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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第四章
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第七十四話 幽閉

「どうしましょうか……? これってどこが重要な場所なのでしょうか」

『さあ……? 多分重要な事って最後か最初に書かれていると思うんだけど』


 フレッドはそうではない気がした。彼女が重要視していたのは蠱術を習得するには何の心意気が重要か――という概念的な話ではなくてもっと具体的な、蠱術を取得する方法のような実践の部分に重きを置いているのではないかと考えた。


 もしこれが事件を解決するカギになるのならざっと説明することが出来たからだ。

 ついでに、蠱術の概念によって事件が引き起こされたのであればもっと簡単で難しくしようと思えばいくらでもできる魔術を使っておけばよいのだ。


 頭がいい人たちが集まっているのだからそれくらい一分くらい考えたらわかったことだろう。それなのにヘレナが他の何でもなく砂漠大陸の古い魔術書を差し出してきたのには何か理由があるはずだ。


 フレッドがそれを読もうとすると、必死に拒むようにして本を奪った。待て、と大声で言いそうになるが、階段の下に女性がいることに気づいた。黒い衣服を身にまとっていることからほぼ確定でスカーレットである。


「フレッドさん……? なんでこんなところに」

「それは僕も聞きたいですよ。なぜこんな危険な時間に部屋の外を歩き回っていたんですか?」


 スカーレットは急に気になったことがあるからと三日目に少しだけ探した図書館を探していたらしい。というのも、部屋の中からとんでもない量の凶器が一斉に出てきたとのことだ。


 突然危険物が出てきて驚いてしまい、廊下に響き渡る程度には大きい声を出したことによって幽霊に追われているのだという。


 スカーレットの聖なる力ではだめだったのかと考えたが、彼女は二十年くらいしか生きていない。それに比べ、幽霊は筋金入りで怨恨が強くしかもそれが百年も続いている。おまけに、五十人分の恨みつらみだから相当なものであると推察できる。

 とにかく、幽霊に遭遇した時は魔術を使うなんて余裕は出ない。


 スカーレットが怖そうにフレッドの袖をギュッと握った。


「……私についてきてくれませんか?」

「いいですよ。ちょうど僕も調べたいことがありましたし」


 彼女はこんなにボディータッチをしてくる人だっただろうか?

 そんな違和感はあったものの、スカーレットを連れていきながら自分は蠱術の有名なものを調べようとした。

 彼女のことをエスコートしていると、二人の足は図書館とは全く違う方向へ進んでいた。図書館は西館の三階にあったのだが、今は本館の三階――つまりは今日恐ろしすぎて入るのを止めた部屋に進んでいっている。


「なにしてるんですか!? 離してください……っ、手がない……?」


 ではフレッドを連れ去ったのは一体誰なのか。先ほどまで怖くて見れなかった正面が今では見れるようになっていた。


 そのときに一番最初に目についたのは眼から血の涙をぽたぽたと落とす()()()()()()()()()()()()()()()


 幽霊には魔術式をぶつければ一発だったのだが、それを判断できるような状況になかった。知り合いだと思っていた人に幽霊が化けるなんて思ってもいなかった。


 二、三体の幽霊に追われ、良い所まで逃げたものの、やはり理不尽だった。フレッドは容赦なく捕まり、鍵の開いた三階にぶち込まれる。


 フレッドが扉の内側からガチャガチャとこじ開けようとしても無意味である。スカーレットが三階の扉を開けたのにもかかわらず夜までどの幽霊も襲ってこなかったのは内部からでは開かない仕組みになっているからだろうと予想づけた。


「……悪霊がいない?」

『どうやら、全員下の階に出回っているみたいだね』


 不幸中の幸いだろうか。フレッドをここに追いやった幽霊も含めて全てが出払っているようだった。

 魔女のヘレナも屋敷の時を止めてくれていたようで、幽霊達が戻ってくるまでにはまだ時間がある。


 三階は呪われているような雰囲気だったからもしかしたら最大の証拠を得られるかもしれないと考えてずらりと部屋がある三階を捜索し始めた。


 * * * 


「ハイデマリー、フレッドさん知らない?」

「……そういえば。遅刻かと思ったがあれの性格的に待ち合わせの時間を堂々と破るなんてあり得ない」


 今日は昼に何も探索できなかった代わりに夜の三時間だけ三人で屋敷の中の証拠を探そうと約束していた。集合時間は十二時。それにもかかわらず、一時になっても来る気配がなかった。あの社畜っぷりだったら絶対に起きていてもおかしくない。


「とりあえず、扉でも叩いてみようか」


 ハイデマリーが力いっぱいに扉をゴンゴンと叩いても起きないどころか人の存在を感じさせないほどの静けさが返ってきた。


 こうなるといよいよ何かあったのではと二人は思った。悪霊が出たのはフレッドの部屋だけであることも考慮して注意深く部屋の扉を開けた。


「「いない……?」」


 正直、ただ寝ているか、事件があったとしても瀕死の状態になっているくらいではないかとたかを括っていた。

 フレッドだと幽霊にも善戦できるだろうしそもそも外に出るメリットがないのだ。


 しかし、実際には彼は外に出ているのだ。まあ、自分の意思かどうかを二人が知ったことではないが。


 ハイデマリーは何か居場所の手がかりはないかを探した。


「スカーレットの部屋にはオイルランプあった?」

「そういえばあったと思うよ。いや、本を読むときに使ったから絶対にある……それがどうしたの?」

「ないんだ。この部屋には」


 ハイデマリーの部屋にも確かにオイルランプがあったし、スカーレット同様それを読書灯の代わりにしていたこともある。


 百年前であれば懐中電灯なんて便利なものはないだろうし夜の屋敷を出歩くには灯が必須だがフレッドのところにはそんなものが全くなかった。

 強いていえば使い物にならない懐中電灯だけだがおそらくフレッドが持ってきたものだ。


 荒らすのは申し訳ないが、他の人の部屋も探した。そして当然の如く照明具があった。


「ここまで探して御者以外の部屋にランプがあるのなら自らの意思で外に出てる可能性が高い」

「けど、探索ならわたくし達とでも一緒に行けたのに」


 単純に用を足しに行っているだけかもしれないがそれだと一階に悪霊の気配しかないのが説明つかない。となると、なんらかの理由で部屋の外に出た後、誰かに連れ去られた可能性が高い。


