第七十一話 聖なるスカーレットと怖がる二人
「本当に何も出ない……やっぱり嫌われてるのかなぁ」
スカーレットの探索はハイデマリー側と違って霊障というものが全くといっていいほどなかった。ちょくちょく寒いのは感じていたがそれでも一瞬で消えている。
「事件の記事みたいなのはあるけど本当にいない……そろそろハイデマリー達との集合時間か」
スカーレットは自分で持っていた腕時計を見た。おかしいことに、時計の針が幽霊屋敷にやって来た時から一切動いてないのだ。この館は赤色以外は全てがモノクロだった。そこで異変に気付いておけばよかったものの暗いの一言で切り捨ててしまったことを後悔する。
ハイデマリーが怖いもの系は苦手ということを知っていたにもかかわらずいわく付きでしかないこの屋敷を選んでしまった。
食堂的な場所だったので多分多くの人がいるのだろうと推測してスカーレットは大きな声を出した。
「もしよろしれば神架教を信仰してくださいませー!! 人間様はもちろんのこと、幽霊様、人外様などなど誰でもウェルカムでーす!!」
仕事をし終わった後のように額にあるはずもない汗を拭きとる。集合時間が迫っていたので三人の待ち合わせ場所であるエントランスに戻ることにした。
「スカーレットさんは何か情報を得ることはできましたか?」
「これ、事件当時の記事らしいんですけど、連続殺人鬼がこの屋敷の舞踏会的なものに紛れ込んだらしくて……警察の捜査も難航してたときに殺人鬼が誰かに刺殺されて未解決だとか」
年月を見てみるとなんとびっくり。百年前の事件であった。まさかそんなに古い事件だとは思ってもいなかった。確かに、フレッドが旅をしている中でも未解決事件として聞き覚えのないものだった。百年前というと情勢がかなり荒れていた時代だと聞くから未解決事件の一つや二つがあったとしてもおかしくない。
そしてスカーレットがこの屋敷では時がとまっているのではないかという考察を話した。根拠は主に二つ。屋敷の全体が灰色になっているということ、そして決定的なのが落ちかけのシャンデリアがそこで止まっているということだ。
幽霊たちの時だけが動き続け、屋敷は百年前の栄華だけを残している。そう考えてみれば百年前の屋敷はもっとボロボロなはずなのに掃除は隅々まで行われていた。
「とりあえず休憩を取りますか。全体図を見てみると二階に個人の部屋や客室があるらしいので行ってみましょう」
「待て御者。その見取り図、どこで拾った?」
「どこでってこの屋敷ですけど……そういえば、ダンスホールと廊下以外は探索していないですしいつの間にか……」
フレッドは探索中何かを発見して屈むこともなければ見取り図らしきものを見つけることもなかった。この時点で幽霊だと三人は悟った。実害はないしなんなら有益な情報をくれたので幽霊には害を与えてこない人もいるのだなぁと改めて感じた。
ハイデマリーも地震を襲った幽霊とは違うということを感じ取っていて眉をひそめているものの敵意丸出し、という雰囲気ではなかった。
部屋を決めて睡眠の時間に入った。フレッドもきちんと寝て次の日を迎えようと思っていたのだが、何となく天井を見ていたとき、視界が真っ赤に染まった。
敵が襲ってきたのかと思って頭を押さえるが血は出ていない。フレッドはこんな現象を体験したことがなかったので何をすればよいのか、分からなかった。トストスという足音らしき何かがフレッドの部屋をに近づく。怖すぎて動くことが出来ない。
次第にそれはフレッドの部屋を横切ろうとしていた。バレてはいけないというのは分かっていたので息を止めて待っていた甲斐があったと思って一息を付こうとしたが、ひんやりとした感触が後ろから襲ってくる。
『……見ィつけタ』
女がそう言った瞬間だった。激しい痛みだったり物理的な攻撃はなかったものの心の臓が凍り付くようだった。急に息苦しくなってその場に倒れ込む。
