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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第四章
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第七十九話 封印

「これって前の五賢人の家のものでは?」


 フレッドがそう言いながら拾ったのは細かい柄が緻密に描かれた銀の刃物だった。刃の部分には黒ずんだ何かがある。おそらくは人間の血だろう。


 それは百年前に廃れたとされる家の一つで、なぜか突然姿を消したらしい。その影響で赫夜が五賢人を務めることとなったが、百年たった今でも行方がわからないままだった。


 百年前に起こった殺人事件と百年前に消えた五賢人。そして、集められた貴族五十人。もし彼らが嫌だと言いながらも泣く泣く殺し合いをしないといけないとなったら?


 それを命令した人は身分に上がいないくらいの金持ちか貴族であることが考えられる。例えば、逆らったら殺される五賢人とか。


 消えた代は歴史の文献にも載っていなかったので分からなかったが、確かに主人の顔と彼の先祖の顔が似ている。パーティーを開くことになったら貴族がたくさん参加するのも無理はない。


「なるほど……で、あとはなにを解明すればいいのだろうか」

「さあ……明日は手探りでいくしか」


 本来であればなにを解き明かせばいいのかを魔女に聞くつもりだったのだが、魔女の逆鱗に触れたことで絶対に口を聞けない状態になってしまった。


 改めて事の重大さに気づいてハイデマリーはひどく落ち込む。

 フレッドはまあまあ、と彼女を責め立てずに励ました。


「しかし、なぜこれをあの悪霊が持っていたのだろうか」

「あと、何か言っていませんでした?」


 ただ単に事件現場に遭遇して拾ったなどの理由は考えにくい。そして、悪霊がこれを持つメリットが皆無なのだ。

 とりあえずナイフを布に包んでフレッドの部屋に保管することにした。


 二人は朝になる前に自室に戻り、そのまま朝になるまで寝たり本を読んだりと各自自由なことをした。


 * * * 


 朝になるとフレッドは自然と目が覚めた。そして首を振って辺りを見回す。どうやら、本を読んでいた時に寝落ちしてしまっていたらしい。本には若干のしわがついていたので慌てて伸ばした。そんなことをしていると部屋の外を巡回していたアメリアから日が昇ったという報告が入ってきた。


 朝食をつくろうとして台所の方へ向かうと、すでにスカーレットが本を読みながら何かを調理していた。


 以前、彼女が作ったものは味が薄くて食べられない訳ではなかったが微妙になってしまったのでどうなることかと思っていたが、レシピを見ながら料理していたようであっという間に美味しそうな料理が完成した。

 フレッドが内心驚いているとスカーレットが頬を膨らませながら彼に尋ねる。


「フレッドさん、今絶対にこんなにうまくできたんだ意外、とか思ってましたよね?」

「それは……すみません。正直思っていました」


 フレッドが目を逸らしながら言うと、彼女は怒るわけでもなくまさかの嬉しそうな顔をしていた。なぜ失礼なことを言われてそんなに嬉々とした表情を浮かべられるのか。


 フレッドは不思議で仕方なかった。スカーレットは神架教にずっと守られてきて普通の人だったら本来するであろうことが色々出来ていないことに悲しみを感じていたらしい。だからこうやって料理を作って美味しいと言ってもらえるのが幸せとのことだ。


 しかも、成長まで感じられるのだからこれほどやりがいのあることまでないのではないかとまで発言している。


 ハイデマリーも二人が朝食を食べ終わった二、三分後にダイニングに到着し、彼女の料理を食べて美味しいと言った。人に宗教を広めた時よりも楽しそうな表情をしている。


 三人全員が食事を終えた後、スカーレットはそのままの笑顔でフレッドとハイデマリーの二人に問いかけた。



「ところで――お二人とも昨日はどこに行っていたのでしょうか?」



 バレていた。あれだけスカーレットには洩らさないようにと努力していたのにもかかわらず当然のように二人が夜に外出していたことについて知っていたのだ。


 なんのことかな、とハイデマリーはすっとぼける。しかし、十何年の絆でそれが嘘だと見抜くことはあまりにも簡単すぎた。そもそも、ハイデマリーの逸らし方が独特すぎて大体の人が何か隠しているな、と分かってしまうのだ。