 そこまで推察できたものの、連れ去ったのはほぼ確定で悪霊だし話しかけることは不可能である。そうなると彼の所在は朝になるまで待ってみるしかないのだった。


 とりあえず自分たちで探索をしようと話し、二人はハイデマリーの部屋にあったオイルランプを使って二階の探索を始めた。


 * * * 


 一方その頃、フレッドとアメリアは絶句するしかない状況を発狂しないように頑張って進んでいた。


 廊下に転がるは骸、骸、骸。


 時が止まっているのもあって骸骨の状態ではなく肉がついたままである。

 フレッドが進んできた道だけで見てきた死体は三十を超えるのではないだろうか。それくらい三階は死体の楽園と化していた。これならなぜ悪霊が三階に封じ込められていたのかも納得である。


 アメリアも不快な様子を隠さずにフレッドが歩いてきた道のりをただただついて行く。


『これってさ、他の数人の死体だったり屋敷に迷い込んでそのまま餓死した人の遺体はどこにあるんだろう』

「そういえば確かに全員血を流して死んでますね」


 記者が以前に訪れていたことは知っているが、その前からも心霊スポットとして名を馳せていたようだった。しかし、それらしき失踪者の遺体は今のところ見つかっていない。


 ヘレナからおまけでもらった文献には屋敷の呪いの適応外で死んだ人はもれなく風化すると書いていたので多分関係のない人たちは今頃塵になっているのだろう。となると三階に転がっていた死体のほとんどが殺人事件にかかわっていたという話だが。


「二十人ってほぼ半分ですよ? こんな小さい屋敷で何をしようとしていたんでしょうか」

『さあ。殺し合いでもしていたんじゃないのー?』

「こんなところで? 貴族っぽい人もいますが何か武器を持っているようには見えませんし」


 フレッドはそう言いながら男性の死体に触れた。もものあたりに膨らみを感じ、ズボンを引き裂くと中身からぽろぽろと武器の数々が出てきた。中には虫やら毒物やらも入っていて吐き気を催した。


『なるほど……貴族の人も武器を持っていたみたいだね? 殺し合いの説は結構あるんじゃないかな』

「こうなってしまえばアメリアさんの言う通り殺し合いの可能性もあり得るかもしれませんね」

『まあ、なぜ急に殺し合いなんて行おうとしたのかは謎のままだけど』


 殺し合いによって惨劇が巻き起こされたのが分かったのはいいものの、全てを解き明かさないといけないのであれば動機も考えないといけないのだ。こんな殺し合いを行っているのであれば動機はさぞかし狂気的なものなのだろう。そんなの一市民のフレッド達に分かりっこない。


「ヒントがこの本にあるんでしょうかね……?」

『ヘレナってのが言ってるんだからそうなんじゃないかな』


 アメリアは飽きたように周辺にある武器をいじりながらフレッドと会話をしていた。五千年前にはないような珍しいものばかりだったので目を輝かせながら持ったりぶん投げたりした。


 女優としての演技でやっていたのか、武器の投擲はお手の物である。軽々と投げた軽いナイフはとても遠くの壁に突き刺さった。おぉー、とフレッドは一言。


 音が大きく、壁がミシミシと壊れそうになっていたのでそれを回収しに行こうとすると、その壁が気で出来ていることに気が付いた。


 ミルリー大陸の建築様式ではコンクリートや大理石などが主な建築資材だ。木材建築は砂漠大陸にある蓬莱鬼国付近が主流なのだが、ミルリー大陸で使っているものはほとんどない。


 フレッドは一瞬木で作られているのかと思ったが、パッと見た感じだったり他の場所をコンコンとして音を比べたりしたが、全てが木材で出来ている訳ではなさそうだった。


 アメリアがナイフを刺した場所だけが()()木材で本当の壁が隠されているだけだった。


 フレッドとアメリアは顔を見合わせた。


 幽霊がアメリアしかいない今であればさらに奥深くを見ることが出来るし、悪霊たちが必死になって隠そうとしていた場所なのだからさぞかしまずい情報でもあるのだろう。


『行ってみたら?』

「幽霊の言うことには耳を傾けませんよ……まあ行くんですけど」


 三階に行けるような機会はほとんどない。ましてやこの先に進むことなど本当はしてはいけない事なのかもしれない。


『じゃあ、幽霊の世界へようこそーって感じかな?』

「何をのんきに言ってるんですか。行きますよ」


 いっせーのーで! という掛け声とともに二人で板を外すと、紙が一枚一枚、さらに奥深くへと続いていた。


 フレッドがオイルランプを照らしながらそれぞれの紙を丁寧に見ていく。


 それは一日一枚の日記だった。文字の形から女性だということが推察できる。


 丁寧に見る暇はなかったのでとりあえず最初に取ってから部屋で見ることにした。


「階段……? ここって三階建てのはずでは」

『どうやら屋根裏部屋らしいね。行ってみようか』


 二人は設計図にも描かれていなかった本当の最上階に向かうことにした。

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