女の瞳が見えない。それくらい髪で覆われている。フレッドは相当恨まれていた。多分、自分が死んだというのにのうのうとこの屋敷に雨宿り感覚で訪れたというのが不快だったのだろう。
「助けて……ください」
一生を過ごしてきた中でもっともみっともない命乞いだった。しかし、それくらいしないと本当に死んでしまいそうだった。喉を押さえて我慢していると、能天気な声が聞こえた。
『やあフレッド君……って臨死マジック?』
「いや、あそこにいる幽霊の方が……」
唐突に出てきたアメリアは情けないフレッドの姿を見て本気で心配していた。どうやらアルベルトからフレッドの近況を聞くように依頼されたので遠方からはるばるやってきたらしい。アルベルトに元気だというには少しばかり危険な状態すぎた。
流石は五千年前の優秀な魔術師だ。フレッドの危篤状態も魔術によって一瞬で死の淵から救い出された。見た目からは想像もできない手際の良さにフレッドは驚いた。
「アメリアさんありがとうございます……」
『いいんだいいんだ。再会する前に死なれても困るし、あとさ……やっぱり事件巻き込まれ率高くない? もうちょっと自覚を持って行動した方がいいよ』
そうだ。フレッドがここで雨宿りをしようなんて提案をしなければこんなことにはなっていなかったのだから一種の自業自得である。
『とりあえず他の人と一緒にいたらどうかな? たまには人を頼りなよー』
「ありがとうございます。ちょっと起こすのは申し訳ないですが……」
フレッドは扉を少し開けて先ほどの幽霊がいないかを確認する。誰もいないことを自分の目で確かめてから隣にあるハイデマリーの部屋の扉をこんこんと叩いた。若干寝ぼけながらもハイデマリーはガチャっと扉を開ける。
「あの、僕の部屋に幽霊が出たのですが……」
「一旦落ち着こうか。大丈夫だ、御者の後ろにはめちゃくちゃ古そうな幽霊が既にとり憑いてるから」
誰が古いんじゃい、というアメリアのツッコミは聞こえていなかったようなので言わないでおいた。ハイデマリーに何があったのかを尋ねられ、あったことをすべて話すと肩をポンポンとしてきた。
「分かるよ……理不尽な襲撃は怖くてしょうがない。御者は金縛りに遭ってて動けなかったんだろうから後ろの霊が助けてくれたのかな? とりあえず感謝はしておくべきだよ」
フレッドが頭を下げて感謝の言葉を述べると、アメリアはまんざらでもない顔をしていた。
彼女はもともと人に感謝されるのが大好きだからそれも相まって嬉しいのだろう。
ハイデマリーもずっと嫌な空気を感じていてしかしスカーレットの部屋に突撃するのも気が引けたのでこうやって誰かと一緒にいられることが嬉しかったようだ。安堵しているときにハッと思い出して彼女は険しい顔つきに変わった。
「……襲うなよ」
「そんな強引なことしませんし反吐が出ますよ。というかこんな幽霊屋敷で出来る人はどんな神経しているんでしょうね」
フレッドとしてはもし幽霊のいる場所に意図的に訪れたのだとしたら弔いの気持ちを持って進むべきだと考えていた。遊び半分で来てはとても失礼だから自分たちの都合とノリのためだけに死者のいる場所に行くのは考えられなかった。
まあ、安易に不法侵入してしまっているのは三人も同じなのだが。
幽霊に襲われたという恐怖感から二人は眠ることが出来なかった。万が一霊が再び襲撃してきても良いように、除霊用の魔術式を組み立てて夜明けを待った。ただ、何もしないまま待っているだけ、というのも非効率的に感じたので何か推理に役立てられるものはないかを探した。
特に有力な情報は見つけられず証拠はないのかと思ったがハイデマリーは違和感を発見した。
「あそこ……光ってないか?」
「そうですね……しかし人工的な光ではない気が」
フレッドは光源に近づく。太陽ほど眩しくなく、せいぜいヒカリゴケ程度だろうか。光の所に跪き、じーっとそれを観察すると素早く摘み取った。
「結局、それはなんだったんだ?」
