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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第一章
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第七話 まだ希望はあるかもしれない

 受付をしている女性が涙を流して話し始めた。国民が騎士団に逆らえない理由を。


 何年前かも分からないほど古い物語だった。魔女は不死の存在なので殺すことができない、というのは今と違って世界常識だったらしくその代わりに魔女に昇華する前の人を殺さないといけなかった。

 魔女になる前の人は大体同じ症状を起こしているらしく、貧弱になる、手に紋様が現れる、そして魔力が大幅に増えることだった。


 騎士団は魔女の前の人を殺しまくった。大虐殺と言っても過言ではないほどに。

 最後に騎士団が魔女狩りで殺したのは恋人同士と思われる二人組。彼らは後に魔女ではないことが確認されたが、最後らしく無残に殺されたという。刺して刺して地面に貫通してしまうほどに。容赦はない。

 だがたったの二人の甲斐もあってか聖竜に騎士として認められる聖剣を授かったらしい。それを受け継いできているのが聖騎士団長という話も聞いた。


 どうやら確認不足など今に至ってしまうような原因は遥か昔にあったようだ。二人組が魔女か否かなんて検査すれば一発なのにどうして事を急いでしまったのか。


 フレッドが疑問に思っていると、学園の図書館から借りてきたと思われる本を見せながら、

「ほら、ここに錬金術が完成してしまったからと書いていますよ。まあ何故これが学園に置いてあったのかは不思議なんですけどね」

 とセレンが言った。錬金術の全てという本の最初のページにある年表を見ると確かに『錬金術が完成。しかし資料が燃やされニェルトン騎士団に惨殺されたため、ほとんどの魔術師がやむ無く研究を中止に』と記されてあった。錬金術を世界で初めて魔女になっていないというのもおかしな話だがニェルトンには錬金術を完成させてしまってはいけない理由があったのだろう。

 というか、完成させてはいけない理由なら二人組以外にはあるとみて間違いないが。


「酷い話ですね……しかし錬金術なんて大成しても良いことはほとんどないと思うのですがよくそこまで没頭できますよね」

「そうですか? 私は便利なことしかないと思いますが。少なくとも魔術研究には有益なことをもたらすと思いますよ」

 結局神に等しい術なんて完成させても天罰を受けるだけだと考えたフレッドだが、言っても無駄な気がしたのでやめておいた。


 錬金術の話は置いておいて、どうやらホテルの従業員の方々も騎士団のことを良く思っていないらしく、彼らへの畏怖よりもフレッド達への心配と罪悪感の気持ちが上回ったようで代金はいらないと言われてしまった。が、遠慮しても良いことはなさそうなので一日分だけ返金してもらって一週間滞在することを決めた。


 階段を登っている時、二人は話し合った。具体的に言うと今後の方針について。初日だけでもニェルトン騎士団国の印象は最悪。治安が悪いなどの話ではない。治安を改善させるため、国民を魔の手から守るための騎士団が悪辣でどうする。


「けど、聖剣を受け継いでいるのが団長なんですよね。ならばその方くらいは心が優しいお方だと良いのですが……」

「あ、えっと、目の前で血を垂れ流している方が騎士団長さまです……あああ本当にお二方申し訳ありません……」


 一瞬の沈黙が訪れた。気まずさでもなんでもなく強いて言えば絶望。この国の上流階級に性格の良い人はいないのかと息ぴったりなほどに全く同じことを考えていた。


⦅もうこの国の騎士団は駄目かもしれない……いや駄目だ⦆


 唯一の望みがセレンに襲撃してきた人だと知って二人は絶望した。だがまだ希望はあるかもしれない。その証拠に国の人達は元気に貴族ではないからと卑屈にならずに笑顔で生きている。ならば貴族の中で優しい人がいるに違いない。そう考えるしかなかった。


「……まだ希望があるかもしれないと思った方がいいですよね」

「そうですね……国全体が腐敗しているようには思えない、というか思いたくないですし」


 少なくとも受付の女性は優しそうな風貌である。謝ってくれたので完全に悪い人という訳ではないだろう。流石にあの後にセレンを一人で部屋に居させるわけには行かないので扉の前で突っ立って誰か来た時にすぐさま対応出来るように頬を引っ張りながら起きるように善処した。


