第七十二話 二階の魔女と三階の鍵
フレッド達が館に閉じ込められてから三日が経過した。二階の部屋はあまりにも多く、さらに中心だけでなく東館と西館もあったので二階だけでも証拠を探すのに難航した。
しかし、それ以外にも有益な情報は得られた。まず、屋敷の人々に悪意を向けていた人は最低でも二人はいること、そして昼に無害な霊が現われて夜に恐ろしい悪霊が出るということ。
また、夜に屋敷をぶらぶらとしているとたまに霊が証拠品を落としていくこともあった。昼にはそんなことがなかったので夜特有といってもいいかもしれない。
要するに殺人事件にかかわった霊は夜に出ることが多いということだ。夜に探索をすれば死ぬ危険性があるが、その分早く事件が解決できる。昼だけの探索だと死ぬ危険性は限りなく低いが事件の解決スピードが段違いで遅くなる。
今、夜に三人集まってどちらの方針でこの館の事件を解決するかを相談していた。
夜にする場合はスカーレットが引き受けてくれるらしいがなにせ聖女の力が働いている。それがどのように探索に影響してくるのかはフレッドにも分からない。
だが、視えているから証拠を落とすのであって視えていないのであれば何もないのではないかというのがフレッドの見解だった。
ハイデマリーに夜の探索をお願いする訳にもいかないしとりあえず一日だけフレッドが夜に証拠品探しをしてみることに決まった。
「今日は東館ですか……ところで、三階に行く鍵は締まっていたのですがどこかに鍵がないですかね」
「可能性としては主人の部屋にありそうだから時間があったらもう一度探すかそれか夜の捜索の時にでも潜り込んでくれ」
確かに今は進めるだけ進んでしまった方がいいだろう。その方が暗い時にも探索しやすくなるだろうし。
東館の二階には武器庫、酒蔵庫、簡易アクアリウムとプラネタリウムがあった。
おおよそ事務的なものばっかりだが、アクアリウムとプラネタリウムン関しては一般公開しているようだった。ふとハイデマリーが何かを思い出したようにフレッドの方に寄った。
「そうだ。御者、お前が持っていた心霊の本にはここについて書かれていたんだろう?」
「それに関してなんですが記者が取材をしに行ったようで……帰ってこなかったらしいんです。それでも原稿だけ送られてきたようで今載っているのは失踪中の記者が書いたもののようですよ」
その記者はかなりのベテラン心霊記者だったとのことだ。見学が終わった際、除霊もきちんと行って参加の一番初めには死者を弔う花を添えるほどに礼儀正しい人と評判だったがこの屋敷を取材している際に行方不明となった。以降、雑誌の会社はこの屋敷を出禁としたそうだ。
「こんなところにワインがあるぞ!! うおー、百年前のワインじゃないか」
「幽霊の方々がいるというのにのんきに飲まないでくださいよ」
「ハイデマリー、少しは自制しよっか」
スカーレットとフレッドが冷めた視線で観ていることに気が付く。ハッとしたハイデマリーは顔を紅潮させて喉を鳴らした。ひとまず、毒物が混入されていないかを調べた。ワインは大人であれば誰でも飲むので異物混入の可能性は高い。なぜか部屋には毒物検査キットがあったので調べてみた。
結果は何も混入されていなかった。ワインにないとなると食事に混入している恐れがある。
初日に毒の存在に気が付けたのでフレッドの持ってきていた食料を三人で分け合っていたがそろそろ底を尽きそうだった。残るはパン三つだけだ。
海賊船での食料補給も行ってきたので安易に食べていたあの頃を悔やんだ。フレッドがため息をついていると、スカーレットが彼の袖を引っ張った。
「これってなんの鍵でしょうか……?」
「ライフルのようなものが描かれているので隣の武器庫ですかね……」
「幽霊から情報貰ったよ」
「「は?」」
ハイデマリーがそんなことを言ってきたものだからもちろん目を見開いてしまった。初日はあんなに怖がっていた彼女だが、昼にいる幽霊はなにもしてこないと知ってからは見違えるほどに幽霊について調査をしていた。
三人の中で一番霊感があるから幽霊の跡を追うのも自然と彼女の役目になっていた。
今回話を聞いたのはワインの管理をしていたソムリエだ。彼は背後から殴られた感覚があったらしい。
他の霊同様、死んでいることは自覚していない。ここで死んだことを自覚して天国に行かれたら夜にどんな影響を及ぼすのか知ったことではないので話をそのまま聞いていたようだ。
曰く、主人の妻が事件の二日前に慌てふためいた様子でワインセラーを訪れたとのことだった。屈んだり奥まで手を伸ばしていたことから何かを探していた可能性があるとのことだ。
フレッドが外見を聞いて何となく絵に描いた。ソムリエからも似ていると言われ、ハイデマリーにも見せたが見覚えがないとのことだ。
スカーレットは樽が積まれているところの奥にあって金属を操る魔術でそれを取ったと言っていたから武器庫の鍵を探していたとして間違いなさそうだった。となると事件に関与していた恐れがあるので彼女は夜の幽霊とみてよさそうである。
これ以上何かがあるとは考えられなかったのでさっさと武器庫に向かうことにした。
* * *
「はぁ……なんで引き受けてしまったんだろう」
『しょうがないさ。でも、きっと君は幽霊に嫌われていて近づきもされないだろうから大丈夫だよ』
夜になったから心配でやって来たとアメリアが言う。幽霊に嫌われているならばそもそもアメリアは近づいてこないのでは? というツッコミは言わないでおいた。
