第七十三話 魔女の夜へようこそ
「……よかった。食材に毒は入っていないようなので安心して料理出来ますね」
フレッドの気の抜けた声を聴いてハイデマリーとスカーレットもほっと一息をついた。
毒検査キットはワイン貯蔵庫に十個ほどあってどれもまだ未使用だったので使わせてもらっていたのだ。結果、ほとんどの食材に毒が入っていないことが判明し、独の成分が検出されたものに関してもただ腐っているだけだった。
屋敷全体で時間が止まっているというありえない現象が怖く感じたときもあったが、その結果で今のような食材が腐らないということもあったのだ。嬉しい誤算だった。おかげで買ってきたばかりだと思われる百年前の肉もそのまま調理して食べることが出来た。
フレッドがのんきに調理をしていると、いい匂いがして良い幽霊たちが近づいてきた。
この屋敷に誰かが入ってきたのが四半世紀くらい前の記者以来だったので見たことない人を珍しく思っているのだろうか。
それとも、永遠に変わることのない時に飽き飽きしていたところに変化が入ってきたから面白がって観ているのだろうか。どちらにしても迷惑を掛けないことは知っているので気にせず料理をして二人に提供した。
「うわぁ! 美味しいですこれ……!」
「美味しいね。だけどこんなに食材を使っちゃって大丈夫かい?」
「どうやらパーティーはあと二日続く予定だったらしくて。だけど五十人分くらいが二日分余っているのでよほど脱出に苦労しない限りは大丈夫ですよ」
パーティーにはとてもたくさんの招待客がいたらしい。それも二階の客室がすべて埋まってしまうくらいには。
フレッドが見たカレンダーには矢印が三日分ひかれていてなおかつ八月三十一日までにバツ印があるということを考えれば時の止まっている今が一日目である九月一日だと考察するのは容易いことだった。
これくらいの日程と温度であればだったら肉や魚が腐る心配がないので安心しながら使うことが出来たのだ。
ちなみにハイデマリーが起きる前にスカーレットに何か手伝いたいと言われたので一緒に料理を作ってみたのだが、あまりにも壊滅的な出来だったのでハイデマリーとスカーレット用に作り直したのだ。
幸い、材料の量を間違えて一人前にしていたのでフレッドがなくなく食べた。味がない所と濃すぎるところが別れすぎている。
「フレッドさんごめんなさい……」
「いいんですよ。混ぜてみれば案外美味しかったですし」
「ありがとうございます……ところで、その紙切れは何ですか?」
スカーレットは黒くて重厚そうな雰囲気のある封筒を指さした。それは魔女からの招待状である。一人で行かないといけないというのと魔女を名乗っているからには少なからずどこかしらの聖女には因縁がありそうだったのでスカーレットには言わないでおいた。
次の依頼の内容だとそれっぽいことを伝えたが、スカーレットはあまり信用していなそうだった。
「それじゃあ今から三階に行くって事でいいのかな?」
「うん。ハイデマリー、開けて」
ハイデマリーは金色に輝く鍵を差し込んだ。そして、埃が一切被っていない綺麗な綺麗な扉が自分の意志で開いた。フレッドもスカーレットもハイデマリーも。誰も何もしていないのだ。まるで扉が三階の状況をいち早く伝えたいと言わんばかりだ。道の幅は人が二人通れないくらいの広さである。
フレッドが一番前に、スカーレットが一番後ろになって歩いていくと、もう一つドアがあった。『覚悟せし者、扉を開けろ』と書かれている。赤黒い文字でしかも光るものが一切光らなくなっていたので読みづらかった。
最初に懐中電灯をつけようとしたが出来なかった。光をつけるための魔術をスカーレットにお願いして試してみたが、全く成功しない。聖女であればほぼ確実に使えるような魔術だし実際に探索の時は使っていたので普通であれば絶対に使えるのだろうが、本当に壊れたように魔術式が作動しないのだ。
「ここから先は幽霊の世界ってことか……」
