第六話 不死の薬、不誠実な騎士
「もうすぐで朝ですよ!! ほら、朝日が昇っていますから」
セレンの言う通り、空には月と太陽が同時に存在していた。明らかな異常でも会話するほどの余裕はない。何百年何千年と生きていれども体力は身に付かなかったようだ。その代わりに魔術を研究していたらしいが。
フレッドは日々訓練を行っていたので疲れてもいないし、セレンも若々しいので運動を日々行っていたらしく、疲労の「ひ」の文字もなかった。長寿の二人がくたびれているのを見て呆れている二人。
先ほどの戦いでオーガストは魔力の限界が近く、オリヴィエはほぼ放心状態だったので速度加速の魔術式を使えるくらいの余裕もないので疲弊が顔に浮かんでいる。
あと少しというところでオーガストの魔力が底を尽きたようでばったりと倒れてしまった。疲れながらもうんざりとしているオリヴィエが彼を背負う。流石に山頂に登ることは不可能だと悟ったのか、二人分の魔力を使って山を下っていった。
オーガストは魔力量が多すぎるという訳ではない。他の魔導団員とほぼ一緒かギリギリ多いかくらいだ。なぜ彼が団長を続けていられるのかと言うと、カリスマ性と技術力が圧倒的に高かったからだ。魔力不足を省エネと大魔術で補っている。フレッドは彼の技術を単純に彼のことを尊敬していたのだ。
「セレンさん、僕たちも降りますか? それとも続けて登ります?」
「もちろん登りますよ。だって薬を持ち帰れば研究に使えるじゃないですか」
研究者心が勝ったセレンは煌々とした碧い瞳で太陽を覗いていた。
二人はダッシュで山頂へ向かい、完璧な日の光を見た。少しだけ欠けている昨日の月とは違ってとても美しい。フレッドは太陽から何かの瓶が出ていることに気が付く。それが死んだ魔物と神の灰から創られた灰楼山の不老不死の薬だった。
金色と銀色で構成されているこの薬品はフレッドが開けようとしても全く開けることが出来ず、瓶を魔術でたたき割ろうとしても液体が漏れ出てくることはない。
セレンが興味深そうに眺めていると、ストンと蓋が落ちた。天の川の様な美しい煙を発しながら、飲めと言わんばかりに美しい色をセレンに見せつけてくる。説明書き曰くこの灰楼山飲まないと効力を失ってしまうため、研究するのであればここで行わないといけないらしい。しかも、この山が消えるまでは残り六時間。セレンは答えを出した。
「セレンさんはどうするんですか」
「えーっと、この薬は放棄しますよ」
もしも不老不死の薬を研究してしまったらその研究を先に進めるため、各地で戦争が起きかねない。もし戦いに発展してしまったとしたらセレンにその責任が取れるはずがないと考えての決断だった。研究者には研究してしまう責任というのがある。その研究がどのように使われるか分からないのだ。
例え軽そうな研究内容でも生物兵器の対象となっているものだってあるのだ。責任感から自殺を図った研究者もいるとかいないとか。
「私は不老不死には興味ないですからね。寿命があってこそ人間って輝けると思うんですよ」
学生という若さでそんな考え方をできるセレンに驚いた。物は命あるから美しい。儚い思想が彼女にあったのだろうか。どこぞの文学的な考えを語ったセレンは薬を山に垂れ流した。液体は美しい煙へと化し、天へと昇っていく。惜しみなく山へと還す彼女の姿はとても格好良い。
「さーて、さっさと降りますか。というかこれ魔力がほとんど底をついているんですけどどうやって降りましょうかね?」
「僕はまだまだ魔力が余っているので一緒に降りましょう」
フレッドはセレンを抱擁して下山をする。下界を覗いて不安がっていたのでそっと彼女の目を隠す。二人がふわりと地面に着地するとやあやあ、と余裕ぶって話しかけてくるオーガストとオリヴィエ。あんなにも疲れ切っていたくせに、大した態度である。
二人はその後も住人たちから民謡を教えてもらったり、独特の魔術式も教えてもらった。ローランからもとても美味しい料理を提供してもらい、彼ともかなり仲良くなれた。仕事云々は置いておいて再び会おうと約束するくらいには。
