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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第四章
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第六十九話 再び始まる海賊戦

 結界側に与える魔力は最大限に抑えて時間稼ぎをしているが、それでもなかなか厄介だった。フレッドは後半になってから小さく呻き声をあげながらも残り必要な魔力が二パーセントであることに気が付きほっと一息を吐く。


 その間、他の人達はドン引きしていた。

 あれは各国の魔導団を集結させてつくりあげた結界。全員が膜を張った人に向けて魔力を回復させたり魔力の増える薬を渡してなんとか完成させたものだというのに。


 ちなみに膜を張った人は来る前はずっと魔力の増幅ばかりを行っていてそもそもの魔力量がかなりあったのだ。それでも他の人のサポートがないと何とかならなかったというのに今はどうか。フレッドが涼しい顔で何事もなかったかのように魔力を送り出している。


「あの人ってもしかしなくても化物レベルで魔術適性があるのでは……?」

「おい馬鹿っ、そもそもこんな広い土地全域に結界の元の膜を張って魔力がゴリゴリと削れる魔術式をたくさん解いていたんだから今更だろ」


 フレッドが最後の粘りを見せているところはスカーレットとハイデマリーも目撃していたらしく、人間の本気を見たといわんばかりのあっけにとられたような表情をしていた。


 彼が焦燥感を他の人に見せるといったことは一切なく。


 魔力が水中都市の全域に巡っていき、フレッドは魔力減少の呪いから抜け出すことが出来た。彼が安堵したような表情を見せる前に魔術師やら研究者たちやらが彼のもとに駆け寄ってくる。

 フレッドにお疲れ様を言いに行こうとしたスカーレットとハイデマリーは荒波に呑まれて苦しそうな顔をしている。


「ねえねえ、架空の数字を導き出すってどんな感覚だった?」

「普段はどうやって魔力を増やしているの?」


 質問攻めになるような展開は正直見えていた。魔力の回復だったり魔力増幅の薬は命の危機が感じられる程度のときに使わないと全く効力がなく、最初は使われていたのを実感していたが意味がなかったのだ。なので後半に関してはほぼフレッドの自力でゴリ押していた。


 こんな頭の悪い対処方法を一人の魔力でしのぎ切ったのだから注目の的になるのは当然である。


 十万人の力によって新たに生み出された結界は早速効果を発揮した。


 サメやシャチなどの凶悪な海の生物は結界内から強制的に追い出し、海に蔓延はびこる魔物に関しては叫び声をあげることすらなく結界の聖なる力によって海と同化した。この景色を目撃したスカーレットは手をポンと叩いて結界に優しく触れる。


 聖女が道を通るということで全員が道を開け、彼女の進行方向に邪魔がいないことを確認した。


「……これで魔物がこの結界を破壊することも、神様が結界を上書きすることもありませんよってわぁ」


 スカーレットは周りに優しく微笑みかけたと思えば目を丸くした。というのも、距離がありながらも宗教学者を中心に神架教の信者や神架教が広めている神話的な内容の『架書』をベースにして魔術を構築している人のほとんどが彼女の周りに集まっていたのだ。


 彼女が普段人と会う機会といえば会議か祈りを捧げるときか視察に行く時くらいであってこんなに興味を持たれることが珍しかった。フレッドもフレッドで研究者に囲まれ、ハイデマリーも名が知られていたので魔術師の付き添いでやってきた冒険者が周りを覆い尽くしていた。


 この三人が無事にホテルに戻れたのは日付が二回変わったときだというのは秘密である。


 * * * 


 水中都市の結界を直してから一週間と二日が経った。結界を張った本人が張った直後にいなくなると不安定になることもあるため、確認していたのだが一週間が経った今だったら水中都市を離れても大丈夫そうだった。


 結界の強度の確認――というのはもちろんあるのだが、二日間拘束されて話をじっくりと話させられたあのあと、水中都市の医者に診てもらったら減った魔力が多すぎてぶっ倒れるかもしれないから安静にしておけといわれたのもある。


 フレッドの魔力の残量は普通の人の通常の量の百倍あったらしいが、減った量は平均魔力量の一万倍という文字通り桁違いの魔力の消費量だったのでさすがに医者の言うことを聞くしかなくなった。