「本当に暗くてぶつかると嫌ですねー」
「ちょっと論点がずれてませんか……?」
フレッドが圧倒的的外れの話をしていたからスカーレットはさっとツッコミを入れた。
とりつかれないようにスカーレットが扉を恐る恐る開けると、魍魎跋扈していた。紫の薄暗い光が廊下だけを照らし、幽霊は自らが半透明になりながら燐光の如く周囲を照らしている。
スカーレットが固まっていたところ、彼女の手首に悪霊が蔓延る。ひぃっ、と彼女が怖がるそぶりを見せると、悪霊たちはいっせいに消え失せていった。彼らにとって、彼女の聖なる力は毒となっていたようだ。
おかげで、入り口にいた悪霊は全員その場から立ち去ったが、本物の幽霊を見てしまった――しかもそれが優しい幽霊ではないことにショックを受けたスカーレットはその場にへたり込んでしまった。
呆然としているその様子から中は相当の魔境であることが察せられた。当然フレッドとハイデマリーに行くような勇気はなかったので、今日は全員部屋に閉じこもっていることにした。
フレッド達の泊っている部屋は元々、この屋敷に住んでいる人たちのものだったらしい。主人の部屋は二階にあり、妻だったり他の家族だったり使用人だったりは皆一階にある。そして、そもそもで悪霊の多い土地だったようで、霊は入れないようになっていた。
つまり、フレッドのことを殺そうとしたあの悪霊の女は百年前、フレッドのいる部屋で過ごしていた可能性が高い。しかし、あれ以降襲ってくることはなかったしフレッドの前に姿を現すこともなくなったのでよく分かんないままだった。
とにかく、ハイデマリーの部屋から証拠が見つかったときのように何か重大なものが発見されるかもしれないという一心で部屋を物色し始めた。
フレッドが何のためらいもなく探し始めたものだから今まで黙って姿を消していたアメリアも苦言を呈する。
『それ紳士的にまずいんじゃないのー?』
「……確かに。これでは泥棒と大差ないですよね」
『とりあえず夜になるまで待ってみたら? 魔女の手紙を拾って雰囲気が変わったように感じたしもしかしたら幽霊から逃げ回るなんていう可能性もあるしね』
アメリアの言うことに一理あった。幽霊だって魔術でなくともなにかしらの理論で人を殺そうとしてくるのだから逃げ回っている間に対策を思いつくこともある。彼女曰く五千年後のこの時代で魔術を使うとなると聖霊を消費してしまい、底が尽きたら永遠に干渉できなくなるので彼女もあまり魔術が使えないようだった。
となると単純な走力と道のショートカットをしながら逃げていかないといけないのだが、見取り図を完全に覚えたわけではないので実質本気で走らないと撒けないのだ。
今からでも体力は温存しておいた方がいい。
フレッドはそう考えて夜の十一時になったら起こしてほしいとアメリアにお願いをして寝ることにした。
* * *
『はーい、夜だよー。ほら起きた起きた』
「よく眠れたので体力回復はばっちりです」
『ところで魔女には危険な輩もいるけど対処できるのかな?』
「心配ですが――僕が危険を冒してでも情報を聞き出さないと」
謎の報告をした後、二人は二階に続く階段を上がっていった。フレッドの持ってきた懐中電灯は三階に持っていったきり使えなくなっていたのでしょうがなく部屋にあったオイルランプを使いながら暗い中を模索して二階まで昇りきった。
――中央にあった魔の部屋。それは昼の時にはビクともしなかった扉。フレッドは恐る恐る真っ黒く塗りつぶされた扉を開けた。
「ようこそ、魔女の館へ」
フレッドの目線の先には視たこともないような古い魔術道具や古びてしわしわになった魔術書などさまざまな魔術に関するものが置いてあった。
フレッドは警戒しながらも彼女に勧められた席に座る。彼を見た魔女は表情に出るほど驚いていたが、それもたった一瞬のことで今は穏やかな笑顔になっている。
「これ飲み物。良ければどうぞ?」
「あぁ……結構です」
