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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第四章
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第七十六話 何もない朝

『朝だよー』


 アメリアのそんな声で目覚めたフレッドはまず最初に結界を確認した。

 結界に異常が見られなかったら夜中には誰も侵入してこなかった、異常が見られても小さいものであればネズミが侵入してきたのだろうというように、万に一つの可能性で誰かが入ってきたとしてもきちんと確認できるのである。


 結果は異常なしだった。フレッドはほっと一息をつく。

 アメリアも夜間ずっと扉の先を見てくれていたらしく、夜が明けるまでずっと扉をゴンゴンと叩き続けていたようだ。


『よくあんな状況で寝れたよね』

「疲れていてそれどころじゃありませんでしたから。ところでアメリアさんは眠らなくてもいいんですか?」

『幽霊に睡眠なんて必要ないよ。だから心配しないでね』


 そんな会話の後、フレッドはアメリアに感謝を伝えた。睡眠しなくても良いから監視していたと言っていたが、絶対に暇だっただろうし感謝の言葉しか出てこない。


 朝食を作るために着替えて扉を開けると絶叫が聞こえてきた。


 声はほぼ確実にハイデマリーとスカーレットの二人なのだが、なぜそんな大声を出しているのか分からなかった。二人ともフレッドのことを見て叫んでいたのである。

 ハイデマリー曰く。


「死んでるのかと思った」

「幽霊みたいに扱わないでくれませんか?」


 だがフレッド自身も幽霊がスカーレットに化けていたことを知って背筋が凍ったからそう思われても仕方ない。というか、二人からしてみると人が突然消えたという捉え方になるから少し申し訳ないなと思った。


「で、何をしていたんだ?」

「三階を見てまわっていました……」

「やっぱり三階にいたんですか!」


 スカーレットはドアノブの上に乗っていた埃がなくなっていたことからフレッドが三階にいるのではないかと推測していたらしいが、危険だと思って朝まで待っていたようだ。

 二人の安否が確認できてよかったと微笑んだ。が、スカーレットはそうは思っていないらしい。


「どこが安全でどこがそうでないかなんてこの屋敷で判断するのは難しいんですからね! もっと注意してくださいよー」


 スカーレットはフレッドが死んでいないのを確認して安堵したと同時に怒った。あんなに心配していたのだから当然である。


 フレッドは彼女に謝りながら料理を作り始めた。そうだ、と思い出して二人に、フレッドがいなかった時にどこかに行ったのかと尋ねた。


 本を読みながら朝食を待っていたハイデマリーによると、いろいろな場所を回ってみたはいいものの、スカーレットの『聖なる力』によってほとんどの悪霊が消え去って、証拠も何も無いようだった。

 存在自体が怪しく、夜にもう一度出てくるか出てこないかというくらいにズタボロにしてしまったようだ。


「わたくしはそんなことをするつもりはなかったのに……」

「でしょうね……」


 何も意図せずに考えることもなく自らが神の依り代となっているのが『聖女』である。なので、悪霊や魔物はもちろん、悪霊や何も悪いことをしていない魔女にまで危害を加えてしまうのだ。


 だから、ヘレナなども含め、よほどの優しい性格の持ち主でない限りは魔を扱う人は恨むことだろう。実際、ヘレナは禍々しいものを見るような目でどこかを見ていたのだ。

 多分、いくらか昔の代の聖女と何らかの因果があったのだろう。それくらい恨めしい視線を注いでいた。


 まあ、そんなことをスカーレットに言ってしまったら確実に魔女を恨んでいるだろうから今すぐにでも魔の部屋にカチコミに行きそうではあるが。


 どうしましたか? とスカーレット。フレッドの表情を見て何か違和感を覚えたようだ。



 二人がそんな会話をしていた中、ハイデマリーは淡々と食事をしていた。とても美味しかったようで、かなり集中して食べていた。


「そういえば御者、お前の本棚を探していたが……何か証拠になりそうなものがあったよ」


 フレッドは彼女から一冊の本を受け取った。その名も、呪霊の書。あからさまにやばい魔術書ではないかという雰囲気を醸し出しているが、書いている内容も、悪霊を指定の人にとり憑かせる方法などえげつないものばかりである。