 都市を歩き回って色々なお土産も買ったり絶景スポットだって巡った。もう未練はない。スカーレットも結界が完成したその日に沢山の人に向けて沢山宣伝できたと言っているしハイデマリーも大勢の人と戦闘談義が出来たと発言しているからそろそろ次の場所に向かった方がいいだろう。


 フレッド達が水中都市から離れるために水楼を使おうとすると、止める数々の手があった。そのほとんどが白衣を着ている。


 本当に地上に戻ってしまうのかと。研究者になって歴史や魔術に関してを紐解いていこうというスカウトらしきものもあった。しかし、フレッドは全てを蹴った。彼はただ旅がしたいの一心だけで生きている。


「御者は本当に旅が好きなんだな」

「もちろん、生きがいにしているくらいには愛していますよ」

「うぅっ、眩しい……ハイデマリー、久しぶりの陸地だよ」


 恐らく人生で一回くらいしか聞かないであろう台詞をフレッドは聞いてしまった。久しぶりの陸地、なんて言葉は生まれて何千年で初めて陸を見た人魚くらいしか言わないと思っていた。三人は懐かしい風景を求めて光の中に入っていった。



「お二方、立てますか?」

「私は大丈夫だが……スカーレットは多分だめだな」


 ハイデマリーは近接戦が主な戦い方なので、戦いの最中でも地上とほぼ同じ感覚になれる水廊をたくさん利用してきたがスカーレットは魔術を使うタイプだったため本当に水廊を利用することが少なかった。

 スカーレットは疲れているのかまだ寝ていたのでハイデマリーから神架教の連絡を見せてもらうことにした。


 海賊船に乗るまでの評価とは打って変わって今では大絶賛となっている。架書を広めていた人もいたわけだから金もバクバクと入ってくるだろうしものすごい利益を得ていそうだ。


「うわぁぁ……歩けないぃ……」


 スカーレットの結界を守り切った時まであった威厳は消え去っていて、今ではそこら辺にいそうな学生という雰囲気に成り下がっている。


「エスコートいたしましょうか?」

「ひぇぇ……大丈夫ですよ!!」


 スカーレットはフレッドの醸し出す雰囲気に圧倒されて返す言葉もなくなっていた。小さい悲鳴がフレッドの耳にもきちんと届いているから怖がられていると思って少し悲しがる。


 二人がそんな茶番劇を繰り広げていたとき、ハイデマリーは目を閉じて何かを考えていた。スカーレットは友人だからか彼女が何か考えを巡らしていることに気が付いたらしい。彼女がハイデマリーに何について考えているのかを尋ねた。


「陸地はこんなに風が強いだろうか」

「……? 高い建物があるとよく風が吹くって聞くけど……そういうのもなしか」

「というかここ、浮いてません?」


 フレッドの一声に衝撃を受けて三人は試しに地面の動きを体感してみることにした。床があること自体がだいぶ久しぶりのことだったからきっと微々たる変化でも気が付けることだろう。


 そもそも、目を閉じて集中して感じ取るくらいのものでもない。実際、今フレッド達がいる場所が陸だとするならばとてつもなく揺れているので地震の可能性が高くなる。だがフレッドが組合の人に聞いても地震どころか揺れの情報すらない。そうなると三人は船の上にいる可能性が高くなる。


 広さ的に豪華客船(世界一周中)だろうから適当な場所で降ろしてもらおうとしたその時だった。


「あっ!! 僕を倒した奴!!」


 とてつもない既視感がそこにはあった。フレッドは苦笑をし、スカーレットは再び乗ってしまった恐怖から顔を真っ青にしていて、ハイデマリーはまたかよ……といった表情でレオを見つめている。散々な反応だったからか、喉を一回鳴らして本題に入る。


「君たちどうやってこの船に入ってきたんですか」

「……覚えがある人はいますか?」

「「……」」


 フレッドの問いかけに即座どころか反応できる人は誰一人としていなかった。三人としては水中都市を脱出して光に包まれたと思ったらなぜか船――しかも過去に因縁のある海賊船である――にいたのだから当然困惑したような反応になるだろう。


 三人の表情を伺って怪訝そうな目を向けるのもつかの間、彼の隣にいる人物のことを思い出して慌てて()()の目を隠そうとする。しかし、彼女の闘志を抑えることは出来なかった。


