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或る御者の旅  作者: 駱駝視砂漠
第四章
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第六十五話 水の中の警察

「そろそろ到着しますが……これまた異国情緒ですね」

「蓬莱鬼国の赫夜さん、って人が考案したようですよ!」


 スカーレットはパシャパシャと写真を撮っている。フレッドも写真は撮らなかったものの、おぉと小さな声で感嘆し、美しい景色を目に焼き付けていた。単なる市警でしかないのだが。


 ――市警、というよりもヤーナ=レム的に言うのであれば交番、というのだろうか。男は先ほどまでの威厳を完全に失っていて、今はマフィアが街にいないかビクビクとし、ぐるっと一周見渡している。


「マフィアの分際でそんなに怯えないでください。せめてもっと威厳を持って」

「君たちは俺のことを何だと思ってるんだよ」


 赤い髪をしならせて交番とやらに向かう様子はマフィアとかギャングとか――そういう反社会勢力ではなく毎日深夜十二時を越して退勤しているような社畜にしか見えなかった。フレッドは苦労しているんだなぁと可哀そうな目で彼のことを見つめる。


 男は哀れな視線を注がれて若干傷ついていた。蓬莱鬼国風に仕立て上げられた交番を眺めて何か決心をしている。男が堂々と扉を開けた。


「……自首、する!!」


 謎の宣言は当然他の人にも聞こえていたようで、ほとんどの人が肩をビクッと震わせ、男の方を見る。スカーレットもとてつもなく驚いていて、ひゃあと小さな声を上げた。フレッドも殺意マシマシの自首宣言に目を大きく開く。


 だが、警官のほとんどは酔っ払いの戯言だと思って普通の業務に戻っている。さすがは警官、情報の処理が速い。ご用件をどうぞ、と女性の警官が男に向かって適当に言う。


「この海にいるマフィアについてだ。話す代わりに俺のことを保護してほしい」

「……!?」


 警官のほとんどが男のことを凝視した。本当に尋常じゃない。視線が恐ろしいほど彼に集中している。これ以上喋ったら殺すぞ、と警官にしては違和感しかない見つめ方だった。


「……ちなみに、何を喋ってくれるんでしょうか」

「!! 信じてくれるのか。じゃあこれを見てくれ――」


 女性警官は男のこめかみに銃弾をぶち込んだ。まさか正々堂々礼儀正しい警察官が即攻撃するとは思ってもいなかったので悲しい叫び声が聞こえてくる。


「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」

「お願いします。それ以上話さないでください、ファミリーを瓦解させないといけなくなるので」


 フレッドもスカーレットも今にも死にそうな男ですら。何があったのかを全く理解できなかった。だが女性警官含め、そこにいる警察官の誰もがさも何もなかったかのように行動している。もはやあくびをしている人だっているくらいだ。


 フレッドは女性警官の一言に疑問を抱いた。『それ以上話さないでください』とは一体何なのか。とりあえず治療が先だろうが、気になったので彼女に尋ねる。


「なぜ撃ったんですか? せっかく貴重な情報を話してくださると言っているのに」

「あなた方も協力者ですか。ならば我々が徹底して消します……たとえ聖女でも」


 当然だが警察の人々は聖女のことを把握していた。最後の一言だけで本気でまずいということが分かってしまった。普通のことのように交番から男の死体を投げ捨てる。


 フレッドから見ても彼の表情は真っ青になっていてまさに血が抜けたような顔色である。水の方へぽいと投げた瞬間、海の中が血で染まる。それは交番周辺で最もありえないかつあってはいけないことのはずだった。


「……スカーレットさん、逃げましょう」

「でもこの職場を何とかしないと」

「ここに関しての考察は後でもできます! とりあえずハイデマリーさんを探して合流しないと……」


 フレッドは水と交番の境目となっていた結界を抜けようとする。しかし、建物側に不審者と思われたのか単純に詠唱するだけでは解除できなくなっていた。


 小さく舌打ちをしながらも、結界のさらに上に書き込んでいく。上書きすることによって結界をめちゃくちゃにして入り口としての役割を消滅させようという狙いがある。


 フレッドもだてにゼネイア族を務めている訳ではないので結界の上書きは一分くらいで終わった。拳銃を売ったのかと思われる音が辺りに響いていたが、フレッドやスカーレットに何の実害もないことからスカーレットが結界を張って守ってくれたのだと考えた。聖女の結界は絶対的だ。神かそれに近しい者でしか解除することが出来ない。


