第五章
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第八十一話 あの高い塔

 彼女の最初の目的地は以前セレンと一緒に行き、結局フレッドが入ることすら禁じられた『あの塔』だった。アナスタシアの話によるとヴェスティアの塔というらしい。


 正直、フレッドはとてもホッとしていた。彼はヴェスティアの塔に入れないことが既に判明しているため、アナスタシアと一緒に行動しなくて済むのである。


 二、三日くらい馬車に乗っているが、彼女が何かをしてくるという素振りもなくある程度の常識があるということは分かった。しかし、彼女と二人きりで行動するのはどうしても緊張してしまうので避けたかったのだ。こんなに客に緊張するのは初めてだ。


 彼女は馬車の窓から身を乗り出す。


「あとどれくらいで着きますか?」

「一時間くらいだと思います。危ないので窓から乗り出さないでくださいね」


 フレッドが馬を全速力で走らせると、予定していた時間よりも早くエルメイア大結界の前に到着してしまった。


 人々を守るための結界は魔物襲撃を受けて強化されていた。偉い人曰く、あそこまで酷い魔物の被害はここ三百年くらい確認されていなかったのでだいぶ油断してしまっていたらしい。その後は魔物の被害もなく安定しているようだ。


 入国審査を済ませて二人はエルメイア共和国に入る。魔物が襲撃してきた時とは違って訓練場や博物館など様々なところが栄えていた。フレッドは馬車を置くとすぐさまに迷いもなく塔の方へ赴く。久しぶりだからきちんとつけるか分からないが多分合っているはずだ。


 フレッドがうろ覚えで道案内をしているとアナスタシアはそれはそれはもの悲しそうな表情でフレッドの瞳を覗いていた。その何とも切ない表情を見てフレッドも居心地が悪くなる。アナスタシアも迷うことなうフレッドの方へついてきた。てっきり殺されるかと思ったが、さすがにそれはないようだ。


「皆さん、もういいですよ。ここからは一人だけで大丈夫ですから」


 アナスタシアが後ろにいるボディーガードの方を向き、聖人の如く微笑みかける。五賢人の愛する娘なのだからフレッドに暗殺されたり危険な目に遭わされたりするのかもしれないという考えがあるのだろう。しかし、彼女はボディーガードを拒んだ。どうやら、二人だけで旅に出たいらしい。


「……もし道中で危険な輩に遭遇したら……」

「大丈夫です。私はそんなに弱くはありませんから」

「ですか……」

「大丈夫って言ったでしょう?」


 フレッドは息を吞む。そこには絶妙な雰囲気が流れていた。ボディーガードは板挟みになっている。依頼主であるアナスタシアに従うのかそれとも彼女の両親に従うのか。どちらにせよ、破ったらただでは済まされない可能性がある。


 とにかく恐怖心を抱いた彼らは目の前にある恐怖を取り除くためにさっさとどっかにいってしまった。フレッドとしては彼らがいた方が安心できるのだが、いなくなってしまったものは仕方がない。そう割り切って塔の方に進んでいった。


 目の前にヴェスティアの塔が現われると、先制するようにフレッドが言う。


「僕、一回ここに入れなかったことがあるので一人で行ってもらってもよろしいでしょうか」

「拒まれることなんてあるんですね。二人なら何とかなりますよ。行きましょう!」


 フレッドの後ろを歩いていたアナスタシアが突如彼の手を握り、駆けだした。貴族の令嬢とは思えないほどのせいせいとした疾走ぶりにフレッドも心地よさを覚えた。


 ヴェスティアの塔には相変わらず人が沢山いた。


 最近ではセレンが見つけた秘密の場所が雑誌に紹介されたことによってその部屋を探す人が多いらしい。フレッドは内部まで見ていないから分からないが、高いところから眺めたエルメイア大結界と竜の何十倍も美しいと書かれていた。


 その部屋に入った瞬間にカメラの調子がおかしくなるようだから写真は一切書かれていないが、炎を上げているところを確認して幸せを感じるとか何とか。暗号やら何やらでとにかく貴重な経験が出来る、そんな場所になっているようだ。