 フレッドもとぼけようとはしたものの、スカーレットが体内に魔力ではない何かおぞましいものが視えると言ってきたので流石に隠すことが出来なかった。


 魔女の部分は怒ってしまうだろうから二人で探索に出かけたとまでは彼女に説明したが、それでも納得できていないような表情である。


「他にも説明は必要ですか?」

「もっと欲しいです。確かフレッドさんは前にも三階に行ったことがありましたよね? あのときには感じなかったような邪気的なものがあるんですよ」


 フレッドはてっきり魔女のオーラかと思ったのだが、三階に行ったときにも魔の部屋にはいっているので違うのではと一瞬安堵した。が、閉じ込められた日とは違って最後に魔の部屋に訪れている。だからそこから出ている雰囲気がまだ付着している可能性は高い。


 もう伝えてしまおうかなとも思ったが、聖女に魔女の話をしたらどうなるかは目に見えているのでやっぱりやめた。スカーレットは少々低めの声で言う。


「知ってます? わたくし、以前に魔女と会ったことがあるんですよ」

「……スカーレット、それがどうしたんだい?」

「あれは禍々しいオーラを出してわたくしのことを歓迎しようとしていたのだけど……その雰囲気とちょっと似ているの」


 フレッドは真顔になり、ハイデマリーはつい「あ」という声を出してしまった。この魔女という言葉がスカーレットから出てくるあたり、ほぼ確実にフレッドたち二人が魔女に接触したということを知っている。


 彼女の笑顔が怖い。はたから見れば聖女の慈愛の微笑みなのだろうが、確実に問い詰めるという意思を孕んだ瞳を二人に向けているのである。


「どういうことか、説明してもらってもいいでしょうか?」

「「――ごめんなさい」」


 スカーレットは殺意マシマシの視線を向けるのを止めて呆れ返った表情になった。ハイデマリーは彼女の表情が和らいだことを見てそっと一息ついた。


「で、なんていう魔女にあったの?」

「魔の部屋にいるヘレナっていう――」

「めちゃくちゃ悪い魔女じゃない!!」


 スカーレットが動揺してバンとテーブルを叩いた。ものすごく大きな音である。

 置いてあったワイングラスが割れるが、彼女は全く気にしていない。


「スカーレット、神架教で魔女がすべて悪いと教えられてきたかもしれないが、良い魔女もいることは覚えてほしい。あとあの人は優しい人に見えたが」

「違うの。わたくしも良い魔女に出会ったの。帰り道に迷って教えてくれた」


 けど、と前置きして彼女は言った。彼女も神架教の聖女になるまでは魔女に感銘を受けて自らも魔女になろうとしていたから魔女について沢山調べてきたから魔女が研究した内容についてほぼ覚えているらしく、彼女は人と悪霊の関係性について調べているようだった。


 どんなものかというと、簡単にいえば人に悪霊を取りつかせることのできる方法を開発してしまったらしい。


 しかも本人はそれを悪用して稼いでいるから魔女について調べている人には悪名高い『悪霊魔女』として名を馳せているのである。

 全てを説明したうえで、スカーレットはフレッドに質問する。


「悪霊がついてきたり待ち伏せしていたことはありませんか?」

「……あ」


 フレッドは心当たりがあった。というのも、スカーレットに化けた悪霊が偶然フレッドの目の前に現れるのかという疑問である。かなりありえない場所を一人で歩いていたから見つけられるはずもないし二人で歩いていたときもバレていなかったから不思議に感じていたのだが、魔女が幽霊を操っていたとしたら納得である。