組合の雑務も受け持っているので報告書を深夜に書く。鞄に詰め込んでいた数百枚の記録。あまりにも脳死で書き続けていて、若干腱鞘炎になりつつある。夜になるとボケてしまっているのか目があまり見えなくなっているので紙との距離僅か一センチだった。
机で俯いて寝ていると、あっという間に日が昇る。目を擦り、扉を開けると見覚えしかない二人が仁王立ちしていた。面倒くさかったのでフレッドが勢いよくドアを閉めようとする。
「ちょっと待とうかー。俺的には中々に殺意高いと思うんだけど」
「何ですかうるさいですよ殺しますよ」
「フレッド君物騒だねー」
寝起きのフレッドは欠伸をしながら書類の確認をしながら二人との会話を始める。
曰く、オリヴィエがフレッドのことを気になり出したようだ。照れながら袖を引っ張ってくるので残り二人は困惑しているばかりである。そしてつい本音を言ってしまう。
「オリヴィエさん……ちょっと気持ち悪いです」
「フレッド君てそんな言葉使うんだー」
オリヴィエがショックを受けていることもいざ知らず。ローランやセレンも起床してきたのでそんなぁーと言っているオリヴィエと気持ち悪いの一言しか発しないフレッドを見て勘違いした可能性もなくはないだろう。涙すらも浮かべかけている彼を引き剥がして疲れてしまった。
長寿達に呆れているフレッドは思い出したかのように腕時計をじっくりと見る。すると、日付が変わっていたことに気づく。セレンがあっという声を出し、足早に馬車へと向かった。
「二人ともそんなに急いでどうしたんだい?」
「三カ国巡りたいという希望だからこの国から離れるんだ。それじゃあまたいつか」
またねーという声が後ろから聞こえてきた。師匠……という声もあった気がするが、そこは気にしない。ローランもてを振っていたので彼にだけは馬に指示を出しながらフレッドも手を振った。
案外目的の三国は距離が近かったので割と長く滞在できたのでセレンが国を離れることを悲しむ人がたくさんいた。また帰ってきますからね、と蝋燭を渡してくれた老婆の頬にキスをして馬車に乗っていた。素晴らしい友情関係だとフレッドは思う。
今日も御者は旅をする。
* * *
「それで次に行きたい国というのがニェルトン騎士団国でしたよね」
「はい。魔術大国と騎士の国というのの対比を調べてみたいので」
ニェルトン騎士団国というのは有数の騎士を集っている凄い国である。ここではなんと魔術式を『斬る』のが当たり前らしい。魔術式というのは一般人なら避けるか防御するしかないのだが、上級の魔物は人間とほとんど同じような魔術式を放ってくるのでカウンターを決めるために魔弾斬りは普通のことのようだ。
面白いくらいに現実的ではない技術に馬宿でほのぼのとしていた二人の間に沈黙が流れる。
目の前に鎧を装備している人たちが現れた。近くの国と今までの情報を組み合わせると彼らがニェルトン騎士団だと推理するのは簡単なことである。フレッドはニェルトンが今どんな情勢かも知らないので聖騎士団のうちの一人に聞いてみることにした。
「すみません、この近くにある国のニェルトンは今平和でしょうか。教えて頂けると幸い……痛っ」
フレッドは後ろに吹っ飛ばされた。まさか攻撃されるとは思ってもいなかったので防御結界を展開する暇もなく壁にブチ当たる。まさにチミドロ。セレンが瞬間移動からの回復魔術をすぐにしてくれていなかったら死んでいたことだろう。傷が塞がり二人は安堵して恨めしそうに団長らしき人を睨んだ。
「どうして人の話を聞かずに攻撃をするんですか!? あなた達は騎士なんですよね?」
「うるっさいな……俺らが騎士だからなんなんだよ。というか、守ってもらえるんだからお前らが感謝するべきだろ」
彼らの思考には騎士道精神もクソもなかった。あまりの絶望的屑さに二人はただただ唖然としている。リャーゼン皇国の騎士を見たことは支援物資の時だけだが、国の人を守るために全力を振り絞っていたということを覚えている。精神のそれが聖人に近い。それ故に感嘆していたような記憶があるのだが。
「まさに『傲慢』ってやつですね……」
神架教の掲げる大罪の一つを思い浮かべる。もしその掟を破ってしまったら死んだ時に地獄に連れて行かれるという教えだ。神架教は信仰していないものの謙虚であれという言葉を親に教えてもらって以来ずっと言いつけを守ってきたフレッドにとっては何をしているんだろうと疑問に思うしかなかった。