 本当はすごく渋った水中探索補助セットも、今でならどんなに高くても買っただろう。というか、今は二人の手元にある。


 水中都市ではどんな金貨でも錆びてしまいどれが本物かなど分からなくなってしまうので魔力が通貨として使われているらしい。


 だから魔力をありえないほど所持しているフレッドと聖女だから言わずもがなのスカーレットはいとも簡単にセットを買うことが出来た。


 セットの大部分が水中バイクの小型版なるもので、火や石炭が使えないからこれもまた魔力で燃料を補う仕組みらしい。魔術的部分と最先端部分を融合させているあたり、プリヴェクトらしさはあるが。とにかく、警察に捕まりさえしなければいいのだから運動神経は抜群なフレッドは余裕である。


 問題はスカーレットについてだ。


「大丈夫ですか? 操作方法とか魔力切れになったら元も子もないですが……」

「こっ、これくらいだったらできます!! 要はここの小さいボードについている制御装置で色々と捜査していけばいいんですよね?」


 水中都市に移住してくるにはプリヴェクト製の機械のことをある程度理解できることが大前提である。だからかなり難解なものがあるが、さすがに初心者向けのものには入っていなかったようだ。


『やあやあ、また逃げているのかい? もしかして君ってそういう運命にあるのかな?』

「なんでこんなときに話しかけてくるんですか……」


 アメリアは()()()()をしてやった子供のように純粋な笑みを浮かべる。本来であれば軽く流していたのだろうが、調子が狂って話しかけてしまった。おかげでスカーレットからも変な目で見つめられている。


 アメリアもアメリアで、アルベルトがいわゆるスローライフを満喫しているときに驚かせたり執筆をしている時に悪魔のささやきをしたり五千年ぶりに生き返ることができてウキウキとしているのかかなり迷惑なことをして回っていたらしい。これの本当に困ることはフレッド達からアメリアに報復が出来ないという点である。


 確かにアルベルトから悪夢のようにあの有名女優が出てくると魔術紙で報告を貰ったが、まさか物理的に出てきているとは。


 そうだ、とフレッドは思い出す。バハル地方のフューリエ冒険組合の件はどうなったのかと。あれ以来フレッドはバハル地方を訪れていない。たまにアルベルトを冷やかすために行ってみてもいいかなぁなどと思っていたが、なかなか休暇が取れないでいたのだ。


 フレッドが何を考えていたのかが全て筒抜けになっていたのか、アメリアは意地の悪い笑みに変わった。


『暇すぎてしょうがなかったアルベルト君が解明してくれてたよ。これで劇団が壊れた理由が分かったー』

「アル君が? ……ってそんなことよりさっさとどこかに行ってください」


 はいはーいと陽気な声を出しながらアメリアはどこかへ行ってしまった。彼女は魔術師や女優という仰々しい仕事よりも道化師(ピエロ)――トリックスター的な人間味はあるがどこかつかめない役割の方が断然似合っている気がする。

 フレッドがはぁ、とため息を吐きながら後ろを見る。


 スカーレットはアメリアが一切見えていなかったのでフレッドがやばい人なのかと勘違いしていた。彼女はとても心配そうに彼に話しかける。


「あの、今は誰と話していたんでしょうか……?」

「見えていないんですか……ってそうか。聖霊で共有してないからか」


 フレッドがそんな独り言を呟く。彼の言っていることが若干気になったが、それよりも話している相手の方が興味深かった。

 なんて言ったって、あの掴みどころのないフレッドが雑に会話していたのだ。

 目をキラキラと輝かせながらフレッドの回答を待つ。彼はだいぶ言葉に詰まっていた。


「えっと何と言いますか……女優さんですかね?」

「へぇー! 何という方ですか、その人とはどういったご関係で!?」


 スカーレットは聖女でありながらも年頃の少女であった。どこか懐かしいような反応をするからか、微笑ましく感じる。


「……アメリア=マクレイという方なのですが信じて下さりますか?」


 スカーレットは驚いていた。それはもうものすごく。アメリアは知らない人がいないくらい有名な大女優だ。同時に出生地や死に方が未だに分かっていない、多くの謎に包まれた人物である。