「……じゃあ、僕を襲撃したのも何かしらの厄介になるため?」

「もしかしたらあの悪霊は魔女のお気に入りだったかもしれない。彼女がどれくらい生きているのかは分からないが相当古参のように見えた」


 スカーレットによると彼女の魔術は悪量を使って人を狂わせたりするいわゆる『呪い』という行為を得意にしている。

 彼女の知っている情報を聞いて、フレッドとハイデマリーは顔を見合わせた。


「なるほど!! 夫人が狂気に陥ったのは呪いがあったからか!!」


 フレッドの見ていた日記だとある日突然彼女は狂ってしまっていた。とんでもない狂い様だったから違和感を抱いていたのだが、誰かに呪われているのなら納得だ。


 そして呪っていた期間、悪霊は絶対に憑いてまわっていただろうからあの悪霊が主人を刺したナイフを持っていたのも理解できる。


 屋根裏に行っていないが故になにが起こっているのか理解できていないスカーレットにこの事件の首謀者とその理由、それから地下牢のあの人間たちについての考察を伝えると、なるほどと言っていた。彼女としても全てが繋がったのだろう。


「悪霊に憑かれて気が狂った夫人は五賢人の権限で貴族を集めて殺し合いをさせ惨殺したいが完成、夫人はあとは旦那だけを殺せば完璧というところで彼にバレて自害を強要。しかし魔女が死なないということを聞いてしまい絶望して自分も自害といったところだろうか」

「五賢人でしたら恨みを買っていてもおかしくはないですし……」


 ハイデマリーが予想を大体話し終えると、スカーレットは好奇心の瞳で二人に要望を言った。わたくしも屋根裏に行って真相を見てみたい、と。

 フレッド達はあくまで夜に行ったから安全だったが、昼がそうだとは限らない。しかし、スカーレットがいるのならば大丈夫な気がして頷いた。


「じゃあ向いましょう……例の屋根裏に」



 フレッドは何かがあってもいいように一応拾ったナイフを持って行った。三階にいた悪霊はフレッド達を襲おうとしたが、スカーレットによってことごとく撃退されてしまった。


 百年の歴史では到底太刀打ちできないのだろう。スカーレットが先行してささっと屋根裏に続く階段を上がっていく。およそ百段を登りきると、もはやいつも通りの白骨死体二人が出迎えてくれた。


 三人は彼らに向けて手を合わせる。そして、何が起こるのかは分からないが、壺の記憶で見た場所にナイフをあげた。フレッドがそれを床に置いた瞬間、ハイデマリーといたときのような閃光が屋根裏を包んだ。



『ああああああっ!!』


 夫人は叫んでいた。自らの言葉で、手で愛していたはずの主人を殺してしまったのだ。彼女が狂気から外れたとき、彼の死体を見て本当の混乱と絶望に陥ることだろう。


『私は……なんでこんなことをしてしまったの……まるで悪霊にとり憑かれているみたい』


 彼女は一瞬の間に平常な精神を取り戻していた。それによって彼の死体を普通の心で見るしか出来なくなっていた。


 彼女は気が動転して窓のほうを覗く。かすかに禍々しい雰囲気のものが視えた。悪霊のようなものは次第に近づいて、彼女を抱きしめる。その瞬間、覚悟が決まった。愛した主人と一緒の場所に行くしかない。



 そんな回想があった。フレッド達は全てを終えたのだ。事件の真相もその後も黒幕も。

 明らかになった今となっては入口の扉も開いていることだろう。三人はそう考えて階段を降りようとした。後ろに気配がある。


「――っ!?」

『――――で。行かないで――』


 悪霊が伝えたかったこと。それは三人とずっと一緒にいたいということだった。フレッドが袋の鼠状態で追いかけて何もしてこなかったのも二人の時もナイフを落とすだけで去っていったのも。少しは話してみたかったということもあったのだろうか。


 フレッドは彼女に近づき、手を差し伸べる。悪霊はその手に触れると、彼女の頭にそっと触れる。


「ごめんなさい。ずっと一緒にいることは出来ませんが近くで見て下さってありがとうございます。どうか安らかに」


 しんみりとした雰囲気を醸し出していたなか、それは突如として襲い掛かってきた。


 幽霊でも何でもない、建物の倒壊である。呪いの結界が外れたことによって止まっていた時間が動き出したのだ。しかし、倒壊はそんなものでは起こるはずがない。下の方で魔術が発動しているというのを察知するに、あの忌々しき魔女が引き起こしているのだろう。