一応浄化させるための術式と魔法陣はあらかじめ描いてきたので何とかなる気がする。聖霊の記憶によって自立しているアメリアがいるので万が一の場合でもなんとかなる気がする――多分。
「とりあえず追跡対象として僕を殺そうとしてきたあの人は除外するとして……主人の奥様をまずは追ってみましょうかね」
『もしもの場合は死者として協力するよ』
アメリアはのこのことついてきていた。フレッドが視ようとしなくても目を閉じていても幽霊が視えるのである。しかも昼間よりも活発的に行動を起こしている。一日目に行ったダンスホールでも踊りが最高潮に達しており、とてもにぎわっていた。
フレッドはダンスの中をかき分けていくと、ホールの中央に血が散乱していた。最初の日に見たときは全く事件性がなかったように見えたのに、半透明なシャンデリアが落下している。
きっとこれは事件のときを示しているのだろう。幽霊の残留思念がここに存在している。半透明というかほぼ実在しているかのように見えたのでそれくらい幽霊たちにとっては印象深い事件だったようだ。
「この血……事件はここで発生していたのでしょうか」
『そうとは限らないよ? だって武器庫には戦いの跡があったし』
「単独で見てきたんですか!?」
『まあ君のいる場所そこそこ暇だったけどアルベルト君のところに行くにしても遅すぎたから適当にふらふらーって』
「危ないじゃないですか!? とりあえず危険な行動はやめて下さいよ」
フレッドが不機嫌な表情になっていると、血だまりのなかにさらに黒ずんでいる場所を発見した。血の感触に嫌々としながらも漁っていると、中から魔女の招待状が出てきた。本来であれば血濡れていてもおかしくなかったのに、撥水している。
『魔女のパーティーにようこそ。これを見つけた選ばれし方は二階中央にある魔の部屋におこしくださいませ――だってさ。これ追跡されてるっぽいから明日の夜にはいかないとね』
「この魔術式の精製方法からして行かないとどこまででも呪われ続けそうですし……」
フレッドは嫌なものを拾ってしまったと思いながらも、魔女ということはこの屋敷で唯一生きている人間だということにほっとして明日、単身で会いに行ってみることにした。今もここにいて都合の悪い記憶も消えていないであろう魔女であればきっと有力な情報を教えてくれるはずだ。
「……っ!?」
ぞわり、と。とても嫌な感覚だった。一瞬、あの最初の日の死にそうになった経験を思い出す。
フレッドはバッと後ろを振り向くが、当然アメリア以外に誰もいない。おかしいとは思ったものの、必要以上にビビることはよくあるのでそのまま暗い道を引き返した。
次に向かったのは主人の部屋である。昼に見たときは至って普通の誰もいない部屋――しいて言えば生活感がなかったくらいだろうか――だった。しかし、今は暖かい雰囲気とはうって変わって冷え切った様子である。
「主人の部屋に来てみたら何かあると思っていたんですけどね……」
『何事にも失敗はつきものさ。そんな都合よく証拠品が存在する訳が――』
ガシャンと音が鳴った。食器が床に落ちた音である。晩餐室か下の食堂だと思い扉を開けようとしたが、男の声と女の声が聞こえてきた。
男の方は二十代後半から三十代前半でフレッドと同じくらいの歳に見えた。だが上質な服を着ていることから貴族に近い身分であることは明らかだ。
女の方は金切声を上げ、半狂乱に近い挙動をしていた。食器も、彼女が壊したと考えてよさそうである。想像もつかなかったが、フレッドの目の前にいる男が主人ということで進めるしかない。
『なんで私に相談もないままあんなことをしてしまったんだ!!』
『だって!! 貴方に言ったとしても断ってたでしょ!!』
『君のせいでどれだけの人が……』
『うるさいうるさいうるさいうるさい!!!!』
後の展開がとても気になるところで幻は消えてしまった。たったの一分しかなかったが、主人の言っていた『あんなこと』、そして『どれだけの人が』という発言は気にかかった。
そして夫人は見た目こそ清潔感があったものの、雰囲気は一日目のあの悪霊にとても似ていた。
霧のように消失した夫婦の周りを探していると、金属片のようなものが視界に映る。とても尖っているが凶器のようには感じられなかったので何の疑いもなく握る。
フレッドが持ったそれは、『3』という文字と花が描かれた鍵だった。文字をそのまま読み取ると三階につながる鍵ということでいいだろう。
明日、二人に鍵を報告するのと内密に魔女のいる部屋に向かうことを忘れないようにしながら一回への階段を下りていった。
「どうだ? なにか収穫はあったか?」
「三階につながると思われる鍵なのですが……」
「すごいですね!! これ、どこで見つけたのでしょうか?」
フレッドは主人の部屋で幽霊の言い争いを視たときに落ちたと説明した。それを聞いたスカーレットは興味深そうな表情で鍵を見つめる。
「なるほどー。その言い方ですと夫人が何かをしでかしたと考えてよさそうですが……殺人鬼に猛毒に狂気的な奥様――」
「怪しい要素がありすぎてどれを中心に考察していけばいいのか分からなくなるね」
とハイデマリーが一言。彼女の言う通り、誰が犯人なのかをとても追いづらい状況に陥っている。
フレッドは笑顔をはりつかせながらもじっくりと考えていたところ、スカーレットが大きな腹の音を鳴らした。昨日の昼からずっと食べていなかったのだから当然空腹状態になる。
ハイデマリーは子供を見るような目でスカーレットに視線を送る。
二人を前にして恥ずかしいことをしてしまったスカーレットは顔を真っ赤にしながらフレッドからパンを受け取った。