 流石にズタボロにされた騎士団長を見て反撃する勇気がなかったのか、夜に誰かが正面から突破してくる、といったことは一度としてなかった。フレッドの睡眠時間を削って得たセレンの安堵は大きい。大きなあくびをしながらフレッドは首都近郊を巡ることとなった。


 申し訳ないです、とセレンから謝罪のような言葉があったが、セレンに悪い要素は一つもないのでいいんですよ、と優しい声で宥めた。


 * * * 


「とりあえず別行動は……やめておいた方がいいですよね。僕が護衛しますよ。護身術くらいは嗜んでいるので」

 セレンは魔術を使えるとは言え、昨日の様に油断していたりそもそも力が強すぎたり魔弾を斬ることが出来るらしいので抵抗することは恐らく不可能。だから剣術を扱えるフレッドが護衛をするしかないのだ。そもそも二人はほとんど一緒に行動しているので変わることはあまりないのだが。


 朝食を食堂で食べていると、鎧の擦れ合う音がそこに響いた。嫌そうな表情でフレッドは入口の方をジロジロと見る。鎧に騎士団を象徴する紋様が焼き付けてあったので誰もが不思議に思ったことだろう。何故準貴族階級である騎士様達がこんな平民しか使わないような食堂にいるのかと。

 一人しか鎧を着ていなかったので多分彼が団長だと思われる。きっと自分が怪我をしているところを見られたくなかったのだ。逆に彼以外の騎士たちは普通の装備で顔を真っ赤にするほど怒っていることが確認できた。


 彼らが怒っている理由がフレッドが昨晩顔を中心にして団長を傷つけまくったからだということも容易に想像ができる。

「この中の男女二人組をしらみつぶしに探せ!! 見つけ次第王宮に突き出せよ!! 御者と旅人だと聞いた。反抗するなら多少傷つけても構わない」


 それだけ言って扉をうるさく閉めた。いなくなったことを確認し、彼らはすぐさまフレッドとセレンのいる席をジロリと見る。一瞬でフードを被ったから騎士団は正体に気づかなかったのであろうがそれより前から二人を視界の中に捉えていた客たちにはバレていたらしい。しかし二人を攻撃してくるような素振りを見せたので会話をすることにした。


「皆様は僕達を捕らえないといけないはずですが、どうして捕縛を行わないのですか?」

「聖騎士団とかほざいてるけど俺達の護衛とか魔物の討伐とか、年に一回しかやってくれないんだよー」

 不満げに少年が言う。彼らは普段、稽古こそしているものの国が魔物に襲われそうになった時もほとんど防衛あるいは攻撃を行わないらしい。国王も呆れて指示を出さないような状況だそうだ。


 フレッドは半眼になってしまった。騎士は国王にも忠誠を示さず唯一目を輝かせたのが金。という話を聞いた時は気絶しそうになってしまった。流石に冗談だと言っていたが前の彼らの態度からして全てが冗談だとは思えない。これなら君主が呆れるのも無理はないだろう。


「ここに真面目な人はいないんですか……?」

「ここの国で一番疲れてそうなのは国王だよ。何というか、常識人すぎて大変そう」

 曰く、国王は優しさと厳しさを兼ね備えていて国の中で一番有能と言われているらしい。また、騎士以外のほとんどの貴族は真面目なので騎士団員にさえ見つからなければ安心して街を歩けるようだ。


 危険だが歴史を知りたいならば国王の元に謁見に行くことを勧められた二人は不安が募りながらも宮殿付近にある大通りを歩く。明らかに二人を凝視して捕えるかどうかを話し合っている人たちもいたが気にしない。

 騎士団の面々も見当たらないし他の人からは同情か憐憫の眼差しで見られたので指名手配されていても見て見ぬふりをされて実質自由に国を歩き回ることができた。

 この国に騎士達の味方はいないのだろうか。そんな疑問が脳裏をよぎったが国民も国民で酷いことをされていると考えてよさそうだ。でないと聖竜に認められた騎士団を相手に反発しようなどという考えはまず生まれない。


 国王から歴史について聞きに行った後のことを相談しているとあっという間に見えてきた王宮。セレンは何も考えずに門まで走って行ったが違和感はあった。

 何故王の住まうはずの宮殿に辿り着くまでに誰とも戦わなかったのか? 理由は分かる。そもそもフレッドと戦いたいという人がいないというだけの簡単な話だ。


 しかしフレッド達は言わば侵入者だ。そんな人達を騎士が追い払わない訳がない。だと言うのに王宮周辺にいる巡邏の市警もいないのだが。

 きっと法機関が整備されていないのだろう。それにしてはフレッドが見た限り殺傷強盗諸々の事件が起きていない。反面教師にしているのか何なのかは知らないが犯罪が起きないのはいいことだ。