 三人は必死に逃げる。段々と破壊が始まっていて逃げ道は入口くらいしかない。


 結界が決壊したことによって建物の崩壊が始まった。どこからか火災が発生し、さらに場が混乱を極めたのでとりあえず屋敷の入り口めがけて走った。フレッドとハイデマリーは速く走ることが出来るから良いものの、スカーレットにはそれほどの身体能力がなかったのでハイデマリーが抱えながら走ることになった。


 火災で一階のカーペットが燃え、フレッド達が走っているところまで火が迫っていている。そのままダッシュで脱出しようとしたが、人のような何かが見えた。


『――ごめんなさいっ!! 私がこんなことをしてしまったが故に多くの人を死に追いやってしまうなんて』

『君が悪いなんてことはないよ。それに反省しているならいいじゃないか。人だっていつかは死ぬんだ』


 一瞬あの悪霊の影が見えた気がしなくもないが、それも一瞬で霧散した。夫人は泣き崩れる。それを目の前で見た主人は言った。


『君だけが罪を背負う必要はないよ。もし地獄に行くとするならば僕も喜んでいこう。君と一緒に入れるのならば』


 ――それが彼らの本当の愛だった。今まで読んできた小説のどれよりも美しい愛だった。

 ハイデマリーに怒号を飛ばされる中、ただただ見ることしか出来なかった。

 フレッドの視線に気が付き、二人は彼の方を向いた。


『本当にありがとう。おかげさまで安心して地獄に行くことが出来そうだよ。妻への誤解も解けてよかった。命の恩人だ』

『私のせいで大変申し訳ございませんでした……魔女、絶対に倒してください』


 二人の遺志も継ぐという意味も込めてフレッドは最後に二人に向けて辞儀をした。そして入り口だった場所へ振り返る。魔女・ヘレナと戦うため、一歩一歩を踏みしめながら屋敷を脱出した。


 * * * 


 三人が館の正面の扉から出たとき、ヘレナは高笑いをする。


「聖女なんて!! 線所なんて死んじゃえばいいのよ! 今からこの屋敷の全ての悪霊をあなたの身体に送ってあげる」


 百年製とはいえ、あんなにいたらスカーレットでも苦戦するだろうと思ったが、屋敷の地面に神々しい結界が広がる。


「魔女ヘレナ!! 残念だけどこの探索中、もしものことがあった時のために結界を張っていたの」

「……え?」


 ヘレナは大変困惑していた。たかが十数年しか生きていない聖女だと思って高を括っていたのだろうか。

 しかし、そんなに馬鹿ににされるほどスカーレットは弱くなかった。彼女自身生きているのが十数年だったとしても、他の聖女の力も受け継いでいる。つまりは、神架教数千年の歴史が彼女の頭の中にはあるのだ。全ての知識を活用し、魔法陣を浮かび上がらせる。


 それは魔女であるヘレナに対して絶対的な効果を放った。



「機能はただ一つ。『封印』!!」



 スカーレットが浮遊している魔女に向けてそう言い放つと、虚空から鎖が出てきて、それが魔女を繋ぎとめる。地面にあった魔法陣が彼女の目の前に移動して四方を塞いだ。


 その瞬間、幽霊屋敷の呪縛から解き放たれ、外をふらつこうと思っていた幽霊たちやヘレナに操られて身動きの取れない幽霊たちは一斉に除霊されていった。味方がいなくなったヘレナはちっと舌打ちをする。彼女からは余裕の色が一切見えなかった。


 そんな彼女にひるむことなくスカーレットは最後に神架教の象徴である十字架を彼女に見せつけた。その瞬間、魔法陣の箱は牢獄のようになり、のちに棺のような形になる。彼女は永遠に抜け出すことのできない地獄に収監された。



 そうして魔女は封印されたのだ。



どうでしたでしょうか?

こういった感じの小説を書くのは初めてだったので難しいですね。そしてあと一章!!

誤字脱字がありましたらご報告下さい。

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