「毒の粉ですね。確か元は茸だったと思うんですけどすりつぶした方が効力を増すというのは聞いたことがあります」
部屋にあった毒物事典で調べてみたところ、茸自体は食べたら吐き気がする程度で命に係わる恐れは何もないが、粉状にすりつぶすことによって解毒成分が消えて猛毒と化すらしい。
百年前ではかなり有名な毒物で持っているだけで処分されたという事例が多々あったとか。
そして二人が見つけた茸は相当硬く、自然にすりつぶされるなんてことはありえないので誰かが意図的に悪意を持ってやったとしか思えない。
フレッドはハイデマリーをじっと睨む。
「私はやってないよ。そもそも動機がないし」
「まあ、今のは冗談なんですけど」
二人は落ちていたのが少量だったことからうっかりでこぼしてしまったのだと考えられる。そうなればどこかに運んでいたというのは確実になるだろう。となると、問題なのはどこに運んだのかという話だ。
「普通に考えれば何かしらの飲食品に混入させるのが妥当だけどスカーレットの記事を見ると毒物で死んだわけではなさそうなんだよなぁ」
スカーレットは殺人鬼の話だけをしていたが潜入していたのであれば何かを口にする可能性は高い。にもかかわらず毒で死んでいないというのはおかしな話だ。そうなれば毒は別の場所で使用された、もしくはそもそも使われなかったという可能性が高い。
「部屋を出たらまずは毒物の本体を探してみますか。大体どれくらいの人を殺そうとしたのか分かりますし」
「そうだな。あと私達は幽霊に狙われる恐れがあるから明日はスカーレットについて行った方がいい」
フレッドはこれ以上できることは何もないと考え、そのまま読書に耽っていた。
* * *
朝の鐘が鳴り響き、フレッドとハイデマリーが部屋から出ると既にスカーレットが扉の前にいた。どうやらハイデマリーから本を借りていたらしく、それを返しに来ていたらしい。二人が同じ部屋から出てきてあらぬことをしていたのではと一瞬勘違いしていたが訳を説明すると納得していた。
「フレッドさんの所には幽霊が出たのですか。わたくしのところには来ていなかったのですがなるほど、部屋にも証拠品があるんですね……探してみよう」
スカーレットは何事もなかったかのように寝ていたようだ。霊感が全くないのかそれとも聖女特有の何かがあるのか。フレッドの話を聞いておぞましく思ったのか三人で探索することを申し出た。フレッドが持っていた見取り図には三階まで描かれていたが時間的に今日は二階を隅々まで探索することにした。
「とりあえず説として有効なのは私の部屋に居た人が全員を毒殺したという線だな。殺人鬼に関しては何かを仕込んでいるのがバレて即座に殺すしかなかったとか」
「そうだった。事件について解き明かさないといけなかったんだもんね」
平和ボケとも取れるような会話を続けながら階段を上っていくと、そこにはドアが無数にあった。この屋敷ではパーティーをたくさん開いていたようで、客室や料理を提供する部屋がとても広い。
二階にあるのは客室と金庫室と晩餐室、それから主人の部屋があった。
晩餐室は食堂と違ってお客様が来たとき用に使う部屋とのことだ。ご丁寧にも日記に書かれていた。
ハイデマリーはビクッとして階段から落ちそうになる。
「うわっ、いるよ幽霊」
「けど、昨日のように襲ってくる人たちはいませんね」
昨日の出来事があってから、フレッドには幽霊が視えるようになっていた。もともとアメリアは見えていたがあれは聖霊を通しての『記憶』に近いので視える判定には入らない。
フレッドが昨日視た幽霊はとても怖かった。今にも殺してきそうな圧を感じたのだ。しかし、たった今目の前にいる幽霊は全く怖くない。
幽霊になってしまうのはこの世に未練があるからとはよく言われるが、今いる人たちはどちらかというとこの世にまだ自分たちがいると錯覚しているから幽霊になっているのかもしれない。とにかく、害があるようには見えなかったのでそのまま二階の最奥に突き進んでいった。




