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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第四章
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第七十八話 幽霊屋敷の真実

 フレッドは迷わず上に進んでいく。ハイデマリーはというと、証拠がないかをじっくり探すとともに幽霊が来ないかを確認するためにしょっちゅう後ろを振り向いていた。


 二人が屋根裏に辿り着くと、そこはフレッドが来た時となにも変わっていなかった。てっきり、何かを見られたくないと思った幽霊が物の配置を変えているのかなどと考えていたのだが、実際は日記が開きっぱなしで本棚も変わった様子はない。


 フレッドは日記を読み返した。日記をつけてから一年経過した時のものである。あれは人間の完全な狂気の部分に近かった。突拍子もなく呪ウという文字だけが見えたらどんな人間でも驚くことだろう。


 二人は事前に役割を分担していた。日記を読み解いていくのがフレッド、屋根裏のいろいろな場所に証拠がないかを探していくのがハイデマリーという風に、だ。

 彼女は役割の通りに本棚を探していると、一つの壺を見つけた。


 見た目は何の変哲もないただの壺。しかし、禍々しい雰囲気がそれからは醸し出されている。

 触ってもいいのか迷ったが、中身を見てみないことには何も始まらないと思ったのか、勇気を出して壺の中を見ようとした。


 ハイデマリーが壺に少し触れた瞬間だった。壺はすさまじい光を放ち、辺り一帯を包む。真夜中だというのに、屋根裏だけが太陽に照らされているようだ。


 フレッドも集中できずに日記を読んでいたものだから、当然その光を直視してしまったのである。絶対に何かが起きる。二人はそう考えて来るべき何かに備えていたことだろう。


 しかし、実際は攻撃されるなどのものではなく人が二人、目に映っただけだった。爽やかそうな男が悪魔のような形相で女を睨みつけている。


『これはどういうことだ!! 彼らが死んだのは全て実験だったということか!!』

『しょうがないじゃない!! 実験をして考察をしてというルーティンは研究者なら当然のことでしょ!』

『その研究の根底が間違っているって言ったんだ! 殺人鬼とはいえ殺し合いをさせるなんて間違ってる』


 館の主人は妻をものすごく責めていた。屋敷で連続殺人――というか同時殺人だが――が起こり、地下牢を見つけ、しかもそのほとんどが死んでいて全ての黒幕が自分の愛する人となればそりゃあ気が動転するだろう。怒るだけで済んでいるのが驚きなくらいだ。


『だって――完全な人間って知っているわよね? 彼らも禁忌を犯して成功したんだからいいんじゃない!!』

『人の話をしているんじゃないの……ねえ、自首しよう?』


 主人は彼女にしがみついた。悲しいくらいに情けない顔である。


 もし自首をしたら貴族を殺した罪と私刑で犯罪者を大量に処罰したことによって死刑は免れられないだろう。おそらく主人も相応の罰を受ける。だというのに、恐れることなく自首を勧めるその心意気に感銘を受けた。


 多分、彼は妻のことを心の底から愛しているのだろう。だからこそ彼女に屈せず提言している。彼女が更生して余生をやり直すため、もしくは自分も罪を背負うという覚悟で。


 どんな人物なのだろう――とは思った。ここまで自己を犠牲にしてまで間違いを直させるのは『愛』なくして何と言えようか。

 そんな彼の覚悟を知らない妻は、半狂乱で叫んだ。


『どうしてそんなにひどいことを言うのよ!! 人体実験なんて世の常でしょう!?』

『君は間違ってる。人を動物のように扱ってはいけないよ』


 間違っている、という言葉を聞いて彼女はさらにおかしくなった。二人で一緒に撮った写真の数々を破り捨てる。それはいわゆる思い出で、記憶だ。そんな大切なものを大切な人に壊された主人の気持ちは計り知れない。