 スカーレットも彼女の出演する演劇は神架教で管理している史料で見たことがあるらしく、大層感動していたらしい。というか、目がキラキラするとか感動を伝えると改善に五千年前の人と話したという情報がどうにも信じられていなかった。


 当然っちゃあ当然の話だが五千年の記憶を遡れたとしてもそんな昔の人と会話するのは本来であれば不可能なはずだ。スカーレットは聖霊を通じて会話ができるなんていうまさかの便利すぎる能力があるとは知らなかったのでついに追われる恐怖で狂ったのかと怪訝な表情で彼を見つめる。


 フレッドは弁解したがトンデモ状況なため、なかなか信じてもらえない。


「フレッドさんってすごい魔術師な気がしますからそんなこともできる……んですかね?」

「まあ、信じられないのは当然なんですけど良ければ信じて下さい」


 スカーレットの頭上を銃弾が横切る。警察は横を追ってくるような動向をしていなかったので疑問に思っていたのだが、男と同じようなタトゥーをしていたことからマフィアの人だとすぐに推察できた。


「警察がマフィアの方を庇うってどんな状況なんでしょうか」

「考えうる状況としては……マフィアの財力で警察を買収して何もなかったことにしている、とかでしょうか」


 適当に言ってみたものの、想像以上にリアルで自分でも驚いてしまった。確かにこの水の中のマフィアは五大ファミリーなんて呼ばれるくらい有名で本来ならば本拠地まわりを巡回していてもおかしくないなのに捜査本部だったり置いていてもおかしくはないのだが。


 しかし、警察のさらに上には絶対不可侵の五賢人がいる。彼らの逆鱗に触れるのは警察としてもご法度だろうから厳しくしつけるはずなのだ。


「……あ、けどあの二人以外は不正でもオッケーするか」

「それってルキーナ伯爵と灰楼家のことですか?」


 スカーレットとフレッドの中で本当の善人はダリアと赫夜の二人しかいないのではという共通認識があったらしい。カトーネ公爵とグランジェ家は論外だが、チェルノーバ侯爵に関しては良いうわさも悪いうわさも聞く。


 倫理的にまずいことも行っているようだから実際に安心安全なのは二人だけである。

 そんな話をスカーレットに向けて話すと、どこか感心するような表情をしていた。


「五賢人様についてよくご存じなんですね。わたくしも会ったことはあるんですが皆さん年上で怖くて……」


 なるほど、確かに聖女であれば彼らと会うことは少なからずあるだろう。曰くカトーネ、グランジェ、は高慢なところが見え透いていて話す気にもなれず、チェルノーバは醸し出す雰囲気そのものが違ったらしい。


 赫夜は年上どころの話ではなく絶対に話しかけてはいけないと思い、唯一話せそうだったダリアはとても辛そうだったから結局世間話は誰にもできなかったような。


「皆さん怖くてさすが貴族だなぁって……けど後ろの二人以外は若干驕り被っていた傾向が」

「お金を持った人間なんてそんなものですよ」



 談笑していたその時だった。フレッドの耳あたりを魔弾が掠ったのは。


 おかしい。結界が張ってあるから誰も攻撃魔術を使えないはずなのに。


「お前、ついに聖女(スカーレット)まで口説くようになったか」

「……!! ハイデマリー!! 違うの、とりあえず話を聞いてもらえる?」


 どうやらスカーレットが焦った様子で物事を頼んでくることがなかったようで、訝しみながらもマフィアと警察の話を彼女に話し始めた。

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