「入っても良いですか? フレッドさん」

「えっと……いいですよ」


 彼女は扉を開け、難なく入っていった。また何かしらの結界によって入場拒否されるのではと心配していたフレッドだが、今度はなぜか塔の中に入ることが出来た。

 中は階段だけになっていて、壁には暗号らしきものがずらりと並んでる。


 とても不思議な感覚に陥った。二人だったら可能だという彼女の言葉はあながち間違いではないかもしれない。


 フレッドはただただアナスタシアについていけばいいので、暗号を解読しながら頂上へ登っていく。


「この暗号分かりましたか?」

「ええ……大体は。魔術研究に関してそれから逃亡についてが詳細に書かれていますね」

「さすがです。これって五千年前の暗号で未だに序文くらいしか解読されていないんですよ」


 途中、階段の暗号を死に物狂いで解こうとしていた研究者らしき人たちが凝視してきたが、フレッドはそれとなく目線を逸らす。一連の行動をみてアナスタシアはこう言う。


 なにも変わっていないですね、と。


 一瞬、なにも知らないくせにそんなことを言わないでくださいと言いかけたが、なんだか大人気ない感じがしたのでグッと堪えた。だが、彼女は自分のことをいつから知っているのだろうとは思った。

 だからかもしれない。気がついたら声に出してしまっていた。


「いつから僕のことを見ていたんでしょうか……ってごめんなさい。なんでもないです」

「――そうですね。遥か昔に少しだけ、とでも言っておきましょうか」


 彼女の表情からして嘘はついていなそうだ。ゼネイア独立島に人が来ることはほとんどないし、こんなに美しい人だったらフレッドは否が応でも覚えていただろうからリャーゼンに来たときに一瞬すれ違ったくらいだろう。


 アナスタシアに暗号を読み上げてほしいと言われたので。小さな声で暗号を解読しながら読み上げる。答え合わせをするかの如く彼女は頷いていた。


 覚えている限りで彼女に伝えると、多分正しいですよとさらに小さな声で伝えてくれた。彼女がえげつないストーカー行為さえしていなければきっと惚れていただろう。実際、フレッドは彼女の笑顔に若干うつつを抜かしつつある。


 小さな声で言っていてもやはり聞こえる人には聞こえるらしく、研究者の数名がぞぞっとフレッドを囲った。


 心当たりが全くないフレッドはどうしましたかと尋ねる。


「暗号の件なのだが、ぜひ解法を教えてくれないだろうか」

「えぇ……」


 フレッドは全員からそれを要求されて軽めに血の気が引けた。というのも、研究者の人と話したことがほとんどなく、自分の恥を晒すのではないかと危惧したからだ。専門知識を持つ人と話すのは怖い。なので断ろうとしたが、そこをなんとか……と粘ってきた。なかなかにしつこい。


 フレッドが困り果てていると、アナスタシアがフレッドを中心とした輪の中に入り込んできた。


「彼が困っているではありませんか。それと、自分で解く方が楽しくないですか?」

「解ければそれでいいんだよ! それにお前には聞いてない!」


 アナスタシアの最初の主張に関してはブーメランとしか言いようがないが、後者には同意できた。

 一方研究者の方は答えしか求めようとしない学生のようでしょうもなく感じた。自然とアナスタシアの方につく。


「すみませんが協力することは出来ません。みなさんだけで解読してほしいです」

「なんっ……金ならいくらでもやる!!」

「金貨で釣られるほど強欲ではありませんので」

「ふざけんなぁっ!!」


 研究者が物騒な武器を取り出した。自分の身体能力を補強させるような装置らしい。最近論文が発表されてそれを見ていなければ対策できなかっただろう。機械に水を浴びせると致命的なことになるらしいので彼らにそっと近づき、そして水属性の魔術式を一瞬にして書き込み、一斉に発動させた。