「待てお前らそこで何をしている!?」

「うわっ、面倒くさそうな人にバレちゃった!? とりあえず逃げます?」

 その男は聞く耳持たず魔術式の詠唱を行っていた。どうやら時間がかかる呪文のようなので逃げる時間は十分にありそうだ。フレッドは頷いてセレンの手を引く。詠唱が長いということは殺傷能力が高い傾向にある。つまり、欲張って王宮に突入しようものなら体が肉塊に変わってもおかしくないのだ。

「フレッドさん足速いですね!!」

「どれくらい逃げれば魔術の範囲外になるのでしょ……」


 原因はといえば当然フレッドだった。後ろばっかりに注意していて前を見ていなかったのだ。厚い胸板を持つ男性にぶつかった。身長は百九十センチほどであろうか。少なくとも、百七十センチ後半のフレッドが顔を上げないといけないほどである。

 そして男は言う。

「あ、騎士団長を返り討ちにした人だ」と。

 今度こそ終わったと危機感の前に諦観するフレッド。気にしていないのなら本人の前で言う必要はなかろう。

 捕まると思ったが男は手を差し伸べてくれた。

「大丈夫かい? 怪我は?」

「あ、ごめんなさい……前を確認していなかったもので……」

 彼の手を取り立ち上がったフレッドはその後お辞儀をした。

「本当にすみませんでした……」

「良いんだよ。というか貴方達追われているはずなのに何故ここにいるの?」

「えっと、この国の中で詳しい歴史書などが置いてあるのが王宮にある大図書館だけだと思いまして」

 立ったまま考え込んだあと男がフレッドの手を引き、交渉をし始めた。

 安全に案内できるからしてあげようか、と持ちかけられたのだ。

「それで……交渉の材料は何でしょうか」

「とある人が依頼して来たら料金を半額にして欲しい。君、御者だろう? 見た限りだと護身術も兼ね備えてそうだし」


 フレッドは十年の仕事で老後が安定出来るほどに稼いでいるし、それよりも旅への興味から最早無料で依頼を引き受けても良かった。まあ組合も利益のために御者の賃金から一、二割ほど中抜きしないといけないので無料は絶対に駄目なのだが。それでも払ってくれる金額はかなり多かったので組合も許可をしてくれるだろう。


「えっと、その『とある人』というのは誰でしょうか」

「セリヴァン公国の君主であり世界最大の富豪・アリエット公爵」

「わぁ……アリエット公爵といえば世界政府である五賢人のトップじゃないですか……」


 セレンの言う通り、世界の金融流通そして警察を統治しているのがいわゆる『五賢人』なのだが、彼らは恐ろしいほどに富を成していてそのさらに頂点であるアリエット公爵は驕らずに優しい心を持ったいわゆる聖人らしい。そんな人だったら依頼金半額などにしなくてもいいのではと思った。

「確かにあそこらへんは最近紛争が絶えないと聞きますが」

「その通り。あいつ、すごく困っているようだから他の貴族と対立した時に他国に逃がしてほしい」

「いえ、特に問題はありませんが……」


 不満があると言わんばかりにフレッドは浅い頷きをした。確認した男――フェリクス――はニコッと微笑んで銅像の方を指さす。何の変哲もない国教である神架教の唯一神を模した像だが、じっくり見ると下に擦ったような跡があった。

「あれは何でしょうか……?」

「宮殿につながる隠し通路の入り口だよー」

 地図を取り出すがフェリクスは使い慣れていないようで頭を掻きながらコンパスを使って王城へ向かう。

「何故こんな場所を知っているんでしょうかねぇ……」

「裏切られても良いように準備だけはしておきましょう」

「まあまあ、自分は裏切らないからねー。そんじゃあここが出口かな」


 ここを上がればニェルトン騎士団国の魔導団の仕事部屋に繋がっているようだ。かなりリスクはあるが今の時間は近くにある魔物が多く出るフィールドに討伐に行っているらしい。フェリクスの到着という声と共に魔術書のたくさんある場所に出た。

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