屋敷の呪いには複数人が関わっていたことが判明しているためこうやって優しく接してこられても中々信じられない。
きっぱりと断られた魔女は少しすねたような表情になり声もやさぐれた感じになったがフレッドを攻撃してくるようなことはなかった。
彼女はヘレナと名乗ってフレッドに質問する。
「で、君は悪霊の法則について知っていたようだけど何で夜に出歩いて招待状を取ってきたの」
「実は夜になると霊が増える分落としてくる証拠も多かったので早く脱出するための証拠探しに出かけていて……」
馬鹿なのかな、と辛辣なことを突然言ってきた。あまりにも唐突なことだったので微笑みを浮かべていたフレッドや胡散臭い表情だったアメリアでさえもポカンと真顔になってしまった。
流石に本人に伝えるために言ったわけではなかったらしく、思ったことをつい口に出してしまったようだ。ずっと生きているのだからフレッドが滑稽に映ることはあるだろう。
だがしかし、彼女の言う通り夜の屋敷は危険だ。まさか夜に招待状をとりに来るとは思っていなかったので魔の部屋で一人びっくりしていたとのことだ。
「で、夜の探索までして君はなにをしたかったのかな?」
「その前に質問があるのですが、貴女はこの館にいつ訪れましたか?」
「そうね……招待された時だから――百二年くらい前から住んでいるわ。外の世界がどれくらい経過しているかは分からないけれど百年は経ってる」
「百年前、この屋敷で起きた大量殺人事件について調べています。なにか情報はありませんか?」
愚問だった。魔女の中で一番新参である水の都・ルインレットのルチアですらも二百年だというのだからヘレナは事件について全てを知っているような気がした。
殺人事件という言葉を聞いた瞬間、ヘレナの顔が曇った。それが何か詳細を知っている故の表情であることをフレッドは悟る。
「いいの? 私が全てを語ったらあなた達は多分死ぬけど」
冗談にしては表情が硬かった。声のトーンもずっと低いものだったしなぜ死んでしまうのかを尋ねた。
彼女の話によると、この屋敷から出られるのは百年に一組らしい。言わずもがな、屋敷から脱出する方法は殺人事件の謎を解くことだ。では、もしヘレナが事件の詳細全てを語ってしまったら?
当然事件を解決したのはヘレナだという判定になるだろう。そうなればフレッド達は百年間屋敷から出ることが出来ない。食料も底を尽きるだろうしそうなったら骨になるしかないのだ。
一を聞いて十を知ったフレッドはもちろん首を横に振った。こんなところで人生を終わることは出来ない。
本気度が伝わったのかヘレナは空笑いをしてフレッドの背中を叩いた。彼女が笑い終わると、まだにやけた顔で彼のことを見てきた。
「じゃあ核心にまつわることは言えないけどヒントは教えてあげるよ……これあげる」
フレッドは魔術でふわふわと浮きながら彼のもとにやってくる本を受け取った。本には『蠱術』とただ二文字で書かれている。
蓬莱鬼国でもスムーズに本を読めるように漢字をたくさん勉強していた甲斐があった。だが、術は分かっても蠱術の意味は分からない。
「これは……?」
「砂漠大陸にあった有名な国の魔術書。そこに大きいヒントがあるから良ければ読んでみてね」
ついでに蠱というのは蓬莱鬼国で言う呪術を表しているようだ。呪いを主に扱うような魔術の一種らしい。ミルリー大陸から伝わってきたものをアレンジにアレンジしまくっているので魔術のような感覚では出来ないらしい。ヘレナも千年くらい修行してやっと蠱術を習得できたくらいなのだ。
「蟲毒……って虫に対してもえげつないことをするんですね」
「そうそう。ただ、壺を開けたときに生き残っていた虫は猛毒を持つから気を付けてね」
フレッドは難解過ぎる漢字を読みすぎて頭が痛くなって部屋から出ようとしたが、ヘレナがなかなか離してくれない。人体実験を今から行われるような恐怖感にさいなまれた。なので、フレッドは強引に扉を閉めた。