 しかしその一方で主人の方は至って冷静だ。写真をびりびりに裂かれて動揺の色は見せたものの、態度は依然変わりない。二人はきっと心の底から愛し合っていたのだろう。


 だが、それを引き裂く何かがあった。それが、二人を修復不可能な関係にまで追いやった。世界で最も怖いのは、幽霊なんかより愛が反転した悪意なのかもしれない。


『あなたは私のことを愛しているんでしょう!? なら私のことを咎めないで!!』


 それを聞いた主人は、涙を流していた。優しい表情をした彼女が今では狂人と化すなんて。彼女に失望しつつも、それでも彼女を愛している自分のことを恨んでいるようだった。自分に失意しながらも彼女と対話しているその姿はなんと悲しげなことだろう。彼女は、主人に向けて言った。


『ねえ……蟲毒って知ってる? 砂漠大陸にある魔術の一種なのだけれど』

『……まさか』


 主人は蟲毒が虫の殺し合いだということを知っていた。そもそも、学会の発表で知り合ったのだから大体の魔術は知らないといけないのだが。


 全ての点と点が線でつながった。彼女が殺し合いをしていたのも、砂漠大陸の魔術を研究していたのも全ては屋敷内で蟲毒を完成させるためだったのだ。


 蟲毒を完成させて、全てを死なせて一人だけ生き残る。そういう魂胆が彼女にはあったのだろう。それだとしたらものすごいエゴイストだなとフレッドは思った。人を文字の如く虫のように扱い、殺し合いをさせて自分だけ利益を得る。こんな人間が好かれるわけがない。


 死んで? と優しい声で彼女は言う。目は焦点が合っておらず、どこか虚ろだが、主人への殺意は消えないままだ。


 愛する人から直接死んでほしいと言われて主人は面食らっていた。絶望を言葉で表したようなそんな顔である。


『愛してるんだったら私のお願いは聞いてくれるよね? ……私のために死んでよ!!』


 主人はナイフを握った。がっしりと、絶対に離れないようなほど強固に掴んである。そして、それを下腹部に突き刺した。


 刺して刺して刺して刺して。骨が砕け散るまで執拗に自分の腹の部分にナイフを刺しまくった。自らの手で(えぐ)り取った肉塊を見て失神しそうになりながらも主人は最期にこう言った。


『生きるも死ぬも君の自由だが……君は必ず死ななければならない』

『なんで!! なんでそんなことを言うのよ!!』


『――――――――――――――――――――――』


 主人の言うことは、運悪くかき消えてしまった。もしくは聞かせないように誰かがそういう結界を張っているのだろうか。少なくとも、その時だけは彼女が聞き入っていたから何か別の音で紛れるということもないはずなのだが、突然耳が遠くなったような感覚である。

 ははは、と諦めたような笑いの声を出し、力尽きたのかその場に倒れ込んだ。


 主人は最期、微笑みを浮かべながら死んでいった。


 彼の話を聞いた妻は、絶望して机に置いてあったものを全て床に落とした。人間か魔物か聞き分けがつかないほど高い声を出して出血多量で死んだ主人をグサグサと刺し始めた。

 死人が言葉を出せるはずもないので、彼女がなんと言っても当然答えは返ってこない。


 狂気的な姿を見続けていたが、次第に二人の視界が明るくなった。



「今の……この事件の黒幕と対峙していた人が殺されたってことだろうか?」

「おそらくそうでしょう……」


 男が最期に何を言ったのか。それが屋敷にいた人が黒幕も含めて全滅した真相の全てだと分かってはいるのだが、聞こえていないものを思い出そうとしてもしょうがない。


 とにかく、館の夫人が全てを計画した黒幕だということがわかった。そして、彼女はなんらかの事実を知って絶望し、自害した可能性が高いというのも推察できた。

 そしてフレッドは辺りを見渡す。間違い探しのようなものだったが、壺の記憶にあった何かがないような気がした。


「これが全てだというのであれば何も推測できないまま終わるが――他に持っている情報はあるか?」

「……ありますが、怖がらないで聞いてくれますか?」


 今のフレッド達に情報を隠せるほどの余裕はない。ハイデマリーは神架教の信徒ではないしそういったことに興味もなさそうだったので魔女の存在を明かしてみることにした。


 フレッドが三階に行っていたのも、屋根裏の存在を知っていたのも魔女の招待状に記されていた場所に向かって彼女に話を聞き、スカーレットの形を模した幽霊に騙されたからというのを全て明らかないした。