「ねえ、どういうこと。なんであそこにゼネイア族がいるんだってば」

「あの、アン様……どうやら漂流してきたようで……」


 ゼネイア族をものすごく目の敵にしているアンはフレッドのことを睨みつける。殺気がハイデマリーとスカーレットにも感じ取れたのでいつでも戦いになっていいように準備をした。


 フレッドを除く二人だけであれば戦いなどと言う考えにはならなかったのだろうが、ゼネイア族に向ける敵意は尋常じゃなかった。多分ゼネイア族を世界で一番恨んでいるのは彼女だ。


 レオが戦闘になって面倒ごとにもつれ込むことを予期していたので必死に彼女を止める。彼も多分、世界で一番地獄のような時間を味わっていることだろう。


「あんた、そうやってへらへらしてさ。これだからゼネイア族は信頼されないんだよ」

「残念ですが依頼は沢山いただいておりますし信頼されていないということはないと思います。そこまで故郷の人々を侮辱するというのであれば……戦いましょうか」

「ここでそんな労力を使っていいのか?」


 あの戦闘狂のハイデマリーですら戦うのを咎めていた。理由としては音の響く場所で戦えば人が集まることは間違いないしそれでさらに囲まれてしまってはさらに処理が大変になるからである。ハイデマリーはこの旅がスカーレットの布教を守るためのものだと理解している。


 フレッドもそれをハッと思い出し、短剣をしまい込んだ。フレッドが応戦するのは彼女が襲い掛かってスカーレットに危害が及んだときだけでいい。ということで、三人の脱走劇が幕を開けた。



「後ろががら空きなんだよぉ!!」


 アンは女性に対して甘々なのか、それともありえないほどにフレッド――というかゼネイア族への憎しみが強いのか。フレッドにしか攻撃をしてこない。だが集中砲火だったとしても攻撃に当たるほど反射神経が衰えている訳ではない。

 最初のナイフがフレッドの耳付近を横切り、今後を警戒して後ろを確認しながら逃げ回る。


 女子には殺意が向かないことをいいことに早速ハイデマリーが攻撃を仕掛けに行った。フレッド、スカーレット、ハイデマリーの順で横並びになって逃げているものだからフレッドに向けた攻撃が流れ弾によってスカーレットに当たる可能性もあるのだ。


「君、ハイデマリーちゃんって言うんだってね。聞いたよ。元騎士団だったらしいね……そういう人、私大好きだからきちんと躾をして海賊団に入らない?」


 躾、と称してアンはハイデマリーの右腕を切断した。鈍い音が聞こえてきてスカーレットとフレッドは振り向く。スカーレットは腕の断面というショッキングなものを見てしまって叫び声をあげていた。対して、フレッドは至極当然かのように立っているだけだ。フレッドがグロテスクなものを見慣れている、というわけではなくハイデマリーが義手であることを知っているからだ。


 拾った腕が冷たかったことにアンが違和感を抱いたときには時すでに遅し。


「邪魔だ。躾というがな、こちとらそれ以上に恐ろしいことを経験してきてる。御者!! 甲板付近で落ち合おう!!」


 彼女の言う通り、とりあえず一階に向かうことにした。スカーレットの走る速度に合わせて階段を下りていき、廊下を走っていくとそこには広い広い海と誰か一人の影が見えた。フレッドがこそっと見てみるとスファロヴ船長だった。まさかリーダーに会うとは思わなくてさっと隠れる。が、特に意味はなさなかった。


 転移術式によってナイフが物陰に隠れるフレッドのもとに運び込まれる。

 フレッドはスカーレットを標的にされないように彼女を暗い所に隠して決闘を挑んだ。


 終始無言の戦いだった。フレッドもスファロヴ船長も互いに互いの手札を見せようとしない。最終兵器を見せて紹介したって何の意味もないことを知っているからだ。そして沈黙の時間が流れ、最終手段を残していたフレッドはそれを解放した。最終というにはあまりにもなまぬるいものだったが、船長を倒すにはそれで十分だった。


 殺気がなくなったと感じたのか、スカーレットがひょっこりと出てきた。アンがかなりの実力者だったので船長もそうなのかと緊張したが、思ったよりもずっと簡単に倒せた。


「このままハイデマリーを待ちましょうか」

「そうですねー」


 船長をそこらへんにあった縄で縛って二人は次に行くところを決め始めた。

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