 朝食を終えて、準備をしに行こうと自室へ戻ろうとしたが、ハイデマリーに引き留められた。


「どうかしましたか?」

「……三階に行っただけじゃないよな」


 フレッドはビクッとしてしまった。まさかそんなことを当てられるとは思ってもいなかったので驚いてしまったというのもあるが、ハイデマリーが冷獄地帯のときくらい凄まじい殺気を放っていたのである。

 過剰に反応してしまったのでどうすっとぼけてもきっと問い詰められること間違いなしだろう。


 嘘のことを言っても別にメリットはないし、魔女のことさえ言わなければ彼女も怒りはしないだろうから屋根裏があったこととそこに遺骨が残っていたことについて話した。


 それを全て聞いたハイデマリーはどこか納得したような様子である。彼女になぜそんな顔をしているのかを尋ねると案の定、予想通りだったらしい。


「普通に考えてさ、これほどの忌々しい霊が三階にいるわけがないんだよ」

「これ、って――何かいるんですか?」

「取り憑かれているよ」


 フレッドは思わず立ち止まった。彼女曰く、フレッドに憑いている輩はここ数百年とかいう単位ではなく下手すると一千年くらい前の怨霊でないかと推察していた。


 というのも、大量殺人事件のときに死んだ霊とは雰囲気が全く違うから、とのことだ。それで言えば五千年前の亡霊であるアメリアも当てはまるかと思ったが、フレッドに殺意を向ける理由がないので別の霊――ほぼ確実で一日目にフレッドを殺そうとし、屋根裏にいたときに襲い掛かろうとしたあの悪しき霊だろう――が呪いをかけているのではと考えた。


 そこまで知ってフレッドの顔は真っ青になる。


 ハイデマリーとしてはビビらせるために言ったわけではなく、注意してくれという提言の意図で話していたため、とても困惑していた。とにかく彼が動揺しないようにさらにアドバイスをした。焦ったら幽霊に精神を蝕まれると。


 フレッドもそれを聞いてハッとしたのか、大きな深呼吸を一回。それ以降は焦りの色を一切見せることなくいつも通りに接せるようになった。


 とても困惑していて、屋根裏のことを思い出す余裕は全くなかったので、今回想をしてみるとまだまだ探していないことに気づいた。


「本棚があって、そこの中身をまだ探せていないんですよ。あと、婦人が書いたとされる日記」

「スカーレットは全部を塵と化しそうだし……二人で行かないか?」


 スカーレットの力はあまりにも強く、しかし幽霊系の探索には全く向いていない力なので、夜に二人で待ち合わせて三階の探索に行こうと決めた。屋根裏部屋に張り付けられていた板には屋根裏の主以外が侵入してきた場合は呪いが活性化すると書いてあった。


 呪いが活発になったとて、屋根裏はほぼ異界のようなもので呪いの影響を全く受けない。そして、フレッドの事前調査で夜になるとほとんど霊が出なくなるという結果が出ていた。これほど絶好の機会はそうそうないだろう。二人はそう思って待ち合わせの場所を決めて日中の探索を開始した。



 証拠探しを始めてからざっと三時間くらいが経過した。


 時間をかければいくらかは見つかるだろう、なんて思っていたのだが、想像以上に何も発見できなかった。

 見つけたものといえば、何に使っていたのかも分からないほどに錆びてしまった金属くらいだろうか。もしかしたら何かに使えるかもしれないという一縷(いちる)の望みにかけて持っていたが、そんな機会はなさそうだ。