 動きが圧倒的に鈍かったから、それを行うことはあまりにも簡単すぎた。


 指を鳴らすと長年の研究の成果である身体能力向上装置を秒でぶっ壊されたため、彼らはフレッドを怒れるほどの精神をめちゃくちゃにされてしまった。他の人達には見られているが、それが正当防衛であることは誰にでも分かるはずだ。


 アナスタシアがはは、と笑いながらとりあえず攻撃されないように機械を木っ端みじんに破壊する。


「さて、ここの一番上から素敵なところだけ眺めて秘密の部屋にでも行きましょうか」

「そうですね。探しましょうか」


 その必要はないとアナスタシアがにぃっと笑う。そのときだけは美人というのではなくて好奇心にあふれた少女のような表情をしていた。

 フレッドはさらに緊張して咄嗟に顔を彼女の方から逸らす。

 彼女は満面の笑みを浮かべながら階段を下っていった。


「えっと……なんとなくここかな?」


 フレッドがそう言って壁に手を触れた。その瞬間から二人は他の人に見えなくなったようだ。しかし、あまりにも人が多いので人が二人消えたところで大して話題にもならなかった。そもそも消失していることにすら気づいていなそうだ。


 暗い廊下に火が灯る。まるで主人が帰って来た時に迎えてくれる召使のようだった。なんだか懐かしいような雰囲気はあるが、まったく喜ばしい感情にはなれない。これも以前セレンが言っていた悲しくなっていたということに繋がっているのだろうか。


 アナスタシアは悲しくなる――というよりもフレッドが一発で当てられたことに驚いていたようだ。


「本当にすごいですね……もしかして()()()()()()()()()?」

「覚えている――というのはどういうことですか」

「……いや、なんでもないです」


 彼女は一遍の希望を抱いていた。フレッドが何かを思い出しているのではないかという希望があった。

 二十年以上生きてきた中でも見たことがないほど悲しそうな表情をしていた。それを見てフレッドも心苦しくなる。二人とも沈んだ雰囲気の中で炎のあるとされている場所へ向かった。


 * * * 


 それは太陽のような輝かしい光を地獄のような紫色の炎に注いでいた。美しいと言えはするのだろうが、それよりも哀愁漂うと形容した方が適切な気がした。彼女は炎の中に手を突っ込もうとするが、透過されているようで触れられてはいなかった。


 まるで世界の感情全てを操っているのがこの装置だと錯覚してしまうくらい膨大で、人間なんてちっぽけなのだと思わされた。


「……綺麗だと思いませんか?」

「そうですね。悲しいほどに美しいと思います」


 だが、そんな感情よりも人がなにを思ってこれを作ったのか、そしてこんなに高度な技術をどこで習得し作り上げたのかがとても気になった。そんなことを考えているあたり、本能では特に悲しいとは思ってもいないのだろう。


 観察するようにフレッドが見ているのに気がつき、アナスタシアはくすくすと笑っている。フレッドは彼女の反応を見て自分が前のめりになり過ぎていたと反省した。


「次の場所にでもいきましょうか」


 そう言って二人は光の灯った道を歩いていって壁の外に出た。


 深淵のように暗くなっているところにそっと触れると、そこは出口だったらしく、一発で外に出ることができた。消えることには気づかなかった観光客の人たちも流石に誰もいなかった空間に突然人が現れるとなれば仰天ものだろう。実際、なにがあったんだとざわめき立っていた。


 そんなことも気にせず、フレッドはアナスタシアにどこへ行きたいかを尋ねる。


「次は……そうね。ここに行きたいです」


 そう言ってアナスタシアが指差したのは平地だった。彼女曰くここにも素晴らしい景色があるらしい。エルメイア共和国は周辺に魔物が多いことで有名だが、それ以外にも五千年前に起きた幻獣襲撃に関するものも多く残っているのだ。今から行く予定の場所も、五千年前から現存している珍しい花畑らしい。


 なぜこんなに昔から残っている景色が多いのか。フレッドは疑問に思ったが、とにかく彼女の要望に頷いて明日に花畑に行くことが決まった。

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