さらにおかしいのは騎士というのはほとんどが神架教を信仰しているのである。
しかし、先ほどの騎士団に攻撃を止めようとした人はいない。
セレンが心配をしながらも馬宿にいて先の現場を目撃した人に話を聞いてみた。
「君、大丈夫だったかい?」
「はい……それにしても、ニェルトン騎士団の方々っていつもあのような横暴さなんでしょうか」
駆け寄ってきてくれた人の話によると、君主を守る騎士だとは想像つかないほどに不誠実で日々飲酒をしては人を殺傷あるいは殺生したり、色欲に溺れて娼館へ通っている人もいたり、面倒臭いらしく鍛錬を怠っている人もいるようだ。それでも圧倒的な実力を所持しているので反乱を起こすような余地もないが。
「さっきの話、ひどいですよねー」
「なんというか……そうですね」
唖然。それだけだ。言葉が出てこないという言葉がここまで相応しい状況があるというのを知らなかった。騎士団の酷すぎる生活態度に二人は苦笑するしかない。
提供された熱いミルクを飲んで二人で相談していたところ、やはり彼女は騎士について興味を持っていたのでそのままニェルトンに向かうことにした。もちろんセレンが誰かに襲われないようにフレッドが護衛しながら。
整備された道を馬が颯爽と走っていく。ニェルトン騎士団国に到着するのには半日もかからなかった。恐らくセレンが馬の速度を加速させてくれたのだろう。優秀で謙虚な魔術師に感謝。
「ようこそ騎士道の国ニェルトンへ!!」
そう書かれた旗がデカデカと飾っているのを見て思わず苦笑する。
目撃した人が騎士団について詳しく知っていたということは少なからず国民も知っていそうなところではあるがよくここまで騎士道精神が無視された騎士達を見て『騎士道の国』とかほざいていれるものだ。
半日で来れたものの、もう夜が訪れている。美しいほどに月が眩しい。まるで偽神と戦った夜の極彩色の世界だった。流石に今から探索を始めるのはきついので宿泊できる場所を取ってそこで寝ることにした。騎士に殴り飛ばされて傷は癒えたものの、それでも痛みがなくなっている訳ではない。きっと飛ばされた距離からして二週間ほどは腰を痛めたままだろう。だが、そんな痛みがあれどフレッドは熟睡できた。
「……きゃあっ!? 雷撃……って効かない!?」
彼女の声が壁越しに聞こえてきた。叫び声をあげているようだがうるさいですよと注意するために扉を開けてセレンの部屋に向かおうとした瞬間。明らかに異様な光景がそこに展開されていた。
「セレンさん大丈夫ですか!?」
彼女は押し倒されていた。脱ぎ去った鎧があることから彼女の手を掴んでいるのは剣士かそれに値するような人物だろうと予想する。
フレッドも容赦なく猛攻した。客を困らせるような人だ。忠告などする必要はない。
「火焔……斬られた……!?」
すぐには理解できなかった。だが、よく考えてみれば彼らこそ悪名高きニェルトン聖騎士団だと分かったはずである。魔術攻撃が効かないのならばとフレッドは攻撃を変え小型ナイフ取り出してすぐさまセレンに当たらない、されど男に当たりそうな場所へ投擲する。
フレッドが詠唱をすると突然ナイフの動きが止まる。その瞬間、壁へ向かっていたそれらが男の顔に攻撃の方向が向いて指を鳴らすと共に何本もの刃物が男に直撃した。
「大丈夫ですかセレンさん」
「はい……助けてくださってありがとうございました」
彼女によると、寝ずにレポートを書いていたら廊下でドタドタという音がしてうるさいと注意しに行こうとした時に部屋の扉が木っ端微塵に破壊されていたらしい。
とりあえずフレッドは襲撃した男を担いでフロントロビーへ足を運ぶ。市警がどこにあるかも分からないのでホテルに突き出すのが得策だろう。階段を十階分降りて流血している男についてホテルマンに苦情を入れた。なぜこんなにも防犯が甘いのか、と。
そこにいた人達がバツの悪そうな表情をしていることに気づき、なんらかの事情があると悟って語気を荒くしないように丁寧に先程あったことを伝えるとすぐさま謝罪してきた。
「ごめんなさいっ!! 私達は騎士様には逆らえないんです」
二人は顔を見合わせた。