 この屋敷にある隠し部屋らしき場所も屋根裏くらいしかない。ただただ三人が見つけられていないだけかもしれないが、それにしても謎を解明する材料が少なすぎる。


「ほんっとうにすみません……皆様がよければわたくしは部屋に引き篭もりたいです……」

「いやいやいや。スカーレットがいなかったら今頃私たちは跡形もなく消えてるから。そんなに落ち込むことはないさ」

「けどわたくしがいるせいで探索に重大な支障をきたしているじゃないですかぁ……」


 スカーレットはかなり気を落としていた。とてつもないほど心霊への耐性がすごいのかそれとも霊感が考えられないほどに無に等しいのか。後者なのは言わずもがなだし、生まれつきなのだからしょうがないのだが、想像以上に重大なこととして捉えてしまっている。


 フレッドとハイデマリーで夜の探索についてこそこそと話し合っているのを目撃してしまったらしく、足枷になっているのではないかと心配していた。実際はそんなことは全くなく、逆に二人だけだったら初日で憑かれていただろうからいてくれるだけで嬉しかった。


「とりあえず……幽霊が出ない場所だってありますし護ってくださるだけでも安心できますから……ついてくださいませんか?」


 フレッドが困ったような顔で言うと、今まで何を言っているんだろうといったような顔でフレッドとハイデマリーを見つめた。もしかしたら、気づかないうちに幽霊の放つ瘴気しょうきに触れていたのかもしれない。


 今までは弱音を吐くことはあれども鬱のような状態になっているのは見たことがなかったのでかなり驚いていたがなるほど、それなら納得である。彼女が暗い性格だとは到底思えなかったので幽霊だと判明して安心である。


 幽霊を払うために深呼吸をする。彼女は、はっ!! と喝を入れて、一瞬で幽霊を祓っていた。


 想像の十倍は強引な祓い方だったかつ突然大声を上げたので彼女の隣にいたフレッドだけでなくかなり先を歩いていたハイデマリーも後ろを振り向いた。


 覚悟を出して大声を発したものの、二人に凝視されて彼女は顔を真っ赤にした。


「い、今のは聞かなかったことにしてくれませんか……?」



 フレッドもハイデマリーもどちらも返す言葉が分からず、ただ沈黙の時間だけが過ぎていった。


 * * * 


「それにしてもなんでこんなに何もないんでしょうか。小説とかそういう世界では隠し部屋の一つでもあっていいと思うんですが」

「ははは……ここは架空の世界ではあるまいしさ」


 スカーレットに屋根裏の存在について察知されたらまずいのでハイデマリーが必死に気を逸らそうとしていた。


「だって、おかしくないですか? ここって百年以上前に出来ていて今の屋敷の主人まで改修されたことがないんですよ?」

「えっと……つまり?」

「ここが更地だったときは東館と西館をまとめて本館に出来るくらいの広さがあっただろうに」


 彼女の言いたいことは、なぜ本館だけで済んだものを別館などを造ろうとしたのだろうか、というところである。

 怨霊の呪いは百年前に出来たとして、それ以前は別の用途があったはずだ。


 あのときは気が動転していてよく覚えていないが、確か空室や何もない空間がいくらかあった気がする。

 そうなると、東館にプラネタリウムを作ったり、西館に図書館を造る必要なんて全くなく統合しちゃえば良かったのだ。


「魅力的な場所は全て東西館に終結していて本館はただ睡眠と食事を行うようになっていて……」

「まるで本館に何かがあると言わんばかりですね。東館と西館が囮ってことですか?」


 スカーレットは頷いた。この本館に誰にも伝えられないほど恐ろしい何かがあると。

 屋根裏の存在を消したのは殺人事件を引き起こした人たちだからもっとひどい何かがあるのではないかと考えた。



「痛っ!?」


 スカーレットが盛大にこけた。しかも何もない所で、である。

 運動神経が良いわけではないことを彼女自身で自覚しているので顔を紅潮させる。


 ハイデマリーが笑って彼女に手を差し伸べようとしたが、カーペットが少しめくれていることに気づいた。


「これ……隠し通路になっていないか?」


 彼女はバッと床に敷いてあったマットを引き剥がした。

 本当の床にはタイルがあり、その一部分が地下へとつながる扉になっていた。


 しばらく階段を下りていくと、そこには牢屋のようなものがあった。

 その中に遺骨と今にも餓死しそうな男が一人。幽霊ではなかった。

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