 魔女の存在は神架教を信仰していなくても魔術を学んでいるものであれば魔女の存在くらいは知っているだろう。魔女は悪魔から力を貰って魔術をたくさん使えるようになり、若さを保っているというのが神架教で伝えられている話だ。


 しかし、本当は神に認められて成っているというのはエステルから聞いたのだが、実際にそれを知っているのはどれくらいいるだろうか。全世界で一万人いるかいないかだろう。それを広めようとしたら神架教に殺されかねないので事実を知っている人はどんどん少なくなっていくだろう。


 ハイデマリーはそれを知っていたので、怖がるというよりも感動に近い表情を浮かべていた。だが、途端とたんに妙な表情になった。


「魔女についてはあとで聞くとして、多分分かったよ」

「えっと……何についてでしょうか?」

()()()()()()()()()()()()というやつだよ」


 ハイデマリーの考察はこうだ。


 魔女が死なないというのはかなりマニアックだ。それを砂漠大陸について専攻している夫人が知っている可能性は相当低いだろう。館の主人も昔は魔術について研究していたらしいから、彼が知っている可能性は無きにしもあらず、だ。


 魔女を招き入れたのは彼女ではなさそうだから消去法的に主人だとなると魔女について詳しい可能性が高い。となると、彼が言った可能性のある言葉は一つ。


『魔女は死なないし死ねない。だから、君は蟲毒で勝利することが絶対に出来ないんだ』


 彼は落ち着いていて、対峙する悪役に真実を突きつけるかの如くほくそ笑んでいた。それを思い出すと殺し合いで希望を抱いている人を絶望の淵に追いやるには十分だ。


 絶対に死なない人が殺し合いに参加していたら勝てるはずがない。それを解明することは出来て、とりあえず下に行って扉が開いているかを確認したが、何度体当たりしても扉が壊れる素振りすら見せない。


「まだ足りないということでしょうか……?」

「うーん、もう分からん! とりあえず魔女のところに連れて行ってくれないか?」


 招待状がないと入れないのか――といわれたら懐疑的なところである。もしだめだったらフレッドだけで魔の部屋に入って単身で質問するというのも良いような気がしてきた。


 黒い扉の目の前にハイデマリーが仁王立ちをし、それからコンコンと扉を殴り、大きな声ですみませんと言った。


 その十秒後、はぁいという優しい声が聞こえてきたのでハイデマリーが豪快にバンという音を出して扉を開いた。若干黒くて禍々しい扉が悲鳴を上げている。


「その様子だと大体は謎を解き明かしたようね。あと一人いるって感じだったけど」

「スカーレットのことも知っているのか。彼女は聖女だから自室で待機しているよ」


 聖女という単語を聞いて、彼女は顔を険しくした。魔女と聖女は絶対に相いれない存在なのだから当然っちゃあ当然だろう。今まで優しかった表情が曇り始める。淡々と説明をしていただけのハイデマリーは忘れてたと言わんばかりにフレッドの方を見つめた。

 フレッドも怒りを鎮める方法なんて知りもしないので口笛を吹きながら目を逸らす。


「今すぐ出ていきなさい」


 さすがに禁句を言葉にしてしまっただろうか。二人はポンと外に追いやられてしまった。

 二人が尻もちをついて体を摩っていると、目の前に幽霊が写った。それはフレッドのことを殺そうとしたり屋根裏で追いかけまわしたりしていたあの悪霊である。


 他の幽霊とは雰囲気が格段に違ったので出来るだけ接触しないようにはしていたのだが、油断していた。


 フレッドが瞬間的に目を閉じたが、何も起こることはなく去っていった。二人はほっと一息をついて立ち上がろうとした。しかし、どうしても目につく銀色の刃物が見えたので手に取った。


「これって……あの記憶で見たやつ」


 ハイデマリーの言う通り、それはなくなっていたものの一つで、家の紋章が示されていた。


 即ち、旧五賢人のしるしである。

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